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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
第3章 神の設計図を書き変える能力
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20話 最初の訓練

 桜は昔ながらのばねではかるような体重計と1円玉を持ってくると、テーブルの上にそれらを置いた。


「感覚的に知っていると思うけど、改変したい領域が広いほど、そして対象が自分が離れているほど、改変できる度合いは小さくなる。逆に領域と距離を小さくすれば、その物理法則を書き変える度合いは大きくできる。大雑把に言って改変の能力の強さは、『変化の度合い』と『領域の大きさ』、そして『対象まで距離』の掛け算と思えば分かりやすいわね。もちろん厳密にそのような定式化はできないけど」


そう言いながら、1円玉を体重計の上に載せるとその1円玉を指差した。


「この方法が能力を測るのに一番手っ取り早いわ。1円玉くらいの大きさで、これくらい近くにあるものを対象とすれば、自分の能力の最大限に近い改変を発揮できるはずよ。この1円玉にかかる重力を最大限まで大きくしてみて」


 桜は雫に視線で合図を送る。

雫が意識を集中し始めると、体重計のメーターがぴくりと動いた。

そして1秒と経たない内にぐるっと回り10キログラムあたりを示した。


「なるほど、雫ちゃんは1円玉なら質量をおよそ1万倍程度にできるみたいね。だいぶ使い慣れているの?」


「慣れているかは分かりませんが、昔この能力に気付いてからは、密かにどんなことができるか試していました。普段はこの力で家の監視対策をしています」


 雫がこの能力に目覚めたのは7歳の時であることを考えると、隼人よりだいぶ熟練者である。

隼人も自分の能力がどの程度か気になって雫と同じことをした。


「え、こんな程度?」


体重計が差していたのは7キロちょっとであった。

つまり約7千倍。

雫と人を殺めた人数は同じだったが、これほどの差があるというのはやはり訓練による「慣れ」が必要なのだろう。


「隼人は力に目覚めてから1週間も経ってないからねぇ。こればかりは、これからの訓練で精度を上げるしかないわ」


 桜は体重計と1円玉をもとの場所にしまいながら、訓練の説明を始めた。


「とにかくこれから大きなことをやろうという訳だから、決して焦っては駄目。万全の準備が必要よ。まず雫ちゃんは能力をほぼ最大限使えるみたいだから、色々な使い方の訓練をしましょう。隼人はまず1円玉にかかる重力を1万倍にできるように訓練ね」


「あの……」


 雫は桜が席に座るのを待ってから質問した。


「色々な使い方とは、どんなものですか?」


「簡単に言うと、『戦闘向け』の使い方を練習するの。相手――おそらく実際に戦う多くがロボットが相手になると思うけど、様々な手段で攻撃してくるはず。だからまずはそれを防げるようになること。それから、攻撃の方法。こういうことは普段の生活では経験しないからね。例えば……」


そう言いながら桜は雫の方に手の平を向ける。

そして次の瞬間、雫の髪が風になびくように揺れた。

その風は隼人にも感じられた。


「これは今、手の周辺の空気を圧縮してそれから解放したの。この圧縮の度合いを高めて、放出方向をコントロールすれば、空気銃と同じようなことができるわよね?こんな風に武器がなくても、この力の使い方によっては十分戦える。だからまずは私の知っている、武装の代わりになるような使い方を教えるわ。それが終わったら、雫ちゃん自身も、どんな風に力を扱えば攻撃や防御ができるか考えるといいわ」


「分かりました。これから色々とよろしくお願いします、桜さん」


そんなにかしこまらないでと言いいながら、桜は雫に笑顔を向けた。


「じゃあ早速やってみましょう。2人とも付いて来て。あ、隼人はさっきの体重計と1円玉も持ってね」


 隼人は1円玉をズボンのポケットに入れ、体重計をかかえて2人の後ろから付いていく。

桜が向かったのは廊下の突き当りだった。

そこでしゃがみ込んで床に触れると、ドアのように開いた。

桜の背中越しの中を覗き込むと、階段があって地下に続いている。


「暗いから足元に気を付けながら入ってね」


そう言った桜に続いて雫、そして隼人も地下に向かう。

階段はコンクリートでできていて、下にいくほど冷たく、かび臭い匂いが強くなる。


 想像以上に下った先には、見るからに分厚い金属の扉があったが、桜がそこに手を触れると、見た目に反して軽やかに開いた。

そしてドア横の辺りで何かを操作すると、部屋の中がぱっと明るくなった。


「おー……」


隼人は思わず声が漏れた。

そこはまるでどこかの廃倉庫を思わせた。

広い空間の中にドラム缶がざっくばらんに置かれ、何本もの金属の柱が張り巡らされている。

そしていくつかの階段は吹き抜けの2階に続き、そこにもドラム缶やら、よく分からない金属製の塊が置かれている。


「ここは戦時中に避難所としても使われた備蓄倉庫を改良したものよ。見た目はボロくさいかもしれないけれど、全て耐久性能を向上させてあるから、基本的にはどんなに暴れても大丈夫よ。言わば演習場ね」


 桜に言われて隼人と雫はぐるっとその部屋を巡り、見物した。

設置されている物のせいで、歩きにくくなっている場所や、先の道が見えなくなっている場所が多々ある。


「なるほど……実はでたらめに置いてあるように見えるけど、これはいくつかの実際の戦闘の状況を再現しているのね」


雫は辺りを見回しながらぼそっと呟くように言った。


「戦闘中は何かに隠れながら戦ったり、逆に物陰に隠れた相手と戦ったりするかもしれないものね」


隼人は雫の言葉に耳を傾けながら、あるものを見付けた。


「あ、これ……」


それはまさしく監視ドローンやパトロボットを思わせるものだった。

しかしそれらは人形のように全く動く様子はなかった。


「もしかして実戦訓練ではこれを作動させるのな?」


隼人はスイカぐらいの大きさの飛行型ドローンを持ち上げた。


「こんなに間近で見るのは初めて」


そう言いながらドローンをぐるっとひっくり返すようにして観察した。

本物なのか、それとも本物そっくりに作られたものなのかは分からない。


 演習場は入り組んでいて、2人が桜の元に戻るのには時間がかかった。


「ぐるっと巡ってみてここがどういう場所か分かったと思うわ。実際の戦闘訓練はまだ先だけど、いずれはドローンとかも使って戦ってもらうことになる。さてと、じゃあ今日の訓練をやりましょうか。雫ちゃんは私と付いて来て。隼人はそこで1円玉を重くする訓練をしててね」


「え、俺の訓練ってそれだけ?なんか地味……」


「地味も何も、その能力を最大限使えるようにならなきゃ意味ないから。文句言わずにそこで10キロ目指して頑張るのよ」


桜はそう言うと、雫を引き連れて比較的広い部分に向かった。

隼人は雫を羨ましそうな顔で見ながら、体重計の上に1円玉を載せ、そしてさっきと同じように、1円玉を重くする訓練を始めた。


 桜と雫が目的の場所に来ると、そこには野球ボールがたくさん入ったケースが置かれていた。


「まずは防御の練習ね。私がこのボールを雫ちゃんに向かって投げるからそれを防いでみて。防御には色々な方法がある。例えばボール自体の重さを一瞬で重くすれば自分にぶつかる前に落下させられる。でもそれだと……」


「――それだと複数の同時攻撃を防ぐのは難しいですね。だから攻撃対象を操作するより私自身、あるいはその周辺を対象とした防御の方が効率的……ですよね?」


雫は桜の言わんとしていることを察して応える。

桜は流石ねと言うような笑みを浮かべて、ボールを手に取った。


「まずはゆっくりと投げるわ。雫ちゃんは、自身の周囲の空気の粘性(ねんせい)を最大まで高めてみて。うまくいけばハチミツの中にボールを投げ入れたように減速するはずよ」


 雫は言われた通りに空気の粘性を高くするように改変を行う。

桜はボールを手に取ってトスするように下から投げたが、次の瞬間、雫に向かって直線を描くようにびゅんと勢いづいて走った。

ボールに働く重力の向きを雫の方向に変えたのだ。

その直線は雫の手前で減速し、動きを止めた。


「一発で成功なんてすばらしいわ!じゃもう少しスピードを上げるわね」


 雫と桜は防御練習を徹底的に行った。

空気の粘性を高める以外に、身近の物体を引き寄せて盾の代わりする、体で反射される光の波長を可視光領域から外して相手から自分を見えなくするなど、様々な方法を習った。

一方で隼人はやっと1円玉を8キロぐらいまで重くできたところであった。


「……ふぅ、やっと8キロか……」


 改変の力を使い続けると、それなりに体力も消費することが分かった。

お腹がグゥという音を立てる。


(もうこんな時間なのか)


腕時計を確認すると7時を回ったところだった。

それと同時に桜が声をかけてきた。


「今日はこのへんで終わりにして、夕食にしましょうか」


 雫は桜の勧めで泊まることにした。

はじめは遠慮していたが、郊外近くのこの家から帰るとなるとだいぶ遅くなるし、女の子が夜道を1人で歩くのは危険だということもあって、そうすることにした。


「雫ちゃん、着替えは申し訳ないど、隼人のものを借りてね。それから隼人、今使ってるベッドは雫ちゃんに貸してあげなさい。隼人は押入れから布団出して、それで寝るのよ」


桜はどこかニヤニヤしている。

隼人はまた悪い予感がする。


「それから、今使える部屋は1つしかないから、2人ともそこで寝てちょうだいね」


「えっ?他に部屋なかったっけ?」


隼人はどぎまぎしながら聞き返した。

雫と同じ部屋でなんか落ち着てい寝られる訳がない。

雫もどことなく、もじもじとした雰囲気だ。


「ないことはないんだけど、今そこは物置きになってて、寝られる状態じゃないのよー」


わざとらしく言う。

仕組まれたと隼人は思った。

このことを見越して、その部屋に物を移動させて置いたのだ。

桜のいたずらには、毎回敵わない。


「で、でも……雫は?雫は……嫌じゃない……?それなら俺、今すぐ片付けるよ!」


「別に……大丈夫」


雫は目をそらしたままぽつりと言った。

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