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壁に立てかけてあったパイプ椅子を引っつかみ、乱暴に展開してドカッと腰かける。
この部で一番偉いのは自分だと主張するかのように、静かだった部室内に激しい物音を反響せる。
偉いもなにも、部長の和夢子と平部員の僕のふたりだけしか存在していないのだけど。
ワーム探偵事務所は、クラブ棟の中で最も狭いタイプの一室を部室とする、部員がたった二名の小規模な部活ということになる。
探偵のマネゴトをするにしたって、人数的に心もとない気がしなくもない。
でも、それでいいや、と僕は考えている。
「しっかし、昨日の事件はなかなか面白かったわね~!」
「事件を面白がらないでよ。当事者たちは本気で悩んでたはずなんだから」
「やっぱり難事件を解決するのって、気持ちいいわ~♪」
僕の言うことなんて、和夢子はまったく聞いていなかった。
「まさに名探偵和夢子様の実力あってこそ、って感じよね~! 自分の才能に惚れ惚れしちゃう!」
「ある意味才能だけどね。毎度毎度、あまり解決になってない結末を迎えるってのは」
どうせ反論なんて聞き流されるだけに決まっている。
そう思ってはいても、ついつい口走ってしまう。
和夢子のそばにいることで、すっかりツッコミ体質になってしまったようだ。
「あ~、早く次の依頼が舞い込んでこないかしら!」
「そうそうあるわけないっての。和夢子なんかに依頼したら余計にこじれるだけなことくらい、新入生だってそろそろ気づき始めてるだろうし」
「早く来い来い依頼人!」
「来ないってば」
むしろ来ないでほしい、ってのが僕の正直な願いだったりする。
ほとんどの場合、和夢子のせいでひどい結末を迎えるばかりなのだから。
……といった理由もあるにはあるけど、それよりも。
僕としては、この部活動の時間――言い換えれば和夢子とふたりきりでいられる時間を思う存分楽しみたい、という願いのほうが強い。
自分勝手でわがままで猪突猛進で粗忽妄信で厄介なやつなのは確かではある。
それでも、なにを隠そう、僕は和夢子のことが好きなのだ。
大好きなのだ。
どこをどう好きになったのか問われれば、首をかしげるしかない。
ともあれ、好きになってしまったのだから仕方がない。
一度火のついた恋心を止めることなんて、そう簡単にできるはずがない。
とかなんとか言いつつ、実際は単なるひと目惚れ。
そこから始まっているのは間違いなかった。
あれは今をさかのぼること一年とちょっと前。この中学校に入学した日のことだ。
新一年生だった和夢子と僕は、現在とは違って同じクラスだった。
まずはそれぞれの生徒が自己紹介をする。
たいていの人は名前を言って、「よろしくお願いします」といった定型句をつけ加えるだけの、なんとも味気ない自己紹介しかしない。
かくいう僕もそうだった。
命中と書いて「ヒット」と読む、ちょっと変わった名前、くらいの補足はしてもよかったけど、面倒なので言わなかった。
そして、自分の自己紹介が終わり、ぼーっとしているときだった。
和夢子の荒唐無稽な自己紹介が始まったのは。
「あたしは、虫酸走和夢子! 正体はワームよ! ミミズのでっかいのを想像してもらえばいいかしら。宇宙からやってきた宇宙生物ってことになるわね! 地球人どもを支配するための調査目的で来たんだけど、宇宙船が壊れて帰れなくなっちゃったの!」
痛すぎる発言だった。
ワームというのは、ミミズみたいに足がなくて細長い虫のこと。ゲームの世界なんかでは、凄まじい巨体を有し、たくさんの牙まで生えた大きな口があるような容姿で出てくることも多い。
宇宙生物だと仮定するならば、後者のイメージが近いだろうか。
自己紹介でそんな単語を聞くことになるとは、誰も思っていなかったはずだ。
おいおい、なに言ってんだよ、こいつ。
斜め後ろ方向の席だった和夢子を振り向いた瞬間、僕の背筋に電撃が走る。
ちょっとつり目気味だけどキラキラと星のような輝きを放つ大きな瞳に、今にも吸い込まれそうだった。
全体的にバランスよく、とても整った顔立ちは、美しさと可愛らしさをものの見事に同居させていた。
頭部から左右に伸びるツインテールの髪の毛も実に目を引いた。
彼女が痛い発言を放つたびに、まるで生き物のようにうねうねと揺らめいていたからだ。
ついでに言うと、視線を少しだけ下に向ければ、リボンをつけた冬服の制服の上からでも存在感をばっちりと主張している大きなふたつの膨らみが見て取れた。
男子生徒の目を釘づけにする効果をいかんなく発揮していたと言えるだろう。
だからなのか、あんな痛い発言をしていたにもかかわらず、和夢子は一躍人気者となった。
あの発言の数々は、クラスメイトの心をつかむための冗談。そう好意的に捉えられたのだと思われる。
もし和夢子が可愛くなかったら、そうはならなかったに違いない。人間とはえてして不平等なものだ。
補足しておくと、うちの学校の制服はブレザータイプで、男子はネクタイ、女子はリボンを着けている。
デザイン的に悪くはないと思うけど、それほど特徴的な制服ではない。
制服なんてみんな一緒なのに、和夢子は女子の中でひときわ輝いていた。
たくさんのクラスメイト(大半は男子生徒)に囲まれている和夢子を、僕は遠巻きに眺めていることしかできなかった。
可愛い子だな、とは思っていた。
いや、鼓動はこれ以上ないくらいに高鳴っていた。
ひと目惚れ。
認めてしまうのは恥ずかしかったけど、どう考えても否定の余地はなかった。
お近づきになりたい、という思いはもちろんあった。
それでも、積極性に乏しい僕は和夢子に話しかけることすらできなかった。
そんな入学初日から二日ほど経った頃だっただろうか。
放課後、下駄箱で靴に履き替え、トボトボと昇降口から外へと出た僕に、和夢子が声をかけてきた。
唐突に。強引に。高圧的に。
「ねぇ。クラスメイトの側杖命中だっけ? あんた、ワーム探偵事務所に入りなさい!」
ワーム探偵事務所ってなんだ?
わけがわからなかった。
呆然と立ち尽くし疑問を浮かべるものの、そんなのは関係なかった。
なぜなら和夢子に、可否を問うつもりなど毛頭なかったからだ。
僕はそのままクラブ棟に連行され、ワーム探偵事務所の部員となった。
虫酸走和夢子。
ワーム探偵事務所という名の部で、部長をしている女の子。
僕が想いを寄せる相手。
狭い部室の中、しかも和夢子の意向によりカーテンは閉めきられていて、蛍光灯も半分が外された薄暗い状況下で、意中の相手とふたりきりだなんて。
ドキドキものだ。
もっとも、このドキドキは別の意味のドキドキに変わることもしばしばなのだけど。
「……ちょっと、ヒット! 聞いてるの!?」
「えっ? あっ、ごめん、聞いてなかった……」
ついつい過去に思いを馳せることに集中してしまい、肝心の和夢子の言葉が耳を素通りしていた。
大好きな女の子の言うことなんだから、一言一句聞き漏らさず耳で受け取りたいと考えているのに。
たとえそれが非常に痛々しい発言だったとしても。
「好きだって言ったの!」
「えっ!?」
衝撃の告白……かと思いきや。
「たこわさが!」
「なぜ、たこわさ!?」
僕が思い出の世界にトリップしているあいだに、和夢子の話題は別次元へと飛んでいたようだ。
和夢子の話がいきなり空の彼方まで飛ぶなんて日常茶飯事。今さら驚くことでもない。
僕自身もさっきみたいに思い出やら妄想やらの世界に入り込む場合があるし、お相子ってところだろうか。
和夢子は入学初日の自己紹介で、自らをワームだと語っていた。
だけど、そんなはずない。
だってどう考えても、可愛らしい女の子にしか見えないのだから。
じめじめした暗い場所を好むとか、
いつでもやけに汗をかきまくっているとか、
くしゃみの拍子になんでも溶かす液体を吐き出すとか、
気になる部分がないわけじゃないけど。
暗い場所は僕も嫌いじゃないし、
これだけ閉めきっていたら、汗だってかくのが当たり前だし、
大して不思議なことではない。
あの液体だって、和夢子の胃が酸性度の強すぎる性質を持っているだけで、きっと胃酸が逆流しちゃった結果に過ぎないのだ。
そうに決まっている。
和夢子はごくごく普通の人間の女の子。
和夢子はごくごく普通の人間の女の子。
和夢子はごくごく普通の人間の女の子。
僕はそう自分に言い聞かせつつ、恋に焦がれる日々を送っている。




