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救助隊出動




「二人とも、今頃どうしてるかな……」


 意図せずこぼれた独り言に、落ち着いた美しい声で反応が返る。

「お仲間が心配なのですね?」

 吟遊詩人が芝居がかった溜め息と共に「お可哀相に……」と述懐する。

 実のところ心配しているのではなく、どんなフラグを立てているかが気になっているだけなのだが、そんな事はおくびにも出さずに、マリーベルは弱々しい笑みを浮かべた。

 こう見えて、落ち着いている時には猫をかぶるタイプなのだ。興奮すると、あっという間に馬脚を現してしまうが。



 マリーベルは、吟遊詩人の部屋に押しかけていた。監視していれば下手な事もできないだろうという判断だ。この詩人が男だったら大層問題なのだが、マリーベルは性別の判定しにくいこの詩人が女性である事を見抜いた。と言うか、疲労でよろけたふりをして詩人に倒れ込み、その胸を大胆にもタッチしたのだ。

 神をも恐れぬ所業である。


「吟遊詩人様。お気を遣わせてしまって、申し訳ございません」

「ライトグリーン。そうお呼びください、シスター」

 麗人は道化師のようにオーバーに、だが貴族のようにエレガントに一礼した。


「さあ、今日はひとまずお休みください。体力を少しでも戻さなければ、明日お仲間の救助に行くのに障りましょう」


(くそっ……やっぱり寝かしつけてから“仕事”にかかるつもりだな? しかも、すげえ断りづらい理由までこじつけやがって!)


 マリーベルはライトグリーンを徹夜で監視するつもりだったが、その意図に気付いたのか、吟遊詩人はやんわりと休息を促した。


「……ご心配いただいてありがとうございます。しかし、仲間たちの事を考えると眠れそうにありません……今夜はずっと神に祈りを捧げております」


 どうだ! という気持ちを表に出さずに、そこまで言い切る。

 しかし推定殺人犯の麗人は慌てる様子も動揺する素振そぶりも見せなかった。

「おお……『休む』『祈る』どちらにせよ、お仲間のためになるでしょう。しかし『休めないから祈る』という事であれば……私が一曲差し上げましょう。安らいで眠りにつけるような曲を……」

 吟遊詩人は竪琴をゆっくり爪弾き始める。静かな旋律が部屋に満ちると、優しい音色が小川のせせらぎか、あるいは海辺のさざ波のように心に染み込んできた。

 ライトグリーンの指使いは繊細そのもので、微かなハミングは意味を持つ言葉ではないようだったが、不思議と心を鎮める奇妙な心地よさにあふれていた。

 マリーベルが何より驚愕したのは、麗人の艶やかな唇から紡ぎ出される美声の素晴らしさである。それはまるで蝶の羽ばたきのように密やかでありながらも、教会の鐘の音よりも遠く伸びやかに響くのだ。

 始末人とは言え、吟遊詩人の扮装をしているだけはあるなあと、その見事な歌声と運指に感動していたマリーベルは、ふと瞼が重たくなる感覚を覚えた。


(しまった! 眠りの呪歌か!)


 全く違うのだが、そんな事を知らないマリーベルは、これがライトグリーンの暗殺の手口だと確信し、悔しそうな表情を一瞬浮かべてから安らかな眠りの世界に旅立っていった。

 その寝顔は穏やかで幸せそうだった。




 翌朝、準備を終えた一行は、宿屋の前に集合していた。

 誰も死んではいなかったし、重要な機密書類や秘宝が盗まれているという事も無かった。

(あれ?)

 マリーベルは首を傾げる。そして次の瞬間、重大な見落としに気付いて愕然とした。

(しまった! この宿屋じゃ……『外部の犯行』って可能性が残っちゃうじゃん! 殺人事件が起きるとしたら、砂漠のド真ん中か洞窟の中だよ!)

 普通に考えれば逆である。殺人を目論む者がいるとしたら、自分が疑われないような環境で犯行に及ぶだろう。

 わざわざ確実に内部犯の仕業である事を喧伝するような状況で暗殺する者はいない。

しかしミステリ文学の世界では、そうではないのだ。殺人が行われる時、そこは何故か外界から隔絶しているケースが多い。名探偵に――そして読者に――内部犯を確信させ、余計な可能性に目を向けさせないためだ。


 しおれているマリーベルを余所に、何とか快復したアンは背負子を抱えてアランのたくましい背中を見つめていた。この感情の乏しい少女でさえ、昨日の体験は強い恐怖心をかき立てられる。しかもアンは、マリーベルが無情である事を思い知っていた。

 「アンの耐久度ギリギリのタイムリミットを見極めて、リバース直前に背負子を放り捨てる……名付けてキャストオフ! 背負子を敵の方に離脱させれば攻撃にもなると言う……」アンをベッドに寝かせて介抱していた美貌の修道女がブツブツ呟いていた独り言は、幼い少女の心に軽い心的外傷を与えていた。

 もうマリーベルの背に負われたくはない。さりとて自分の脚では歩ききれない。そこで白羽の矢を立てたのが、頑健な体格のアランである。しかしアンの思考パターンも普通ではない。このまま背負子を無理矢理背負わせてから、術によってアランを御するつもりでいた。


 しかしアンの目論見は、結局実行される事は無かった。目の前に大袈裟な幌をつけた馬車が現れたからだ。

「さあ諸君、乗ってくれたまえ。爵位を継ぐ身ではないとは言え、長く野外活動をするからね。質素ながらも馬車を一台所有しているのさ。御者は召使いのダグ。こちらの黒はイニストア産の牡で三歳。名前はデネブ。気性は穏やかだ。栗毛の方はタロスといって……」

「分かった! 分かったから! 馬の紹介まですんな!」

 アランはたまらず叫ぶ。御者席に座った小太りの中年男性は、無言のまま軽く会釈をする中で、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 礼拝堂で騒ぐ子供のために謝る親はこんな顔をしていたなと、マリーベルは同情的な気持ちになる。

 しかしその同情と馬車の存在を差し引いても、召使いダグが参入する事を好ましいとは思えなかった。彼の属性は「第一の犠牲者」と「実は真犯人」のどちらにも分類できるものだからだ。

 守るべき者、警戒すべき者が同時に二倍になってしまった。


「では……参りましょう」

 修道女の言葉には決意と覚悟がにじみ出ていた。自分がやらなければならないという強い使命感を抱いている事は瞭然であり、彼女の言葉を聞いた者たちは厳粛な顔で頷く事で、マリーベルの意気に応えた。




「なるほど、シスター。つまりゴーレムの足元を素早く疾走する事で撹乱し、転倒を誘発させた訳ですね?いや素晴らしい! 並みの度胸では、それほどの威容を目にしただけで逃げる算段をする以外に思考を割けないと思いますよ。貴女のお仲間は卓越した勇気をお持ちのようだ」

 馬車で半日も行けばたどり着くとは言え、その道程は沈黙のまま進むには長すぎる。マリーベルは砂漠に来てからの顛末を、様々な部分に虚飾を交えながら説明した。しかし学者は何を聞いても感嘆し、疑うという事を知らないようだった。

(流石は貴族のボンボンだなぁー……チョロ過ぎる)

 マリーベルは内心で冷淡な視線を向けた。彼女に心酔している傭兵のアランでさえ、にわかには信じ難いという顔をしているというのに。


 ベクターは盗賊(仮)らしく油断の無い視線を馬車の外に送っている。人間には過酷であっても、この環境こそを好む魔獣がいないとも限らないからだ。

 彼は終始押し黙ったまま、馬車の旅を続けている。マリーベルの話には、これといった反応を示さない。聞いていないのかも知れないし、関心が無いだけかも知れない。


 吟遊詩人はほどほどに会話に参加し、時には竪琴を爪弾いたりしてソツなく一行の中に溶け込んでいる。

 全ての同行者と満遍なく言葉を交わし、しかしながら自分の情報は驚くほど開示していなかった。尋ねれば答えるのかも知れないが、気が付くと完全な聞き役に回り、しかし会話の主導権はあくまでも離さずにいるのだ。

 馬車で過ごした時間の中で彼女が語った自身の事と言えば、旅の目的が英雄譚に相応しい題材を探しているという事だけだ。


「ねえライトグリーン。貴方もそう思いませんか?」

 セドリックが眼鏡を直しながら麗人に問いかける。

「讃えられるべき勇気か、たしなめられるべき蛮勇か。どちらにしても歌の題材にはもってこいの御仁のようですね」

 優雅な微笑みを浮かべながら、ライトグリーンは名にたがわぬ翠の瞳を煌めかせた。


 アンは聖黙行に没頭する修行僧のように押し黙っている。集中しているのか虚脱しているのか、はたから見る限りでは全く分からない。ベクターのように周囲を警戒する様子でもなく、硝子の如き生気の無い瞳に漫然と景色を映り込ませている。


 昨日の様相から察するに、まだ本調子ではないのかも知れないと、アランはこの小さな娘の容態を気にとめていた。

 しかしそうは思いながらも、どう声を掛けていいのか分からずにいた。第一、迂闊に接触して再び“あの言葉”が飛び出てきたらと思うと、恐ろしくて声を掛けるどころではなかった。


 結果として、彼は心配と警戒心によってアンの事をチラチラと盗み見るようになった。

 一切の弁明も許さぬ不審者ぶりに、マリーベルもだんだんおぞましいものを見る目つきでアランを見始めた。


(この人……本物のロリコンかぁ……そりゃ流石に仲間にできないわー。真正のロリコンとエロ担当のロリて……アウトだな。あっという間に、エロ本みたいな展開になるわ)


 修道女が冷静に失礼な分析をしている内に、馬車は目的の場所までたどり着いた。

 ロックゴーレムが崩落させた大穴が黒々と口を開けている。似たような景色が延々と続く岩石砂漠なのに、マリーベルの拙い説明だけで殆ど迷う事無く到着した事について、マリーベルは初めて疑問を抱いた。

「セドリック様、そう言えば昨日『自説を補強する発見』と仰いましたけど、ここは何か歴史的なものが?」

 その質問を受けた学者貴族は眼鏡と、その奥の瞳をキラリと光らせ、やや邪悪に口角をつり上げる。

「フフフ、ここはですね……」

(『フフフ』とか……駄目だコイツ。眼鏡の事、なんも分かってねえ。何だよ、その中途半端に悪そうな感じ)

 マリーベルの心の声はどこまでも辛辣かつ失敬千万であった。

「ある伝説の登場人物に関係する重要な遺跡があると思われるのです。巨大なゴーレムはその番人。かつて数多あまたの探求者を退け、ここの調査は不可能と断じられていたのですが、その守人はもういない」

 セドリックは再びフフフ笑いをして、密かに修道女の不興を買った。

 続きを促して欲しそうに黙り込んだベクターを鬱陶しく思ったマリーベルは、不動と沈黙を以てこれを迎え撃つ。

 純然たる嫌がらせである。

 しかし静寂がもたらす居心地の悪さが臨界に達する前に、今まで黙りこくっていたベクターが突如口を挟んだ。

「勿体つけるな。ここには何がある?」

 彼なりの助け舟のつもりであったが、言葉は少なく、口調は無愛想であったために学者は鼻白んだ。

(おっと……今のはなんか、グッときた。ベクターさん、優しさが勘違いされて怖がられるタイプね)

 マリーベルが好みのキャラに熱視線を注ぐ中、セドリックは咳払いをして仕切り直してから重々しく答えた。

「恐らく……ここにはね、約二百年前に異世界から召喚され、見事に魔王を打倒した勇者の墳墓があるのさ」


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