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 次の日の昼休み、僕たちが一年四組の教室前まで行くと、すぐに白糸台さんと黒部さんが出てきた。

 僕と和夢子はクラスが違うけど、給食を素早く食べ終えて合流、こうして出向いてきた次第だ。


 かくして四人で集まった僕たち。

 知り合いの先輩後輩が廊下で会話している感じを装いながら、開けっ放しにしておいたドアから教室内に視線を送る。

 するといきなり、


「あいつが怪しい男子生徒です」


 声のトーンを落とした黒部さんがそう断言した。

 聞けば黒部さんは、初めからあの男子生徒が犯人だと踏んでいたのだという。


 名前は灰吹(はいぶき)(むつみ)

 ぱっと見では、清潔感のある短髪であること以外、これといった特徴は見えてこない。地味な僕が言うのもなんだけど。

 白糸台さんたちは小学校五~六年生のときも、灰吹くんと同じクラスだったらしい。


「その頃から、あんずのことを気にかけてるみたいなんです」

「そ……そうなのかなぁ……?」

「絶対そうよ。気がつくと、いつもあんずのほうを見てるのよ? バレバレじゃない」


 思いを寄せる相手にちらちらと視線を向けてしまう。恋する人間なら誰でも経験したことのある行動と言えるはずだ。

 僕も和夢子と同じクラスだった去年、見える位置に席があった時期は、授業中ずっと眺めていたっけ。


「小学校からクラスも一緒ってことは、仲は結構いいの?」

「そんなわけないじゃないですか! 誰があんなやつなんかと!」

「ちょっと、のんちゃん。声が大きいよぉ……」


 僕からの問いかけに憤慨する黒部さんを、白糸台さんが遠慮がちになだめる。

 詳しく聞いてみると、クラスメイトとして普通に会話をすることがある程度で、とくに仲がいい相手というわけでもないようだ。

 小学生の頃って男女で一緒にいると冷やかされたりすることが多いと思うし、中学生になったばかりの一年生ではまだ小学生気分も抜けきれていないのだろう。


「なんだか、ぱっとしない感じの人ね。おとなしそうだし」


 これまで黙って教室の中に目を配っていた和夢子が、ぽつりとつぶやく。


「あんずちゃんにはお似合いかもしれないけど」


 和夢子がそこまで発言すると、黒部さんが猛反発してきた。


「そんなことないです!」

「声が大きいよ、黒部さん」


 教室の奥のほうの席だから灰吹くん本人に聞こえることはないと思うけど。

 昼休みで周囲には他の生徒もいるのだから、大声で騒ぎ立てるのは得策じゃない。


「すみません。でも、あんずの持ち物を盗んでる変態なんですよ? お似合いなはずありません。あんずだって嫌でしょ?」

「え? う~ん、ボクは好きとか嫌いとか、そういうのまだよくわからないし……」

「あ~、もう……。あんたがそんな態度だから、期待を持たせちゃうんでしょ?」


 自然と声が大きくなるのをどうにか堪え、黒部さんは白糸台さんを責め立てる。


「そんなこと言われても……」


 黒部さんが親友の白糸台さんを心配しているのはわからなくもない。

 それでも、灰吹くんを犯人だと決めつけている姿勢には疑問が湧き起こる。


「黒部さん、まだ灰吹くんが犯人だと決まったわけじゃないんだから」

「あいつに決まってるって、何度言えばわかるんですか!?」


 黒部さんを落ち着かせる方向で声をかけてみるも、火に油を注ぐ結果にしかならなかった。

 いくらクラスメイトで小学校でも一緒だったとはいえ、あまり深い交流のない相手が犯人だと断定できるものだろうか?

 黒部さんはなにか、証拠をつかんでいる……?

 そう考えたのは、僕だけではなかった。


「のんちゃん。あなた、なにか証拠の品でも持っているっていうの?」


 和夢子が怪訝な視線を向けながら質問をぶつける。

 証拠、じゃなくて証拠の品、という部分に一抹の不安を感じた。

「ありますよ、これです」とか言って黒部さんが証拠品を取り出した瞬間、和夢子がくしゃみをして溶かしてしまう、といった状況を想像したからだ。

 幸いなことに、そんな展開は訪れなかった。


「い……いえ、なにもありませんけど……」

「だったら、憶測だけで判断するのは危険よ。まずは事実を突き止めないと!」


 もっともな意見ではある。

 暴走しまくって周囲に迷惑をかけるのがデフォルト仕様となっている和夢子が言ったのでなければ、だけど。




 それからすぐ、灰吹くんが教室から出ていってしまったため、現状で一番怪しい人物を観察することはできなくなってしまった。

 追跡する作戦も考えたけど、トイレに向かっただけみたいだったので断念。

 僕がトイレの中に入っていって様子をうかがう方法も取れなくはなかったものの、犯人だとの確信がない以上、灰吹くんひとりに時間を割いているわけにもいかない。


 僕たちは教室内に目を向けつつ、他に怪しい人がいないか、探りを入れてみることにした。

 とはいっても、黒部さんは灰吹くん犯人説を押し通す構えだし、白糸台さんは普段からぼんやり気味なのか「どうなんでしょう~?」と曖昧な発言を返すばかり。

 このふたりの意見から他の容疑者を割り出すのは不可能と思われた。


 だったら作戦変更とばかりに、灰吹くんについて聞き出すことに専念する。

 いや、灰吹くんだけじゃない。

 和夢子の中では、白糸台さんと黒部さんも調査対象として認識されているようだった。


 このふたりが嘘をついているのではないか。

 灰吹くんを陥れようとしているのではないか。

 そういった可能性も考慮しているのだ。


 なんだかんだ言って、和夢子は捜査活動には意外と真面目に取り組む。

 結果が伴っていないから誤解されがちだけど、決して自己満足や面白半分でワーム探偵事務所を立ち上げたわけじゃない。

 本当に生徒や先生方の力になりたいと考え、見返りもなく自称探偵としての活動を続けている。

 僕はそんな和夢子だからこそ、下僕認定されながらも素直につき従って、彼女の役に少しでも立てるように努力しているのだ。


 ……と、微妙に美談っぽくまとめようとしているあいだにも、和夢子の質問、というか尋問は続いていた。

 なお、僕が和夢子と一緒にいる一番の理由は惚れているからなわけだし、和夢子がこんな活動をしているのは単純に楽しいからだろうし、さっきのは百パーセント嘘っぱちとは言えないまでも、妄想の類だったことは決して否定できない。




「へぇ~、ふたりは同じ部活なのね!」

「はい。読書部なんですよ! ね? あんず!」

「うん。静かに本を読むのって、大好きなんです。一瞬で別世界まで旅していけるような、そんな感じですし」

「ふ~ん、あたしにはよくわからないけど」


 まぁ、和夢子には読書なんて似合わないな。

 活字を眺めた瞬間に眠りこけた挙句、ヨダレで本を溶かしかねない。


「あんずちゃんは納得だけど、のんちゃんには合ってないんじゃない?」

「あははは! 鋭いですね、和夢子先輩! ウチは単に、あんずと一緒の部活がいいって思って入っただけなんですよ!」

「なるほどね」


 凄まじく納得の行く理由だった。

 最初はおとなしい白糸台さんを引っ張っているように思っていたけど、実際は逆に、黒部さんのほうが離れられないといった関係なのだと感じていたからだ。


「あっ、でも、少しは本だって読みますよ?」

「とか言って、マンガとかじゃないの?」

「普通の本ですよ! 文学作品とか、推理小説とか、あとは流行りの小説やエッセイなんかも読みます!」


 黒部さんは、偉いでしょ、とばかりに控えめな胸を張る。

 余談だけど、マンガは読書に入らないという。和夢子ではどう考えても、読書部に所属するのは無理そうだ。


「それで、灰吹くんは? 坊主じゃないけどかなりの短髪だし、野球部とか?」

「いえ……灰吹くんも読書部ですよ」


 今度の質問に答えたのは、白糸台さんのほうだった。

 そこですかさず、黒部さんが言葉を継ぐ。


「ほんと、気持ち悪いんですよ!? 変な本ばっかり読んでるし!」

「変な本?」


 僕も疑問を投げかける側に回ってみると、黒部さんはきっぱりとこう言い捨てる。


「なんか、表紙に可愛い女の子の絵が描かれた本です! あれって、絶対に怪しい本ですよね!? キモすぎ!」


 それは偏見というものではなかろうか。

 世に大量に出回っているライトノベルのジャンルに分類される小説であれば、たいてい可愛らしい女の子が表紙になっているものだと思うし。


「和夢子先輩が言っていたように、変態なんですよ! 男子がすべて変態だっていうなら、変態の中の変態、キングオブ変態です!」

「の……のんちゃん、そんなふうに言っちゃ悪いってば~」


 あまりにも突飛な親友の発言に、白糸台さんでも苦言を呈する。


 黒部さんが言うには、昨日の放課後も普通に部活はあったのだけど、ふたりは自主的に休んだらしい。

 理由は部室内に灰吹くんがいるから。

 犯人だとの確証まではつかんでいない。それでも、限りなくクロに近い人間と同じ場所にいるなんて危険すぎると考えたのだ。


 実際にはクラスも一緒だけど、教室と部室では広さも周りにいる人の数も違う。

 これまでの被害は白糸台さんの持ち物だけに限られているといっても、本人にだって被害が及ぶ可能性は充分にある。

 思春期の男子が犯人だと仮定すれば、衝動が抑えきれなくなって爆発するかもしれない。


 いくらなんでも授業中に行動を起こすとは思えないし、仮にそうなったとしても周囲の人が止めてくれるはずだ。

 でも、部室では話が違ってくる。


 ワーム探偵事務所と比べれば多いにしても、読書部の部員数はせいぜい十名ちょっとでしかない。

 部室だって僕たちの部よりは広い程度で、ゆったりとした空間とはお世辞にも呼べない。

 充分に離れた位置取りを得るのも難しい上、掛け持ち部員も多く、部室内に白糸台さんと黒部さんと灰吹くんの三人だけ、なんて時間も少なくはないのだという。


 わざわざ危険がある場所に身を投じる必要はない。

 それはわからなくもないけど、黒部さんはやっぱり、灰吹くんを完全に犯人だと思い込んでいるようだ。

 ふたりの話を聞く限り、そういう可能性は確かに否定できない。

 だとしても、白糸台さん同様おとなしそうな雰囲気の灰吹くんが、クラスメイト相手とはいえ盗みなんて働くだろうか?


「おとなしい人ほど、爆発すると怖いものです!」


 黒部さんは主張する。


「あんずだってそうなんですよ!? いきなり爆発して、ウチを殴り倒すことすらあるんですから!」

「な……殴り倒したりなんかしないよぉ~!」


 否定してはいたものの、それは一部のみ。いきなり爆発することがあるというのは事実なのだろう。

 このふたりのことだから、原因はきっと黒部さんのほうにあるんじゃないかと思うけど。


 こんな感じでいろいろと喋っているうちに、昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴り始めた。


「あっ、そろそろ戻らないと」

「きゃ~~~~っ! あたしのクラス、次は音楽だった~! 早く準備して移動しないと~! 遅刻したら前に出てひとりで歌わされるのよ~!」


 バタバタと退散。

 和夢子はもっと計画的に生きるようにしなきゃダメだよね。

 ……などと余裕をぶっこいていたのだけど。


 今日は僕のクラスも次の授業が実験で、理科室まで移動しなければならないというのをすっかり忘れていた。

 結果、僕もバタバタと廊下を走る羽目になってしまう。

 教訓。人のことをとやかく言う前に、まずは自分自身を見つめ直すべし。


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