3-21 タイプBの接近(3)誘引
※ 残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
県道沿いのコンビニ。
道路わきに立つ10mの高さがある看板が、津波の被害で少し曲がって立っている。
俺たちは、今日の午前中いっぱいかけて、入念な仕込みを終えていた。
建物周囲の火山灰を、自走スイーパーで完全に除去。割れたガラス窓やドアは、新品のベニヤ板と緑色の防水シートで塞ぐ。そのベニヤ板にはスプレー塗料で『立入禁止』と大きく書く。県道から出入りしたタイヤの跡を何本もつける。
駐車場の一角には、赤や黄色の空のビールケースが目立つように積み上がっている。その横には、ブルーシートで覆われた塊。シートが小さめで、裾からビール瓶が詰まったケースがよく見える。
周りの建物が、降り積もった火山灰で灰色の世界に沈んでいる中、このコンビニだけがカラフルな色彩で浮いていた。
「こんな、見え見えの罠に引っ掛かるか?」
田村さんが、カーテンの陰からコンビニを見下ろしながらつぶやいた。
武装勢力の到着予定時刻まで約30分。俺と田村さんとレオさんは、コンビニの斜め前の住宅の2階に潜んでいた。
「彼らの会話や行動パターンを基にした分析では、成功率100%です。連中は、『綺麗な建物=物資が残っている』としか考えません。低能ですからね」
レオさんが、ニッコリと微笑む。
『桐島です。神崎さんと千春さん、2人とも心拍数が上がってますね』
ヘッドセット越しに、桐島博士の穏やかな声が届いた。
「えっ?」
俺は、思わず腕時計に触れた。心拍数の表示は──128。確かに、いつもの倍近い。
『神崎さんは、典型的な緊張状態です。心拍数128、心拍変動が低下しています』
「あぁー、確かに、緊張はしてますね」
『深呼吸を、ゆっくり3回。吐く息を長く意識してください。それで副交感神経が働いて、心拍変動が回復しますよ』
「はい」
俺は、ゆっくりと息を吸って、長く吐いた。
『へぇ、緊張状態なんだー。じゃあ、俺も深呼吸しますね!』
本土拠点の会議室にいる千春君の元気な声が聞こえる。
『いえ、千春さんは違います』
桐島博士が、スパッと訂正する。
『千春さんは、興奮状態です。心拍数は130ありますが、心拍変動は安定。呼吸はリズミカル。あなたの脳は、この状況を完全に楽しんでいます』
『え、それってヤバいですか?』
『いいえ、興奮状態は、脳の集中力や判断力を一時的に引き上げますので、悪い状態ではありませんよ。ただし、生体機能的に、集中力の持続は90分が限界と言われています。意識して休憩時間をとるようにしてください』
『はーい! コーラ&ポテチタイムに入りますー』
「……千春君は、大物だな」
田村さんが、笑いを堪えながら呟いた。
『神崎さん、心拍変動が回復してきましたね。このまま行きましょう』
「ありがとうございます、博士」
腕時計の表示は、112。俺の心拍数は、深呼吸のおかげで少し落ち着いてきた。
だが、武装勢力が接近しているのに、緊張状態が俺だけって、おかしくないだろうか。
仲間が頼もしいけれど納得はいかない。俺は、深く吐く息にため息を混ぜた。
午後2時06分。
武装勢力の車列が、肉眼でも確認できるほど近付いてきた。
田村さんの指示で、監視ドローンの映像からアリスが唇の動きを分析する。車内の会話がヘッドセットに流れてきた。
『おい、あそこきれいだぞ。寄ってみようぜ』
『コンビニか? 塞がれたのは最近っぽいな』
『じゃあ、寄っても女はいねぇじゃん。他を狙おうぜ~』
『ちょ、待て待て。あそこにビールがあるぞっ!!』
『っしゃぁぁ! こりゃ、建物の中も期待できるな』
車列が、コンビニに吸い寄せられていく。先頭のSUVから降りた男たちが、入口のベニヤ板を蹴破り、ビニールシートを引き剥がした。
店内の様子は、設置した監視カメラを通してタブレットから確認できる。
『おぉ、まぁまぁ片付いてるぞ。酒や缶詰も残ってるじゃねぇか!』
『今日はここに泊まろうぜ! 宴会だ、宴会! ぎゃははっ』
『うるっせーな! お前、さっきまで二日酔いで寝てたじゃねぇか』
『ビールが温い。どこかの川で冷やそうぜ』
『おい! そこのクラフトジンは、全部、俺のもんだ。飲んだ奴はぶっ殺すぞ』
タブレットから、武装勢力の騒々しい声が響く。
「何で、こいつらこんなに警戒心がねぇんだ?」
田村さんが、腕を組んで首を捻る。
「見張りも立てずに、全員で酒盛りを始めたぞ? しかも、武器は車に置きっぱのヤツが多いし、車のドアはロックしてねぇ。舐めすぎだろ」
「彼らはここに来るまで、何でも思い通りに上手くいった。だから、全てが『俺たち最強』で脳内処理されてるんでしょう」
肩をすくめたレオさんは、目を細めてタブレットを見ていた。
30分後。
店内では、男たちの下品な笑い声と、ボトルの割れる音が響いていた。
「そろそろ十分そうだな。あいつらが寝る前に、行くぞ」
田村さんが、屈伸しながらゴーグルとマスクを装着し直す。レオさんも、ウエストポーチを開けて、準備していた道具を確認した。
2人は、住宅の裏口から出て、低い姿勢で素早く県道を渡り、駐車場の中央に固まって停まっている5台の車両に近づいていく。残った俺は、ドローン3機を近くに呼び寄せ、ライフルの安全装置を解除する命令を出した。
レオさんが、SUVのドアにそっと手をかけ、するりと座席に身体を滑り込ませる。車内では、シート裏に盗聴器を取り付けてから、カーナビにケーブルを繋いで、陽菜乃ちゃんのハッキングソフトを流し込んでいるはずだ。
『1台目完了』
1分30秒で、レオさんから連絡が入った。想定より早い。残り4台だ。
その間、田村さんは車の下に潜り込んで、次々とタイヤ周りに小型爆弾を仕込んでいる。トラックは、念入りに前後の2か所に潜り込んでいた。
武装勢力の全員が室内で騒いでいるのは、タブレットで確認している。だが、それでも、2人が移動する度に俺の心臓はドクンと跳ねた。待っている1秒1秒が、ひどく長く感じた。何度も深呼吸を繰り返していると、やっと待っていた声が聞こえた。
『5台目完了、待機場所に戻る』
2人が、住宅の2階に静かに上がってきた。
「追い出し作戦、始めますね」
田村さんがうなずくのを確認して、俺は、タブレットを操作した。
パンッパンッという乾いた高い音と、ゴロゴロゴロッという不気味な低い音が、コンビニから少し離れた場所から聞こえる。設置していた大型スピーカーから流した音だ。
店内のバカ騒ぎが、少し静まった。
『おい、この音、何だ!?』
『何も聞こえねぇよ。お前、酔っぱらい過ぎだぞー』
『いや、俺も聞こえるぞ。雷か?』
続けて、コンビニ看板の鉄柱に、ドローン3機からライフルの弾を当てる。ギィンギィンギィンと不快な金属音が響き、火花が散った。鉄柱につけたマーカーを、3挺のライフルが正確に狙撃する。狙われた鉄柱は、15秒で途中から折れて看板ごと崩れ落ち、大きな音を響かせた。
『おい、やべーぞ! 何かきた』
『機関銃! 車だ、車に戻れ!』
武装勢力が、慌てて店内から飛び出してくる。アルコールでフラフラしながらも、周りを見回して車両に乗り込んでいく。
「シャッターを開けます」
17人全員が乗り込んだのを確認すると、レオさんが、隣の民家の車庫に閉じ込めていた中型魔物3匹を遠隔操作でリリースした。
『グルルルルルルッ』
車庫の電動シャッターが開くと、閉じ込められて苛立っていた魔物たちは、唸り声をあげながら県道へと出ていく。
体長は2メートルを超えている。人間のようなシルエットだが、全身が黒く硬い鱗に覆われていて、腕は地面に届くほど長い。鋭い爪からは、わずかに紫の液体──麻痺毒──が滴っていた。
『うわっ、人型の魔物だ!』
『塩弾、塩弾はどこだ!』
『あいつはムリだ、逃げろっ!』
慌ててエンジンをかけた車両の前に、騒ぎに反応して寄ってきた魔物が立ちふさがる。
最後尾のSUVから2人の男が、無理やり蹴り出された。2人は車の扉をバンバン叩きながら叫び声を上げる。
『おい、入れてくれ! 足止めなんてムリだっ!』
『ヨシマツさん、置いてかないでくださいっ!』
『うるせぇ、人型だ! 巻き込まれてたまるか、出せ!』
5台の車は、2人を置いて魔物を避けながら、次々と駐車場から出て行った。
残された2人は、立ち上がって震える手でスコーピオンを構える。じわじわと近寄ってくる魔物に、フルオートで乱射するが、弾は全て黒い鱗に弾かれた。2秒もかからずに弾を打ち尽くしたが、リロードするマガジンは持っていないようだ。青ざめた絶望的な顔で、スコーピオンを投げ捨ててサバイバルナイフを構える。
だが、その一瞬で、魔物たちが一気に距離を詰めた。
長い腕が、弧を描いて振られる。
一人目の手から、ナイフが弾き飛ばされた。慌てて逃げようとする背中に、鋭い爪が振り下ろされる。
『ぎゃあああっ!』
服を貫いて背中の肉が引き裂かれ、血が飛び散る。地面に倒れた男は、麻痺毒が回り始めた身体を引きずって、建物の方へ這っていこうとする。
『助けて……くれっ……置いて……いかな……』
魔物は地面に這う男に近づくと、長い腕で軽々と持ち上げ──そして、首筋に喰らいついた。
『────ッ』
声にならない絶叫が響き、ぷつりと途切れた。
その様子を見ていたもう一人は、声も出せずに立ちすくんでいる。
2匹の魔物が両側から近づき、鋭い爪を何度も身体に突きさす。そしてあっという間に、噛みちぎられて胴体と離れた首が駐車場に転がった。
駐車場には、静寂が戻った。
「中型魔物を殲滅します。別の魔物が寄ってくるとやっかいです」
俺は声をかけてから、ドローン3機が積んでいるライフルを中型魔物自動迎撃モードに切り替えた。男たちの死体を弄んでいる魔物をターゲットに指定すると、次々と額の第三の目に、的確な一撃が決まる。あっけなく倒れた3匹の魔物の巨体は、少し揺らいだ後、霧のように消えていった。駐車場には、目を背けたくなるような死体と血の海だけが残っていた。
「仲間でも切り捨てる、か」
田村さんが、低く呟いた。
俺たちは無言で、荷物を持って2階から降り、住宅の裏に隠していた73式トラックに乗り込んだ。
コンビニを出発しても、みんな無言だった。遠隔で見ていたはずの桐島博士や、本土拠点にいる2人も反応が無い。掲示板の動画で見るショッキングな映像と、自分たちの目の前で起こったできごとでは、実感する重みが違う。
俺たちの作戦は、酔った状態で判断力が低下した武装勢力を、トラップを仕掛け終わった車で出発させるために魔物をけしかけるだけだった。全員が車で逃げれば問題ないはずなのに、まさか、仲間2人を囮に残すとは考えてもいなかった。ここでは、誰も殺さない予定だったのだ。
この想定外に早く起こった間接的な殺人は、それぞれの中で整理を付けるしかない。
俺の心は落ち着いていた。
さっきまで一番、緊張していた俺が、今は誰よりも、動揺していないだろう。
あれは──前世の俺にとっては、見慣れた光景だった。
何人もが、魔物や暴力的な後輩たちに惨たらしく殺された。
目の前で助けを求める知り合いを、見捨てて逃げたこともある。
直接的な加害者は魔物や後輩だったかもしれない。だが、俺も間接的な加害者だったと、今の俺は知っている。
だが、俺は繰り返さない。
武装勢力を殺すのは、被害者を増やさないための『必要悪』だ。誰かがやらなきゃいけないのなら、前世の記憶を持って死に戻った俺がやる。今度は卑怯者にならないために、俺はここにいるのだ。
レオさんが、みんなのヘッドセットに静かな音楽を流してくれた。その少し不思議な透き通った調べは、みんなの沈黙に寄り添ってくれた。
音楽が終わると同時に、余韻にひたる間もなく田村さんが告げた。
「よし、切り替えるぞ。みんな目の前のことに集中しろ。情報共有だ。順に報告してくれ」
陽菜乃ちゃんが一番に声を上げる。
『カーナビの乗っ取り終了! ルートと地図の書き換え終わったよ~』
「了解。分岐に着いたら、やつらのカーナビの操作が増えるはずだ。しっかり対応してくれ」
『はーい!』
『千春です。予定の収集は90%完了。活きがいい奴が見つかったんで、そいつも追加で連れていきます!』
「無理するなよ。今朝からずっと操作して疲れてるだろ」
『大丈夫っす! ロボコン部の合宿だと、1日に12時間以上プロポ握ってますから!』
『皆さん、バイタルは落ち着いています。今のうちに、水分補給と目薬点眼を行ってください』
「桐島博士、ありがとうございます。こちらは標的の後方約1km。火山灰の巻き上げが見つからない距離で追走中。問題なし」
みんなの声は、いつもより少し硬く聞こえるが、震えは無くしっかりとしていた。
『分岐は誘導どおりに曲がったけど、山道に入って停車しちゃったよ~』
20分後、陽菜乃ちゃんの報告に、武装勢力の車内の会話を確認する。
彼らの会話は、仲間2人を見捨てたことなんか無かったかのように普通だった。
『おい、ソウタ。山道に入るのは、もっと先じゃなかったか?』
『ナビ通りだよ。任せとけって』
『あれ? これ昨日までの推奨ルートと変わってね?』
『そうだよ、この先の学校で女を拉致るって言ってたじゃねぇか』
『え? ちょっと待て…………あー、さっきの道を進むと通行止めになってるな。だから迂回ルートになったみてぇだ』
『なーんだ、ナビちゃんと頭いいじゃねぇか』
『はぁ? 女はどうすんだよ』
『お前は猿か? 山を越えたらまた探せばいいだろ』
『おい、こっから、山道だぞ。トラックにチェーンをつけろ』
『この灰がやっかいだよな。タイヤが空回るとヒヤヒヤするぜ』
『新しいタイヤの跡が何本もあるから、この道は大丈夫じゃね?』
「カーナビが推奨してれば、それでいいんですね、彼らは」
「VICSが動いてねぇのに、通行止めが出るわけねぇだろ」
レオさんと田村さんが、呆れた声を出した。
しばらくして、車列が山道へと進みだした。──行き止まりの山道へと。
武装勢力は山道をゆっくりと進み、頂上の展望台の駐車場に到着した。
俺たちは、その時を待って、山道途中の見晴らしがいいカーブで待機していた。
『……あれ?』
『おい、行き止まりだぞ』
『どうなってんだよ』
『ナビだと、滋賀の方に抜けることになってるんだよ』
『なぁ、どっか別の道があるんじゃね?』
『どこにあんだよ! 看板に『展望台』って書いてあるじゃねぇか!』
『え、じゃあ俺ら、道を間違えたわけ?』
『しゃーねぇ、引き返すか? 電波のせいかもしれねぇし』
『あー、それしかねぇか』
「起爆」
田村さんがタブレットを操作すると、駐車場の方で、いくつもの小さな爆発音が連続して響いた。車のタイヤ周りを破壊し、5台とも走行不能にしたのだ。
『うわっ、何だ!?』
『おい、車だ! タイヤが!』
『ヨシマツさん、車、走らねぇっす!』
『何だと!? くそっ、どうするんだよ!』
『歩いて降りるしかねぇよ』
『はぁ? 山は魔物が多いんだぞっ!』
『仕方ねぇだろ、車が動かねぇんだから!』
『日が暮れる前に降りた方がいい。ここで夜明かしは無理だ』
『麓でまた車を調達すりゃいいさ、行こうぜ』
「はっ、逃がすかよ」
田村さんの言葉と同時に、ドンッという短く重い音が、山に響いた。
展望台手前にかかっていた鉄橋のアーチ部分3箇所が、ほぼ同時に爆発する。
橋桁が、自重を支えきれずに変形し、歪んでいく。
映画の爆破シーンのような派手な炎や煙は上がらず、ただ静かにゆっくりと谷底に崩れ落ちていった。
爆薬を仕掛けた3か所は、アリスがドローン画像から作り上げた鉄橋のCIMデータを元に応力解析して決めた位置だ。昨日、田村さんが点検用のキャットウォークを伝って、RDX爆薬を仕掛けておいた。たった3か所で鉄橋を落とせることに驚いたが、これで奴らの逃げ道は完全に断たれた。
『なんだ、今の音!?』
『おい、あれ見ろよ、橋が壊れたぞ!』
『うっそだろ、え、引き返せねぇってこと!?』
『マジかよ、終わったぁ……』
『ヨシマツさん、どうしますか?』
『なんとかしてくださいよ!』
『うるせぇ、ちょっと黙れ! 俺だって考えてんだよ!』
『ヨシマツさん、責任取ってくださいよ! ナビ入れたの、あんたじゃないっすか!』
『黙れ、ソウタ! てめぇ、誰のおかげでここまで来れたと思ってんだ!?』
『おかげって、こんな場所連れて来られて、おかげも何もねぇっすよ!』
『あぁ!? お前、殺されてぇのか!?』
「……マジで、どうしようもねぇやつらだな」
田村さんは、もう完全に笑っていた。
「トラブったら、責任の押し付け合い。組織として終わってる」
「アリスの『脅威度・低』分析、本当に正確でしたね」
レオさんは、いつもより少し冷ややかな視線で展望台を見上げている。
俺は、タブレットに映るドローンからの映像を見つめた。
展望台の駐車場で、五台の車両を囲んで、武装勢力15人が罵り合っている。リーダーは怒鳴り散らし、メンバーは責任を押し付け合い、誰一人として「これからどうするか」を考えていない。集まってただ喚き合うだけで周囲の確認すらしないから──展望台裏の様子にも気づいていない。
「これからが、本番だ。開始するぞ」
田村さんの声が、ヘッドセットに響いた。




