勇者流ダンジョン攻略法
朝、起床したエルザは魔王を叩き起こし、開口一番こう告げた。
「ねえ、あそこの通路、ちょっと探検してみない!?」
寝ぼけまなこをこする魔王は、周囲を確認して少し頭の中で整理した後、自分たちの置かれた状況を把握した。勇者に状況説明を求めたりはしなかった。そんな事をしても、目の前の少女がまともに説明してくれるとは思えなかったからだ。
好奇心に目を輝かせるエルザは、昨日の内に発見していた通路の奥に何があるのかと期待に胸を膨らませているようだった。空腹も気にならないほどに。
一方、魔王は一晩中固い岩の上で寝ていた事による痛みと、昨晩から何も口にしていない事による飢えで、ここ数年の中でも五指に入るくらいに機嫌が悪い。勇者エルザの活躍で、優勢だった戦況を一気に覆された時期も含んでのランキングであるから、その不機嫌さは推して知るべしである。
だから多くの者がそうであるように、魔王も手近な者に悪意をぶつけた。語彙力と表現力の限りエルザを罵り、考え得る中で最も冷たい態度をとった。
魔王にとって残念な事は、彼女が悪意に対して酷く鈍感で、なおかつ難解な修辞法や皮肉を解する言語力を持ち合わせていなかった事だろう。
凍てつく炎のような怒りと共に魔王が口走った悪口雑言を、エルザは「面倒くせーなあ。行きたきゃ一人で行けよ」と言われたのだと頭の中で簡潔にまとめた。
「もー! だったら私一人で見て来るっ!」
簡単な松明を作り、プンプンと腹を立てて立ち去るエルザの後ろ姿を眺めながら、魔王は自分の会心の皮肉が思ったほどの効果をあげなかった事に軽く凹んだ。
魔王が広い地底湖の畔で、食べられそうな淡水魚が泳いでいないかとウロウロしていると、しばらくして勇者が帰ってきた。
後ろに岩石でできた犬型ゴーレムを引き連れて、全速力で。
エルザは地底湖のある大空洞まで来ると、急ブレーキをかけながらゴーレムの方に振り返る。
「でええやああああ!」
かつて魔王に向けて放った最後の一撃と同じくらいの気合いを込めて、エルザが大剣を力任せに振り回した。
大型犬のような姿のゴーレムは、横っ面に強烈な一撃を食らって転倒する。
息つく暇もなくエルザは犬型ゴーレムを片足で踏みつけ、蒼く光る胸の亀裂に切っ先を突き立てた。
動力源を破壊されたゴーレムは、にわかに動きを停止する。
しかし休む間もなく、二体目、三体目と襲いかかってきた。
岩でできた体だ。女神の大剣であろうとも、理力の使えないエルザではこれを砕くのは難しく、転ばせるだけでも容易な事ではない。ベストなタイミング、この上ない角度、全力フルスイングという全ての条件を満たしてようやくである。
エルザはたまらず背を向けて逃げ出した。完璧な条件の下、何とか一体やっつけた訳だが、通路の奥から現れた犬型ゴーレムは片手では数えられない。このまま調子に乗って戦えば、即座に袋叩きである。
「おっ、愚か者! こっちに来るでない!」
少し下がった所で傍観していた魔王は、あたふたと両手をかざして「来るな来るな」と激しく振ったが、砂塵を巻き上げて駆けてくる勇者が方向転換する気配はさらさら無く、結局エルザと仲良く並んで全力疾走する事になった。
「貴様! 何をしでかしおった! 粗忽者め!」
「私のせいじゃないもん! あいつらが勝手に追いかけてくるんだもん!」
「ふざけるな! 一人で勝手に死ねばよいものを、我まで巻き込みよって!」
「そんな言い方って無いでしょ!」
二人は光を浴びて幻想的に煌めく地底湖の周囲を、わあわあ喚きながらグルグル疾走した。昨日、大型ゴーレムに追いかけ回された時と同じような絵面である。
そうこうしている内に、犬型ゴーレムが知恵――そんなものがあるなら、の話だが――を働かせた。湖の周りを周回している追っ手の半分が方向転換して、逆回りに走り始めたのだ。
「わー! ちょっとちょっと!」
「くっ! こっちだ!」
挟み撃ちされそうになった二人は急ブレーキをかけ、先程エルザが探索に赴いた通路、即ちゴーレムたちが守っていた“何か”へ至る通路へと駆け込んだ。
なかなかに広大で入り組んだ地下迷宮であった。天然の洞窟を殆どそのまま利用しており、所々に階段や橋が作られている。人工的な通路は無いようだが、人間の意図が介入しない構造なだけに、侵入者の方向感覚を大いに惑わせる。
しかし、よしんばこの迷宮が単調な構造であったとしても、今の二人には全く関係の無い事だろう。遮二無二逃げ惑う勇者と魔王は、最早その肩書きも色あせるくらいに必死の形相であり、自分たちがどこをどのように走ったかなど気にする様子も無い。
「まっ、魔法! あんた、魔法で蹴散らしてよっ!」
「よし! 放つのに足を止めねばならん! 貴様、ちょっと行って足止めしてこい! 貴様もろとも吹き飛ばしてくれる!」
「冗談じゃないわよっ!」
思わず陰謀の全容をぽろっと明かしてしまう辺り、魔王にも余裕が無い。
どこをどう走ったものか、気付けば一際大きな地下空洞にたどり着いていた。奥には荘厳な雰囲気を放つ両開きの扉、そしてその前には成人男子の三倍ほどの大きさを持つゴーレムが立っている。
地上にいたものに比べて体は小さいが、それでもかなりの巨体である。また、その造形もより人間に近い。地上で見たものを子供が戯れに作った人形とすれば、こちらは石工が作成した古の戦士像という風情だ。しかも手には大雑把な造形の石の剣を握りしめ、明らかに最後の関門というオーラを醸し出していた。
本来なら広間に入った瞬間、回れ右したくなるところだが、エルザと魔王は全速力でゴーレムに向かって走っていった。何故なら、後ろから迫ってくる犬型ゴーレムの数は、どこで合流したのか既に当初の二倍以上に膨れ上がっていたからだ。
止まりたくとも止まれない。僅かでも足を緩めたら、その瞬間先頭の一体に捕まり、刹那の間断も無く後続に踏み潰されるだろう。
目の前の巨大ゴーレムが石の剣を振りかざした。剣と言っても、形状だけを模しているだけの石の塊。切断性など皆無ではあるが、かすっただけでも重傷、部位によっては致命傷となる事は疑う余地も無い。当然、直撃しようものなら原型を留めていられる自信さえ無い。
しかし二人は突撃した。
猛牛の群れが断崖に向かって暴走するように、最早彼ら自身にも走りを止められないのだ。
「「滑り込めえーー!!」」
勇者と魔王の声が綺麗に重なった。
一瞬、既に全力疾走していたはずの二人のスピードが僅かに増した。かつてマリーベルが開眼した大声効果だ。
彼らの脳天を熟れたトマトのように打ち砕くはずだった岩の塊は、タイミングをずらされて空を切り、一瞬前まで二人がいた場所を打ち据えた。二人はまるで最初からそう振り付けられた舞踏であるかのように、目を見張るほど同律した挙動で、ゴーレムの股下目掛けて頭から飛び込んでくぐり抜けた。
もしも二人が違う動作を選択していたら、恐らく死は免れなかったろう。床に叩きつけられた巨剣は木っ端微塵に砕け散り、その破片が恐るべき殺傷力を持つ榴弾として四方八方にぶちまけられたからだ。
甚大な損害を受けたのは犬たちだ。エルザたちのすぐ後ろを追随していた彼らは榴弾の破壊圏内にバッチリ入り込んでいたのだ。殆どの者は胸部のコアまで砕かれ、そうでなかった者も四肢を損傷して床に転がる。
しかしゴーレムたちのコアがにわかに強く輝くと、欠損したはずの脚が見る間に元通りに治っていく。それは今し方粉砕された石剣も例外ではない。恐るべき致傷力を宿す破壊兵器が再装填される。
だが、それを指をくわえて眺めているような魔王ではない。石くれどもが動きを止めた数瞬、彼のポジショニングと冥力集積は完了していた。
「イビルソード・レギオン!」
魔王が細腕を振りかざすと、虚空に邪悪なデザインの刀剣が何十本も現れる。ナイフのような小型のものから大鬼でなければ取り扱えないような鉄塊まで、その形状は多種多様で一つとして同型の剣は無い。持ち主無き鋭刃の兵団は、狙いを定めるように一瞬の沈黙を挟んだ後、ゴーレムに向かって豪雨のように降り注いだ。
刺突、切断を本懐とする武器にとって、岩の体はどうにも相性が悪い。だが魔王の術の破壊力は、そんな不利をはねのけて余りある。硬い岩石でできているはずのゴーレムたちは、高速で飛来する刃に刺され、穿たれ、貫かれ、瞬き一つの間に動力部ごと粉砕された。
唯一残ったのは人型ゴーレムである。両腕を犠牲にして、何とか動力源だけは守り抜いたのだ。
しかし結果論で言えば、それには何の意味も無かった。文字通りの剣乱弾雨が止んだ次の瞬間、エルザの狙いすました突きが胸のコアに突き刺さったからだ。
岩の体をつなぎ止めていた魔力を喪失し、古の戦士像は轟音をたてて崩れ落ちた。




