3-14 高専の若者たち(1)
第2回本土進出から、2日目の夜。
本土拠点の会議室で、俺たち4人は壁に映し出された大型モニターの前に集まっていた。画面の向こうには、嶺守島にいる桐島博士の姿が見える。双子は、もう部屋に引き上げているようだ。
「桐島博士、島の方は変わりありませんか?」
俺が声をかけると、桐島博士は穏やかに微笑んだ。
「こちらは特に問題ありません。それより、……今日の老人ホームの再訪問は、本当にお疲れ様でした」
博士の声には、いつもの落ち着きの中に、少しの労りが滲んでいる。
今日、俺たちは、一ヶ月ぶりに『みどりの里老人ホーム』を訪ねた。田中さん、西山さん、野村さん。羊羹を美味しいと言って笑ってくれた、あの三人のお年寄りは、もういなかった。
「立派な、穏やかな最期だったそうです。俺も、色々と考えさせられました」
「最期まで尊厳を保たれたんですね」
桐島博士が目を伏せる。
「人間の本当の強さって、ああいうのを言うのかもしれねぇな」
田村さんが珍しく、しんみりと呟く。
俺は、軽く黙祷して話を続けた。
「高瀬さんだけ、一人ホームに残されてしまいました。『子どもたちの疎開を手伝いたい』と前向きに話してくれましたが、当面の生活拠点は決めなければいけません」
俺たちはすでに、車の中でその案を話し合っていた。
「天露里への移住だよね~いいと思うよ!」
「小学校コミュニティだと、地縁の繋がりに入ることになるので、慣れるまで時間がかかるかもしれません。それに比べて、天露里の皆さんは柔軟な考えを持っているし、元教師の高瀬さんなら、子供たちの教育という面で引き受けてもらえる可能性が高いです」
レオさんがコミュニティ評価シートを表示しながら説明する。
「今すぐでなくていいんです。選択肢として知っておいてもらうだけでも違いますから。最終的にどうするかは、高瀬さんと住職、双方が決めることです」
俺の言葉に桐島博士が頷いた。
「ご本人の意思が最優先ですからね。情報だけ提供するという神崎さんの方針に賛成です」
話が一区切りついたところで、俺はホワイトボードに切り替えた。
「明日の訪問先は、県立高専です。近隣で『物資・技術マッチングシステム』に申請が来ていた避難所の1つで、天露里のチィちゃんがいるところです」
「うんうん、私とレオさんが事前のDM担当してたとこだよ~」
陽菜乃ちゃんが画面を切り替える。高専の概要が表示された。
「えっとね、現状でわかってることは~、大災害後に自宅へ帰った人が多くて、今、残っているのは教師8名、日本人学生82名(うち女子7名)、それからベトナム人留学生が3名。寮で生活してるんだって」
「合計93人か。それなりの規模だな」
「大災害の3日後から私たちの掲示板を見ていたそうです。それで、物質化アナウンス当日の朝、海外からの書込みを見つけて、18時のアナウンスまでに役割分担も計画的に決めたとのことです」
「それは早い段階からの情報収集ですね。さすが理工系の学生たちです」
レオさんの補足に、桐島博士が感心している。
「食料や日用品は困っていないし、魔物とも問題なく戦えてるみたいだよ! 高専側からの提供物資は機械加工品や、工業とか化学の知識で、要求物資は素材や機械の部品って感じ~」
陽菜乃ちゃんが画面をスクロールして、クスっと笑う。
「でさ~、対魔物の武器の話なんだけど、これがちょーっと、面白いんだよ!」
「面白い……? というと?」
田村さんが片眉を上げる。
「薙刀道場に通ってた学生がいてさ、薙刀を物質化してるんだって~。それを塩水に付けて小型魔物は一撃!」
「薙刀か。良い武器だな。安全に距離をとりながら攻撃できるし、複数の魔物にも対応できる。それに、女子も使いやすい」
「あとはね、野球部のピッチングマシンを改良した『岩塩投射機』。岩塩の塊を時速150キロで撃ち出すんだって。高速連投できるように改良してて、レア種でも全然OK!」
「時速150キロの岩塩はヤバいな……ははは」
俺は想像して、笑ってしまった。
「あとあと、これは高専っぽいかも?! アーチェリー部のコンパウンドボウをベースに、みんなで魔改造したんだって~。特殊機構で弦を固定できるようにして、実験用レーザーを改造した照準器が第三の目を捉えた瞬間、電子トリガーが自動で矢を飛ばすらしいよ。かなりの精度で狙撃できるようになった生徒が20人もいるってさ~。ねぇ、すごいくない?」
「飛び道具20人か。そこまでいくとちょっとマズいな。対魔物の武器と言ってるが、もし対人に向けられたら、無視できる火力じゃねぇ」
田村さんの声が、少し低くなる。
会議室の空気が、わずかに引き締まった。
ここまで静かに聞いていた桐島博士が、モニター越しにそっと手を挙げた。
「神崎さん、質問よろしいですか」
「はい、博士」
「明日の訪問……本当に直接対面の必要があるのでしょうか。物資の交換であれば、ドローンを使った無人受け渡しでも成立しますよね」
博士は真剣な顔で続ける。
「相手が武装可能な以上、万が一の可能性があります。その場合、神崎さんたち4人を一度に失うことになりかねません」
会議室が、しんとなった。
……博士の言うことは、もっともだ。
俺たちの強みは、技術と装備と情報。弱みは、人手の絶対的な不足。本土チームの4人が一度に欠けたら、嶺守島に残る桐島親子3人だけで生き延びるのはかなり厳しい状況になるだろう。
DMでのやり取りでは友好的だと聞いているし、アリスの評価システムでも、相手は「協力的・高信頼度」と判定されている。それでも──どんなに信用できそうな相手でも、1%の危険を排除しきれない以上、ゼロにはならない。1%は、起こる時は起こる。
「博士の万が一の想定は否定できません。ですが、今回はあえて直接対面したいんです」
全員の視線が、俺に集まる。
「老人ホームや小学校とは違って、高専とは『継続的な相互協力関係』を結びたいと考えています。ただの物資交換ではなく、お互いの強みを補完し合うパートナーになれたら、俺たちの人数不足を補うことができます」
俺はホワイトボードに「対等な関係」と大きく書き加えた。
「そういう関係性は、画面越しのDMだけでは築きにくい。一度、顔を合わせて、お互いの目を見て話す機会が必要だと思います。だから、直接訪問はしたい。ただし……」
俺は、全員を順に見やった。
「安全策は、徹底しましょう。俺たちには、これまで用意してきた色々な武器があります」
「賛成だ。武装できる相手に丸腰で行くなんざ、ありえねぇ話だからな」
田村さんが頷く。陽菜乃ちゃんとレオさんも、すぐにタブレットの操作を始めていた。
「装備は、第1回遠征の時と同じ方針でいきましょう」
俺は装備リストを画面に映した。
「夏用ですが長袖のフル装備、戦術ズボンと戦闘靴、軽量の防刃ベスト。グロックは胸のホルスターに隠して、ゴーグルとマスクは無し。相手を警戒させないようにします」
「ま、今までと同じだな」
田村さんが頷く。
「ただ、今回は校舎の中を案内してもらうので、ヘルメットはどうします? 室内では過剰でしょうか」
俺が問いかけると、田村さんが渋い顔をする。
「ヘルメットなしだと、博士との通信路が確保できねぇだろ。レール式ヘッドセットも使えなくなるしな」
「ふっふっふ……それなんだけどさ」
陽菜乃ちゃんが、急にニヤッと笑った。
「じゃじゃーん!」
ケースから、黒縁の眼鏡を取り出す。少しフレームがしっかりした、普通のメガネのように見える。
「スマートグラスだよ~!」
俺、田村さん、レオさんが顔を見合わせた。
「アリスにさ、本土拠点の倉庫の在庫チェックを頼んだら、面白いの見つかったんだよね。神崎さんが備蓄したメガネ屋チェーンの『開店の目玉商品』として用意されてた、最新型のスマートグラスだよ!」
「ああ……そういえば、全てのフランチャイズ契約で開店記念のキャンペーン用品を仕入れる契約をしていましたけど……」
俺は記憶を辿る。フランチャイズ展開の備蓄リストに「メガネ・コンタクト・補聴器」を入れていたが、まさかその中にスマートグラスが含まれていたとは。
「メーカーのアプリはダウンロードできなかったから作っちゃった~! アリスにファームウェアの調整を任せて、色々と便利に改良したの。試してみる?」
陽菜乃ちゃんが、それぞれにグラスを手渡してくれる。
田村さんはサングラスタイプ。俺、レオさん、陽菜乃ちゃんはクリアレンズタイプだ。
「軽いな。耳にも食い込まねぇ。後頭部でバンド固定してぇな」
田村さんが、何度か頭を振る。
「カメラがフレームに内蔵されてて、視野を島側にリアルタイム送信。マイクは指向性で、骨伝導スピーカーだから耳を塞がないんだよ~」
「博士、聞こえますか?」
俺が話しかけると、骨伝導スピーカーから博士の柔らかい声が返ってきた。
「はい、神崎さん。映像も鮮明ですよ。会議室の様子がよく見えます」
「おお、画質いいな。おい、なんか空中に表示が出たぞ」
田村さんが、レンズ越しに眉を寄せる。
「アリスからの緊急連絡とか射線警告とか、AR表示で視界に重ねて表示されるんだよ! ゴーグルより使える色が多いし、キレイに表示できるんだ~。地図機能もテストしてみるね」
陽菜乃ちゃんがタブレットを操作すると、俺の目の前に簡易地図が浮かび上がった。会議室の周辺に、青い点(俺たち)の位置が示されている。
「魔物探知アプリと連動してるの。魔物は赤の点、モノリスは紫の点。3Dの道案内も出せるよ。曲がり角とか教えてくれるし、目的地までの距離と時間もかなり正確なんだ~」
「スマートグラス……と言うことは……Dr. Kirishima, let's test the real-time translation. How do I sound on your end?」
レオさんが、何やら英語で話し始めると、俺のレンズに、リアルタイムで日本語のテキストが表示される。
『桐島博士、リアルタイム翻訳のテストです。そちらでは、私の言葉はどう聞こえていますか?』
「Yes, I can confirm. It's very smooth.」
『はい、確認できます。とてもスムーズです』
博士が英語で答え、それも俺のレンズに翻訳されて表示された。
「驚きました、単なる直訳ではなく、前後の文脈を汲み取った自然な日本語になっていますね」
骨伝導スピーカーから返ってきた桐島博士の声には、驚きが混じっていた。
「……かなり精度が高いな。意訳のセンスがいい」
レンズに表示される流麗な日本語を見て、田村さんも感心したように呟く。陽菜乃ちゃんも「でしょ~?」と笑っている。というか、俺以外の全員が英語を自然に使えるようだ。英語コンプレックス日本人代表としては、とても羨ましい。
「これは便利ですね。対応言語は?」
「主要言語はだいたい入ってるよ~。アリスがサーバーの辞書と連携してるから、新しい言語も追加可能」
「ベトナム語は?」
俺が確認すると、陽菜乃ちゃんがニッコリ笑って両手で丸を作る。
「ばっちりだよ~。明日、留学生の会話がわかるかもね」
「博士、これを掛けていけば、明日の訪問中ずっと、博士は俺たち4人分の視界と音声を見聞きできます。何か異変を察知したら、即座に骨伝導で警告してください」
「了解しました」
ここで、田村さんが口を開いた。
「明日は準備していた対人武器のうち、殺傷力が控えめで無力化狙いの構成でいこうと思う。レーザー照射機能搭載のドローン1機と、麻酔弾発砲機能付きのドローン3機、合計4機を高専上空に旋回させる。レーザー機が標的に照射警告し、無視されたら発砲機が麻酔弾で無力化、という流れだ。3機あれば90人を30秒以内に制圧できる計算だ」
殺傷力低めと言っても、内容はかなり物騒だ。
「一応、レオ君と実験して調整してきたからな。実戦不足だが問題はねぇはずだ」
「高専の周囲にドローンジャマーも広帯域の電波妨害も設置されてないよ~! 偵察ドローンも校舎の近くまで寄れたもん」
陽菜乃ちゃんの言葉に、みんなが頷く。やはり、平和な日本人には、対人の危機意識は薄いのだろう。と言うより、陽菜乃ちゃんや田村さんの発想が、日本人としては特殊なのかもしれない。
「それからね、ルーフキャリアのアサルトライフル迎撃システム。あれも今回稼働させとくから。いざとなれば、車を遠隔で高専に突っ込ませて、近距離から自動発砲させるのもあり!」
田村さんが真剣な顔になる。
「桐島博士、車両の突撃も、ドローンの引き金も任せていいだろうか。アリスに敵性判定と照準補助だけしてもらって、撃つかどうかの最終判断は人間――それも医療者である桐島博士にお願いしたい」
「重いですね……承知しました」
桐島博士は少し考えてから、静かに頷いた。
「私は『撃つかどうか』の判断のみの担当。技術的なコントロールはアリスですね」
俺は、一通りの安全策を整理した。
「装備は通常通り+通常弾入りのグロックは隠し持ち。スマートグラスで島と常時接続。上空にレーザー照射機1機と麻酔弾発砲ドローン3機、車両ルーフトップに迎撃システムをスタンバイ。これも麻酔弾かな。そして、桐島博士とアリスが常時監視――これで高専訪問しましょうか」
「ここまで備えれば、十分だろう」
俺は、画面の向こうの桐島博士に向かって締めくくった。
「博士、明日はよろしくお願いします」
「ええ。気を付けて行ってきてくださいね」
通信が切れて、俺たち4人だけになった会議室は、急に静かになった。
「準備は整ってる。あとは、向こうの出方次第だな」
田村さんが、机の上のドローンを軽く撫でる。
「若者のエネルギーが楽しみです。DMからも溢れてましたよ」
レオさんは、機嫌よくみんなのカップを集め出した。
「くれぐれも掲示板の運営者だとバレないように、言動に注意してくださいね。あくまでも俺たちは、システムでマッチングした一般避難民です」
「迷彩服を着た、異常に情報に詳しい一般避難民というのもおかしな話だが、まぁ、そういう設定で押し通すしかねぇよな」
俺の念押しに、田村さんとレオさんは苦笑している。
そして、陽菜乃ちゃんは、チィちゃんへの戦意をメラメラさせていた。
「明日ついにチィちゃんと初エンカ……負けないんだから……」
タブレットを握る手に、妙な力が入っている。
「DMで何回か技術交流したんだけど、ハードウェアの知識でちょっとマウント取られた感じがして……うー、でも私はソフトウェアならぜったい負けないんだから! かわいさだって私の方が上のはず! あっ、今日は半身浴してマッサージしてパックしてヘアオイルもたっぷり使わなきゃ!! チィちゃん、背が高くてスレンダーみたいなんだよね。厚底ブーツはダメだよね、田村さん」
「……俺に聞くな」
田村さんは、困惑した顔をしている。
俺とレオさんは顔を見合わせて、同時に笑った。
「まぁまぁ、チィちゃんと仲良くなれたら、技術者同士の良い刺激になるかもしれないよ?」
俺は穏便に話を逸らそうとしたが、陽菜乃ちゃんはまだブツブツと作戦を練っている。
内心では、陽菜乃ちゃんに同年代の友人ができたら良いなと思っている。ずっと一人で技術の道を歩んできた子だ。気が合う同年代の仲間と議論して、影響を受けたり与えたりする経験は、これからの彼女の人生にとってきっと財産になるだろう。




