第10話 君が泣く日はいつも雨
強くなんかない。
本当は、全然強くなんかないのに――
優美に冷たい言葉を言い放った空奈は教室に戻り、鞄を持ってそそくさと学校を出た。
授業を受ける気分なんかじゃない。
もう今日は帰ってベッドに横になりたい。
早退することも担任に言わず、空奈は学校の外に出た。
「雨…」
傘を持っていなかった空奈は濡れて帰ることを覚悟して1歩踏み出した、そのとき。
「風邪ひくよ」
振り返ると傘を差し出す由文の姿があった。
「なんなのよ…、ほっといてって言ってるでしょ。なんでこんなところにいるのよ」
「空奈が悲しんでいるときはいつも雨だからね」
「…」
――そうだ、あの日も雨だった。
記憶を一部無くしていたはずの空奈だったが、急に走馬灯のように記憶が流れ込んでくる。
それと同時に目眩がして、空奈はその場に倒れ込んでしまった。
――中学1年の夏。
「ねえ、あれ火野さんじゃない?」
「うわ…、こっわ…」
ほとんど学校に来なかった空奈は、不良だと周りから言われ距離を置かれるようになっていた。
「ねえ、私の席どこ?」
「ひゃっ…! ご、ごめんなさい!」
久しぶりの登校で席も分からず、尋ねただけでこのザマだ。
(聞いただけなのに怯えるなんて…)
「おーい! ここだよ、ここ。俺のとなり!」
ため息をついていると、赤茶の、少しウェーブがかった髪の男子生徒が声をかけてきた。
「あんた誰?」
生憎、クラスメイトの顔も名前も覚えていない空奈。
「泣く子も黙らない、直井由文ですっ!」
「はあ? ふふ、なにそれ」
その日から、たまに学校へ来ると由文は分け隔へだてなく明るく陽気に空奈に接してくれた。
「空奈ー、おはよ!」
「はいはい、おはよう。あんた、朝からよくそんな元気ね…」
「あんたじゃないって! 泣く子も黙らない?」
「…直井由文」
「はい正解!」
こんな他愛のないやりとりが心地良くて、学校へ行くのも悪くないと思うようになった。
――そんなある日。
(あれ?)
珍しく由文の姿がない。
休みだろうか?
なんとなく、由文がいない学校が心細かった。
そんな中、チャイムと共に朝のホームルームが始まる。
「火野さん、ちょっといいかしら」
突然担任から廊下に呼び出された。
「あなた、最近学校に来るようになったのは良いけど、髪の色、スカートの丈、ピアス。ちゃんと直しなさい」
「…はあ。先生、髪の色は地毛って何回も言ってるでしょ。スカートは直します、でもピアスは」
「先生の言うことが聞けないの?」
「くっ…!」
空奈は何かがプツンと切れてしまった。
「うるさいな…、先生が1番偉いと思ってるのかよ!」
思わず反抗し、大きな声を出してしまうと、他のクラスの先生達も出てきた。
「何事だ! また火野か!」
「え…、また火野さん? こわ…」
ざわざわと周りが騒がしい。
先生もクラスメイトもうるさい。
なにも知らないくせに。
(なにも知らないくせにっ…!)
空奈は職員室へと連れられてしまった。
3時間目のチャイムが鳴ると、由文は遅れて教室に入ってくる。
「おはよー」
「由文おそっ! 遅刻かよ!」
「寝坊しちゃった! あれ? 空奈は?」
「ああ、火野さんならなんか、先生に反抗して職員室連れてかれたっぽい」
「え…?」
由文は急いで職員室へと向かった。
すると、タイミング良く職員室から出てくる空奈と鉢合わせる。
「空奈! 大丈夫か? 友達から聞いたけど…」
「…もう、私に関わらないで」
疲れきった顔で俯うつむきながら言葉を続ける。
「大体、あんたに関係ないじゃん。ほっといてよ」
「じゃあなんでそんな哀しい顔をしてるの? 本当は、悲しいんじゃないの?」
「え…」
「ほっとくなんて無理だね。あーあ、こんな日はサボるに限るな! 行くぞ!」
「は…? ちょっと!」
由文は強引に空奈の手を引いて学校を飛び出す。
走り続けて、2人は息を切らしながら近くの公園のベンチへと座った。
「なんなのよ…」
「先生に反抗するのも、学校に来なかったのも、なにか理由があるんでしょ? 見てたら分かる」
「え…」
「それに、空奈にとって俺は関係ないかもしれないけど、俺にとって空奈のことは関係なくないから。話してくれたら嬉しいよ」
空奈はしばらく黙りこみ、俯いた。
見守る由文の視線があまりに優しい。
空奈はゆっくりと口を開いた。
「私…、お母さんとの時間を奪う学校が嫌いなの。学校に来なかったのはお母さんのお見舞いに行ってたからよ」
「え?」
「早くに父親を病気で亡くしてるの。だから新聞配達のバイトもしてて、学校行く暇なんてなかったのよ。お母さんは私のことはいいから学校に行きなさいって言ってくれたけど、私はお母さんとの時間を大切にしたかった」
さっきまで晴れていた空から、急にポツリと雨が降ってくる。
「最近、学校へ行くようになったのはあんたがいるから。楽しかった、学校も悪くないなって思えたの。それと…、お母さんが死んだ…、から」
由文は目を見開いた。
「親戚も私なんか引き取ってくれないし。私、強がっちゃって。先生にも事情も話さずに学校サボり続けてた。ピアスはね、お母さんの形見なの。でも、こういうことしてたら規則に反してるとか不良だって周りが言うようになったから…」
私が悪い。自分で撒いた種だから、私がこんなんだから…
「優しいんだね」
「え…」
「自分を責める人は優しい人だよ」
由文が空奈の袖をめくると、彼女の腕には痛々しいリストカットの跡が無数にあった。
「なん、で…、気づいたの…」
「なんとなく。空奈、俺さ、空奈のこと好きだよ。ほっとけって言われてもほっとけないんだ。諦めの悪いヤツに目つけられちゃったな」
優しく笑いながら由文は空奈を抱きしめて、背中をポンポンと撫でた。
ずっと我慢していたものが溢れ出す。
空奈の目からポロポロと涙がこぼれると同時に雨が降り出し、2人を濡らした。
――懐かしい記憶と共に、意識が戻ってくる。
空奈が目を開けるとそこは保健室の天井だった。
「ん…、ここは…」
「目、覚めた? おはよう空奈」
傍には由文が座っていた。
あの頃と同じように、おはようと微笑みながら。




