第2話 違和感
森の奥へと進むにつれ、空気が少しだけ重くなる。
木々の隙間から差し込む光は弱く、足元には湿った落ち葉が積もっていた。
人の気配はなく、代わりに感じるのは獣と魔物の気配だけ。
「この辺り、ちょっと奥に来すぎたかな」
レインは周囲を見回しながら、のんびりと歩いていた。
特に急ぐ理由もない。
町に向かうにしても、まずは現状の把握が先だ。
(装備も減っちゃったし、無理はしない方がいいか)
そんなことを考えていると――
ガサッ。
背後で草が揺れた。
「……来たか」
振り向くと、そこには一体の魔物。
灰色の毛並み、鋭い牙。
狼型の魔物――この辺りではそこそこ危険度の高い個体だ。
単独とはいえ、油断すれば怪我では済まない。
「まあ、一匹なら大丈夫か」
レインは軽く息を吐き、構えた。
……つもりだった。
魔物が地面を蹴る。
低く唸りながら、一気に間合いを詰めてくる。
(速いな)
普通なら、回避して体勢を整え、隙を見て反撃――
そう考える場面だ。
だが。
レインは、ただ手を伸ばした。
意識は一瞬。
(少しだけ、弱くして――)
次の瞬間。
魔物は、消えた。
音もなく、抵抗もなく。
まるで最初から存在していなかったかのように。
「……え?」
レインは目を瞬かせる。
そこにあったはずの気配が、完全に途切れていた。
「今の……倒した、のか?」
足元を見ても、血の一滴も落ちていない。
「いやでも、そんな簡単に――」
少しだけ考えて、首を傾げる。
「……まあ、弱かっただけか」
そう結論づけると、特に気にする様子もなく歩き出した。
自分の中では、それが一番しっくり来たからだ。
(思ったより、この辺の魔物は楽そうだな)
もしそうなら、移動もそこまで苦労しないだろう。
レインは軽く肩を回しながら、さらに森の奥へと進む。
――だが。
しばらく歩いたところで、ふと違和感を覚えた。
「……ん?」
視界の端に、妙な“情報”がちらつく。
何かが、見えている。
いや、“見えすぎている”。
目の前の木。
その表面、内部、構造――すべてが理解できる。
(なんだこれ……)
意識を向けると、さらに情報が流れ込んできた。
地面の硬さ、空気の流れ、魔力の濃度。
そして――
自分自身。
「……あれ?」
無意識のうちに、レインは“それ”を見ていた。
頭の中に浮かび上がる、ありえない情報。
――ステータス。
――スキル。
普通なら、ここまで詳細に把握することはできない。
そもそも、自分の全てを完全に“見る”こと自体が不可能なはずだ。
だが、今は違う。
はっきりと、見えている。
「えーっと……」
レインは少しだけ困ったように呟いた。
「……多くない?」
並んでいるスキルの数が、明らかに異常だった。
一つや二つではない。
十でも、二十でも足りない。
――数えきれない。
「……いや、こんなもんなのか?」
自分の基準が分からない。
他人と比較したこともない。
だから、これが普通なのかどうか判断できなかった。
だが。
一つだけ、気になる表示があった。
視界の中央に、はっきりと浮かび上がる文字。
――【全スキル所持】
「……ん?」
レインは首を傾げる。
「全スキルって、何だ?」
言葉の意味は分かる。
だが、それが何を指しているのかが分からない。
(まあ……たまたまそう見えるだけか)
深く考えるのはやめた。
分からないものは分からない。
今はそれよりも――
「とりあえず、町に行く方が先か」
現実的な問題の方が重要だ。
レインは視線を前に戻し、再び歩き出す。
頭の中に浮かんでいた情報も、やがて自然と消えていった。
まるで最初からなかったかのように。
ただ一つ。
その表示だけが、ほんの一瞬、残像のように残る。
――【全スキル所持】
それがどれほど異常なことかを、彼はまだ知らない。




