3-17 高専の若者たち(4)
「甘い……ですか」
藤堂君が、教師の額に光るレーザーポインターの赤い点をチラッと見て、言葉を絞り出す。表情は平静を装っているが、スタンガンを握りしめる指は力を込めすぎて白くなっていた。
「5分後? 遅すぎる。俺は3秒でこの部屋にいる全員を無力化できる」
学生たちが息をのむ。
「逃げても無駄だ。このドローンには、軍事レベルの監視システムが組まれている。どこに隠れようが、人数も位置も俺たちには丸見えだ」
今回、ドローンにはパッシブ型Wi-Fi探知機を追加している。受信した信号をアリスが解析し、スマホ端末の位置情報をリアルタイムで地図に表示してくれる。サーマルセンサーと違って、コンクリートの壁でも関係ない。全員が一人一台、スマホ端末を持っている高専ならではの作戦だ。
田村さんが、獰猛に笑いながら煽る。
「俺なら、ドローンを確認した瞬間に、人質をとるぜ。そもそも、スタンガンってのは、隠し持って使う護身用の武器だぞ? お前ら、そんなに見せびらかして何がしてぇんだ?」
学生の一人が、握っていたスタンガンに視線を落として唇を噛む。
「警戒してる俺に、お前らがスタンガンを2秒も3秒も押し付けられるのかよ。まさか、俺たちが丸腰でここに来てるなんて思ってねぇよな?」
ここにいる誰よりも鍛えられた体つきの田村さんの言葉に、学生たちは何も言えなくなる。そんな張り詰めた空気の中、レオさんが、ゆったりとした動作で窓へ向かった。
「ところで、あなた方は、今日の風向きを把握していますか?」
「……え?」
千春君が、眉間にしわを寄せて首を傾ける。「風向き」という単語と今の状況が繋がらないようだ。
レオさんが鍵を外して、カラカラと窓を開ける。
瞬間──ヒュッと、熱い風が室内に流れ込んできた。
「私が持っているこの小さな催涙スプレー1本でも、あなたたち8人を今すぐ戦闘不能にできますよ」
教師と学生たちは、それでも理解できずにレオさんをじっと見る。
「窓を開ければ、こちらが風上です。有利な場所の確保は、戦闘の基本です」
レオさんが、ニッコリとほほ笑む。
「ちなみに──その場合、橘は見捨てます」
みんなが動きを止めた会議室で、スマホの警報音だけがうるさく鳴り続けている。
千春君が、ハッとして陽菜乃ちゃんを振り返る。陽菜乃ちゃんは、タブレットを抱えたまま、ぽかんと口を開けていた。
「えっ、待って。如月さん。ひどいぃーー! 鬼ぃぃーーっ!!」
ようやく状況を理解した陽菜乃ちゃんの抗議の声が、響いた。
そして、ちょうどその時、警報音と共に近づいてくる複数の足音が廊下から聞こえてきた。
会議室のドアの外に、運動部らしい体格の学生たちが集まってくるのが見える。それぞれ、片手にスタンガンを持ち、もう片手に木刀や金属バットを構えている。もちろん、スマートグラスに映る地図で、集まってくる人々を把握していた俺たちが慌てることは無い。
「藤堂! どうした、大丈夫か!?」
先頭の坊主頭の学生が、焦った声で叫ぶ。
レオさんが、何事もなかったかのように腕時計に視線を落とした。
「おや、7分16秒かかってますね。人数も30人には足りないようですが?」
その穏やかな、しかし、辛辣な言葉に、藤堂君が肩を落とす。
「杉下……問題ない。警報は解除だ」
「えっ?! でも!」
「いいから、解散だ。後で説明する。すまない」
藤堂君の力ない声に、坊主頭の学生──杉下君が困惑した顔で後ろを振り返り、仲間と顔を見合わせる。
「ほんとに大丈夫なんだな……? わかったよ」
ぞろぞろと、足音が遠ざかっていく。藤堂君が、スマホの画面を親指で長押しすると、警報音がゆっくりと静まっていった。
「おいおい、素人すぎんだろ。次は、突入前に室内の様子を確認するように教えとけよ? それに、あの足音はありえんぞ?」
田村さんの容赦ない追い打ちに、とうとう藤堂君がうなだれた。
葛西校長代行が、震える手でテーブルに手をつき、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
倒れそうになりながら、それでも、学生を背中に庇い立ち塞がる。額には、赤いポインターが、ずっと張り付いている。
「欲しい物資があれば……お渡し……します」
声は、弱々しく震えていた。視線も伏し目がちだ。
「人質が必要なら……私がなります。どうか……学生たちは、解放してください」
頭を下げようとしてよろめく。教師としての保護責任感だけで立っているようだ。
俺は、組んでいた腕をほどいて、深く、深く息を吐いた。
田村さんが、後ろから俺の肩をポンポンと叩く。肩から、ゆっくりと力が抜けていった。
「あのさ~」と言いながら、陽菜乃ちゃんがスタスタと近寄ってくる。
「神崎さんたち、やりすぎだよ~。まんま、魔王軍団じゃん。闇落ちした神崎さんに逆らえる人なんていないんだからね?」
俺の顔を覗き込んで、『桐島ママ、神崎さんは大丈夫だよ』と囁いた後、千春君たちの方を振り返る。
「チィちゃんたちも、さっさと諦めて? ほら、スタンガン下ろしなよ~。あ、藤堂さん。警報アプリはいいアイデアだけど、校内の火災報知機と連動にした方がいいよ~。スマホが鳴ったら位置情報バレバレすぎるじゃん」
「お前こそオーバーキルだろ」と田村さんがつぶやく。
いつもと変わらない陽菜乃ちゃんの声に、学生たちの顔に血色が戻りだした。
「はぁ……失敗かぁ」
千春君は、ため息をつきながらスタンガンの電源を落とす。藤堂君や、他の3人の学生も、同じように力なくスタンガンを下ろした。
「アリス、レーザー照射解除、巡回監視モードに復帰」
俺の指示で、4つの赤い点がすっと消え、窓の外のドローンが上昇していった。
会議室の机を囲んで、全員が腰を下ろした。
藤堂君と千春君だけが残り、葛西校長代行たちの隣に並ぶ。
「お話を、改めて……させていただけますか」
まだ少し緊張が残る声で、葛西校長代行が口を開いた。
「先ほど、田村さんが仰った、武装勢力の動画──藤堂君が相談してきた時も、私は、海外の話だと笑い飛ばしてしまいました。学生たちに、教師は頼りにならないと思わせ、自ら戦う準備をさせてしまったことは、教育者として、恥ずべき怠慢です。暴力を否定することと、暴力から目をそらすことは別の話だったのに……」
三宅先生や若林先生も、後悔がにじむ表情でうつむいている。
藤堂君が静かに続けた。
「私は……慢心していました。物質化の担当決めも、魔物討伐も、スタンガンの量産化も──こんな状況になっても、俺たちは、うまくやれていると。成功するたびに、仲間に称賛され、その評価に乗せられ、いつの間にか、俺たちはすごいんだと思い込んで……」
うつむく藤堂君の目じりは少し赤くなっていた。
「それも、『集団的効力感』という集団心理ですね。非日常では、暴走しやすいと言われてます」
「しかも、万能感は若者の特権だしな」
レオさんの言葉に田村さんが少し笑って付け加える。
藤堂君が、テーブルの上で組んだ手をぎゅっと握った。
「私は、集団心理の戒めをちゃんと意識して、冷静に行動しているつもりでした。でも、さっきレーザーの照準を当てられて、初めて本当の意味で死を意識して……。俺たちは武装勢力相手でも負けないなんて、恥ずかしい思い上がりだと気付きました」
俺は、静かに口を開いた。
「先生方の信念も、藤堂君たちの覚悟も、間違っているわけではありません。正しい現状認識さえしてもらえれば、それで十分です。俺は、あなた方に生き残ってもらいたいだけですから」
「そうです。私たちは、戦うためではなく、助け合うためにここに来ました。その気持ちは、今も変わりませんよ」
レオさんの言葉に、重苦しい空気が、少しだけ和らいだ。
「で、現実的な話だ。ここに入れてもらった俺たちが言うのも何だが、外部に対して、もう少し警戒心を持った方がいい。施設の要塞化も、距離を取れる携帯武器も必要だ」
「えー、じゃあさ、そのスタンガンをベースにテーザー銃を作ったらいいじゃん。作業場にCO2ボンベあったよね? 導電性ワイヤーが無いなら分けてあげるし~」
陽菜乃ちゃんの提案に、千春君が少し考えて答える。
「テーザー銃かぁ。うーん、面白そうだけど、電子部品の在庫がもうきついかな。新しいの作っても、数個が限界だよ」
「え? 魔物討伐して物質化の枠を増やすんだよね? 2枠目で完成品のテーザーを登録すれば、毎日量産できるじゃん。いくつか持ち歩いたら連射できるよ~」
陽菜乃ちゃんは、先生たちが魔物討伐のサポートを断ったことを知らない。
俺と田村さんとレオさんは、少し期待を込めて先生たちの反応をうかがった。テーザー銃は、スタンガンと同じように相手を殺さずに無力化する武器だ。生徒が携帯するのも許可しやすいのではないだろうか。
葛西校長代行が、目をつぶって深く息を吐いてから、両手をテーブルに突いて頭を下げた。
「皆さん、お願いします。学生たちの魔物討伐を、サポートしてください」
若林先生と三宅先生も、揃って頭を下げる。
最初にサポートを持ちかけた田村さんが口を開いた。
「わかりました。ただし──まずは、先生方からです」
「えっ……私たち、ですか?」
「教師の皆さんが、実際に拳銃で魔物を倒してください。拳銃という武器が、対魔物戦でどれほどの威力と精神的負荷を伴うのか。それを、身をもって知っていただきたい」
田村さんが、続ける。
「その上で、もう一度判断してください。生徒に、拳銃を使わせるか、否か。どうしても無理だったら、その時は、他の方法を考えますよ」
「あー、拳銃が問題になってたんだ。まぁ、わからなくもないけどさー、現実問題、拳銃以外だと効率悪すぎだからね?」
「えっ、拳銃って、本物??」
千春君が、驚いて陽菜乃ちゃんを見る。藤堂君も、片眉がピクリと動いた。
葛西校長代行も、隣の若林先生と三宅先生の方を見る。三人の視線が、しばらく交差した。
「……分かりました。この後、すぐに職員会議を開きます」
葛西校長代行が、胸に拳を当てて、続ける。
「神崎さんたちの言葉は、ここに、強く響きました。この学校のモットー──『挑め! 常識は壊すためにある』──大事な伝統を、私は二度と忘れません」
高専の予備のスマホ端末に、急いでスマートグラス連携アプリを入れる。
今回は、「機械の部品やメンテ物資」と「ドローンの改良」を交換するための訪問だったが、急遽、「魔物討伐サポート」と「スマートグラスの物質化」の交換が加わった。スマートグラスを職員会議で体験してもらい、是非とも追加交換も成立させたいのだ。そして、ついでに地図アプリも入れる。
・周辺地域の最新地図データ(火山灰分布、車両走行可能ルート、人がいる可能性が高い避難施設情報など)
・地図データを活用するための簡易地図アプリ(魔物・モノリスセンサーとの連携可能)
この2つを実際に見てもらったら、どれだけ便利か伝わるはずだ。他にもサポートが可能だと伝え、引き換えに、高専側から何を提供できるのか、それも話し合ってきてもらうようお願いした。
葛西校長代行たちが出て行き、しんと静まり返った会議室に、俺たちと、藤堂君、千春君だけが残された。
「職員会議って、たぶん1時間以上かかるから、何か飲み物を持ってきますね~」
そう言って出て行った藤堂君と千春君が、コーヒーを持って戻ってきた時に、後ろから6人の学生が付いてきて会議室を覗き込んでいる。
「あー、ロボコン部とコンピュータ部の人たちだ~入って入って!」
暇そうにしていた陽菜乃ちゃんが、笑顔で招き入れる。
おそるおそる、「お邪魔します……」と言いながら生徒たちが入ってきた。
「さっき、橘さんが言ってた予測推論に使う確率モデルがどうしても気になって……」
緊張した顔で、それでも目だけは興奮で輝いている男子学生が、おずおずと話し出す。
「このお兄さんね、数オリメダリストなんだって~。特定条件下の振動発散とか、スラスラ~ッと証明してくれるんだよ。あのね、私も聞きたいことがあって、クォータニオンなんだけど──」
陽菜乃ちゃんを中心に、嬉しそうに学生たちの議論が始まった。
俺、田村さん、レオさんは、コーヒーを啜りながら、その様子を眺めた。
「楽しそうだな、あいつ」
田村さんが、ぼそりと呟く。
「ええ」
俺は、少し申し訳ない気持ちで眺めた。ずっと、大人か小学生しか話し相手がいなかった陽菜乃ちゃんが、ようやく同世代と楽しく語り合えている。これだけでも、今日、高専に来た価値があったと思った。
ちょうど1時間ほど経った頃、葛西校長代行たちが戻ってきた。
「お待たせいたしました。これから、話し合いをするから、生徒は部屋から出なさい」
賑やかな学生たちがゾロゾロと出ていくと、陽菜乃ちゃんも付いていこうとするので、引き留める。新顔が一人増えた高専教師4人と、俺たち4人が、再度、机を囲んで座った。陽菜乃ちゃんはあからさまに顔をしかめているので、思わず笑ってしまう。
「皆さんのご提案、全面的に受け入れる方向で合意しました」
葛西校長代行の言葉に、みんなが頷く。
「拳銃の使用についても、まず我々教員が体験することで、全員が了承いたしました。生徒への許可は、その後で判断します」
「ありがとうございます」
俺は、軽く頭を下げた。
「地図アプリも素晴らしくて、是非、取引したいということになりました。ですが、こちらから提供するものに関して意見が割れまして、学生代表委員会も一緒に再検討することになりました」
「さっき入れた地図アプリはそのままお試しで使っていいよ~。でも、1週間しか作動しないから気をつけてね? 取引がまとまったら正式版を送るね~」
陽菜乃ちゃんの言葉に、先生たちがホッとした表情になる。
「それで、田村さんが先ほど仰っていた『要塞化』について、こちらの片山が詳しく話を聞きたいと申してます。環境都市工学科の教師です」
「片山です。土木工学が専門なので、建築のことはあまり詳しくなくて。それに、要塞化と言っても、セメント工場のプラントも稼働してないでしょうし……」
新顔の片山先生は、作業着を着た真面目そうな中年の男性だ。
「コンクリートで校舎の増改築をしなくても、例えば屋上に四方を監視するカメラを設置するとか、校門に近い1階の窓は全て塞ぐとか、色々とできる対策はありますよ」
田村さんの言葉に、少し考え込んだレオさんが口を挟む。
「古代ローマでは、火山灰でセメントの強度を出していたと言われています。火山灰と消石灰と水で、セメントができるはずでは?」
「あー、コロッセオか。ここの図書館で、建築史かコンクリート工学の本を探せば、配合がわかるかもしれねぇな」
「火山灰コンクリートですか! それなら高温のキルンが無くても大丈夫ですね。学生たちと一緒に挑戦してみます。あいつら、『もう環境都市工学を学んでも意味が無い』ってしょげかえってましたから。応用化学科のやつらも誘ってみます」
片山先生が嬉しそうに目を輝かせる。
なるほど、学生に目標を与えるのも重要なのかもしれない。ただ食べて寝る生活の繰り返しだと、どこかで破綻しそうだ。
一息ついたところで、若林先生が、扉の外で待っていた学生4人を会議室に入れる。
「如月さんがおっしゃっていた、補聴器を使用している真田君と、ベトナムからの留学生、グエン君、チャン君、レー君です。スマートグラスを体験させたいとのお話でしたよね?」
「真田です」「グエンです」「チャンです」「レーです」
4人が、少し緊張した面持ちで自己紹介する。
机には、職員会議から持ち帰ってきた2本のスマートグラスが並んでいた。
「こちらのスマートグラスは真田君、こちらはグエン君がかけてみてください」
レオさんが表示モードを設定して、二人に渡す。
2人が、同時にスマートグラスを掛け、「大丈夫?」「問題ないか」「何が見える?」
とみんなが話しかけた瞬間──
「あっ……」
真田君が、目を見開いた。
「みんなの声が、文字になって見える……同時に話しかけられても、頭が痛くなりません!」
グエン君も、呆然としてベトナム語で何か呟いた。俺のレンズに、日本語の翻訳が流れる。
『本当に、日本語が見える……全部わかる』
真田君が、ふとグエン君の方を向いた。
「あれ、グエン君の声も、ちゃんと日本語で見えたよ?」
グエン君が、にっこり笑って、ベトナム語で答えた。
『はい、真田君。私にも、真田君の言葉がベトナム語で見えています』
「初めてだ。グエン君と、こんなにスラスラと会話するのは」
「私も、です」
グエン君が、日本語で短く答え、二人が目を合わせて笑った。
若林先生が、目元を押さえている。葛西校長代行も、深く頷いて笑顔を見せた。
「あのさ、前から気になってたんだけど……こんな大変な世界になっちゃって、グエン君たち困ってることない?」
グエン君が仲間2人に真田君の質問をベトナム語で伝えると、少し恥ずかしそうにお互いを肘でつつき合い、次々に話しだす。レンズに翻訳が流れていく。
『みんな優しいです。感謝しています。でも──鶏肉のカレーが、食べたいです』
『スープみたいなカレー。ご飯じゃなくて、パンと一緒に』
『日本のカレーもおいしいけど、でも、パクチーをいっぱい載せたいなぁ』
グエン君もチャン君もレー君も、揃って俯いてしまった。彼らにとって、パクチーは、カレーに欠かせない、故郷の味なのだろう。
レオさんをチラッと見ると、頷いて透明なプラスチックケースを取り出した。中には、緑色の小さな苗が、ぎっしりと詰まっている。
「これは発芽したパクチーの苗です。あと一ヶ月もすれば、収穫できるはずですよ」
レオさんが、ケースを開けると、3人が身を乗り出して、中の苗に顔を近づける。
苗の香りを嗅いだ瞬間、ふわりと、三人の顔が綻んだ。
『……ンゴーリー……』
『懐かしい』
3人が、ケースを大事そうに抱えて、深く頭を下げた。
真田君が、その様子を見て、にっこり笑っていた。
その後、話し合いは終わったけど、俺たちはなかなか帰れなかった。
駐車場に向かって歩き出すと、あちこちで捕まったのだ。
田村さんの腕回りや背筋を羨ましそうに触る運動部の集団。レオさんにお菓子や飲み物を渡す女子たち。(久しぶりに、リア充爆ぜろという単語が浮かんだ)陽菜乃ちゃんの元に再集結したロボコン部とコンピュータ部の連中。俺たちの車に群がる自動車部の部員たち。車の下に潜り込んでいる部員もいる。みんな、楽しそうに笑っている。
俺の周りだけ、ぽっかり、人がいなかった。
「魔王と目を合わせるな」
「ロックされたら終わりだぜ」
「俺ら全員、3秒でやられるらしいぞ」
遠くの囁きが、はっきり聞こえてくる。
俺は、黙って、空を見上げた。
『大丈夫ですよ、神崎さん』
骨伝導スピーカーで、桐島博士の優しい声が届く。大変、いたたまれない。
ようやく車に乗り込んだ頃には、太陽はずいぶん西に傾いていた。
「いやー、疲れたけど楽しかったな」
田村さんが、伸びをしながら笑う。
「もっと話したい……DMじゃなくてボイチャ繋ごうかなぁ」
陽菜乃ちゃんが、シートに沈み込みながら呟いた。
俺は、苦笑しながら運転席に座って、エンジンを掛けたその時──
「先生の許可、もらいました! 俺も連れて行ってください!」
急に乗り込んできた千春くんに驚く俺たちは、まだ知らなかった。
──前世の時間軸が、また一つ、捻じれていることを。




