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「それにしても、廊下は抜け落ちて通れないみたいだし、どうやって脱出すべきかしら……」
「う~ん、ここは三階だからかなり危険ではあるけど、ベランダを伝って降りていくってのが現実的なんじゃないかな?」
答えながらも、すっぽんぽんの和夢子が隣にいると思うと、つい悶々としてしまう。
見たいけど、目を向けた瞬間に溶かされないとも限らない。
「確かに、ベランダの手すりにでもぶら下がれば、どうにか下の階に行けそうではあるわね。それをもう一度繰り返せば、地面までたどり着ける。あとは、雨どいを伝って下りる方法もあるかしら。ただ……どちらにしても危険だわ。もし手を滑らせたら、大ケガをする可能性だって充分にあるんだから」
「でも、このままここにいたら、下手をすれば旧校舎自体が崩れかねないよ。そうなったら元も子もない。この際、ケガくらいは仕方がないと考えるべきじゃないかな?」
「そうかもしれないけど、他に安全に降りられる方法があるなら、それに越したことはないでしょ?」
「まぁ、そりゃあね」
あっ、和夢子のことだから、探偵基本セットだとか探偵七つ道具だとかで、さくっと解決してくれるのかな?
とは思ったものの、一糸まとわぬ姿となっている今の和夢子が、そんな道具を持っているはずもない。
以前主張していたように、本当にワームホールとやらから道具を取り出せるのなら、話は別だけど。
「ここは、あたしに任せて」
そう言うと、和夢子はベランダのほうまで歩いていき、その場にしゃがみ込んだ。
「おんぶするから、背中に乗って」
「ええっ!?」
素っ裸の和夢子の背中に?
ああ……でも、和夢子の背中、すごく綺麗だな……。
それに視線を少し下げてみれば、綺麗なお尻も……。
「ちょっと、早く乗りなさいよ!」
「あっ、うん」
僕は慌てて和夢子の背中におぶさった。
「行くわよ、しっかりつかまっててね!」
「ええっ!?」
和夢子が立ち上がった、と思った刹那、すべすべで綺麗な色白の肌をさらしていた背中が真っ赤に染まる。
いや、それだけじゃない。
和夢子の全身が変貌を遂げていた。
巨大な、ワームの姿に!
真っ赤な巨大ミミズ、といった形状のワームに変身した状態で、どこにつかまってればいいっていうんだ!?
表面は粘液まみれで、凄まじくヌメヌメしてるし!
というか、和夢子、ほんとに宇宙生物だったのか!?
様々な思いが僕の胸に去来する中、ワームと化した和夢子がベランダの手すりを乗り越える。
そのままベランダの壁に張りつくような形で直滑降を開始、ヌメっと滑り降りていく。
垂直に下っていくワームの背中から振り落とされないよう、僕は必死にしがみつく。
わずか数秒の出来事だった。
ついさっきまで三階のベランダにいたはずの僕たちは、気づけば旧校舎脇の地面の上にいた。
とりあえず……。
「ふ~、助かった」
安堵の息をつく。
と、すでにもとの姿に戻っていた和夢子から怒号が飛んでくる。
「いつまであたしにまたがってるのよ!」
僕は三階のベランダにいた最後の瞬間と同様、和夢子の背中におぶさったままの状態だったのだ。
「わっ、ごめん!」
すぐに飛び退る。
どうでもいいけど、あたしにまたがってる、って言い方はちょっと……。
あっ、そうか。さっき瓦礫から抜け出したときも、一瞬だけワーム形態になっていたってことか。
巨大化する勢いと粘液のぬめり気を利用して、瓦礫の下から脱出した、と。
服を着ていなかったのは、巨大なワームの姿になったせいで、制服も下着もすべて破けてしまったからだったんだな。
ここで僕には、助かった安心感の他に、別の思いが生じていた。
僕は和夢子に助けてもらった、ということになる。
本来ならば、僕が頑張って和夢子を助けるべき立場だったのに。
結局僕なんて、和夢子にとっては単なるお荷物でしかないのかもしれない。
「和夢子先輩、側杖先輩~!」
そのとき、黒部さんを筆頭に、先に脱出したみんながこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。
「みんなも無事だったんだね、よかった。……って、和夢子、裸!」
「あっ!」
僕はとっさに制服を脱いで、和夢子の上半身にかけてやった。
身長差を考えれば、上着だけでもギリギリ下半身の大事な部分まで隠れるだろう。
「ふたりとも、大丈夫でした?」
「ボク……すごく心配しちゃいました……」
「それにしても、よく脱出できましたね」
黒部さんたち三人は、近寄ってくるなり僕たちを質問攻めにした。
駆けつけてくれた中には光秀吉もまじっていたけど、いつものような罵声は飛んでこなかった。
ただ、黙ったままではあったものの、無事を確認できて安堵しているのは一目瞭然だった。
「あれっ? 和夢子先輩、どうして側杖先輩の制服を着てるんですの!? しかも、その下は裸!?」
妹子ちゃんが目ざとく見つけてすごい勢いで詰問してくる。
いや、目ざとくなくても気づかれるか。
「側杖先輩、和夢子お姉様を襲ったんですか!?」
とんでもない誤解が生じていた。
「やっぱりケダモノです!」
「やっぱりってなんだよ!?」
さすがに反論する。
そもそも、事実無根なわけだし。
「そうですよね。側杖先輩って、あんずの縦笛を執拗に舐めたり体操着の匂いを一心不乱に嗅いだりしてたし」
「はう……」
黒部さんが余計なことを言って、白糸台さんは頬を赤らめる。
「な……っ!? どういうことですか、それは!? 側杖先輩、許すまじ!」
そして灰吹くんは僕を確実に敵視する。
「ちょっと、みんな、落ち着いて!」
「問答無用ですの!」「問答無用!」「そうだ、問答無用だ!」
妹子ちゃんと灰吹くん、なぜか光秀吉まで便乗して僕に飛びかかってくる。
「いいぞ、やれやれ~!」「のんちゃん、面白がってるだけでしょ……」
加えて、煽り立ててくる黒部さんに、呆れ顔の白糸台さん。
天井が崩れたり廊下が抜け落ちたり、といった大変な事態に陥ったあとだというのに、なんとも騒がしい面々だった。
やがて、全員が顔を見合わせ、笑い始める。
とにもかくにも。
全員無事で、本当によかった。
「うん。これにて一件落着です!」
和夢子が改めて宣言を響かせる。
今回の一連の事件は、こうして幕を閉じた。
なお。
それからすぐに駆けつけてきた数名の先生方によって、僕たち全員、旧校舎に忍び込んだ件についてこっぴどく叱られたことを追記しておこう。




