整っていく日常〜(ウィリアム)
大変お待たせしておりますが(汗)。お読み頂きありがとうございます。
感想ありがとうございます。
ありがたく読ませて頂いております(^^)
誤字脱字報告ありがとうございます!助かります!
「はぁ……」
ウィリアムは王妃宮へ向かいながら、ため息を一つ溢した……。
(まだ、レイナに謝れてない……他の人格達にももっとちゃんと……いつ現れるか分からないなら、会う時間を増やしたいのに……増やすどころか一度も会えない。母上の許しを貰うにはどうしたら)
ウィリアムがドケーシス公爵夫妻に謝罪した日から五日が経った。
王妃の怒りは収まらず、今だに王妃宮への立ち入りは許可されない。
自宅学習に切り替えた所で、学園での教育課程など既に終えているウィリアムはする事がない。
今は外出する公務を除外した為、仕事もあっという間に片付いてしまい、時間だけが無駄に余っていた。
そうして余った時間は自分の思考と向き合う事になり、今できる事を考え……ウィルに言われた言葉を思い出す。
『せいぜい謝り続ける事くらいだね』
(謝らなきゃ……クレアに……クレア達に)
『側妃を娶る』という現実から目を逸らす様に『クレア達への謝罪』という呪いの様な使命感にウィリアムは縋っていた。
日に何度も王妃宮を訪ねるも
『申し訳ありません殿下……未だ妃陛下の許可が下りず』
もはや立て看板でも良いのでは? と思えるほど同じセリフで侍従に追い返される。
この日も二度目の訪問———。
ウィリアムは昼食を摂った後、朝追い返された王妃宮への通路を再び歩く。
(また駄目だろうな……)
結果は目に見えているが、ウィリアムに訪ねないと言う選択肢は無かった。
項垂れる様に俯き加減で歩いていると、にわかに前方が騒がしくなった。
「あ! ウィリアム様!」
前方からクレアがスカートを軽く摘んで小走りで向かって来た。
ウィリアムは息を呑む。
満面の笑顔———。明るい声で呼ばれた自分の名。
大好きな人が自分に向かって駆けて来る———。
ウィリアムの目元が微かに熱くなる。
「お久しぶりですウィリアム様」
クレアはウィリアムの目の前で立ち止まると、弾んだ声でそう言った。
「……君……は」
戸惑いを隠せずに問いかけるウィリアムに対して、クレアは目を瞬き。
「あ! そっか! 私はプラセルです。陛下に名付けて貰いました。これからはプラセルと呼んで下さい」
ニコニコと屈託の無い笑顔で溌剌とそう答えた。
「プラセル……」
ウィリアムは資料に書いてあった事と目の前のクレアを、頭の中で照らし合わせる。
(この子が……いつも僕とダンスを)
次の瞬間、戸惑っているウィリアムの手をプラセルはぎゅっと掴んだ。
「ウィリアム様! 私これから図書室に行くんです。ウィリアム様も一緒にいきましょ」
「え?」
プラセルは返事を待つ事なく、ウィリアムを引っ張って歩き出した。
ウィリアムはどうするべきか分からず、プラセルの後ろに控えていたアニタとキャロルに視線を投げる。
視線を受け止めた二人は苦笑いで『従って下さい』と言う様な目配せをして軽く頷く。
戸惑いながらも、手を引っ張られているウィリアムは二人に顎を軽く揺らす様な頷きをなんとか返した。
プラセルは左手でスカートをつまみ上げ、右手でウィリアムの左手を握っている。
ウィリアムの目線の先に揺れる長い艶やかな黒髪———。
微かに甘い香りが漂う。
(クレアの……金木犀の香り)
大切な人———。誰よりも大切な筈なのに……。
自分の愚かな行いで自死にまで追い詰めた……。その事実に泣きそうになる気持ちと、泣く資格がないと戒める気持ちがウィリアムの胸に渦巻く。
◇
王城の図書室に着き、大きな扉を開ける為にプラセルはウィリアムの手を離す。
「わあ! 凄い久し振り」
プラセルは弾んだ声でそう言うと、図書室の中へと入って行く。
クレアの手の温もりを失い、急速に冷えていく掌をグッと握り込みウィリアムは口を開いた。
「……プラセル」
「はい。何ですか?」
ウィリアムの呼びかけにプラセルは明るい声で返事をする。
「……君に謝りたいんだ」
「? ……謝る? 何をです?」
プラセルはウィリアムの言葉に、キョトンとした目で首を傾げて聞き返した。
「僕が今までしてきた事を……婚約者のクレアがいるのに……他の令嬢に優しくしたり、必要以上に懇意にして……クレアが中傷され、嘲笑される原因を作った」
「…………」
苦しげに懺悔するウィリアムの言葉にプラセルは静かに黙って聞き入る。
「本当にごめん……何もかも僕が悪かったんだ」
少しの間沈黙が流れた———。
プラセルは顎に人差し指を当て上目遣いに考えると、笑顔で口を開く。
「ん〜〜〜っ……。私にその謝罪は要らないです」
その言葉にウィリアムは目を見開き。
「いや、でも……」
言い募る様に出たウィリアムの声をプラセルは遮る様に続ける。
「だって私、傷ついてないんですもの。そもそも余り記憶がないんです。楽しくダンスしてた事しか……それなのに謝ってもらうのはおかしいわ。だからウィリアム様の謝罪はクレアや他の子達……怒ってる子や傷付いてる子にしてあげて下さい」
ニッコリ笑ってそう言い切るプラセルに、ウィリアムは謝罪を続ける事が出来なくなる。
浮かんだ苦悶の表情を隠す様に俯き、手を強く握りしめた———。
返せる言葉は一つしかない。
「…………分かった」
その様子を心配したのかプラセルがおずおずと尋ねる。
「ウィリアム様……大丈夫ですか?」
ウィリアムは一度ギュッと目を瞑ると。
「……うん。大丈夫だよ」
王族然とした切り替えで表情に笑顔を貼り付けてそう答えた。
そしてプラセルに気遣わせない為、話題を変える。
「ところでプラセルは何の為に図書室に来たの?」
プラセルの知る普段のウィリアムの口調と声音に安心したのか、プラセルは弾んだ声で答える。
「新しいお部屋がとても広くて、場所が余ってるので私専用の読書スペースを作ろうと思って。後、私の中のレアって子が幼い子供だって聞いたので、その子用の絵本も探しに。ウィリアム様と一緒に読んでた絵本がまだここにあると良いんですけど……」
そう言ってプラセルはキョロキョロと書棚に目を向けはじめた。
その様子を眩しいものでも見る様に目を細めて微笑みながらウィリアムが答える。
「ああ……確かまだある筈だよ。じゃあ僕は絵本を探すから、プラセルは自分の好みの本を探すと良いよ」
「良いんですか? ありがとうございます」
ニコニコと明るい笑顔と声音でお礼を言ったプラセルは、書棚を眺めながらいそいそと図書室の奥へ足を進め始めた。
その背中をを見つめてウィリアムは思う。
(……本当に……クレアなのにクレアじゃない……)
プラセルに感じる今のクレアとの違いと、見え隠れする幼い頃の面影……。
断られてしまった贖罪の代わりに、せめてプラセルに一個人として真摯に接しようと思い至ったウィリアムだが……。
違う形で成長したクレアだと思うと込み上がる愛しさ。
クレアと違うのだと思うと向けられなくなる情愛。
ウィリアムは、プラセルへの向き合い方に感じる戸惑いを笑顔で必死に隠した。
◇
プラセルと離れて絵本を探すウィリアム———。
(確かこの辺りに……)
子供が探しやすい低い棚に置いてあった筈だと身を屈めた。
「あった……」
小さく呟き……絵本を手に身体を起こすと、少し先にある窓がウィリアムの視界に入る。
その瞬間思い出された記憶———。
敷いたラグの上に置かれた沢山のクッション。それに身を委ねて眠る幼いクレア。
(あぁ、そうか……ここは)
自分が身勝手にクレアの『初めての口付け』を奪った場所———。
(どうしてあんな事をしてしまったんだろう)
意図せず幼い自分と向き合うウィリアム……。
ウィリアムはクレアが欲しかった。
クレアに離れて欲しくなかった。
何故か心の奥には常に不安と渇望があった———。
そんな頃に言われたクレアの言葉。
『はじめての口付けを結婚式でしましょ』
簡単に離縁する事が出来ない王族にとって、結婚とは永遠に一緒に居ると言う事と同義———。
幼いウィリアムの中で、クレアとの口付けが永遠と言う言葉と結びつく……。
(誰にも奪われたくなかった!一刻も早く手に入れたかった!)
スヤスヤと寝息を立てるクレアの可愛さに渇望を抑える事が出来ず『初めての口付け』を奪った。
その瞬間に湧き上がる喜びと自分の物にしたと言う安心感……。
その喜びと安心感を感じたくて……チャンスが有れば眠るクレアに『内緒の口付け』と称して重ねた———。
(……馬鹿だった……)
継続しない……喜びも安心感もその一瞬だけ。
(クレアに許可されてない。勝手にしてるだけの、想いを返される事のない行動……満たされる訳がなかったんだ)
口付けを重ねる度、渇望していた安心感の事を忘れ、喜びは欲望に変わり……自分で口付けの価値を軽くした。
それでも渇いていたから———。
ヤキモチを妬かせる事でクレアの愛情を求めて、慰める事で愛情を伝える。
伝えているつもりの愚かな行為。
ウィリアムは絵本を持ったままの右手をダラリと落とし、左手で額を抑える。
(自分の感情もコントロール出来ない愚か者だ)
◇
ウィリアムは数冊の絵本とクレアが好んでいた穏やかで心温まる内容の小説を手に持つ。
(クレアの好みの内容ならプラセルも好きかもしれない)
そう思いながらプラセルの元へ向かった。
少し歩くと書棚を見上げているプラセルの背中を見つけ、ウィリアムは声を掛けた。
「プラセル、この本とかどうかな……」
ウィリアムの声に振り返ったプラセルは大きく目を見開く。
「?!………ウィリアム様?」
(!?)
ウィリアムは、その声の様子にプラセルでは無いと気づく。
「もしかして……レイナ?」
「はい。……ここは……図書室?」
そう言って辺りをキョロキョロと見回すレイナと少し離れて控えていたアニタの目が合った。
アニタはレイナの元に寄り、今に至るまでを話す。
「お嬢様は先程まではプラセル様でした。プラセル様がお部屋の空いているスペースを見て、ご自身やレア様のスペースを作りたいと仰って……そこに本を置きたいと。レア様にも絵本を用意したいと仰って。王城の図書室へ出向かれた所でウィリアム様に遭われました。プラセル様がウィリアム様を付き合わせる形で図書室へ一緒に来られてます」
最後の方は苦笑いになる。
話し終えるとアニタは再び距離を取って控える。
「なる程……」
そう言ってレイナは自身の手元に視線を落とす———。
ウィリアムもつられてレイナの手元に視線を落とす。
レイナの手には数冊の本があった。
タイトルからどうやら冒険活劇の小説らしい……。
ウィリアムは棚を見上げると、そこには冒険活劇の小説や伝記が多く並んでいた。
「「プラセルは冒険物が好きみたい」だね」
ウィリアムとレイナの言葉が被る。
その事にレイナは小さく吹き出しクスクスと笑い出した。
そんな様子のレイナにウィリアムは大きく目を見開き、次いで泣きそうに目元が歪む……。
レイナはウィリアムの様子に気付くと笑うのをやめて尋ねる。
「ウィリアム様?……大丈夫ですか?」
その問い掛けにウィリアムはグッと喉を鳴らし、声を絞り出す。
「レイナ……君に謝りたいんだ……僕の謝罪を受けてくれる?許さなくていいから!……謝らせて欲しいんだ」
縋るように話すウィリアムの目元はみるみる赤くなり、今にも泣き出しそうだった。
そんな様子のウィリアムにレイナは少し考える。
「…………先程私はプラセルだったんですよね? 彼女にも謝ったんですか?」
レイナがウィリアムにそう尋ねると、
「……うん。謝った。……でもプラセルは謝罪は要らないって……断られた……自分は……プラセルは楽しくダンスしてただけだから、謝られるのはおかしいって言って……」
「……そうですか」
レイナは一言そう言って、しばらく考えると再び口を開いた。
「私もプラセルと同じ様に謝罪は不要です」
その言葉にウィリアムは益々泣きそうな表情になるが、レイナは言葉を続けた。
「ウィリアム様のクレアに対する行動は許せませんが、私は……『レイナ』は傷付いてないんです。クレアを慮ってウィリアム様を諫める気持ちや許せないと思う気持ちは有りますが、私自身はウィリアム様を恨んでも憎んでもいません。だから……私に謝罪は不要で……クレアがウィリアム様を許した時に私も許します。……ご理解頂けますか?」
最後にそう結ぶとレイナはコテンと首を傾げた。
ウィリアムは眉間の皺を深くして涙を堪え答える。
「分かった——————情けないな……僕は。……ウィルに言われた事を実行する事も出来ない……」
プラセルに続きレイナにも謝罪を拒否された事で、ウィリアムは泣き言が口に出てしまった。
その泣き言をレイナは拾う。
「ウィルの言ってた『謝り続ける事』ですか?……その事は私も気に掛かってたんです!」
レイナが食い気味にそう言って近づくと、ウィリアムは驚いて後ずさる。
そんなウィリアムを気にも止めずにレイナは続けた。
「なので、これから一緒にリッター先生の所へ行きましょう」
「…………え?」
ニッコリと笑顔でそう提案されると、ウィリアムは目を瞬き間抜けな声が出た。
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