幕間 ノルケーシア・チェレンダ ②
9/18 二話目
「……天使に会えない」
俺、ノルケーシア・チェレンダは机に突っ伏して、思わずそう呟いた。
あの日、俺を助けてくれた少女。名前も分からないから、天使呼ばわりしている。
だって同じ人間とはとてもじゃないけれど思えなかった。あの子が誰なのか、俺には分からない。
だけど、会いたい。
そう思っているのに、天使に会うことが叶わない。
そのことがもどかしい。姿かたちを見ることが出来なくて、声も断片的にしか聞けなかった。
――だから余計に、俺は天使を気にしてしまっているのかもしれない。
「ははっ、ノルケーシアはその天使ちゃんに会ってから面白いよね。これだけ出てこないとなると、余程ノルケーシアに会いたくないのでは?」
揶揄うようにそう言ってくるのは、ルースマン・ガルディ。この国の王太子殿下で、俺個人の友人でもある。
「……天使は奥ゆかしいんだ」
俺はそう答えながらも、天使のことを考える。
天使に助けられてから、いずれ天使に会いたいからと魔法の鍛錬を以前よりも行うようになった。天使がどういう状況で、どのような思惑で動いているかは分からないがああやって危険な場所にもやってくるのだから、力をつけるに越したことはない。
そして鍛錬をしたからこそ、時折、俺を見ている何かに気づく。
姿は見えない。だけれども観察しているような視線が感じ取れて、最初は気持ち悪かった。でもそれが、俺があの時感じ取った天使の魔力を纏っていることに気づいてから全く気にならない。寧ろ、歓喜してしまったぐらいで、俺自身も驚いた。
だって誰かから知らず知らずのうちに見られていて喜んでいるなんて変だろう。でもいいかと思った。俺が喜んでいるのは確かだから。
ただ天使は俺が気づくとすぐさま気配を消して、視線がなくなってしまう。
天使が俺に気づかれたくないと思っていることも分かった。だから、俺は敢えて気づかないふりをしている。そうしたら天使の視線を感じることが出来るから。
いつか天使と会いたいと思っているが、彼女は自分の意思で俺の前に出ることは無い気がした。
だから俺の方から天使に近づかなければならない。
その動きは友人であるルースマンにも知られてしまった。ルースマンは勘が鋭く、俺にの行動にも気づいた。ちなみに公の場では流石に殿下呼びだが、私的な場では呼び捨てにするように言われているので呼び捨てにしている。
「そうか。それにしても興味深いね。異性に関心のない君が此処まで興味を持つなんて。ああ、でもそもそも人間かどうかも分からないんだっけ?」
ルースマンはそれはもうおかしそうに笑っている。
「ああ。分からない。見かけたのは一瞬だった」
「でもノルケーシアの名前を知っていて、寧ろ助けにきてくれたんだろう?」
「そうだ」
「それなのに見ているだけで出てこないなんて不思議な存在だな。私も是非会ってみたいよ」
「俺の天使に興味持たないでくれ」
「ははははっ、本当に面白い。一度見かけただけなのに“俺の”って。君のじゃないでしょ、まだ」
ルースマンはずっとただ笑っている。俺の態度が面白くて仕方がないのだろう。自分自身も驚いているけれど、俺は天使に対して特別な感情を抱いてしまっている。
それこそ捕まえたい、と思っているぐらいには。
「まぁ、君がその天使ちゃんに会えたら是非紹介してくれよ」
ルースマンはずっと終始楽しそうだった。……まぁ、友人として俺が天使にまた会えることを望んでくれていることは分かる。
協力もしてもらっている。
天使は俺が会いたがっていることを知ったらきっと逃げるから、知られないようにだけど。
*
天使の存在を知ってから、俺はずっと彼女を気に掛けている。
時折感じる視線も心地よかった。
冬のある月、天使の視線が多かった。普段は気づかれないようにもっと隠れているのに。
……少しだけ天使の魔力に乱れがあった。
もしかして彼女になにかあったのだろうか? 天使が窮地なら、俺だって助けたい。
……彼女にとっては俺は助けるべき存在で、俺に助けなど求めていないかもしれないけれど。
でも天使は、俺を頼ろうとはしない。
俺の前に姿を現したりもしない。
俺を助けたのに、見返りも求めない。
俺の名前を呼んだあの声。愛おし気に、優しく読んだ声。……少なくとも俺のことを特別に思っているだろう、呼び声。
彼女が「助けてほしい」と言ったら、すぐに助けに行くのに。
天使は魔力が乱れても、何処かこれまでと違う視線でも、俺に接触はしてこないのだ。
天使に頼られるようになりたい。
俺が天使に何か出来ないだろうか? などと考えていたら、天使が反応するタイミングが分かった。
俺が笑ったりすると、天使の魔力が反応する。
……俺の笑っている顔を見たいのか? それを実感して、照れくさくて。恥ずかしい気持ちになる。
けれど彼女が本当に俺の笑顔一つで喜ぶなら、そのくらい構わないと思った。寧ろそれなら嬉しい。
だから、視線の感じる方へ笑った。
……どこまで喜んでくれたかは分からない。そもそも天使は俺に気づかれないようにと必死なため、気づけないことも多い。
どんな反応をしているか分からないのが嫌だ。
天使に会えたら、実際に笑いかけて、彼女がどんな顔をするのか見たい。
俺はそんなことを思って、いつか絶対に見つけようと決意した。




