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それは舞い散る桜のように  作者: ケイ
西洋医術
11/11

土方副長の妙な趣味

 京の秋の色が深まってきて、うろこ雲が空高く、空気は澄んでいる。まだ葉は色付き始めて間もない。この時期は現代で言う十一月。


 数日前、芹沢鴨の告別式を済ませ死因は『病死』と公表された。珊瑚が最初聞いていたように、長州の仕業かと噂する者もおり、平隊士達は長州に対して警戒心を更に募らせている。


 そんな中、最近土方副長が妙だ――そう、平隊士達が最近噂をしている。ずっと部屋に篭ったままで出て来ず、新見の切腹や芹沢の死と立て続きまた何かが起きるのでは無いかと不安を口にしていた。


 落ち葉の掃き掃除をしていた珊瑚は、市中巡察から戻ってきた沖田に呼び止められた。


「土方さんは在室ですかね」


 珊瑚は困った顔をした。

「うーんと、いらっしゃることはいらっしゃるんですけど ……」

「けど?」

「閉じこもったっきり出てこないんですよ」

「はあ?」

 沖田は目を丸くした。


 事実、土方は部屋で何やら内職でもしているのか、部屋に閉じこもったっきり出てこない。昼もロクに食べず何か物思いに耽っている。

 土方の様子が妙におかしいその理由を、誰も知らないのだ。だからこそ、皆が不安を募らせている――珊瑚もそうだ。


「なるほどねえ」

 意外にも沖田は何か悟ったような顔をして、スタスタとその場を立ち去っていく。


「あ、ちょ、沖田さん!」

 珊瑚はその沖田の後ろ姿を慌てて追った。

 沖田は、土方の部屋の前まで行き障子の前で何やら聞き耳を立てた。


 部屋にいた土方は、障子から丸見えの沖田の影にぎょっとした。 急いでさっきまで机の上に出していた小道具をしまう。


「総司、バレバレだぞ」

「嫌だなあ、バレちゃいましたか」


 沖田はにこやかに、さも何事も無かったように障子をあけた。


「お前の影が丸見えだ」

「あっ」


 沖田はハッと悔しそうな顔をする。あのまま障子に穴をあけて覗いてやろうと思っていた沖田は、チッと舌打ちをした。


 何がこれから行われるのか気になった珊瑚は、それをこっそりと廊下から覗いていた。

 

 沖田はずかずかと遠慮なく部屋に入り込み、辺りをしげしげと見回す。

 机の上に紙は無いくせに筆と硯が置いてある。

(やっぱり)

と、沖田は何やら確信した。


「土方さん」

「何だ」


「実は、ですね」

 沖田は言いながら机の下に手を伸ばす。土方はそれに気付きとっさに防御しようとしたが、間に合わなかった。


 そのブツは既に沖田の手元にある。先程まで土方が内職・・していたものだ。沖田はそのブツをパラパラとめくり、ふふっと嫌味な笑みを零した。


「うわ! やめろ総司!」

 恥ずかしさが込み上げ、土方は沖田の背中に手を伸ばした――が、沖田は素早くそれを避ける。

 着物の裾を掴んでやろうと土方は沖田の袖に手を伸ばすが、ひらりと避わされた。


「畜生! ちょこまかと動きやがって。返せ!」


「いやですよ。副長の土方さんがこのような豊玉宗匠に夢中になってるなんて夢にも思ってもいないでしょうねえ! 土方さんがここ数日部屋に篭って出てこないから憶測が飛び交ってる。いい加減、皆を安心させなければならないんじゃあないんですかあ?」


「うるせえ総司! 返せ!」

「いやです」


 沖田が持っていたのは――そう、土方の句集だった。土方は俳句を詠むのが趣味だったのだ。

 土方の家系には有名な俳人がおり、その影響で多摩にいた頃は土方自身も俳句を頻繁に詠んだ。その句集は実家に置いてきたのだが。


「ここに来ても俳句を詠み足りないんじゃあ、実家にあの(・・)豊玉集を置いてこなければ良かったのに。あれは傑作でしたね!」


 逃げ回りながら、沖田は土方を挑発した。人をこれでもかと馬鹿にした表情をしながら、廊下で見ていた珊瑚の横を駆け足で通り過ぎる。その後ろから鬼のような形相で沖田を追いかける土方に、珊瑚はぎょっとした。


「ははは、相変わらず素晴らしい傑作だ!」


 これは褒めているのではない。ただの皮肉である。


 廊下で見ていた珊瑚は、二人の後を追って外まで出ると、竹垣の陰で肩を震わせ笑いを堪えながら沖田がしゃがんで句集に見入っているのを見つけた。


「くっくっくっく……」


 沖田は喉の奥で笑った。あまりにもおかしくて、堪えていた笑いが漏れているのだ。


「珊瑚さんこれ見てくださいよ」

 沖田がバサバサと句集を仰ぎながら珊瑚を呼ぶので、珊瑚はこっそりと句集を覗いた。


『 梅の花  一輪咲いても 梅は梅』


「そりゃそうだ! って感じですよねえ! そりゃあ梅は梅ですよ。二輪咲いたら何になるんですかねえ? 捻りも糞も無いし、梅という季語が三つも入っていて、俳句として崩壊もいいところですよ!」


 土方の詠む俳句は恐ろしいほど下手だと言われていた。俳句のようなものに縁が無い沖田でさえも、俳句の良し悪しくらいはわかる。


 沖田が面白おかしく説明するものだから、あまり俳句の知識のない珊瑚ですらも噴き出してしまった。


「しかもこれ、実家に置いてきた豊玉集の句じゃないですか。ここでも同じ句を詠むなんて、よっぽどこんな変な句を気に入ってるんですねえ!」


「あー! 悪かったな!」

 後ろからやってきた土方が、沖田から句集を奪い取った。


「あっ」

「総司、もう気が済んだろ!」


 沖田は、

「ええとっても。是非とも皆に詠み聞かせてやりたいですね!」

と、非常に満足げな満面の笑みを浮かべて立ち上がった。


「総司! 今日という今日は許さん!」

 土方は着物の袖を捲る仕草をしながら手に拳を作った。

「おーこわいこわい」



 土方と沖田のやりとりがおかしくて、珊瑚は腹を抱えて笑っていた。


 土方が顔を真っ赤に染めて、沖田を追い掛け回す姿は天然記念物ものである。

 あんな鬼のように恐れられている土方にも、こんなお茶目な一面があるようだ。頭の回転は速いが、句の回転は遅いといったところだろうか。


「おい珊瑚! 笑うな!」


「無理ですよ。ねえ、珊瑚さん」

 沖田が珊瑚の代わりに答え、珊瑚に同意を求めた。


「土方副長の句、私正直よく意味がわかりません」

「え? そんなの俺もですよ」


 沖田は素っ頓狂な声で答えた。

 珊瑚と沖田は二人で目を見合わせ、


「ふ……あはははっ!」


 そして再び二人で腹を抱えながら思いっきり笑った。


「おまえらああああああああああああ!」


 その後、珊瑚と沖田には、土方の雷が落ちたという……。

 

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