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僕と和夢子は、白糸台さんと黒部さんのクラス、一年四組の教室へと足を運んでいた。
言うまでもなく、一年生のふたりも一緒だ。
まずはひとつめの懸念、ワーム探偵事務所に来ているあいだに、なにかなくなったものがないか、というのを確認した。
通学カバンが教室に置きっぱなしだったため、危険なのではないかと考えていたのだけど、それは杞憂に終わる。
「今日は大丈夫みたいです」
安堵の息をつく白糸台さん。
だけど実際、カバンを置いていなかったとしても、机の中やロッカーの中に入れっぱなしにしているものだってあるはずだ。
だから、教室に誰もいない時間帯――早朝や放課後の遅い時間ならいつでも危険ということになる。
そう指摘すると、せっかく和らいだ白糸台さんの表情がまた曇ってしまった。
「まったく、あんたはいつもいつも余計なことばっかり言うわよね!」
和夢子から文句が飛んできたけど、これは仕方がないと甘んじて受け止めておくとして。
和夢子が懸念していたのは、カバンが置きっぱなしになっていたことだけではなかった。
もうひとつ、そしてこちらのほうにこそ、より強く食いついたとも言えるのだけど、別の心配事があったのだ。
僕たちはさっき、部室で白糸台さんの持ち物が盗まれているという話を聞いた。
当然ながら、なにが盗まれたのかについても教えてもらってある。
その際、シャープペンとか消しゴムとか、小物系の品々にまじって、他にふたつほど気になるものがあった。
縦笛と体操着だ。
今、白糸台さんが持っている手提げ袋に、縦笛と体操着が入っている。
彼女はどちらも、授業で使う日にだけ持ってきているらしい。
といっても、以前盗まれたものが戻ってきたわけではない。新しく買い直したものだという。
ただ、新しく買い直したからもう安心、とはならない。
縦笛や体操着が再び盗まれることだって充分にありえる。
いや、和夢子はむしろ、そちらのほうが狙われる対象となる可能性が高い、と考えた。
わざわざ教室まで出向いてきたのは、すでになくなっていないか確かめたかったからなのだろう。
ともかく、こちらも通学カバン同様、なくなったりしていないことを確認できた。
と、そこで和夢子はおもむろに、白糸台さんの縦笛をケースから取り出し始めた。
中身に異常がある可能性を考慮し、隅々までしっかり確認しよう、ということか。
自らを名探偵と表現し、ワーム探偵事務所の活動には必要以上に情熱を燃やしている和夢子。
時間を忘れて捜査に没頭する場合もある。
僕が止めなければ泊り込んででも解決を目指そうとする姿勢は、尊敬に値する部分だと思うのだけど。
ほどほどにしておかないと、和夢子の体が心配だ。
頑張りすぎて体調を崩して、結果、なんでも溶かしてしまう例の液体を口から吐き出し、散々な目に遭ったことまであるのだから。
そんなことを考えていた僕の目の前に、にゅっと、なにか細長い物体が伸びてくる。
「ほら」
伸びてきたのではなく、和夢子が僕のほうに差し出してきただけだったようだ。
それは、さっきまで和夢子が入念に調べていた、白糸台さんの縦笛だった。
僕の目の前には今、その縦笛の先端……口の部分が向けられている。
「ほら……って?」
首をかしげる。
「舐めろって言ってるの!」
「ええっ!?」
それって、白糸台さんと間接キスしろってことに……。
しかも、学校に持ってきているということは、今日、音楽の授業があって使ったはずで……。
「冗談……だよね?」
「なにが?」
僕の問いかけには、真顔でイラついた答えが返ってくる。
ごちゃごちゃ言ってないで、早く実行しろ。
表情で語っている。
持ち主が見ている前で、さらには惚れている相手まで見ている前で、白糸台さんの縦笛を舐めろだなんて。
どんな拷問だ。
……まぁ、和夢子がやれというならやるけど。べつに嫌なわけでもないし。
でも、本当にいいのだろうか?
「白糸台さん、いいの?」
一応問うてみると、
「あまりよくはないですけど……調査に必要だというなら……いいです」
との反応。
嫌なら嫌とはっきり言うべきだと思うけど、性格的に無理なんだろうな、この子の場合。
とにかく、これで本人の口から承認を得たことになる。
「ほら、早く!」
和夢子は今にも殴りかかってきそうな勢いだった。
このままでは、縦笛の先端を無理矢理鼻の穴にねじ込まれかねない。
……って、さすがにそれは無理か。
とりあえず、白糸台さんには悪いけど、舐めさせてもらうとしよう。
僕は舌を出し、ちょっとだけ舐めようとして、和夢子からストップがかかる。
「そうじゃないでしょ?」
「えっ?」
「縦笛なんだから、口でしっかりくわえて、しかるのちに舌でベロベロ舐め回すのが常識でしょ!?」
どんな常識だよ!?
といったツッコミを、マグマが噴出しそうなほどの和夢子に対して入れられるわけがない。
僕は言われるがまま、白糸台さんの縦笛を口に含み、舌を使って舐めてみた。
美味しいとか不味いとか、そういった感じとはなんか違うけど、味らしきものはなんとなく伝わってきて。
ああ、これが白糸台さんの味……なんて思うと、ついつい興奮してしまって。
僕は縦笛の口の部分を執拗に舐め回し、息を吹き込む穴を逆に吸ったりまでして、まるで白糸台さんとのディープキスを楽しむかのように一心不乱に味わっていた。
「あ……」
ふと気づけば、女子三人からの冷たい視線。
縦笛から口を離す際、だ液が糸みたいに伸びていたのが、いやらしさを助長させる。
「え~っと……想像以上だったけど、ことほど左様に、男子っていうのは変態なものなのよ!」
和夢子が気を取り直して言い放つ。
僕に反論できる余地などあるはずもなかった。
教室を飛び出し、水飲み場で縦笛をしっかりと洗って戻ってきた僕。
それを白糸台さんに返した直後、僕の目の前に、
「はい」
と言って、和夢子がまたしてもなにかを差し出してきた。
「体操着……?」
「そうよ。嗅ぎなさい!」
「またかよ!」
どうせまた、変態だとか言いたいだけなんだろ、という思いから、さすがの僕でも抵抗を試みる。
「こ……今度は違うわよ!」
「信じられるか!」
どもっていたのがなによりの証拠だ。
僕は抵抗を強めたものの、
「嗅げって言ってるの!」
「ぶふっ!」
問答無用で白糸台さんの体操着が顔面に押し当てられていた。
学校に持ってきているということは、今日、体育の授業があって使ったはずの体操着。
なおかつ、押し当てられたのはちょうど体操着の胸の辺りで。
うわ、これが白糸台さんの匂い……なんて思うと、ついつい興奮してしまって。
僕は体操着に鼻を強く押しつけ、顔全体で布地の感触を味わいながら、まるで白糸台さんの胸に顔を埋めて楽しむかのように一心不乱に匂いを嗅いでいた。
「あ……」
ふと気づけば、女子三人からの冷たい視線。
体操着から顔を離す際、鼻水が糸みたいに伸びていたのが、いやらしさを助長させる。
って、汚いな、僕!
「というわけで、ことほど左様に、男子っていうのは変態なものなのよ!」
和夢子が今度は平然と言い捨てる。
「やっぱり同じパターンじゃないか!」
僕は反論しつつも、自分自身のバカさ加減に顔を真っ赤に染めるのだった。
「以上のことから、犯人は男子生徒と考えて、まず間違いないわ!」
和夢子の意図はそこにあった。
それを証明するため、僕を実験に使ったのだ。
……これくらいのことなら、わざわざ実証しなくてもよさそうな気もするけど。
「そういうことだったんですね。和夢子先輩、すごいです。ボク、感心しちゃいました!」
拍手を送っている白糸台さんは、素直すぎて将来が心配になってくる。
一方、黒部さんのほうは少々呆れ顔。
ともあれ、依頼を取り下げたりするつもりはないらしい。
「ま、そうなりますよね。それで? どうやって解決していただけるんですか?」
「のんちゃん、そんな言い方したら悪いよぉ。こっちがお願いしてる立場なのに……」
親友の発言に、白糸台さんがおろおろしながら和夢子の顔色をうかがっていたけど。
大丈夫、和夢子はそんなことを気にする子じゃない。
というか、自分の推理に意識が集中している状態だから、他人の声なんてほとんど耳に入っていないと思われる。
「犯人は体育や音楽のある日がわかって、教室に侵入しても不思議のない人……すなわち、クラスメイトの男子の犯行って可能性が高いわね!」
僕が大切ななにかを失って得た結論は、たったそれだけだった。
おそらくそれくらいなら、白糸台さんはともかく、黒部さんには予測できていたのではなかろうか。
そのあと、僕たちは今後の方針について話し合った。
まずは誰が犯人かを特定するのが先決だ。
そこで、僕と和夢子が昼休みと放課後を使って調査する運びとなった。
今日はもう遅いから帰るとして、翌日から僕たちの任務は遂行される。
情報供与の意味合いもあり、明日の昼休みに再びこの教室まで来ることを約束した。
教室の中に上級生が入るのは目立つだろうから、廊下で適当に話でもしながら怪しい男子生徒を吟味してみよう、との作戦だった。
クラスの半数は男子。捜査は難航するに違いない。
そんな僕の予想は、あっさりとくつがえされることになる。




