根回しだってそらもう大変
何があったのかと聞くガルニエ隊長の顔は真っ青である。だろうなあ、俺今お前んとこの部下どうなってんだって普通に真正面から殴りかかったから。
「こちらの、正式な紹介を受けていないのですが……」
「アレクシス・フォンダールです。彼が何か失礼なことを?」
話が早いな。
にしても、フォンダール。フォンダールか。ああ、俺のとこが不作になった時に一番最初に手をあげたとこ。んで兄貴が最速で蹴ったとこ。にも関わらずちょっと粘ってきたとこね。ああはい。なんか色々めんどくせえなあ。この色んな糸がごっちゃごっちゃになってる感じ、俺本当に嫌い。
「誤解があるのです、団長!」
切り裂くようなと言うにもどうにもなんだかな、な声。お前が今必死になって言い訳すんのって上司な訳? 違うだろ、会話でわかるだろ、この場で誰が一番上なのか。
「……どう扱えばいいのやら」
今の一言で何があったのかなんて分かるだろ。
俺はね、もうお前を甚振って甚振って泣かせたいの。エリノア嬢が歯を食いしばって来た分だけお前に返したいのよ。
かわいそうにね。もうちょっと賢く生まれたらよかったのにね。
お前、もう食い荒らされるだけのクズだわ。
「どうしましょう、ガルニエ殿。ここまで軽視されるとなると我が家としてはもう何も無かったことにはできないのですが」
「違うのです、ユリウス様! ぼ、私はあなたに対して何の敵意も」
「けれど、君は私を打ったね?」
どうすれば無様になるかなぁ。俺お前のすげえ惨めな様が見たいんだけど、でもやりすぎると可哀想だなんだってこっちに批判飛んでくるじゃん、それは嫌なのよ。なるほど自業自得ねってみんながいい具合に社交会のネタにするぐらいの、なんかいい着地点が欲しい。
「で、ですから誤解です! 確かに、確かに私はエリノアに対して感情的には、その、なりましたが、それはあくまで幼馴染ゆえの親しさであって」
「……ご覧の通りで」
「つまり、アレクシス・フォンダールは貴殿の婚約者であるエリノア・クロフト伯爵令嬢に、不適切な接触をした挙句、それを貴殿が止めた際に暴力を振るった、ということですね?」
肯定の瞬き。頷く価値すらない。俺はあなたのために静かに敬語で話していますけど、こいつのためには何もしたくありません、そのくらい怒っていますよ、の意思表示。
「エリノア・クロフト嬢、大変お嫌でしょうが、確認させていただきたい。アレクシス・フォンダールはあなたに何を言いましたか」
「隊長!」
その鳴き声は美味しくないなぁ。何泣き言入れてんだよ、違うだろ? お前がやるのは助けてくださいじゃないだろ? お許しくださいだろうが。まだ足りてないのか。
視線を回す。ああ、お兄様もクロフト殿もご到着だわ。あ、クロフト殿の顔、あれ知ってる。お願いだからやらかさないでの顔ですね。兄貴の周りの人たちがたまにする顔だわ、知ってる。
どうするかな。兄貴はどう動きたいかな。
「エリノア、いいよ。……ガルニエ殿、もう結構。私の欲しい答えはもう得られたので」
「は、失礼ですが、ユリウス様、それは」
「私は聞いたな? 抵抗するものには問答無用で力を振るうのがそちらのやり方なのかと。ガルニエ殿が、いま私の婚約者にしたことはそういうことだ」
まあ、ガルニエ殿がエリノア嬢に事実確認取るのはわかるし合ってるんだけどね。ただ満点じゃ無かったので、そこをつかせていただく。なにせ俺は今大変怒っているので? 平気で嫌なとこつきますよ、怒ってるからね。
「こんな場所で、こんなにか弱い令嬢が理不尽に受けた屈辱を、すぐさまもう一度、今度は自分の口から言わせるのがガルニエ・モンレアル率いる王立騎士団第二隊なのだと分かったからな。ならば結構。失礼する」
感情論に切り替えて、強い爆弾を投げたのはわざとだ。そこそこ優秀で特に悪い話も聞かない、控えめな次男坊が感情を晒して自分の婚約者を庇っている。上からの質問を跳ね除けた。ならば、と人の思考は普通に動くはずだ。
見て覚えろ、エリノア・クロフト次期伯爵。世論っていうのはこうやって動かして、根回しするんだ。
「ユリウス! 謝罪しなさい! お前は今言ってはいけないことを言ったよ!」
で、フォローはできる人に丸投げすんのがコツね。
人波を割って来た兄貴は何よりもまず俺の腕を掴む。それからガルニエ殿に軽く会釈した。もうこれでさっき俺が投げた爆弾はお終いになる。兄が軽くとはいえ頭を下げたから。
「ガルニエ殿、うちの弟が申し訳ない。どうにも彼女のこととなると途端に視野が狭くって」
「兄上」
「うんうん。君がエリノア嬢を侮辱されるのが嫌なのはわかるから一旦ちょっと落ち着きなさい。お前はどうしても彼女の名誉にうるさいねえ」
やっぱな。こいつ、ここで自分の問題解消させに来やがった。じゃあ俺はなんの役割だ。後継になるにはちょっと情が強すぎる、あたりがゴールか? なら好都合なので乗っかるけど。
「けれど、あの子が理不尽な目に遭うのはおかしいです」
「知ってる知ってる。だからってガルニエ隊長にまで当たるのはおかしいね? 思い出しなさい、彼はどうだった?」
なるほど、兄貴としてはガルニエ殿は敵に回したくないと。てことはやっぱこの人ある程度優秀なんだな。
ていうか、さっきまで誤解だ誤解だ鳴いてた鳥はどこ行った。ゆらりと動揺した振りで辺りを見回すと、何人かが遠ざかっていく中で妙に動く右手が見えた。ああ、連行。
あいつ本当に最後まで中途半端だなあ。ろくに鳴かねえのかよ。
じゃあもう場面転換じゃん。つまらんなー。大勢の前で泣き喚けと思ってたのに。
そしたらもうこの場面は俺が頭を下げて終わりだな。
「……申し訳ない、ガルニエ殿。私はどうも、この辺がうまく出来なくて」
「いいえ! ……いいえ、ユリウス様のおっしゃる通りです。私が配慮に欠けていました。後日、また、お話を伺いたいと思います」
これでお終い。断罪なんて現実的にはこんなもんだ。残ってるのはひたすらにめんどくさい後処理だけ。
後処理。ああそうか、後処理。
牙はそこにするか。
人から人へ渡る評価として、エリノア嬢のあの一言はある意味で大変正しい。
何の事情も知らない第三者に限って当人の言動からその心根を図るからだ。
例えば、評判の悪い騎士をずっとお慕いしていると言っていた、ちょっと人を見る目がない令嬢を、婚約者に戴いて庇って守っているそこそこ優秀な公爵家次男坊がいるとしたらどうなる。
まず来るのは、次男坊健気ね、でもお家つぐにはなんだか不安ね、だろうけど、その次に来るのは、その婚約者の方って本当はどういう方なのか、だろう。
そうして暴かれる、令嬢のわかりやすい内側はといえば、学院での成績が非常に優秀な、一途で清楚なお嬢さんだ。だから反転する。
あの公爵時の次男坊が庇うだけの価値のある令嬢なんだと。見る目がないというよりも慈悲深い令嬢なのだと思うだろう。何もかもが肯定的に受け取られる。
価値のある人間が、何かを良いとすると、そのものの価値があがる。少なくとも興味は上がる。
ここまで行ったら、あとはもう、見るまでもない。
フォンダール家の使者が真っ白な顔色で正式な謝罪をさせていただきたいという手紙を持って来たのだそうだ。それに返答して、代わりにここならばと兄が指定したのは王城の小さな庭だった。
いつかの庭だろうなと思う。幼いエリノア情が怖がりながらも臨んだ、柔らかいけれど無機質な王の庭。
申し訳ございませんよりもずっと重いプレッシャー。男の両隣にいるのは彼の両親だろうか、顔色が面白いほど白かった。
おわかり?
うちってね、お願いすると王城の一角借りれるお家なの。お二人の真ん中で俯いてるアホはそこに喧嘩売ったアホなのよ。




