初恋を叶えるのって心底大変
「まずは、心からの謝罪を申し上げます」
から始まったのは長い長い言い訳だった。
昔からうちの子はどうも感情を表すのが苦手で、特に素直に好意を示せないようで。昔からそうなのです。いやはや、素直になればいいと何度も言ったのですが、どうも本人はそれが恥ずかしくてたまらないようで。
好きだですとか大事だとですとか守りたいですとか、そういうことを言うのに抵抗があるようで、けれど貴族ですから何よりも態度で語っていたのだと思います。何かあれば彼女を背中に庇っていたのでは?
そうでしょう? 現に私どもは何度も見ておりますから。それなのに、言葉一つでこんな仕打ちとは……。うちの子があまりに可哀想でして。いえ、その、やったことは本当に申し訳ないとは思うんですが、出来たらこちらの事情もお話ししておきたいと、そう思った次第です。
そもそも、エリノア嬢に言ったという、取り立ててくれなんて言葉も、そうすれば守ってあげられるからという感情があったようで、いえ、だから許されるとは言えないんですけれども。今に至るまでずっと彼女は自分を見ているからと思い上がったところは確かにございましたが、日々の訓練も厳しい騎士の職務の中、気心の知れた幼馴染にほんの少しだけ甘えることはそんなに悪いことなのでしょうか?
長ぇわ。
「……悪いことです」
エリノア嬢がそう言った瞬間の連中の顔色っつったらねえわ。いやもう、長いよ、言い訳が。
お前らの話とかほんとに知らんわ。なんでそっちの事情知らないといけないんだと思う。めんどくさい。
「我々が問題だと言っているのは、私が彼に無断で許していない愛称で呼ばれ、侮辱され、挙句打たれそうになったことです。それらが全て、ご子息が素直でないから仕方ないの一言で済むと思ってらっしゃる、そちらの考えがわかりません」
もう、うちの息子素直じゃなくってごめんね許してね、の範囲は超えている。奴がやったのは、仲良しだけど素直に仲良くできない幼馴染にした意地悪ではなく、社交界を揺るがす失態だ。
けれど、と同じようなことを繰り返してるのを見るに、なんでエリノア嬢が前に出て話してるのかも分かっていないんだろうなぁ。
俺がこの場で一言でも否定的なことを言ったらそれでこの一家は詰む。俺は婚約者のために怒っただけであり、そのために家の権力を動かしちゃったくらいには情の深い人間である。という体である。なので、一番最初にエリノア嬢が穏やかに微笑みながら、「ユリウスさま、私が」って言われちゃったら引くしかないのよね。
「ご子息は哀れだと思うお気持ちはわかりました。それで、ユリウスさまを実際に打った件をどうお考えなのですか?」
エリノア嬢の声を最後に円い庭に沈黙が落ちる。俺はこの二人を可哀想にとは思わない。奴を助長し、器をあまりにも浅くて小さくしたのは誰かなんて明白だからだ。
あいつ、俺んとこみたいな後継者とかの問題に無茶苦茶巻き込まれてたらもうちょいマシだったのかもなとは思う。こんなぐずぐずの環境はなぁ、そら腐るわ。いや、俺のこれも大概長いか。自分はかわいそうです、だから人を道具にしていいですなんて理屈は人類史上どこにもねぇわ。
沈黙はそう続かない。当たり前だ。これはある意味エリノア嬢のデビュー戦だ。
「私、アレクシスさまにずっと感謝したいと思っていたのです」
今までずっと俯いていた金髪が瞬発的に跳ね上がる。どこかぼんやりした蒼がエリノア嬢を捉えるより先にこちらで捕まえた。縋ることなど許さない。縋れると思ったことすら許したくない。お前、ほんとにいまだに助かるとは思っていないよなぁ?
「春に歌うのは慰めだと、あなたは仰った」
まて。俺はそれは聞いてない。
「領地の春の意味を知ろうともしないあなたが、歌わないのは領民の質の問題であって、領主の度量ではないと私の話を鼻で笑った」
だから、俺はそれを聞いていない。
「そんなバカみたいな夢を見るよりも王族に跨って腰を振った方がよっぽど領民のためだと仰いました。どうせ満足できないに決まっている、ならば分かるだろう、その代わりに、と仰った」
俺を取り立てろとほざいたと。これ王家への侮辱入ったなー。こいつどんだけ役積むの。スゲェな、下手したら一族全滅するぞ。
最後まで言い切って、ようやくエリノア嬢は口角を下げた。
「あの瞬間、私はあなたを地獄に落とすと決めましたの」
彼女の目の光は頸動脈に噛み付く光だ。
「それでも、幼い頃の話ですから、謝ってくれるのならばと愚かにも考えていました」
なんか、今日初耳多いな、それも知らないぞ。
「誰かが悪し様に言ったことを耳にしてなんとなく行ったのではないか、あるいはついうっかり勢いで言ってしまって、本当はずっと後悔しているのではないかと思いましたから」
寛容であることは貴族の義務でしょうとエリノア嬢がまた口角を上げた。
「ですが、あなたはそうではなかった。おかげで私、あなたを道具として利用することに何の罪悪感も感じずに済みました。本当に、少しも心が痛みませんの」
対面の男の目が歪む。伸ばそうとしたのか何なのか中途半端に手を上げて、けれど結局そのまま落ちた。エリー、と僅かに響いた声が、おそらく最後の悪あがきで、でもそれも結局彼女に粉砕されるだろう。
「私の愛称はエリーではございません。それは王族への反逆ととられかねませんよ」
そうそう。それは俺もずっと思ってた。
エリノア嬢は幼い頃に王族とお茶会をした。しかも、個人的な奴を。
彼らは何よりも体面を重んじる。貴族を自分の都合で呼びつけて、何もなしで、はいさようなら、なんてことはしない。それこそメンツが潰れるからだ。けれど謝礼金なんていちいち払っていられない。そんなことしていたら予算がいくらあってもいあっという間に底をつくだろう。ではどうするか。
簡単だ。名誉を売るのだ。意味なんて何もない長い名前を土産的に送る。故に、彼女の愛称はエリーではあり得ない。王家は本来の名前は奪わないから、エリノア、が愛称になるような、意味のない、けれど分かる人には分かるような名前を贈るのだ。この人は王家に声をかけられましたよ、と分かるような意味のない長い、普通は流してしまうような名前を。
でもたまにこういうとこで光るんだから、古い文化って案外バカにできないもんだ。
「私の名前はエリノアヴェル・クロフト。通称はエリノア・クロフトであり、愛称はエリノアです。王弟殿下にいただいた名前が長い故、そう名乗っております」
「エリ、エリノア、待って、あのね、ずっと、本当はずっと好きだったんだ、だけど、君が王家に攫われるって思って、それで、」
エリーと呼びかけた男が惨めに追い縋る。どうかな、エリノア嬢が好きな奴なんだろうかと思いつつ、彼女の手を握ろうとする指は払った。
「ごめ、ん、エリノア、ほんとにごめん、俺何も分かってなかった、ほんとに間違えた、ごめん、エリノア、ごめんなさい」
「……はい。謝罪は受け取りました」
そうね、ごめんなさいが本人から出たね。
では終了。アレクシスがエリノアに謝罪した。そうれが残ったんなら、後はもういいな?
「今後、こちらへの接触は一切避けていただきたい」
切り出すのは俺の役割。反論を奴らに許さないためだ。決定事項を完全な上段から落とすためだけに、権力を見せたんだから。
なんとかが謝罪し、エリノア嬢が受け取った。それを俺が見て、結果彼らはいなくなる。
それだけの話なのに、本当にビビるくらいの手回しと駆け引きと裏工作がいる。
本当に貴族社会って面倒くさい。
けれどやっていかなくちゃいけないのだ。
彼女が春を謳う歌歌いに恋をし続ける限り。




