3-18【閑話】学生代表・藤堂の避難生活
【災害後2日目】
昨日、俺たちは映画のような大津波を、屋上から呆然と見ていた。
昨日今日で、家族の迎えが来たり、各方面別で車に分乗したりして、大半の学生と教師は自宅へと帰っていった。残ったのは、県外組と家族の迎えを待つ連中ばかりだ。慌ただしく人が減り、校舎も寮も閑散としている。
残った学生会メンバーとクラス委員を中心に、学生代表委員会が立ち上がった。
みんな、何の疑問もなく俺に代表委員長を押し付けてくる。
まぁ、いい。人に任せて思い通りにいかないより、自分で仕切る方が気楽だ。面倒くさがりのくせに、やけにこだわりが強い理系人間どもに任せると、余計な仕事が増えるだけだ。
【災害後7日目】
次々とネットが繋がらなくなっていく中、宇宙工学研究部の部員が持っていたステラネット端末で、なぜか普通に繋がり続ける掲示板サイトがあった。世界中から書き込みが殺到しているそのサイトに、新しいページが増えた。この非常事態の情報を求める書き込みが大半の中、「集団心理の注意喚起」というそのページだけが異質だった。そして、その中の一つのトピックが俺の胸に刺さった。
「ゲーム理論」──集団の平和を維持するよう努力することは、結果として個人の利益を最大化させるという説明だ。
俺は、自分が支配欲の強い人間だということを、小学校に入った頃から自覚してる。
人を動かす快感、頼られる優越感、集団の中心にいる安心感。全部、自分の中にある。
つまり、支配は集団があってこそなのだ。集団が壊れれば、俺の玉座もなくなる。
俺はこの集団──高専を平和に維持することを誓った。
【災害後10日目】
順調に物質化ができるようになり、避難生活への不安が減った。
掲示板サイトで情報を知っていた俺たちは、みんなで慎重に担当を決めた。
なのに、こいつ──仮にKとしておく──が、予定と違う品物を物質化してしまった。
Kの担当は「M社のインパクトドライバー」だった。付属の18Vバッテリーは、高専内の他の工具──ドリル、サンダー、丸鋸、作業用ライトまで共通で利用できる。
なのに、こいつ、自分のこだわりを優先させやがった!
「やっぱ、H社のマルチボルトインパクトドライバーでしょ! 36Vですよ、36V! 圧倒的な馬力ですよ!」
Kの発言とドヤ顔に、沈黙が訪れた。室温が下がった気がする。
誰かが、低い声で詰め寄った。
「おい、お前、H社のバッテリー、M社の工具で使えないって、知ってるよな?」
「うっ」
「学校の工具、全部M社製なんだけど」
「うっ」
みんなの殺気が、Kに集中する。
しょうがない、俺の出番だ。
「みんな、待て。36Vのパワーがあれば、旋盤の固着ボルト外せるぞ。今後の俺たちの環境改善にもパワーは必要だ」
まだ納得がいかないという顔をしているみんなに、更に懐柔案を提案する。
「掲示板サイトで、複数を選択できたという書き込みがあった。まだ、その理由は解明されていないが、もしも増やせるようになったらM社の18 Vマルチツールを物質化の選択に加えよう」
学生の一人が目を輝かせて、勢いよく手を上げる。
「はい、はい! 藤堂さん、それならヒルティの方が良くないですか? 頑丈だしゼネコン指定だったりするし」
「お前、高級品を使いたいだけだろ!」
みんなが、ここぞとばかりに欲望を垂れ流す。
「我々としてはスナップオンの電動ラチェットを押したい」
「自動車部は、趣味を押し付けるなよ!」
「なぁ…………どうせならフェスツールって手もないか?」
「は? なんで、ドイツ最高級の木工工具なんだよ!!」
「でも一回触ってみたくない?」
「分かる」
「分かるな」
みんながゴクリとつばを飲み込む。
「いや分かるけど今じゃないだろ! お前ら、バッテリーの規格はどこいったんだ!」
みんなが目をそらす。
これだから、工具オタクどもは。
現実を見ろよ、まったく。
俺は、痛む頭を押さえた。
【災害後20日目】
コンピューター部部長の岸本から、急ぎの相談が来た。
「藤堂、サーバー容量、ヤバい。個人割当が足りないって、男子から不満殺到」
災害後は、岸本が学生寮のオンプレサーバの面倒をみていた。
「中身は?」
「個人情報だろ。さすがに見てないよ」
「俺が許可する。確認しろ」
岸本が、ユーザーごとのアクセスログと、ファイル種別の分析データをノートPCに表示する。個人容量いっぱいになっている何人かのフォルダを、開いて確認してみる。
「……これ、ほとんどエロ動画じゃん」
「だな」
「しかも、ダブり多発」
「あー、人気作品は、みんな保存するからな」
俺は、しばらく考えた。
学生代表として、ここは冷静な判断をしなければならない。
冷静に。
最大多数の最大幸福。
「よし、男子だけアクセス可能なフォルダを作ろう」
「お、藤堂、お前、わかってるな」
「重複ファイルを削除したら使用容量も減るだろう」
「了解」
「あと──」
俺は、真剣な顔で岸本を見る。
「スマホやノートPCに、個人で保存してる動画も、全部アップロードさせろ」
「は?」
「後世に残すべき、重要な文化遺産だ」
岸本の顔が少し引きつった。
「お前、本気かよ」
「本気だ。個人持ちデータはデバイスが壊れたら終わりだ。二度と見られなくなる」
「それはそうだが……」
「岸本、お前もやれよ? 知ってるからな? お前が三次元派のフリをした二次元派だってことは」
「何でそんなことまで把握してんだよ、怖ぇぇよ」
翌日、男子用フォルダが完成した。コンピューター部に転がっていたNASで自動バックアップも始まった。男子からの不満は無くなり、サーバー使用容量も減った。一瞬だけ。
すぐに新たな文化遺産が多数アップロードされ、容量問題は未だに改善していない。
【災害後30日目】
非日常が日常になってきた。
学校周辺の魔物もモノリスも倒し、平和になったのは喜ばしい。
だが、それは別の問題を生んだ。
暇とストレスが、運動部の連中の間で危険水域に達した。
「サッカーは道具を使うから、純粋なスポーツとは言えない」
「いや、サッカーボールは身体の延長だから道具じゃない」
「道具を使わずに殴り合うボクシングこそ、純粋スポーツの極致だ!」
「いや、ボクシングはグローブを使う。素手で戦う柔道こそ純粋なスポーツだ」
「柔道は道着を着るだろ。それともお前は裸でやるのか?」
俺は、こいつらが何を議論しているのか、理解できなかった。理解したくなかった。そして、察した。こいつら、動きを止めたら死ぬ動物だ。
その夜、俺は提案した。
「対武装勢力戦闘隊」の正式発足だ。
教師にバレないように秘密裏にことを運ぶ。戦闘訓練、体力作り、対外防御の強化。体力が必要な仕事を押し付けたら、嬉々としてメニューを組み始めた。
ロボコン部の千春に、対人武器の相談をする。運動部の連中が使いやすそうで、かつ、間違って味方を殺すことがない武器──スタンガンの開発に決まった。
あいつは、ロボコン部の全国優勝に一番貢献したやつだ。自由人で、興味がない授業はサボるし、大会前日でもいきなり消えて実家に帰ったりする。だが、技術屋としては、学内最強だ。
対武装勢力戦闘隊の活動が始まってから、アホな論争はぴたりと止んだ。
スタンガンを与えてからは、更に、自主的に訓練メニューを増やしていた。
最近は、「フルコンタクトの訓練を許可してくれ」「朝食は、鶏むね肉・ブロッコリー・ゆで卵はマストだ」「スタンガンの出力アップを頼んでくれよ」とうるさい。
夏前なのに、あいつらの視覚的な暑苦しさが辛い。
【災害後40日目】
女子寮の代表から、相談が来た。
「最近、体調を崩す子がでてきました。それも日に日に増えてて……」
心因性らしき体調不良のようだが、集団ヒステリーに発展したら大変だ。
女性の若林先生に相談したが、「ストレスかしらね、栄養バランスを見直しましょうか」で終わった。
俺は、女子代表に頼んで、「今、必要なもの」を匿名で書いてもらった。
だが、返ってきたリストは、予想外な方向で混沌としていた。
・おしゃれなカフェに行きたい
・イギリスの老舗工房に行きたい
・酒を浴びるほど飲みたい
・乙女ゲームがしたい
・占い師に運勢を見てもらいたい
・推しの安否が知りたい
・宇宙旅行がしたい
俺は、しばらく考えた。
一部は諦めてもらうとして、残りの最大公約数を取ると──
「サイバースチームパンクな執事Nightカフェ☆」
決まった。その夜、俺は実行委員会を立ち上げた。
寮の食堂の内装を近未来の宇宙船風に飾り、事務棟応接室の高級ソファーセットを持ち込む。食器も、来客用の高級陶器を用意した。男子の有志(イケメンに限る)をヴィクトリア朝風の執事役にする。クラシック音楽を流して、女子を迎えた。
招待状を渡した時は、「そんなのいらない」「子どもじゃないんだから」と冷めた目をしていた女子たちも、いざ食堂に入ると、キョロキョロしながら嬉しそうに席に着いた。
執事役の男子が並んで、「お帰りなさいませ、お嬢様」と声を揃えて一礼すると、声にならない悲鳴が広がった。「何かご入り用の際は、お気軽にお申し付けください」の一言に、撮影会が始まり、スマホを手に次々とポーズの注文が飛ぶ。
食堂の片隅に設置した占いコーナーも大盛況だ。星座占いと血液型占いにMBTI診断をミックスしたコンピューター部渾身のコーナーだ。女子が終わった後は、男子も並んでいた。
女子寮の住人が、久しぶりに大きな声で笑っていた。
翌日、体調不良の連鎖は、ぴたりと止まった。めでたしめでたし。
俺の仕事じゃない気もするが、高専の平和維持のためだ。
深く考えるのはやめよう。
【災害後80日目】
取引先コミュニティの方々が来校した。
俺は、自分の慢心を、思い知った。
真ん中で足を組んで座り、禍々しいオーラを放つ暗い瞳の神崎さん。その両側に並び立つ、肉体派の田村さんと頭脳派の如月さん。彼らの背後には、赤いレーザーを放つ、いかにもヤバそうなドローン4機。
会議室で見た神崎さんたちは、どう見ても魔王軍団だった。
橘さんがいなかったら、本当にヤバかったと思う。(彼女は彼女で、その知識量や技術力は、とても同年代の女子とは思えなかった)
その後、彼らは色々なことを真摯にアドバイスしてくれた。会議室の攻防をわかってない命知らずの学生たちは、彼らに群がっていたが、笑って対応してくれた。
俺たちもここで立ち止まるわけにはいかない。
ロビーに貼っている集団心理の注意喚起の上に、高専のモットーを大きく掲示した。
『挑め! 常識は壊すためにある』
【災害後84日目】
拳銃使用の是非について、教師と学生代表で話し合いが続いている。教師の中には、まだヒステリックに拒否する人がいるのだ。
「あの場では賛成しましたが、やはり、拳銃は反対です!」
「私は、言葉の武器で十分です。学生にも拳銃を使わせるわけにはいきません!」
葛西先生たちが、言葉を尽くして説明しても、あの会議室内の空気感を体験していない人には通じない。会議は2時間も膠着状態だ。
そろそろ、俺が魔王になるべきかと思い始めた時だった。
「俺の地元では、猟銃で狩りをします」
ずっと黙っていた千春の言葉に、会議室がしんと静まった。
「言葉じゃ、イノシシは倒せません。それとも、反対されている先生たちは倒せるんですか? 言葉で倒すコツを教えてください」
どストレートだった。目をそらして黙り込んだ反対派の先生たちに、冷静に畳みかけた。
「失礼ですが、先生方は実際に魔物を倒してませんよね? 拳銃を使うかどうかを決めるのは、現場で命をかけている我々ではないのですか?」
「それは──」
会議は、その後、一気に進んだ。
……やれやれ、やっと黙ったぜ。天然ボケ千春、ナイス。
【災害後XX日目】
あれから、また、思いがけない出来事が続いた。
全部書くと長くなるので、省略する。
だが、神崎さんたちに出会えて、本当によかった。
「スマートグラスとスマートリングをドローンに連携したら、ジェスチャーだけで何でもできるんじゃね? やってみようぜ」
「将来は、世界中に物資を届けられるドローンを作りたい。目指せ飛行距離4万kmだ!」
「通信衛星の寿命は5年だ。それまでにできるだけ広い範囲でメッシュWiFiの情報網を構築しよう。文化遺産が集まるぞ(小声)」
食堂で楽しそうに将来の夢を語る生徒が増えた。
少しずつ、授業も再開されている。教師がいない授業は、なぜか神崎さんが大量に持っていた予備校のオンデマンド授業の動画を使ったりしている。
無敵に見える神崎さんたちにも、弱点はある。
人数が少なすぎる。そして、なんだかんだ、あの人たちは甘い。
ここにいる癖の強い高専生をまとめあげるのは、俺にしかできないだろう。
それは、俺の武器ではある。
ただ──
俺は、いつまで、こいつらの面倒を見なきゃならないんだろうか。
明日も、誰かが何かやらかすに違いない。
俺の学生代表の仕事は、終わらない。きっと学生じゃない歳になっても。
葛西校長代行の閑話を予定していましたが、諸事情により藤堂に変更しました。




