第4話 同行
「改めて……ありがとうございました」
森を抜ける道すがら、リリアはもう一度、丁寧に頭を下げた。
朝の光が差し込み、先ほどまでの緊張感が嘘のように穏やかな空気が流れている。
「さっきも言いましたけど、たまたま通りかかっただけですから」
レインは少し困ったように笑う。
「それでも、です。あのままだと、どうなっていたか……」
リリアは言葉を濁した。
実際、あの状況は危なかった。
逃げる余裕もなく、数に押し切られていた可能性が高い。
だからこそ、目の前の青年の存在は――
(ありえない)
頭の中で、何度も同じ結論に至る。
だが。
「……失礼ですが」
リリアは歩きながら、横目でレインを見る。
「あなた、ただ者ではありませんよね?」
「え?」
レインはきょとんとした。
「いや、普通だと思いますけど」
即答だった。
迷いも、含みもない。
「普通……ですか」
リリアは小さく繰り返す。
あの魔物の群れを、一瞬で“なかったこと”にした人物が、普通。
(そんなわけない)
だが本人は、本気でそう思っているように見える。
「少なくとも、私の知る“普通”ではありません」
「そうですか?」
「はい」
きっぱりと言い切る。
するとレインは少しだけ考えてから、
「でも、自分ではあんまり分からないんですよね」
と、あっさり返した。
「分からない?」
「他の人と比べたこともないですし。これが基準っていうか……」
困ったように頭をかく。
その様子は、本当に自覚がないようにしか見えない。
(……なるほど)
リリアは一つ、理解した。
この人は、自分の異常さを知らない。
だからこそ、あの振る舞いなのだ。
「……それで、あの」
話題を切り替えるように、リリアが口を開く。
「先ほどの話ですが」
「ああ、一緒に行くってやつですか?」
「はい」
リリアは頷く。
「ご迷惑でなければ、しばらく同行させていただけると助かります」
その言葉には、丁寧さと同時に、どこか決意のようなものも含まれていた。
レインは少しだけ考える。
正直なところ、断る理由はない。
一人より二人の方が安全だし、会話もある。
「いいですよ」
あっさりと頷いた。
「危なくなりそうなら、その時はちゃんと逃げましょう」
「……ありがとうございます」
リリアはほっとしたように微笑む。
その表情は、先ほどよりも柔らかかった。
「では、改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ」
軽く言葉を交わし、二人は並んで歩き出す。
しばらくして、森の出口が見えてきた。
木々の隙間から、開けた平地が広がっている。
「やっと出られそうですね」
「そうですね」
レインは頷きながら、前を見据える。
(とりあえず町を探すか)
今後のことを考えながら歩いていると――
ふと、隣から視線を感じた。
「……どうかしました?」
「いえ」
リリアはすぐに首を振る。
「ただ、少し気になって」
「何がですか?」
「あなたのことが、です」
まっすぐな言葉だった。
レインは少しだけ驚いたように目を瞬かせる。
「自分ですか?」
「はい」
リリアは小さく息をつく。
「あなたは、自分で思っているよりずっと……」
そこで言葉を止める。
言い切るには、まだ情報が足りない。
だが、確信だけはあった。
「……いえ、今はまだ何でもありません」
そう言って、軽く微笑む。
レインはよく分からないまま、
「そうですか?」
とだけ返した。
森を抜け、開けた道へ出る。
遠くには、町らしき影が見え始めていた。
新しい場所、新しい出会い。
その中で――
リリアは隣を歩く青年を、もう一度だけ見た。
(この人、やっぱり……)
違う。
“普通”ではない。
むしろ――
(何かを、隠してる)
確信に近い直感が、胸の奥に残る。
だが、それを確かめるには、まだ時間が必要だ。
リリアは何も言わず、ただ静かに前を向いた。




