3-13 繋がる世界、広がる希望
対人訓練をしながらも、今後の対策は休むことなく続いていた。
昼間は訓練、朝晩はそれぞれが自分にできることを進めていた。
田村さんは、対人戦闘を念頭に置いて、武器や弾薬を工夫している。今は、改造した弾頭部分の針から、即効性の麻酔を注入する仕組みを試しているようだ。
桐島博士が麻酔弾の説明をしている。
「過剰投与は死に直結します。体重別に投与量の調整を──」
「なるほど、弾の色分けが必要だな」
田村さんが頷きながらメモを取る。他にも、レオさんと爆薬関係の実験をしているようだ。
桐島博士とレオさんは、小学校から採取したサンプルを解析しながら、世界中の研究者と情報交換をしていた。陽菜乃ちゃんが新設したID登録制の研究者専用チャンネルが役立っている。所持資格の確認や、アリスが作成した専門知識テストをクリアした人だけの利用なので、信頼性が高い学術的な議論が活発に行われているようだ。
「神崎さん、これらの魔物ウイルスの報告は、以前お聞きした記憶と違っていますよね?」
桐島博士がタブレットの画面を見せてくる。
『高齢者(72歳)と子供(8歳)は発症から約1ヶ月で死亡。成人(35歳)は1ヶ月半経過も生存中。ただし回復の兆しはなく、寝たきり状態』
『抗生物質は無効。ウイルス性の感染症と推定されるが、既存の抗ウイルス薬は効果なし』
俺は画面を見ながら、前世の記憶と照らし合わせた。
「進行が遅い……かも? 前世の記憶だと、噛まれた人は例外なく1ヶ月以内に死んでいました。でも今回は、少なくとも成人なら1ヶ月半以上は生存しているようですね」
データを精査しているレオさんもタブレットを覗き込む。
「ふむ。時間が延びているなら、治療法を見つける時間が稼げますね」
桐島博士も頷く。
「私たちも全力で研究を続けます。生き残った世界中の研究者と協力すれば、必ず解決方法が見つかるはずです」
莉子ちゃんと悠真君は、すっかり落ち着いてきて、毎日、二人で勉強を頑張り、図書館やシアターで色々な調べ物をしているようだ。最近は料理の練習も始めている。
昨日は、どちらがいっぱい乳歯が抜けているかでケンカしていたが、姉弟ケンカも減ったようで、食事の時も落ち着いている。
二人の成長が嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちを俺たちは感じていた。
そんななか、俺と陽菜乃ちゃんが進めていた新しいシステムを、夜の定例会議で披露した。
「皆さん、コミュニティ交流システムを開発しました」
俺の言葉に、全員の視線が集中する。
陽菜乃ちゃんがタブレットを操作すると、ディスプレイに画面が映し出された。
「まず一つ目は~ 『コミュニティ評価システム』 だよ~!」
ディスプレイに、サンプルで作ったリスト形式で表示されたコミュニティの一覧が映し出される。それぞれに星マークでの評価が付いている。
「掲示板に登録したコミュニティの情報をアリスが分析して、信頼度をスコア化するの。掲示板での投稿内容、物々交換の履歴、取引後の相互評価なんかを総合的に判断して、安全で協力できるコミュニティかどうかを自動判別するんだ~。もちろん、大災害前の関連データも全部、洗い出して、地域やコミュニティだけじゃなくて、所属する個人の情報も含めて多方面から解析してくれるんだよ~」
「なるほど、個人ではなくコミュニティの信頼度評価というところが面白いですね」
レオさんが、リストをソートして確認している。
「二つ目は 『物資・技術マッチングシステム』 ! 欲しいものと提供できるものを登録すると、アリスが最適な交換相手を見つけてくれるの。めっちゃ便利になるはず~」
「これは、コミュニティ同士が物資や技術を直接交換することを想定しています。マッチング後に、DMでやり取りをしてもらって、待ち合わせ場所や日時、具体的な数量を決めてもらいます。そこで折り合いがつかなければ拒否も可能です」
ディスプレイに、DMでやり取りしている会話のサンプルを映す。
「直接のやり取りは、危険が伴うぞ。俺だったら、お互いに別の場所に物資の置き場所を指定して、直接会わずに交換するようにするだろうな」
「田村さん、それはありですね。取引例として、そういった方法も載せるようにします」
「そして三つ目が『ドローン物資輸送システム』です」
俺が説明を引き継ぐ。
「本土拠点から、大型貨物輸送用の200km級ドローン3機を島へ遠隔で呼び寄せられます。これを使って、物資を直接運びます。基本は、コミュニティ同士の物々交換を促進していきますが、場合によってはこのドローンで俺たちが直接支援するのもありだと考えています」
「200kmか......結構な距離を飛べるんだな」
田村さんが腕を組んで頷く。
「はい。ですが、往復を考えると片道100km圏内──つまり、隣県までしかカバーできません。今後は、飛行距離を延ばす改良をアリスに協力してもらうつもりです」
次に、陽菜乃ちゃんが評価シートの画面を表示した。
「それでね~、コミュニティ評価システムのための評価シートなんだけど、私たちが考えた項目はこんな感じ。どうかな?」
画面には、シンプルな項目が並んでいる。
所在地
構成人数
物資状況
欲しい物資・技術
提供できる物資・技術
「これだけですか?」
レオさんが少し驚いた表情で尋ねた。
「うん。あんまり詳しすぎると、警戒して登録しないかなと思って」
陽菜乃ちゃんが答える。
「いや、マッチングのためには、もう少し情報が必要だと思います」
レオさんがホワイトボードに立ち、項目を書き始めた。
「例えば、コミュニティの形態。民間避難所なのか、公共避難所なのか、病院なのか、学校なのか。それから、建物の状態、電力、水源、通信手段などの施設情報も必要です」
「そこまで詳細な情報が必要ですか?」
俺が聞くと、レオさんが説明してくれる。
「電力がない場所に冷凍食品を送っても意味がない。施設情報があれば、そういったマッチング精度が上がります」
「なるほど......確かにそうですね」
「それなら、簡単でいいから、運営組織の情報もあったほうがいいぞ」
田村さんも項目を付け足す。
「運営組織、ですか?」
「ああ。合議制なのか、リーダー制なのかだけでもいい。意思決定の透明性や、避難者の発言権の強さとか。そういう情報があれば、物資を交換した後のトラブルを回避できる可能性が高まる」
「ですが、正直に評価シートに自己申告してくれるでしょうか?」
「うーん、確かにそうだな。うちは独裁体制だなんて、自分からは言わねぇだろうな。取引内容に嗜好品が多いとか、避難者数に対する取引量なんかである程度の実態は推測できるかもしれんが」
「その辺はアリスに解析してもらうようにするよ~!」
「では、私からも一つ」
桐島博士が手を上げた。
「マッチングのためというより、今後のために人材リソースの情報も知りたいです」
「人材リソース?」
「はい。医療従事者、技術者、教育者など、専門技能を持つ人の人数。それから、影響力のある著名人──ノーベル賞候補者、オリンピック選手、有名政治家、文化人など──の有無も」
桐島博士が画面を見ながら続ける。
「将来的にウイルス対策への協力を要請したり、難民の受け入れを打診したりする時に、こういった情報があると助かります」
「確かに......でも......」
陽菜乃ちゃんが困った顔をした。
「でもさ~、そういう個人情報とか避難所の詳しい情報を、匿名掲示板の管理者に預けるのって、抵抗がありそうじゃない? 私だったらヤダな~」
その言葉に、全員が黙り込んだ。
「評価シートの記入は、項目によっては任意にするしかないですね。もちろん、入力した情報でも、公開・非公開の設定は入力者に選択させます。マッチングのために所在地は正確に把握したいところですが、住所を入力するのは怖いかも......」
俺が発言すると、レオさんが首を振った。
「皆さん、所在地は思ったより重要です」
「え?」
「日本人にとって、外国は遠い存在かもしれません。ですが、ヨーロッパだと隣国とのマッチングの可能性も十分あり得ます。例えば、パリからロンドンまでの距離は、東京から大阪までの距離より近い。国境を越えた物資交換も、十分に現実的なんです」
「そういえば、ウクライナの首都からロシアの首都まで、車で半日だと聞いたことがあります」
海に囲まれた日本では、なかなか実感がわかないが、自国の首都より隣国の主要都市が近いなんてことはよくあるらしい。
「確かに重要だな。それなら、市町村レベルまでの入力にしてもらおう。それ以上の詳細は、実際にマッチングが成立してから、お互いにDMで連絡を取ればいい。そこから先は自己責任だと強く警告を出しておこう」
田村さんの言葉に、俺は頷いた。
「評価シートの任意項目の入力は、マッチングシステムの実績を重ねて、徐々に信頼してもらうしかないですね」
「ああ。最初は警戒されても仕方ない。でも、実績を積めば、必ず信頼してもらえる。任意項目の入力を増やした方がマッチングしやすいと気付けば、きっとデータも増えていくはずだ」
次は、安全性についての議論が始まった。
「近隣にドローンで物資を運ぶのはいいが、島の位置がバレるリスクはどうする?」
田村さんの質問に、陽菜乃ちゃんが自信満々に答えた。
「大丈夫! ドローンはステルス機能を使って、島から離れた位置まで飛ばすの。そこでステルスを解除してから、目的地へ向かわせる。毎回、位置を変えたら、島の場所は絶対に特定できないよ。そんな解析能力が残っている組織がうちら以外にあると思えないし」
「GPS座標もランダム化して、追跡不可能にします」
俺も補足した。
「なるほど、いけそうだな」
田村さんが感心したように笑った。
「一つ、お聞きしたいことが」
桐島博士が、少し控えめに手を上げた。
「掲示板サイトにアクセスできないコミュニティも、たくさんあるはずです。ステラネット端末を持っていない人たちへの対応はどうされますか?」
「あ、それも考えたんだ~!」
陽菜乃ちゃんが嬉しそうに言った。
「ドローンで注文書を配って、必要な物資を送るシステム。ドローンにスピーカーとカメラを付けて、遠隔で対話しながら確認できるようにしたらいいと思うんだ~」
「いいですね。それなら対面する必要がないから、お互いに安心でしょう」
レオさんがすぐに賛成する。
「実験的にやってみる価値はあるな」
田村さんが頷く。
「ですが、一方的な施しにはしたくないです。相手が提供できる物資が、たとえ俺たちには余っている物資だとしても、基本は物々交換にするべきです」
「うんうん。神崎さん大丈夫だよ~。みんなわかってるって!」
全員がしっかりと頷いてくれた。
最初のドローンテストは、近隣20km圏内の小さな孤立した避難所にした。先に偵察ドローンを飛ばして、車などの交通手段が無い30人以下の避難所を探したのだ。
陽菜乃ちゃんが操縦するドローンが、1ヶ所目の公民館の避難所の上空でホバリングする。周りに高い柵があって、魔物からは安全に暮らしているようだ。スピーカーから俺が呼びかけた。
「こんにちは。物資の配給を予定しています。必要なものはありませんか?」
しかし、公民館から出てきた人々は警戒した様子で、誰も近づいてこない。一人の男性が石を拾い上げた。
「何だこれは? 攻撃されるかもしれないぞ、みんな離れるんだ!」
「違います! 本当に物資を——」
バシッ、と石がドローンに当たった。
「うわっ、危ない! 退避退避!」
陽菜乃ちゃんが慌ててドローンを上昇させる。
「......初回は失敗だな」
俺は苦笑した。当然だ。突然空から機械が現れて、物資をくれるなんて言っても信じてもらえない。俺だって疑うだろう。
「次はどうする?」
田村さんが聞く。
「それならば──」
俺たちは、相手を警戒させない作戦を考えた。
二回目のテストは、ビラで事前に日時を告知してから行った。そのビラには必要そうな物資のリストや魔物対策も記載しておいた。
ドローンがゆっくりと降下し、小さなパッケージを地面に置く。子供用のお菓子セットだ。
「少しですがお菓子が入っています。中身をご確認ください」
スピーカーから俺が呼びかけると、一組の男女が恐る恐る近づいてきた。パッケージを開けて中身を確認し、匂いを嗅いだり舐めたりしている。
その女性の子供だろうか──4~5歳の男の子が走ってきて、横からサッとお菓子をとって口に頬張り、歓声を上げた。
「イチゴチョコだ~!!! ママ、甘くて美味しいよ~!」
わっと奥の方から子供が3人走り出てきて、お菓子に群がっている。それを見て、少しだけ大人たちの表情が和らぐ。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』作戦成功である。
「本当に、支援してくれるんですか?」
女性がドローンに向かって尋ねる。
「はい。必要な物資を教えてください。できる範囲で提供します」
「おい、待て! お前たち! 代わりに何を要求するつもりだ?」
中年男性の警戒する声にも、俺は穏やかに答えた。
「皆さんが提供できるもの、例えば野菜や手作りの品、情報でも構いません。我々は、物々交換でお互いに助け合うことを望んでいます」
建物から、高齢の男性が現れた。みんなが道を開ける。
「うちのビニールハウスで、トマトとアスパラガスが採れます。太陽が十分じゃないから、少し痩せているがね。それでよろしいかな?」
「十分です。ありがとうございます」
「図々しいお願いだが、火傷の薬と石鹸、それから護身用のナイフをいくつか回してもらえないだろうか。あと……もしあればでいいんだが、ハウスの補修にビニールテープがあれば、非常に助かる。どうか、よろしくお願いします」
その男性がドローンに向かって深々と頭を下げた。
こうして、最初の物々交換が成立した。
ある夜、田村さんが俺を呼び出した。
「神崎君、さっき北海道自衛隊の坂上さんと情報交換してる時に、ドローンの運用方法を他の部隊や自治体、警察にも展開したいと言われたんだ」
「......そうですか」
俺は少し考えてから答えた。
「簡易マニュアルを作って渡しましょう。公共の組織が支援するなら、助かる人も増えます」
「本当にいいのか? 情報が広まりすぎると——」
「大丈夫です。北陸だということは、そのうちバレる覚悟はしています。ですが、島の位置は特定されないでしょう。俺たちの拠点は絶対に秘密にできます」
田村さんは、しばらく俺を見つめてから頷いた。
数日後、田村さん経由で自衛隊にドローン運用マニュアルを提供した。
「これで、日本中でドローン配給が始まるかもね」
陽菜乃ちゃんが嬉しそうに言う。
「そうだね。でも、俺たちの役割はここまでだよ。後は各地が自立してくれることを願うしかない」
俺の言葉に、田村さんやレオさんは、少し苦笑いしていた。
さらに一週間後、掲示板に「文明クラフト板」を新設した。
技術情報を共有する専門板だ。アリスが選んだ情報発信者を、招待制にした。そのページで議論を重ね、さらに信頼できると判断したコミュニティには、世界各地の大型倉庫の情報も提供する予定だ。その際、ドローンや直接取引で物資を周辺コミュニティと交換をすることを条件にしようと話している。
「この人たちが、ウイルス対策のキーマンになるかもしれませんね」
桐島博士がモニターを見ながら言った。
「そうですね。今のうちから、信頼関係を築いておくことが大事かもしれません」
世界中から、メッセージが届き始めている。
『マッチングでアレルギー対応粉ミルクが手に入り、命が一つ助かりました』(フィンランド)
『物々交換アプリで、手術に必要な医薬品が手に入りました』(エジプト)
『うちの物質化であまっているジャガイモと、相手の余っているリンゴを交換。ついでにレシピも交換!』(ドイツ)
『コミュニティ評価システムで、継続的に取引できる安全な相手が見つかりました。心から感謝します』(ニュージーランド)
陽菜乃ちゃんが、満足そうに画面を眺めている。
「ねぇ、神崎さん。ハッキングも楽しいけどさ、こうやって喜んでもらえるのもいいね~」
「そうだね。陽菜乃ちゃんに感謝している人が、世界中にいるはずだよ」
陽菜乃ちゃんは、俺の言葉に少し照れくさそうにしながらも、すぐに、次のシステム開発の要求定義の壁打ちをアリスと始めた。
技術はある。だが、それをどう使うかで、未来は大きく変わる。
俺たちは、ただ生き延びるだけじゃない。
多くの人が希望を持てる世界を、少しずつ作っていきたい。
自衛隊も警察も、今は混乱してる。いずれ組織が立て直されたとき、俺たちがどう見られるかは分からない。だから、匿名性を保ちながら、支援を続ける。それが、俺たちのやり方だ。
「ねぇねぇ、また緑色のマークが増えてるよ。星5つの信頼できるコミュニティが、少しずつ増えてるね」
会議室のディスプレイに映し出された俺たち専用の世界地図に、明るい緑色の点が散らばっている。まだ少ない。でも、確実に増えている。
「これが、希望の種になるのかもしれない……」
俺は呟いた。
── 第1回本土進出から1ヶ月。明日から第2回目の本土上陸だ。また一つ、俺の前世からの宿題に向き合う時が来た。
長くお休みしてしまい申し訳ありません。
不定期更新になりますが、再開します。
よろしくお願いいたします




