第17話 認識
「ここよ」
カレンが足を止めたのは、森のさらに奥。
明らかに空気が違う。
重く、濃く、張りつめている。
「この先は、上級でも単独行動は推奨されない区域」
振り返らずに言う。
「ここなら文句はないでしょ」
「はい」
レインはいつも通り頷いた。
リリアは周囲を見回し、わずかに緊張を強める。
(さすがに、ここは……)
これまでとは“質”が違う。
だが、隣の存在は変わらない。
(でも、この人なら)
そう思えてしまうのが、もう異常だ。
「来るわ」
カレンが低く呟く。
次の瞬間。
空気が、歪んだ。
――現れたのは、一体の魔物。
だが、その存在感はこれまでの比ではない。
圧が違う。
質が違う。
「……っ」
カレンが無意識に一歩引く。
(これは……強い)
間違いなく、自分でも全力を出す必要がある相手。
「ちょうどいいわ」
剣を抜く。
目は逸らさない。
「今度は、ちゃんと見る」
すべてを。
一瞬も逃さず。
「じゃあ、お願いします」
レインが前に出る。
「……待ちなさい」
カレンが手を伸ばす。
「今回は、私が――」
「大丈夫ですよ」
軽く制される。
「ちゃんと見ててください」
その一言で、動きが止まる。
(……見ろってこと?)
試されている。
そう理解した。
魔物が動く。
視界から消えるほどの速度で接近。
「――!」
普通なら反応すら間に合わない。
だが、カレンは見た。
“見る”ことに集中している。
だからこそ――
見えた。
「……え?」
レインは、動いていない。
正確には、“動いたように見えない”。
だが。
魔物の動きが、止まっている。
空中で。
時間が切り取られたように。
「なに……これ」
思考が追いつかない。
魔物が、歪む。
形が崩れ、ほどけるように――
そして。
消えた。
「……」
音もなく。
完全に。
「……はぁ……」
カレンは、その場に立ったまま息を吐いた。
今度は、見た。
見ようとした。
それでも――
「分からない……」
何一つ。
攻撃の起点も、過程も、理屈も。
ただ、“結果だけがある”。
(……違う)
さっきまでの否定とは違う。
これはもう、理解の放棄に近い。
「……ねえ」
ゆっくりと口を開く。
「あなた、本当に……何者?」
声には、もう棘がなかった。
純粋な疑問。
「えっと、冒険者です」
レインは普通に答える。
「……そういう意味じゃない」
小さく呟く。
そして、目を閉じる。
数秒。
考えて、考えて――
結論を出す。
「……認めるしかないわね」
静かに言った。
目を開ける。
そこには、もう否定はなかった。
「あなた、異常よ」
「そうですか?」
「ええ」
即答する。
「完全に規格外」
ため息混じりに続ける。
「私の知ってる“強さ”の枠にいない」
それが、結論。
「でも」
少しだけ、視線を逸らす。
「……助かったのは事実よ」
小さく、付け加える。
素直ではないが、確かに。
「ありがとうございます」
レインがあっさり返す。
その自然さに、少しだけ拍子抜けする。
「……勘違いしないで」
カレンがそっぽを向く。
「別に認めたからって、全部納得したわけじゃないから」
「はい」
「まだ分からないことだらけだし」
「そうですね」
「だから……」
一瞬、言葉が詰まる。
そして。
「しばらく、一緒に行動するわ」
やや強引に言い切った。
「観察のためよ」
完全に言い訳だ。
だが、その耳はほんのり赤い。
リリアはそれを見て、小さく微笑む。
(来ましたね)
確信した。
「じゃあ、よろしくお願いします」
レインはいつも通りに答える。
その一言で、関係が決まる。




