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「う~ん……」
和夢子がうなっている。
うなり声を上げていてもなお、その顔はとても可愛らしい。
と思うのは僕が惚れているからだろうか。
「暇だわ!」
「まぁ……暇だね」
ワーム探偵事務所は生徒たちから(場合によっては先生方から)依頼を受けることで活動が開始される。
逆に言えば、依頼がなければなにもすることがない。
そのため、和夢子とふたりで駄弁るだけ駄弁って帰る、といった日も少なくない。
僕としては、それもまた充実した時間ってことになるのだけど。
和夢子は満足できないようだ。
「よし! 京都に行こう!」
「行かないよ」
基本のボケとツッコミだった。
「よし! 京子に行こう!」
「誰さ? あと日本語的におかしい」
二度目はさらなるボケ。これも基本だ。
そして三度目の正直。このあとに続くのが和夢子の本意となる。
「よし! 競歩に行こう!」
「行かないっての!」
……とは限らないのか。
「よし! 散歩に行こう!」
「フェイントをかけないでよ。ま、いいけど」
文句を垂れながらも、僕は椅子から立ち上がる。
暇なときの時間の潰し方の中で、二番目に多いのがこの散歩だった。
散歩といっても、中学校の敷地内を適当に巡るだけ。それが僕たち流の散歩となる。
学校から外に出ないのは、部活動中だからだと思われる。
和夢子はこう見えて、意外に真面目な部分もあるのだ。
ちなみに一番多い暇潰しの方法は、部室でだらだらすることだったりする。
その場合、和夢子は僕の前で無防備な寝顔をさらしてくれたりもするから、それはそれで僕には嬉しい時間となる。
とりあえず、今日は散歩だ。
ふたりで学校の敷地内を歩く。
いわばデート、と勝手に思っている。
僕たちの通っている不思議谷中学校の敷地はかなり広い。なにやら随分と歴史のある中学校なのだとか。
敷地内には本校舎や体育館の他に旧校舎まで残っていて、クラブ棟も二棟建っている。
深く考えたことはなかったけど、なかなか贅沢な学校と言えるのかもしれない。
この学校の中だけに限れば、定番のデートスポットは中庭ということになる。
中庭に立っている不老長寿の樹が、そこそこの人気を博しているからだ。
今の時期だと、木から虫が落っこちてくる危険性と隣り合わせになってしまうけど、そんなことはお構いなしに、和夢子は不老長寿の樹の下を颯爽と歩いていく。
「相変わらず、ここは人が結構多いね」
「そうね。立派に役割を果たしているわ」
「え? 役割?」
「この樹は、あたしたちのご先祖様が植えたのよ。侵略の際の目印としてね」
「へ……へぇ~」
和夢子の痛い発言がまた始まったようだ。
「それで和夢子は、侵略するために地球まで来たんだよね?」
「そうよ。先行部隊だったあたしたちがトラブルで不時着したせいで、追従する予定になっていた部隊も引き返しちゃったから、しばらくは待機状態だけどね」
「改めて侵略部隊が到着するまで、人間に紛れ込んでいる、って感じだっけ?」
「ええ」
同じ話を、これまでにも何回か聞いたことがあった。
せっかくだからと、話に乗っかってみた僕だったけど、ふと疑問が浮かぶ。
「それはいいとして、どうして探偵事務所なんてやってるわけ? 待機してるなら、目立たないほうがいいんじゃない?」
「そんなの、決まってるじゃない。楽しそうだからよ!」
「そ……そうなんだ……」
意味不明だ。
実際、和夢子の頭の中で作り上げられた妄想のはずだから、意味不明で当然とも言えるのだけど。
なんとも無駄な会話だった。
とはいえ、もともと暇を持て余して散歩しているだけだし、無駄であっても問題はない。
要は和夢子と一緒に共通の時間を過ごせればいいのだ。
会話することがメイン。周囲にちらほらと恋人同士っぽい男女の生徒が見受けられる不老長寿の樹でさえも、今の僕たちにとっては単なる通過点でしかない。
……と考えていたのだけど、和夢子の足はここで不意に止まった。
いや、止められた、と表現したほうが正しい。
和夢子の目の前――並んで歩いていたのだから、もちろん僕の目の前でもある――に人影が飛び出してきたのだ。
出やがったな! 明智光秀吉!
そいつは和夢子を目の敵にしている、僕たち同様二年生の男子生徒だった。
メガネをかけていて、見るからに優等生っぽい印象。髪が少し長めなのも、なんだか妙に鼻につく。
「虫酸走和夢子! ここで会ったが百年目!」
「たった数日ぶりよ?」
素っ気ないな、和夢子。光秀吉との温度差が半端じゃない。
光秀吉はどういうわけか、相手をフルネームで呼ぶ。それもまた鼻につく要因となっているのかもしれない。
「うるさい! そもそも百年ぶりに会うって意味じゃないし、百年以上も生きられるわけがないし!」
「えっ? あたしは生きられるわよ?」
和夢子の宇宙生物設定はここでも健在だった。
僕としては、本気ではなく冗談で言っているとの解釈を貫く。
「化け物め!」
「ありがとう」(ポッ)
「褒めてない!」
あまりにもバカバカしい会話。
光秀吉は、優等生っぽい外見ではあっても、実際に優等生なわけじゃない。
成績はあまりよくないみたいだし、さらにはかなり間が抜けている。
こうやって和夢子と会うたびに、脳みその足りないような怒鳴り合いを繰り広げるのも、僕にとってはお馴染みの光景となっていた。
なんというか、底辺に位置する同レベルの争いって感じで、ある意味、微笑ましくも思える。
と、部外者気取りで達観しつつ、ふたりの様子を眺めていた僕だったけど、言うまでもなく巻き込まれてしまうことになる。
「側杖命中! 貴様の人を小バカにしたヘラヘラ顔も不愉快なんだ!」
「そう言われても……」
小バカにしているつもりなんて全然なかったのに。
淡々とクールに言い返している和夢子も可愛いな~という思いはあったから、無意識にニヤニヤしていたかもしれないけど。
「あと、その頭頂部のアホ毛! それは校則違反だ!」
「そんな校則なんてない!」
今度はすかさず反論する。基本スキルのツッコミ体質がしっかりと発動したようだ。
「否、ある! 俺様が今作った!」
「お前は何様だ!?」
「俺様は俺様だ!」
いつの間にやら、僕まで一緒になってバカバカしい会話を展開する羽目になっていた。
僕たちがここまで敵対視されているのには、相応の理由がある。
光秀吉が探偵部に所属しているからだ。
探偵部の活動内容は生徒や先生から依頼を受け事件を解決すること、及びそのための訓練など。
ありていに言って、ワーム探偵事務所とかぶっている。僕たちは訓練なんてしないけど。
……探偵の訓練って、いったいなにをしているのだろう。今度、敵情視察にでも行ってみるのもいいかもしれないな。
その探偵部だけど、歴史は意外と古く、それなりに実績もある。しかもうちと違って部員数は三十名以上いるらしい。
多くが他の部との掛け持ちだという話だから、普段から部室に顔を出している生徒の数は少なそうに思える。
でも、たとえそうであったとしても、少なくともワーム探偵事務所よりはずっと大きな規模と言える。
そんな探偵部の中で、「ひときわ熱く輝く未来のホープ」と呼ばれているのがこの光秀吉なのだ。
本人は絶対に次期部長になると豪語している。
だからこそ僕たちの存在を煙たく感じ、ちょっかいをかけてくるのだろう。
ただ、周囲からの声にある「熱く輝く」の部分が「暑苦しい」と同義だということに、光秀吉は気づいていない。
情熱を燃やして部活動に勤しむ姿勢は素晴らしいと思うけど、人間的にはいろいろと問題のあるやつだともっぱらの噂だったりする。
同じクラスになったことのない僕の耳にまで噂が到達しているのだから相当なものだ。
「昨日だって、俺様たちの依頼人を横取りして解決しやがって!」
「あ~……」
言葉も出なかった。
正確にはすべて真実なわけではない。僕たちはべつに、横取りなどしていないからだ。
探偵部とワーム探偵事務所。
なにか困ったことのある生徒や教師が、どちらに依頼するか。
普通に考えたら、実績のある探偵部を選ぶに決まっている。
それでも、和夢子だって負けず劣らず……どころか光秀吉よりも数段上の有名人。
想定外の凄惨な結末が待ち受けている可能性もあるとはいえ、ワーム探偵事務所に依頼をすると面白いといった噂はあとを絶たない。
依頼を解決する活動をしているのに、面白いって評価はどうなんだ、とは思うけど。
良くも悪くも、評判に上っているのは確かなわけで。
中にはイタズラ半分に、探偵部とワーム探偵事務所の両方に依頼して、どちらが早く解決してくれるか、どんな方法で解決してくれるか、その課程を楽しんでいる依頼人もいるのだという。
昨日の生徒たちもおそらくそうだ。三年生の依頼人だったし。
依頼人自身は本気で悩んでいたみたいだけど、他にも複数の友人がついてきていた。
少なくとも彼らには、ついでだから楽しもうという意図があったと考えられる。
二年生以上が依頼人だった場合、おおよそ同じような感じだと思って、まず間違いはない。
「なによそれ!? あの人たちは単純にあたしを頼って来てくれただけでしょ!? 横取りされたと恨むなら、あたしの人徳を恨みなさい!」
和夢子は和夢子で、完全に勘違いして勝ち誇っている。
「貴様に人徳などない!」
「あるもん! ワームだけど!」
「じゃあ、ワーム徳とでも言うのか!?」
「ワームでも人徳なのよ! 人の姿になってるんだから!」
「なんて口の減らないやつだ!」
「あんたこそ、ぐだぐだとうるさすぎよ! そうだ、ヒット! どっちが正しいか、率直な意見を言いなさい!」
「そうだな! 側杖命中、どうだ!?」
「どっちもおかしいよ」
『ふざけるな、アホ毛地味おとこ!』
「どうしてそのセリフで声がピッタリ重なるんだよ!?」
なぜだか標的が僕へと変わった瞬間だった。
周りにはそれなりに生徒がいるというのに、大声で言い争っている現状。明らかに白い目を向けられている。
そのことに、僕は今さらながら気づいた。
どうやら光秀吉も気づいたようで、メガネの位置を人差し指で直しながら声のトーンを落とす。
「……とにかく、これ以上俺様の邪魔をしないでくれたまえ」
「邪魔なんてしないわよ。あたしはあたしの仕事をするだけ。あんたら探偵部とはなんの関係もないわ」
和夢子はしれっと言い返す。
光秀吉は顔を伏せ、肩を震わせている。
そして、
「貴様らの部なんか、いつか絶対に潰してやるからな~~~~っ!」
悪役染みた捨てゼリフを残し、光秀吉は走り去っていった。
一気に静まり返る中庭。
「……ま、ちょっとは暇潰しになったわ。あんなゴミでも役に立つことがあるのね。それじゃ、部室に戻って依頼箱だけ確認して、なにもなければ今日は帰るわよ!」
光秀吉は熱く激しく和夢子をライバル視しているけど。
和夢子にとってはゴミ同然でしかないらしい。
やっぱり温度差が半端ないな。




