第9話 格の差
「――試してもいいか?」
レオンの言葉が、ギルド内の空気を変えた。
ざわつきが一瞬で静まり、代わりに張り詰めた緊張が広がる。
「いいですよ」
レインはいつも通り、軽く答えた。
その態度に、周囲がどよめく。
「おい……マジでやるのか?」
「相手はレオンだぞ……?」
上級冒険者。
このギルドでも指折りの実力者。
新人が軽く相手にしていい存在ではない。
「場所、空けろ」
レオンが短く言う。
周囲の冒険者たちが自然と下がり、簡易的な空間ができあがる。
その中央に、レインとレオン。
――その時。
「はっ、いい気になってんじゃねぇよ」
別の声が割り込んだ。
人混みをかき分けて現れたのは、一人の男。
軽装だが、態度だけはやけに大きい。
「新人がちょっと目立ったくらいで、調子乗りすぎだろ」
にやにやと笑いながら、レインを見下す。
「お前、分かってんのか? ここがどこか」
「えっと、ギルドですよね?」
レインが普通に答える。
「そうじゃねぇよ!」
男が苛立ったように声を荒げる。
「ここは実力が全ての場所だ! お前みたいな運だけのやつが――」
「……」
レオンが無言で一歩引いた。
その行動に、周囲がざわつく。
(あ、これ)
誰もが察する。
――譲った。
「なら、まずは俺が相手してやるよ」
男は剣を抜き、レインに向けた。
「運じゃねぇってんなら、証明してみろ」
「はあ……」
レインは少し困ったように息をつく。
「危ないので、やめた方がいいと思いますけど」
「は?」
男の表情が歪む。
「舐めてんのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「いいから来い!」
怒鳴ると同時に、地面を蹴る。
一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。
速度も、踏み込みも、悪くない。
新人相手なら、十分すぎる一撃。
――普通なら。
「……」
レインは動かなかった。
ただ、軽く手を上げる。
(少しだけ――)
次の瞬間。
男の姿が、消えた。
剣ごと、音もなく。
「……」
沈黙。
完全な静寂が、その場を支配する。
「……え?」
誰かの間の抜けた声だけが響いた。
一瞬前までそこにいた男が、いない。
吹き飛んだわけでも、倒れたわけでもない。
ただ、“いなくなった”。
「……今、何した?」
「見えたやつ、いるか?」
誰も答えられない。
レオンですら、目を細めたまま動かない。
(今のは……)
理解できない。
だが一つだけ、確かなことがある。
――勝負になっていない。
「……終わりました?」
レインが首を傾げる。
その一言で、さらに沈黙が深まる。
やがて――
「……ああ」
レオンが短く答えた。
「十分だ」
それだけで、すべてが決まった。
評価は、覆らない。
「……やっぱり」
リリアが小さく呟く。
隣で見ていた彼女には、もう迷いはなかった。
「この人……」
言葉にはしない。
だが、確信は強まるばかりだ。
ギルドの空気は、完全に変わっていた。
ざわめきは戻らない。
誰もが言葉を失い、ただ一人の存在を見ている。
「……なんだよ、あれ」
「化け物……」
「いや、もう意味分かんねぇ……」
恐れと興奮が混じる。
そして、その中で――
「面白い」
レオンが、わずかに笑った。
「やっぱり、ただの噂じゃなかったか」
それだけ言うと、背を向ける。
これ以上の確認は不要だった。
その頃。
別の場所で――
「……は?」
ガルドは報告書を見て、固まっていた。
「新人が……上級相当を単独で?」
「しかも、ギルドで暴れてたって話だ」
仲間が補足する。
「レオンまで出てきたらしいぞ」
「……ありえねぇだろ」
即座に否定する。
だが、胸の奥がざわつく。
嫌な予感。
「名前は?」
低く問う。
「……レイン、だってよ」
その瞬間。
空気が、凍った。
「……は?」
思考が止まる。
そして、ゆっくりと現実が追いついてくる。
「……いや、待て」
そんなはずがない。
あいつは、無能だった。
何もできない、ただの荷物だった。
なのに――
「……なんで、あいつが」
声が、わずかに震える。




