3-22 タイプBの接近(4)終演
「1番、解放!」
田村さんの鋭い号令が、ヘッドセットに響いた。
俺は、タブレットのボタンに指を置いて、深く息を吸って吐き出す。
そして、覚悟を決めてボタンを押した。
展望台の建物の裏で、柵が静かに開いた。
『キィィィ──ッ』
『グルルルルッ』
魔物の集団が、建物を回って駐車場へと唸りながら姿を現す。真っ黒な小型200匹と銀色の小型レア10匹だ。
昨日の午後、陽菜乃ちゃんが試作途中だった高速FPVドローンを、千春君がたった2時間で組み上げた。FPVドローンは、ゴーグル越しの超リアルタイム視点になるため、自分がドローンに乗って空中を自由自在に駆け抜けるような没入感と、遅延が無い正確な操作性でドローンをコントロールできるのだ。
そのドローンにアンモニア溶液を染み込ませた布を垂らし、千春君に朝からひたすら山の中を飛び回って魔物を集めてもらったのだ。展望台周辺半径5kmの魔物の位置は、嶺守島から呼び寄せた監視ドローン15機の映像を基に、全てが地図にマッピングされていた。
木々の間を飛び回り、魔物を種類別に集め、それぞれのゲージへと誘導する。相当な技術と集中力と根気が必要だ。だがその作業を、千春君は楽しんで興奮状態で熟していたと言うからすごすぎる。彼は、技術力はもちろんだが、精神力の強さが一番の武器かもしれない。
『うわっ、犬型の集団だ!』
『荷台に上がれ! 犬っころは問題ねぇ!』
『塩弾、塩弾を装填しろ!』
武装勢力が、トラックの荷台に次々と上がっていく。荷台のアオリは地面から1.5メートル。小型と小型レアでは届かない。
荷台に上がった彼らは、そこに積んであるスコーピオンを構えて、群がる魔物に向けて掃射を始めた。
『ぎゃはははっ、ボーナスタイムじゃねぇか!』
『機関銃があれば、俺らは最強だぜ!』
『いくらでも来やがれ、ぶっ殺してやんよ!』
俺たちは車内に戻り、タブレットで監視ドローンの映像を見つめていた。
「彼らも、少しは考える知能があったんですね」
レオさんが少し首を傾げながら、感心しているのか呆れているのか判断しにくい声で呟いた。
10分後、武装勢力は小型と小型レアを片付け終わった。荷台の上で、彼らは大声で笑っている。
『よっしゃー! 全部きれいに消えたぞ!』
『やっぱ、機関銃があれば楽勝だぜっ!』
『ヨシマツさん、最強っす!』
すかさず、田村さんの号令が響く。
「2番、解放!」
その揺るぎない声を聞き、俺は次のボタンを押した。
展望台の建物の裏から、今度は重い足音が響いてきた。
体長2メートル超え、全身が黒い鱗に覆われた人型のシルエット。異常に長い腕。黒い大きな中型魔物20匹は、かなりの迫力だった。
『……は? おい、何だよ、あれ!』
『人型じゃねぇか、たくさんいるぞ!』
『撃て、撃て! 全弾撃ち込め!』
武装勢力が、再びスコーピオンを乱射し始める。だが、フルオートで撒き散らされる弾は、全て中型魔物の鱗に弾かれるだけだった。20匹が、じわじわとトラックに近づいてくる。あの長い手を振り回されたら、荷台の上にいても安全ではないだろう。
『やべぇぞ! あっちに移動だ!』
武装勢力が、次々と荷台から飛び降りて、SUVに向かう。中型魔物の長い腕が、何度か振られる。一人が爪で太ももを引き裂かれて転倒した。
『痛ぇ、助けてくれーーーっ!!』
悲痛な声に返事はなかった。
残りの14人は、SUV3台に分かれて飛び乗り、即座にドアをロックする。
『くそっ、タイヤがやられてて動かねぇ!』
『どうすんだよ、ヨシマツさん!』
『黙ってろ! 動くな! あいつら、いつかは諦める!』
中型魔物20匹が、並列に停められたSUV3台を取り囲む。長い腕で両端の車を叩き、揺らす。だが、車内の武装勢力には手が出ないようだった。
「チッ、あいつら、魔物が諦めるまで籠城するつもりか?」
田村さんが、舌打ちした。このままだと、どれだけ時間がかかるかわからない。車内の3人で、最終手段として車のエンジンルームを銃撃して炎上させるしかないかと話し合っていると、陽菜乃ちゃんの軽やかな声が、ヘッドセット越しに届いた。
『田村さん、車の窓、開けよっか~?』
「できるのか?」
『電装系全部の乗っ取り、完了してる~!』
『窓の開閉……あぁ、ツールのここのボタンですね。では、こちらでタイミングを見て開けます。陽菜乃ちゃんは触れないでください』
レオさんが、ノートPCを操作しながら少し早口で告げた。
レオさんにしては、少し不自然で強引な対応だ。だがこれは、事前に田村さんレオさん桐島博士と話し合っていたことだった。間接的人殺しの中でも最後の引き金になる行為──例えば、魔物ゲージの開放などは、まだ未成年の陽菜乃ちゃんと千春君にはさせないということを決めていたのだ。
『ちょっと待って、レオさん!』
陽菜乃ちゃんの怒った声に、俺たちは身構えた。
『これだけは言わせて! 車内のスピーカー繋ぐからねっ!』
陽菜乃ちゃんは、こちらが許可する前に車内に向かって話し出した。
『はいは~い、女を舐めてるそこの間抜けな皆さん、窓にご注目くださ~い』
車内の武装勢力が、一斉に反応する音が、盗聴器から届いた。
『うわっ、何だ!?』
『おい、スピーカーから声が聞こえたぞ!』
『女の声だ! 何だ、窓って?』
陽菜乃ちゃんの冷たい低い声が響く。
『殺さないでって泣いても、絶対に許さないからね』
武装勢力の声が止まった。
数秒の沈黙の後、誰かが小さく呟いた。
『リ……カ……?』
陽菜乃ちゃんは、武装勢力の会話についてずっと何も言わなかった。だが、17歳の彼女が胸に強い怒りを抱えていたことに、俺たちもハッとした。
「開けます」
レオさんが、ノートPCのキーを押すと、3台の窓がゆっくりと開き始めた。
『うわっ、窓が! おい、閉じろよ!』
『スイッチが動かねぇ、勝手に開いてる!』
『お前、そっちへ行け!』
武装勢力は混乱しつつも、力のあるやつが内側へ移動し、他の仲間を窓の方へと足で押しやる。
その瞬間、中型魔物の長い腕が、開いた窓から車内に伸びた。
一人の男が、爪に絡め取られて、車外に引きずり出される。そして、そこへ魔物が押し寄せる。
『ぎゃあああっ!』
絶叫が、響き渡った。
車内に残った武装勢力が、パニックに陥いり、車内からスコーピオンを乱射する。だが、全てが跳ね返される。
『やばいぞ。このままじゃ一人ずつやられる!』
『あの建物に移動だ! あそこまで走れば、何とかなる!』
3台のSUVのうち、真ん中に停まっている一番ゴツイ車両の窓には、魔物がまだ近づいていなかった。そこから、6人が一斉に飛び出した。魔物の隙間を無理やり抜けて、展望台の建物に向かって全力で走る。1人は足を引き摺っているが、何とか6人は建物の外階段にたどり着くことができた。
だが、外側に停められた2台のSUVは、扉に中型魔物が貼り付いていて開けられない。6人が走り出したことで、全ての窓から魔物が中を覗き込んでいた。額の第三の眼が目の前で青く光っているが、車内の連中にそこを狙う余裕はない。
『くそっ、扉を開けたら終わりだ!』
『誰か! 頼むっ、どうにかしてくれーーっ!!』
窓から、中型魔物の長い腕が次々と伸びる。一人ずつ、爪で引きずり出されていく。
絶叫が、次々と駐車場に響き渡っていった。
「窓が開いた瞬間に、車から飛び出して走るのが正解だったな」
田村さんが、低く呟いた。
「ですが、彼らは『一人で飛び出す』勇気は無いでしょうね。集団で、命令通りに動くことに慣れすぎていた」
レオさんも、頷く。
「自分の命がかかっていても、最後まで、他人任せのやつらだったな」
建物の外階段を駆け上がる6人を、ドローンのカメラが追っている。
足を引き摺っている男は、少しずつ仲間との距離が開いていた。さっきトラックから飛び降りた時に、捻挫したのかもしれない。
彼は、仲間に遅れながらも、必死で階段を登っていた。
『待ってくれ! 誰か、連れてってくれ!』
誰も振り返らないどころか、先に屋上に到着した5人は、屋上入口の鉄柵を内側から閉めた。
『おい、開けろ! 俺も入れてくれ!』
『無理だ、魔物が来てる! 間に合わねぇ!』
『俺ら、ガキの頃からのツレじゃねぇか!』
『どんくさいお前が悪いんだよっ!』
遅れた一人は、必死に柵を揺らした。だが、内側からロックがかかっている。階段下から中型魔物3匹が、爪から麻痺毒を垂らしながら上がってくる。
『開けてくれっ! 頼む、何でもするからっ!』
中型魔物の長い腕が、男の足を捕えた。引きずり下ろされながら、男は柵にしがみつく。
『助けてくれ! ヨシマツ、助けてくれよっ!』
彼らは後ろも見ずに、屋上の奥へと逃げていった。
数秒後、絶叫が階段から響いた。
屋上に残された5人は、焦っていた。屋上入口の鉄柵をガタガタと揺らす魔物は、少しずつ増えていた。いずれは壊される。
『どうする? ヨシマツさん、もう逃げる場所がねぇよ』
『黙れ、考えてんだろ!』
『考えてる場合じゃねぇっすよ!』
『おい、見ろ、あれ! あっちにハシゴがある!』
屋上の反対側に、一つの避難ハシゴがあった。下を覗き込むと、ハシゴを降りた先に、展望台の中へ入る管理扉がある。扉は、大きく開いていた。
『おい、あそこから中に入れるぞ!』
『早く! 早く降りろ!』
5人が、我先にハシゴを掴んで降り始めた。
ハシゴを降り終えた5人は、管理扉から展望台の建物の中へと入った。そこは、棚がいくつも並んだ薄暗い倉庫で、もちろん、監視カメラは仕込んであった。
『よし、ここで魔物がどっか行くまで待とう!』
『こっちの奥のドアは鍵がかかってるぞ。トイレじゃねぇのかよっ』
『扉も窓も全部塞ぐんだ!』
『この棚を動かそうぜ。おい、手伝えよっ』
5人は、慌てて棚を動かし、扉と窓を塞ぎ始めた。
『ふぅ……これで一息つけるな』
『棚に、非常用ランプも水もあるぜ』
『ヨシマツさん、すげぇっすよ! よく逃げ切りましたね!』
『当たり前だ。俺の命令は正しいんだよ』
『だけど、武器は全部、車に置いてきたぜ? これからどうする?』
『バカかっ!俺がいるんだ、任せろ』
ヨシマツが手をかざすと、スコーピオンが次々と現れる。1日1㎥で約400挺だ。
武器の山を見て、全員が余裕を取り戻した。
『お前らも出せよ』
『俺は唐揚げ。みんな食ってくれ』
『俺、シンナーっす。出しますか?』
『いらねぇよ。ほら、缶コーヒー』
『悪い、俺、クロムハーツのネックレスなんだけど』
『おいおい、お前、使えねぇなー』
『だって、高く売れるじゃねぇか。サトヤンも欲しがってただろ』
『気にすんな。機関銃がこれだけあれば、何とかなるだろ』
『そっすね、ヨシマツさん、最強っす!』
『俺らに勝てるやつなんていねぇんだよ!』
『今晩はここに泊って、明日、降りる道を探そうぜ』
『あぁ、魔物は餌を食い荒らしたらどっかいくからな』
『ひでぇ、あいつら餌扱いかよっ、ぎゃははっ』
武装勢力が、倉庫の中で安心した笑い声をあげる。
麓に降りたら、車を奪おう、仲間を増やそう、食べ物やアルコールを強奪しよう、女を拉致ろう、俺たちは最強だとはしゃいでいた。
その笑い声が、少しずつ引きつった声へと変わっていく。
『あれ? なんか、口が……手も……痺れて……』
一人が、唐揚げを掴んだ手を見つめながら呟いた。
『俺もだ……動かねぇ……』
『何だ……これ……身体が……』
『ヨシマツさん、これ、何っすか……』
『俺も……だ、立てねぇ……』
5人が、床に崩れ落ちた。目の前にあるスコーピオンを握ることもできない。
昨日、田村さんが鉄橋に爆薬を仕込んでいる時に、俺とレオさんで建物裏の電気柵の準備をした。その後、俺は監視カメラなどを仕込み、そしてその時に、レオさんは避難用ハシゴや室内の棚に神経毒を塗っていた。その時は、そこまで必要なのか半信半疑だったが、やはり準備は裏切らない。
「3番、解放」
田村さんの号令が聞こえた。
俺は、これで終わることを祈って、最後のボタンを押した。
カチリと扉の鍵が外れる音がして、ギギギィと音をたてながら、閉まっていたはずの奥の扉が、ゆっくりと開きだした。
扉の向こうの暗闇から、巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
中型より一回り大きな中型レア種。全身がシルバーの鱗に覆われて僅かに発光している。通常の中型魔物のように額に第三の眼は無い。代わりに、緑色の5cmほどの発光点が体表を不規則に高速移動していた。
予定外に千春君が見つけてきた、活きがいい追加の一匹だ。
『うっ……うわ、あれ……何だよ……』
『動けねぇ……逃げられねぇ……』
『ヨシマツさん……助けて……』
『お、俺だって……ふざけんな……誰か……』
中型レアが、一歩、倉庫に踏み込んだ。
長い腕が、床に倒れた一人を軽々と掴み上げた。
「もういいだろう。アリス、逃げ出すやつがいたら報告してくれ」
田村さんがアリスに指示を出して、監視カメラの映像を切った。
俺たちが後始末の話や明日以降のスケジュール確認をしていると、しばらくして、桐島博士の声がヘッドセットに届いた。
『生体反応、15名全員消失です』
「作戦完了だ」
田村さんが、短く答えた。
そして、深く長く息を吐いた。
田村さんも、ずっと息を詰めていたことに、俺は初めて気付いた。
73式が、ゆっくりと麓へ向かって動き出した。
俺は、助手席で窓の外を見ていた。
夏で日が長いとはいえ、夕暮れの気配がただよっていた。
何度もカーブを曲がりながら、少しずつ降りてゆく。
カーブを曲がるたびに、遠くに海が見えたり、小さな集落が見えたり、学校の建物が見えたり、景色が切り替わっていく。
「これで正しかったのか……わからねぇな」
田村さんの小さな呟きに、レオさんが静かに答える。
「あらゆる意味で、私たちにとって最も負荷の少ない方法を選んだだけです。正しいかどうかなんて、誰にもわかりませんよ」
ふいに、視界が滲んだ。
涙が、頬を伝った。
止めようとしたが、止まらなかった。
次から次へと、涙が溢れてくる。
喉が震え、嗚咽がこらえなくなった。
「神崎君、大丈夫か?」
田村さんが、こちらをちらりと見た。
俺は、何度も頷いた。
頷きながら、涙を流し続けた。
田村さんの片手が伸びてきて、俺の頭をクシャクシャにする。
その手を避けて、少し笑う。
前世の最期から、体の奥でずっと俺を責め続けていた固い何かが、少しだけ溶けて消えた気がした。
本土拠点に戻り、少し静かで、だがみんな笑顔の夕食の後、俺は一人で屋上に出た。空は、相変わらず曇っているが、朧げに月が見える。冷夏のおかげで、夜の風は心地よい。
明日は──いよいよ、大学訪問だ。
前世で避難生活を送った、あの大学。
俺が前世で死んだ場所。
死に戻ってから、ずっと避け続けていた場所。
だが、仲間と一緒なら──




