19話 呼ぶ
なんか、恋愛小説書いているのかな?という気分になりました(*'ω'*)
もちろん恋愛がメインの作品じゃないですけど、登場人物の関係性は重要ですよね?
隼人は今日ずっと授業にあまり集中できていなかった。
雫をいつ訓練に誘うか、そもそもどうやって誘うか悩んでいたのだ。
考えれば考えるほどなぜか緊張してしまうし、朝の聖也とのやり取りでさらに雫のことを異性として意識せずにはいられない。
「雫」と呼ぶことさえまだ恥ずかしい。
それでもいずれは雫も一緒に訓練することになるはずだから、誘うのは早い方が良い。
そしてとうとう今日一日の授業が終わるまで、声をかけることができなかった。
(俺はなんて意気地なしなんだ!)
心の中で自分をなじる。
ふと気付くとホームルームもとっくに終わり、部活に行く人、帰宅する人、図書室に行く人が、それぞれ準備を始めていた。
そんな中、雫も教室を出ようとしているのが見える。
隼人は迷いを振り切った声をかける。
「雫!ちょっと待って!」
思わず大きな声が出てしまい、教室にいた人たちが隼人と雫の方を振り向くが、隼人は声をかけるのが精一杯で雫のことしか見えていない。
雫はドアのところでぴたっと動きを止めると、静かに隼人の方に顔を向けた。
「どうしたの?『赤羽君』」
隼人は少し顔を歪めた。
昨日で雫とだいぶ仲良くなれたと思っていたのは、自分だけだったのかもしれないと、少し気落ちしたのだ。
それでも既に声をかけたからには誘わない訳にはいかない。
隼人は周りの人に聞こえてはまずいと考えて、雫の耳元に顔を近付けた。
耳は艶のある短い黒髪に見え隠れしていて、隼人が囁くとその髪が微かに揺れる。
「今日なんだけど、俺の家に来ないか?理由は今は言えないんだけど……」
そう言っている途中で、雫は隼人の裾を指でつまんで引っ張った。
「ちょっと、来て!」
強めの、それでも抑えた口調で言った雫の表情はどこか怒っているようだったが、目はそらしていた。
雫はすたすたと足早に教室を抜け、隼人はそれに慌ててついて行った。
一部始終を見ていたクラスメイトは、2人が教室を出ていったのを目で追った後、口々に自論を展開し始めた。
無論、2人の関係性についてである。
校門のところまで来てやっと雫は歩みを緩め、口を切った。
「ねぇ……学校では『雫』って呼ぶの、やめて……恥ずかしいから……」
「あ、ごめん……そうだよな」
隼人は今朝のことを思い出していた。
つい失敗したばかりなのに、同じ過ちを繰り返してしまったことに気付いた。
いきなり異性の下の名前を叫んだら、変な勘違いされるに決まっている。
現に、聖也は早合点したのだ。
雫の頬はほのかに色づいている。
「それにあんな近くで囁かれたら……」
雫はずっとうつむいている。
そのもじもじとした様子は、普段の冷静沈着な振る舞いからは全く想像できない。
「……ドキドキしちゃう……かも……」
隼人にもほとんど聞こえないくらい小さな声。
しかしそれは隼人の緊張も誘った。
話を本題に移して、どうにか気を紛らわそうとした。
「あ……えっと、じゃあ天音さん?今から俺んち……」
「分かってるわ。だいたい理由も想像つく」
平常心を取り戻しつつある雫は、できるだけ淡々とした口調を心掛けた。
それから2人は駅に向かった。
放課後すぐの電車は比較的空いていて、2人は端っこの席に座った。
隼人の左肩に、服越しでも雫の温もりと体の柔らかさが伝わる。
――沈黙。
隼人は話題を探す。
決まってこういう時は物理の話くらいしか思い浮かばないのだったが、もう少し自然な会話ができそうな質問を、やっとのことで捻り出した。
「天音さんは……」
「『雫』でいい。今は……」
2人は目線を合わせることなく、反対側の窓の外だったり、社内の広告だったりを見ている。
もちろん、その景色や広告の内容は2人の頭を通り抜けている。
「えっと……、雫……は今日部活なかったの?たしか弓道部だったよね?」
「うん。弓道部は水曜から金曜日、それにたまに土日に活動するの。隼人のバド部と、結構日程被ってると思う」
下の名前で呼ばれるのは、どこかくすぐったく、耳のあたりが熱くなるのが分かる。
たかが名前だけでこんなにも一喜一憂したことがあっただろうかと隼人は思い返す。
(それにしても、雫はバド部の活動日までよく覚えてるな。俺と違って記憶力いいのかもな)
隼人は暗記や記憶といったものは、そこまで得意ではなかったが、それでも雫が弓道部だということは覚えていた。
今年の9月頃、珍しく雫の席の周りでクラスの女子が勉強とは関係ない話をしているのが聞こえたのだ。
その内容はというと、雫が弓道部の何かの大会で優勝したというものだった。
そういう話もすることがあるのだと、意外に思った記憶が残っている。
「じゃあ、俺らは基本的に放課後の予定は合いそうだね」
「うん……」
雫はぎゅっとスカートの端を握る。
そしてそこから覗く自分の色白な膝上あたりをじっと見ていた。
電車が駅に止まり、ドアが開くとかなりの人数の人が押し寄せてきた。
その中の太り気味の男が、隼人の右側にドスンと無遠慮に腰かける。
隼人はその体に押され、左側に体が傾く。
自然と2人の接触面積は大きくなる。
「ごめん、きつくない?」
「大丈夫。私、端だから」
隼人は自身の鼓動が雫に感じ取られないかと焦った。
それを誤魔化そうと会話を試みるも、短い文章のやり取りで完結してしまう。
こうなっては物理の話を出さざるを得ないだろう。
「今日の授業で対称性の話があったけど、自然がそういった対称性に基づいてるって神秘的だよな」
あまりにも突然すぎるかと思ったが、雫の返答は早かった。
「でも、例えばカイラル対称性が自発的に破れることによってクォークが質量を獲得する機構が説明された。そういう意味では、むしろ現実は対称性が破れた状態にあろうとするとも言える」
「そうなんだよ!しかもその自発的対称性の破れって、普遍的な概念じゃん?磁性体の文脈だと……」
2人はもう夢中になっていた。
隼人も雫も、先ほどまでのぎこちない雰囲気が嘘のようだった。
(やっぱ俺らは物理の話でいいんだよな)
あっという間に降りる駅に着いた。
実際にかかった時間は1時間くらいだが、2人はほんの数分くらいの感覚だったので、緊急で車両点検が入らなかったら、降りそびれるところだった。
隼人は雫を桜の家まで案内した。
道中、雫は物珍しい顔をして周囲の自然を見渡していた。
「私、こんなに木々が生い茂っているところに来るの初めて」
「まあここは郊外にもだいぶ近いしね。夜なんかは少しぞっとするような暗さだよ」
隼人は家の鍵を持っていたが、インターホンを鳴らした。
「はーい」と桜の声が聞こえて間もなく、ガチャリとドアが開く。
「はい、いらっしゃーい。あ、あなたが雫ちゃんね!まぁすごく可愛い子ねぇ!」
桜はとてもうきうきした声で雫を迎え入れた。
こうやって家に人を招き入れるのが元々好きな桜だが、それが女の子となるとより一層嬉しいようだった。
隼人は、実は桜の中には若い女の子がいるんじゃないかと思うことが多々ある。
「天音雫です。いつも隼人君にお世話になっております」
雫は丁寧にお辞儀した。
「あらー、隼人の祖母の桜です。どうぞ上がって上がって」
隼人はいつにも増して桜の感嘆詞が多く感じられた。
そしてちょっとばかり不安に思うことがあったが、それはすぐ現実のものとなった。
桜は雫に洗面所の場所を教えると、隼人にこっそり耳打ちした。
「ねぇ、雫ちゃんと付き合ってるの?」
「そんなんじゃないって前も言ったじゃん!」
「いやーでも、私、雫ちゃんだったらもう、オッケーよ!もう入ってきた印象で分かる。あの子は、しっかりした子よ?私の目に狂いはないわ!」
「そりゃいい子かもしんないけど……」
隼人はこれから本当に訓練なんてできるのか心配になった。
そんな隼人の心配とは裏腹に、桜はテーブルにお茶を用意すると、さっきとは違った落ち着いた雰囲気で話始めた。
「さてと、隼人から雫ちゃんの話は大体聞いているわ。早速だけど、雫ちゃん、あなたの能力がどれくらい使えるのか見せてもらえるかしら?」




