3-19 タイプBの接近(1)観測
半分、車を出発しかけていたところに、千春君が飛び乗ってきた。
「先生の許可、もらいました! 俺も連れて行ってください!」
2列目にいた陽菜乃ちゃんは、すぐ3列目に移動して千春君のために席を空け、それを見た田村さんは苦笑いしている。レオさんは助手席から「どうしますか?」と視線で投げかけてきた。
千春君は、荷物を3列目に無造作に放ると、すぐにシートベルトを締めて、陽菜乃ちゃんに席のお礼を言っている。俺は迷って、アクセルを踏めずにいたが、スマートグラスにテキストが流れてきた。レオさんが手元のスマホに入力したメッセージだった。
『様子を見て、場合によっては老人ホームに預けてから帰りましょう』
俺は頷いて、車を出した。
「ちょうど、爺ちゃんから連絡が来たんだよぉー」
千春君がスマホを掲げて、説明を始める。
「高瀬さんって人を、家の離れに受け入れるからガラクタを捨てるぞーって。神崎さんたちがその高瀬さんを里に連れて来るって言うから、俺も一緒に連れてってもらおうと思って」
陽菜乃ちゃんが、慌てて自分のタブレットを操作した。
「あ、ホントだ……連絡専用アカウントに住職さんからと高瀬さんからのメッセージが何件も来てる……」
昨晩、俺たちが高瀬さんに天露里への移住を提案するメッセージを送った時は、「少し考えさせてほしい」と言う返事だった。だが、受け入れの打診を送った天露里の方は、住職さんがすぐに動いたらしい。俺たちが安否情報のために登録していた、老人ホームのコミュニティ評価を見つけて、すぐにDMを送ったようだ。早い。さすがだ。
「チィちゃんのお爺ちゃんが住職さんなの?」
「いや、俺の爺ちゃんは山でフラフラしてる」
「あ! お婆ちゃんがドローンでお弁当を届けてた人?」
「たぶんそう。あー、村の魔物探知アプリをバージョンアップしたのは橘か」
「そうだよ~ふふん。チィちゃんって、実家大好きだねぇ。また帰るんだ」
「だって、家の離れには大切なものがいっぱいあるんだよ。捨てられたら困る。それに、しばらく村を離れると、村の水がすっごく飲みたくなるんだよね」
「天露? チィちゃんはエリクサー中毒か~」
「あー、見て見て、ドローンが付いて来てる。かわいいなぁー」
空を見上げて、呑気にドローンに向かって手を振る千春君。
彼の人柄に問題があるわけではない。陽菜乃ちゃんだけでなく、田村さんやレオさんも、千春君をかなり評価している。だが、本土拠点に連れて行くには、もう少し時間が欲しい。どうしても俺は不安の方が大きいのだ。
──そう考えていたところに、いきなりの直球だった。
「ねぇ、あの掲示板サイトって、神崎さんたちが運営してるんでしょ?」
2列目で空を見上げて鼻歌を歌っていた千春君が、唐突にぶち込んできた。
ハンドルを握る俺の指が、一瞬、強張る。車内の空気が、急に薄くなった気がした。
「いきなりですね。どうしてそう思うのですか?」
最初に穏やかな声で切り返したのは、レオさんだった。
「うーん、なんとなく? うちの村って、みんな勘が強いんだよねぇー」
千春君は、雲を見ながら独り言を呟いているような、のんびりした口調だ。
「勘で運営にされてもなぁ、ははは」
田村さんが、頭をかきながら軽い感じで笑った。
「チィちゃん、私たちを過大評価しすぎだよっ! そんなにドローンが怖かった? あれ、本当は麻酔銃だから、撃たれても眠るだけなんだよ~」
陽菜乃ちゃんが、早口で千春君の気を逸らそうとする。
「でもさー、如月さんが、藤堂さんに『集団的効力感』って言ってたでしょ? あれは掲示板サイトには無い言葉だよね? でも、なーんか、『同じだ』って俺は感じたんだ」
「……」
レオさんが、珍しく言葉に詰まった。
田村さんの肩がわずかに揺れている。笑いを堪えているのか、動揺しているのか。陽菜乃ちゃんは「うわぁ……」と小さく漏らして、口をタブレットで隠している。
「それにさー」
千春君が、まだ続ける。
「橘の書くコードと、サイトで配布される魔物とかモノリス探知アプリのコード。ちょっと似てるよね。俺、あんまり詳しくないけど、変数の名前の付け方とか? 癖がないコードなんだけど、そこだけ少し拘ってると言うか」
陽菜乃ちゃんが、口を隠していたタブレットを持ち上げ、顔全体を覆った。
俺の頭の中で、いくつもの考えがグルグルと回る。
陽菜乃ちゃんとは災害前からゆっくり時間をかけて、信頼関係を作った。
桐島博士は、自分で必要だと判断してスカウトした。
田村さんとレオさんは、災害直後の混乱の中で、状況に流されて、なし崩しで仲間になった。
だが、たまたま、いい人たちだった。
そう、たまたま、だ。
千春君もいい人そうだと頭ではわかっている。今までのDMや高専でのやり取りでも、信頼できる誠実さは感じた。それに、田村さんやレオさんは前から仲間の人数を増やしたいと言っていた。千春君のハードウェアの技術力はほしい。いつも、陽菜乃ちゃんに負担をかけすぎているという反省もある。
だが、千春君は高専にも天露里にも居場所がある。
俺たちの本土拠点や嶺守島の機密を漏らさずにいられるのだろうか。
万が一、情報が漏れた場合はどうなる?
──俺は、集団が怖い。
「じゃあさ~、もしも私たちが掲示板の運営者だったとしたら、チィちゃんも仲間になってくれる?」
陽菜乃ちゃんの声が車内に響いた。
俺は機械的にハンドルを動かし、アクセルを踏んでいるが、全神経は千春君に集中していた。
千春君は、首を傾げて少し考えた。
「うーん、運営には興味ないよ。俺の最終目標は『搭乗型ロボット』なんだ。水陸両用でさ、宇宙にも行けてさー」
搭乗型ロボット? ガンダム? エヴァ?
俺の思考が、一瞬、止まる。
「だから、高専で研究を続けたいんだよね」
「じゃあさ、高専より研究できる環境ならいいの?」
「それは興味あるけど、うーん、でも俺一人じゃなぁ」
「でも、興味はあるんだ? 電力制限で溶接機の使用時間が決められてるって言ってたもんねー。使いたい放題だと研究も捗るよねー」
陽菜乃ちゃんが、にこにこと畳みかける。
さっきから、レオさんが『陽菜乃さん、情報注意』『陽菜乃さん、Fポイントで休憩をとって話し合いましょう』とテキストで連絡してきているが、陽菜乃ちゃんはスルーだ。田村さんも止める気はないようで、苦笑いしながら二人の会話を見守っている。
しょうがない。
文明クラフトを進めるために掲示板サイトにページを追加したんだ。千春君の反応を見るのはありだろう。それに、千春君を脅して機密保持する方法は、いくらでもレオさんが考えてくれるだろうし、いざとなれば、嶺守島に撤退すればよいだけだ。
途中休憩の時に、俺は千春君を本土拠点に連れて行くことに賛成し、いくつかの安全策をお願いした。
途中から目隠しをしてもらうこと。
スマホのGPS機能を制限すること。
見聞きしたことは、他の人に話さないと約束してもらうこと。
警戒して拒否するかと思えば、千春君は「なんか、ワクワクします!」と笑っていた。大物かもしれない。
本土拠点に到着して、研究施設や製造工場を案内する。
「うっわ……何ここ、ヤバくない? ってか、さっきの入り口のギミックがムリ……あ、あれなに……火山灰を自走して掃除してる……かわいいなぁー」
千春君は、あちこちでぼそぼそと呟いている。
工場にある最新の大型機械や分析器には、目を輝かせていた。
「ロボコン部でここを使えたら、最高なんだけどなぁー」
「チィちゃんたちって、何人ぐらいで活動してるの?」
「うーん、ロボコン用のロボットを作る時なら、コンピューター部とか機械工学科とかにも協力してもらうし、材料開発なんかは応用化学科の友達に聞いたりするし……20……いや30人以上? ここのことを知ったら、みんな来たがると思う!」
はしゃいでいる高専の生徒たちの笑顔が、すぐに浮かんだ。
「いずれは、ここを研究者や技術者に開放したいとは考えているんだ」
俺は、慎重に言葉を選んだ。
「ただ、色々と調整が必要だから、もう少し時間がほしい。それまでは、ここのことは黙っていてほしいんだ」
「了解でーす!」
「チィちゃん、ホントに内緒だよ? 誰にも話しちゃダメだからね」
設備に目が釘付けになっている千春君に、陽菜乃ちゃんが念を押す。
「わかってるってー。爺ちゃんも開発好きだから、絶対に話さない。連れて行けって猟銃で脅される」
いったい、どういう家族なんだ……。
最後に宿泊室に案内し、厳重に機能制限をしたタブレットを渡すと、千春君は目を輝かせた。
「なにこれ、AIが入ってる! アリス? 源内よりかわいい……ちょっと待って、何を聞いても答えてくれるんだけど。マジで、なにこれ!?」
「ほとんどの映画やドキュメンタリーを見られるよ~。お笑いとかのバラエティも選べるし、チィちゃん、のんびり楽しんでね」
「橘、無理。俺、今日は寝られない気がする……お願い、アリスの回答を俺のノートPCに送りたい。ケーブル貸して。一生のお願い!!」
結局、ラウンジに移動して、千春君と陽菜乃ちゃんの議論が始まったようだ。
シャワーを浴びて少し休憩した後、夕食のために食堂に集まった。
莉子ちゃんと悠真君の賑やかな声が聞けないのは、少し寂しい。嶺守島だけは絶対に秘密にするために、ビデオチャットを繋いでいないのだ。
その代わり、食堂のテーブルでは、千春君が男子高校生らしい賑やかさだった。
「うっわ、これ、食べていい? 俺、これがいい!! ねぇ、いっぱいあるから、3つ食べてもいいよねー?」
千春君は、レオさんが昨晩から仕込んでいた牛タンシチューには目もくれず、テーブルの隅に積んであった非常食用のカップ麺に飛びついた。
「えっ、こっちは牛タンシチューだぞ? すーっげぇ美味いぞ?」
田村さんが、スプーン片手に戸惑っている。田村さんは、3回お代わりするほどの牛タンシチュー好きだから、理解できないようだ。
「カップ麺はさー、先生と女子と藤堂さんから反対されて物質化できなかったんだよぉー。食べるの久しぶり過ぎて、俺、泣きそう……」
「チィちゃん、泣かないで? ポテチもコーラもあるからね」
「俺、絶対にここのことは誰にも言わない! カップ麺もポテチもコーラも、あいつらにバレたら終わりだ!!」
千春君が、手の込んだシチューには目もくれず、カップ麺にお湯を注ぎ始めるのを見て、俺たちは笑いが止まらなかった。千春君のおかげで、どこか緊張していた空気が、自然にほぐれていく。彼のマイペースさは、俺たちに必要かもしれない。
──と、その時だった。
『ピリリリ、ピリリリ、警戒レベル1、タイプB、緊急事態発生』
食堂のスピーカーとスマホから、アナウンスが流れた。
「タイプB……だと……?」
俺たちの中に、緊張が走った。
タイプ別に分類された緊急事態は、それぞれ違うアラート音で通知される。
タイプAは未確認魔物の接近。タイプCは火災や設備故障。タイプDは未知の災害事象。
そして、タイプBは──武装勢力の接近だ。
警戒レベル1なら、まだかなり遠くだ。だが、衛星画像に、「武装勢力」だと判別できる何かが映っていることを意味する。
「会議室に移動だ」
一口でシチューをかきこんで、田村さんが即座に立ち上がる。
「会議室?」
カップ麺をすすっていた千春君が、目をぱちくりさせている。
「あ……」
俺は、思わず動きを止めた。
千春君を、この事務棟内にあるレクリエーション施設やジムには案内した。だが、会議室は見せていない。あそこには、アリスの解析画面が常に表示されている。掲示板サイトの管理コンソール、衛星画像の最新解析結果、コミュニティ評価の地図プロット、世界の地図、この地域の地図──あらゆるデータが、壁一面のディスプレイに映し出されている。
千春君を、そこに入れる? え、でも……
──何故か、武装勢力に蹂躙される高専生たちの姿が浮かんだ。
真っ赤に激しく燃える高専の建物。
鳴り響く銃器の音と笑い声。
空気を震わせる女子の悲鳴。
工具を抱えて逃げ惑う生徒たち。
頭から血を流して泣きながら抱き合うグエン君たち。
銃器の前に次々と沈んでいく運動部員たち。
ドローンのレーザーに固まるような子たちだ。武装勢力相手にスタンガンでは戦えない。もしも高専に向かったら……
「神崎さん! 神崎さん! 急がなきゃ! タイプBだよっ!!」
その声に、俺はハッとした。
タイプB、武装勢力の接近。そうだ、迷っている時間は無い。
「千春君も、ついてきてくれ」
俺は、自分でも驚くほどハッキリと、そう言った。
田村さんは、少しだけ片眉を上げた。レオさんは「いいのか?」という目で少し手を振った。大きく頷いた陽菜乃ちゃんは、すぐに走り出した。
──また、状況に流されている、と、俺は自覚していた。
だが、まだまだ先だったはずのタイプBという緊急事態が、俺の全てをどす黒く吞み込んだ。
大会議室のドアの前で、田村さんが低い声で告げる。
「千春君、これから見聞きすることは、許可するまで誰にも話さないでくれ」
「もしも漏れたら、天露里も高専も、躊躇なく殲滅しますよ」
その隣のレオさんが、穏やかな口調で続ける。
二人に言わせてしまったことに、俺は申し訳なさを感じた。
だが、その言葉を聞いて、千春君はニカッと笑った。
「俺、神崎さんたちの車に乗り込んだ時に、何かが大きく動き出すって感じました」
「チィちゃん……」
「それでも、一緒に行くのが正解だって思ったから。だから、大丈夫。覚悟はしてます」
千春君の笑顔は、いつもと変わらない。気負いも緊張もない。
「わかった。行こう」
俺は、扉のセキュリティパネルに、自分の指を当てた。
「タイプBとの遭遇編」は4話の予定です。




