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「あの……なにしてるんですか……?」
ちょっとくせっ毛気味なショートカットの女の子が問いかけてくる。
そこでようやく、僕は和夢子から顔を離した。
「いや、えっと、その、べつになにも……!」
「フフフ、もしかして、お邪魔でしたぁ~?」
ニタニタした笑みを浮かべながら、もうひとりの女の子が言う。
ドアを引き開け、最初に声をかけてきたのはこの子のほうだ。
左右の髪をそれぞれ首筋辺りで縛っていて、左目の下にホクロがあるのが妙に目を引く。
制服姿の二名の女子生徒が、ドアの開け放たれた部室の入り口付近に立ってこちらに視線を向けている。
静寂に包み込まれた部室内に、突如として響き渡った複数の声。
眠りの世界にどっぷりと、つま先から頭のてっぺんまで余すことなく沈み込んでいた和夢子ではあったけど、さすがに現世へと引き戻されてきたようだ。
「むにゃむにゃ……」
ヨダレを垂らしながら上半身を起こす。
目はまだ線だった。
頭全体が不安定にふらふらと揺れている。絵に描いたような寝起きの状態。
和夢子はその状態のまま、ふらりと立ち上がった。
そして覚束ない足取りでドアの辺り――ふたりの女の子がいる辺りへと向かって歩いていく。
「あの、えっと、ボクたちは……」
ちょっと困惑気味に自分たちの素性を語ろうとするショートカットの子と、
「ねぇねぇ、先輩! そっちの男の先輩がさっき、キスしようとしてましたよぉ~?」
ニヤニヤ顔を継続しつつ余計なことを告発するもうひとりの子。
和夢子はそんなふたりの前でピタッと足を止める。
じぃ~~~~~~~。
穴が開くほどに見つめる。
視線じゃなくて口から吐き出される液体だったら、実際に穴が開いてしまう危険性もあるわけだけど。
くしゃみの拍子に飛び出してくる、って可能性もあるから、和夢子と面と向かって対峙するのは危険極まりない行為とも言える。
「な……なんですか……!? ウチの顔になにかついてます!?」
たじろぎながらも虚勢を張る女の子と、怯えて声も出せないショートカットの子の顔を、和夢子が交互に見やる。
その目はまだ線の状態からほとんど変わっていない。あれでちゃんと見えているのだろうか?
じっくりと吟味したのち、
「こっちがいい~~~♪」
和夢子はショートカットの女の子に思いっきり抱きついた。
「きゃあっ!」
女の子が驚いて悲鳴を上げる。そりゃそうだ。
それにしても、和夢子の大きな胸にも引けを取らないサイズの膨らみを、そのショートカットの子も持っているようで。
正面から抱き合っているふたりの胸同士が押しつけられ、なんとも男子中学生の目には毒な光景が繰り広げられている。
そんなふたりの横で、抱きつかれなかったほうの女の子も、呆然とその様子を眺めていた。
呆然と、というよりも、憮然と、と表現したほうがよさそうな表情だったのが、少々不可解なところ。
実はこの子、和夢子の大ファンで、自分が抱きつかれたかった、とでも思っているのだろうか?
「やっ……ちょっと、あの……あんっ……!」
ショートカットの子は身をよじり、必死に離れようとするも、和夢子の魔の手からは逃れられない。
どうでもいいけど、そんなに艶かしい声を出さないでほしい。前屈みでしか立っていられなくなる。
と、そこでようやく和夢子の目がしっかりと開かれた。
「……あら? あなた、誰?」
やっと頭が正常に動き出したか。
正常に動き出したところで、和夢子の脳みそは異常行動しか起こさない気もするけど。
改めて。
僕たちはパイプ椅子に座り、お互い自己紹介する。
実際にはその前に、
「あの……なんだか椅子がヌメヌメしてるんですけど……」
と不快そうな声を向けられたりしたのだけど、気にしないで、とひと言だけ返して突っぱねた。
さて、会議テーブルを挟んでこちら側に僕と和夢子、反対側にショートカットの子と左右の後ろ側で髪を縛っている子が並ぶ、という現状。
なんだか面接のようにも思える。和夢子は異常に偉ぶってるし。
それはともかく。
部室を訪れたふたりの女子生徒は、ともに一年生だった。
ショートカットの子は白糸台あんずさん。
自分のことを「ボク」と言うのが、とても可愛らしく思える。
もうひとりは白糸台さんのクラスメイトで、黒部暖さん。
元気いっぱいで、表情豊かな子といった印象を受ける。
自分のことを「ウチ」と言うのも、なんだか似合っていて微笑ましく感じられる。
そんな白糸台さんと黒部さんは、小学校時代からの親友らしい。
で、こうして対話する態勢を整えていることからもわかるとおり、ふたりは我が『ワーム探偵事務』に依頼をしにやってきた。
相手は下級生であり、なおかつ依頼人でもある。和夢子が偉ぶっていたのも、至極当然と言えよう。
「それじゃあ、依頼内容を聞かせてもらいましょうか!」
和夢子に促され、黒部さんのほうが喋り始める。
「この子……あんずの持ち物が、いろいろと盗まれてるんです! それで、調査してもらいたいと思って、ここに来ました!」
盗難事件。
今回の依頼は、その犯人を突き止めてほしい、という内容だった。
盗まれたのは白糸台さんの持ち物だけど、依頼について語るのは常に黒部さん。白糸台さんは黒部さん問いかけられたときだけ、「うん」と遠慮がちに頷く。
おとなしい白糸台さんを、黒部さんが引っ張っている。ふたりはそういう関係なのだろう。
ワーム探偵事務所まで依頼のお願いに来るのも黒部さんが提案し、「あまり大ごとにしなくても……」と尻込みしている白糸台さんを半ば強引に連れてきた、というのが真相だったようだ。
「盗まれたのって、白糸台さんの持ち物だけ?」
とりあえず、もう少し詳しく話を聞きたい。そう思って質問してみたところ、ふたりはこんなふうに答えた。
「はい、そうです! 絶対にあんずが狙われてます! あんずもそう思うよね!?」
「う……うん」
「きっとあんずを狙ってる男子が犯人です! あんずもそう思うよね!?」
「え……? そうなのかな……?」
「そうに決まってるわ! まったく、気持ち悪いったらありゃしないわよね! あんずもそう思うよね!?」
「えっと、う~ん……どうだろう……?」
なんというか。
黒部さんは自分勝手に話を進めすぎではなかろうか。
反対に白糸台さんは、小学校時代からの友人が相手だというのに、おどおどしすぎではなかろうか。
性格は人それぞれ。つき合い方も人それぞれ。
他人が口出しすることではないだろうけど。
しばし考え込んでいる様子だったものの、和夢子はすぐに大きな声で宣言する。
「よくわかったわ! 依頼を正式に受けてあげる! あんずちゃん、のんちゃん! 大船に乗ったつもりで、どーんとあたしに任せない!」
言いながら、ぼよん、と胸を叩いた。
ドン、という音が鳴らないので、少々決まらない気もする。
それに、初対面なのに下の名前にちゃんづけで呼ぶのは、いくら相手が下級生といっても馴れ馴れしすぎるのではないかとも思うけど。
困っている一年生を放ってはおけない。その思いは僕だって同じだった。
とはいえ、熱く語るのも恥ずかしい。
「和夢子だと泥船……どころか紙の船かもしれないけどね」
「余計なこと言うな!」
殴られた。
茶目っ気を出して放った冗談は、和夢子の怒りを招く結果にしかならなかったようだ。
「あたしの船は、紙じゃなくて神の船よ!」
そこまで自信満々に言える和夢子は、ある意味すごい。大船から大幅にバージョンアップしてるし。
そんな僕と和夢子のやり取りを見て、ふたりの一年生は苦笑をこぼしていた。




