【後日談】
大災害から、3年が経った。
窓の外では元学生たちと田村さんが朝のランニングをしている。「腕が下がってんぞ!」という田村さんの怒号で、本土拠点の朝は始まる。
「全人類ヨ……1年目……ログインボーナス……ヲ……付与スル」という機械音のアナウンスで襲来した大型魔物(30mのウミガメ)により、高専が半壊した。そこで、文明クラフトや拠点支援に関心がある高専生や大学生の受け入れを決めた結果、ここもずいぶんと賑やかになったのだ。藤堂君がまとめてくれているので、非常に助かっている。
迷惑な機械音アナウンスは忘れた頃にやってくるが、その無茶ぶりを乗り越えると、旨い報酬があることが多く、最近は待ち構えて期待している人も多い。人類は逞しい。
逞しいと言えば、明治時代──電気もまともに使えない時代くらいまで文明は後退すると覚悟していたが、実際には、1960年代くらいの水準で踏みとどまっている。物質化の恩恵はもちろん大きいが、それだけじゃなかった。世界中の人々が、想像以上にタフで、柔軟だった。
インドでは、元々停電が日常だった社会構造が逆に強みとなり、頑丈な機械を量産し始めた。最先端の半導体技術ではなく、1960年代レベルの工場で発電設備やポンプやトラックを作っている。現場で整備できる「Made in India」の刻印が入ったディーゼルエンジンが、今では世界中で唸りを上げている。このおかげで、火山灰による厳しい冬を乗り越えた人は多い。
ブラジルは、世界有数の航空機メーカーのエンブラエルと空軍が手を組んで、小型旅客機と軍用輸送機による世界航空網をいち早く構築した。元々、国土の6割がアマゾンのため航空機のインフラ化が進んでいたことが大きかった。世界郵便、医療輸送、高価値貨物──空の物流はブラジルが握っている。航空燃料を物質化できる人間が多い地域がハブ空港になり、各地の空港にポルトガル語の案内表記が増えたのは、時代の変化を感じる光景だ。
アメリカは、世界中に展開していた耐用年数が長い原子力空母を中心に海軍が再編され、海上輸送路の確保を担っている。世界中にあるアメリカの軍事基地は、ほぼ狙われたように地形崩壊によって壊滅したため、空母に搭載されていた戦闘機が空軍の主流機になったようだ。軍事力としては依然として世界最強であり、東海岸が全滅した現在、軍部がアメリカの中枢を握っている。だが、レオさん情報によると、多民族国家ゆえの国内紛争に多くの労力を取られているらしい。
物質化能力が、世界の価値観を大きく変えたのは間違いない。
当初は食料や物資の奪い合いだったが、今は「人」の奪い合いが起きている。物質化できる分類によってランク付けされ、引き抜きによるトラブルが絶えない。初期には拉致する勢力もあったが、本人が自死を選び貴重な物質化が失われることが続き、今では高待遇での交渉が主流になった。ブラジル軍が交通機関を分類に選んだ人を探しており、その人が属するコミュニティ全体を最高級待遇で遇すると宣言しているのは有名だ。
世界中で課題は山積みだった。中でも次世代への教育は、世界共通の頭痛の種になっている。もう一度、大災害前の便利な世界を目指すには、人口が減り過ぎていた。物質化のアナウンスは最初の1回しか流れていないため、今後、災害後に生まれた子供たちに能力が付与されるかは、誰にもわからない。これからどういった社会を目指すべきなのか、子供たちに何をどう教えるべきなのか、答えは誰も持っていない。
それでも、俺たちが覚悟していたほどの文明後退ではなかったことは救いだった。
俺にとっては、この3年で嬉しいこともあった。
かつての社員や、施設の準備に関わった人たちの一部と連絡が取れたのだ。残念ながら亡くなった人や行方不明になっている人が多い。だが、連絡が取れて移住を希望する人は、迎えに行って嶺守島や本土拠点で暮らしてもらっている。彼らには、施設の改築や備蓄管理をしてもらい、とても助かっている。
そして近々、スイスやカナダに派遣していた社員が、家族を連れて帰国することにもなっている。また俺が号泣して、みんなにからかわれることになるだろう。現在、ブラジル航空輸送団に、アリスが解析した世界の天気予報を渡しているため、人や物の輸送に関してはかなり融通が利く関係だ。
夜。寝る前にタブレットを開くと、来週の物資リクエストが届いていた。
田村さん ── 新入隊員のブーツ(27cm×2足、28cm×1足)
ブーツはM町の物流倉庫で調達できるだろう。あそこはソーラー換気扇が設置されていたおかげで、ほぼ加水分解が起こっていない。
田村さんは希望者の若者を鍛え上げ、モノリス破壊や魔物退治に飛び回っている。
日本はフォッサマグナの大裂溝で東西に分断され、佐渡島に「東日本復興評議会」、淡路島に「西日本再建機構」が設立された。そして、それぞれに自衛隊や警察を中心とした新自衛隊が再編されたが、田村さんはその両方に武器を提供している。
大型や中型超レア種の魔物を討伐した結果、俺たちの物質化能力は、15種類200立方メートルまで拡張されている。つまり田村さんは、3日で新自衛隊のほぼ1年分の武器弾薬を供給できるのだ。最初の頃の話し合いは難航したが、今では田村さんたちは両組織の遊撃隊という扱いになり、自由な行動ができている。統一政府ができるまで銃刀法は棚上げになっているらしいが、統一政府ができても棚上げは続くであろう。
陽菜乃ちゃん ── サーバー用冷却ファン×12、USBケーブル(Type-C)×20、追記:あと椅子! 腰が終わる!!
サプライ品は、ここの倉庫にまだ十分あるはずだ。役員向け高級オフィスチェアが、外資系企業の隠し倉庫にあった気がする。いや、ゲーミングチェアの方がいいだろうか。
陽菜乃ちゃんは、掲示板の管理やアプリ開発を続けている。高専や大学の元学生たちとも仲良くしていて、千春君たちと一緒に水中作業ロボットや医療ロボットを作ったりもしている。
そして、制御不能になりつつあった通信衛星を地上から立て直し、今後は寿命を延ばす方法を世界中の宇宙開発技術者と議論したりもしている。と同時に、掲示板では、高高度ドローンを利用した通信手段の検討も進んでいる。掲示板にアクセスできなくなることを、何よりも恐れている人は意外に多い。
17歳だった彼女ももう20歳だが、たまに嶺守島へ行って桐島博士に甘える姿は相変わらずだ。千春君との仲を、田村さんがまるで父親のようにヤキモキして見ているが、2人には全くそういう空気は流れていないのが面白い。
レオさん ── 赤ワイン(ブルゴーニュ、畑名と年号の指定付き)、用途は「会議用」
前回の注文、エチオピア・イルガチェフェのコーヒーは、何とか老舗コーヒー店の倉庫で見つけたが、ワインはどうだろう。見つけられても、保存状態の問題がある。地下セラーがある高級レストランを探すか、いっそフランスの取引仲間に頼むか……
来月、アゾレス諸島で各国代表が集まる「人類再建世界会議」がやっと開かれる。
そしてほぼ同時期に、俺たちが始めた「文明クラフトWEB会議」の第8回目も公開配信される。国内の高専や大学の小さな集まりから始まったこのWEB会議は、国内企業や自治体、海外技術者や海外企業へと広がり、今では世界中から参加者が集まる国際会議に育っていた。
レオさん自身は表に出ていないが、この会議がここまで育ったのは、レオさんの謎の人脈と、色々な調整(?)のおかげだと思っている。会議には本土拠点のサーバーを使っているが、議論が紛糾しすぎると、音声や画像や翻訳をレオさんが切ったり繋いだり差し替えたり……えーっと、調整(?)しているのだ。
表の公式会議が「第1回」で、俺たちの会議は「第8回」。その数字の差に、少しだけ胸を張りたい気持ちになる。
高瀬校長 ── 体育館マット×10
これは簡単だ。使われていない学校を回ってマットを集めるだけだ。船の積載量的に、2回に分ける必要があるが、ついでに跳び箱や平均台も運びたい。
嶺守島は子供たちの疎開教育施設になっている。今は約100人の小中学生が暮らし、高瀬校長を中心に大人12人が学習の面倒を見ている。魔物討伐の補助をして、子供たちの物質化枠の開放も進めている。島の生活で、伸び伸びとした笑顔を取り戻す子供も多い。
だが、どんなに守秘義務を誓約させても、噂は少しずつ広がりはじめている。一応、隣接県の更に隣の県の施設に連れて行って適正検査をし、そこから夜のうちに、眠った子供を船に乗せて島へ連れて行くようにしている。それでも、火山灰で見えにくいとはいえ、島から見える本土の山の稜線を子供が覚えていたら、島の位置がバレるのも時間の問題かもしれない。今後は、本土の各地方に疎開施設を作れるように、ノウハウの提供を始めたところだ。
高瀬さんは、とても若返っていて、次は老人の終の棲家になる疎開施設を作りたいと張り切っている。
桐島博士 ── 使い捨てピペット3,000本
これは、博士の元の勤務先だった研究所に行けばたっぷり残っている。ついでに、博士が残している全ての資料を持って行ったら喜ぶだろうか。研究所は、魔物に殺された元同僚たちの干からびた死体が転がっているので、博士を連れて行くわけにはいかない。
博士は、嶺守島でウイルス研究に専念している。本土拠点の方が研究環境はよいが、莉子ちゃんと悠真君のためにあと1年は嶺守島に残る予定だ。
世界中の研究者と連携して抗魔物ウイルス薬を開発したが、1か月もすると変異した。その変異株に対処する薬を作っても、しばらくするとまた変異する。いたちごっこだ。ただ、ヒトからヒトへの感染を押さえる薬は、天露里の協力により完成した。今は、新しいウイルス情報が出るとすぐに研究者チームが動いて対処薬を作り出す体制が整っている。博士の次の目標は予防薬の開発だ。
たまに開発会議を見学しているレオさんによると、海外の研究者の中に、渡欧した元夫(莉子ちゃんと悠真君の父親)もいるらしいが、研究関係以外の会話は一切ないらしい。若輩者の俺には、サッパリ理解できない。
莉子ちゃん ── Pythonの初心者向け参考書、チョコレート(板チョコ多めで!)
9歳になった莉子ちゃんは、陽菜乃ちゃんに憧れてプログラミングを始めた。先月、「6つの言語でHello World出せたよ!」と目を輝かせていた。アリスに聞けば何でも教えてもらえるはずだが、高瀬校長は、小学生のうちはできるだけ紙の本を活用させるという方針だ。「初心者向け」というのが難しいが、高専の図書館を漁ればあるかもしれない。
チョコレートは、おしゃれなカフェを開いている小学校コミュニティに行けばあるだろう。あそこは若手の女性が中心になって、次々とサービスを展開し、対価の物資を稼いでいる。確かチョコケーキがあったから、板チョコもありそうな気がする。莉子ちゃんに持っていくとなると、島の他の子供たちにも配らないといけないから100個は必要だな。連絡を入れておこう。
悠真くん ── 魔物の解剖図鑑
……いや、待て。そんなもの、存在しないぞ。これはアリス案件だな。
悠真くんは、魔物を含む生物全てに夢中で、動物学と医学の本を読み漁っている。9歳にして解剖に興味を持つのは早すぎる気がするが、桐島博士は嬉しそうに人体模型を渡していた。
島に来た女の子は、優しくてキラキライケメンの悠真君を好きになる子が多いが、嶺守島で採れる昆虫標本がズラリと並んだ部屋を見ると近寄らなくなるらしい。
ちなみに射撃訓練では、すでにレオさんクラスの成績だ。身体が成長したら、田村さんを超えると言われている。俺は、VR訓練でも射撃訓練でも、全く歯が立たなくて莉子ちゃんに慰めてもらっている。
タブレットを置いて、明かりを消した。
人が増えるにつれて、専門性のない平凡な自分に落ち込んだ時期もあった。
そして、悩みまくった末、俺は俺の原点に戻ることにした。SilentKey時代の陽菜乃ちゃんに依頼した「北陸地方の大型倉庫・物流センターリスト」や、レオさんが謎の情報元から集めてくる「外資系企業の極秘倉庫のリスト」を元に、ひたすら備蓄物資をかき集める日々だ。地味な仕事だが、俺にはこれが一番向いていた。今ではみんなから「リクエストすれば何でも出てくる打ち出の小槌」と言われている。もう少し格好いい呼ばれ方はないのかと、少し複雑な気分だ。
明日のスケジュールは忙しい。
朝から倉庫2か所を回り、隣市の市民病院の非常発電の燃料を補給する。途中で田村さんのチームと合流して、少し山奥の避難所周辺のモノリスを潰し、物々交換の物資を決める。帰りに小学校コミュニティでチョコレートの交渉をして、できれば髪をきってもらいたい。
15種類、200立方メートル。
足りるかな。
いや、たぶん足りない。
俺のもう一つの重要な仕事は、エネルギー関連の物質化だ。ガソリン、軽油、灯油、航空燃料──俺の物質化能力もかなり上がった。だが、近くの空港に来る航空機の燃料は俺が全て出しているし、施設の燃料や、車両のガソリン、近隣の医療施設の燃料補給も全て俺の仕事だ。冬に配るために、ガスボンベやプロパンガスも貯めておきたい。
足りないなぁと計算していた俺の頭の中に、あの声が響いた。
『全人類ヨ……注目セヨ……』
きた! 俺は拳を握りしめた。
にわかに、拠点施設全体がざわめきだす。
きっと、掲示板サイトでも祭りが始まっただろう。
俺もすぐに起きて、会議室へと走り出した。
また一つ、新しい未来を作るために。
『コレヨリ……物質化能力……ノ……シャッフル……ヲ……開始スル……』
施設に響き渡る叫び声に、俺の絶叫も混じっていた。
おまけにしては、説明過多になってしまいましたが、最後に叫んでいただけましたら幸いです。
ご要望がありましたので、おまけをもう1話追加しました。謎解き不要な方は、ここで終わりにしてください。




