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 今度こそ、すべてが解決した。

 そう思った矢先のことだった。


 なにやら細かい物体がパラパラと僕たちの足もとに落ちてきた。

 茶色っぽい塊――。

 これは、木材?


 いや、天井の一部だ!


 とっさに見上げると、天井には幾筋もの大きな亀裂が走っていた。

 これらの木材は、天井から落ちてきていたのだ!

 しかも、それは止まらずに続いている!


「まずい! 天井が崩れるかも!」


 僕の叫び声に騒然となる。


「みんな、逃げよう!」

「は……はいっ!」「そうですね!」「わかりました」「ひいっ!」「和夢子お姉様、怖ぁ~い!」


 それぞれに声を上げ、教室の出口へと一目散にダッシュする。

 真っ先に飛び出したのは光秀吉だった。

 こういう場合、先陣を切る人にも危険が伴う。それがわかっていて、自ら飛び出した……わけではないのは明らかだった。


 僕は和夢子と一緒にしんがりを務める。

 光秀吉はともかくとして、他に下級生が四人もいる現状。

 一年分だけではあっても上級生の僕たちがリーダー役をこなし、全員が無事逃げ出せるように見守る責任があると考えたのだ。


 妹子ちゃんは和夢子に抱きついていたけど、「あたしを困らせないで!」との言葉に頷くと、他の一年生とともに教室から出ていった。

 全員が廊下まで退避したのを見届け、続いて僕と和夢子も教室をあとにする……つもりだったのだけど。


「うわっ!?」

「きゃっ!」


 教室のドアが目前まで迫ったところで、天井から木材などの瓦礫が一気に大量落下してきた。

 僕たちの頭上目がけて!

 中には、かなり大きな塊もある!

 やけにゆっくりと、スローモーションのように僕の視界に映り込んでくる瓦礫。


「危ない!」


 そう言って突き飛ばし、大切な和夢子を守る。

 といった展開にならなきゃいけない場面だったとは思うけど。


 今の声の主は和夢子。

 突き飛ばされて救われたのは、僕のほうだった。

 瓦礫の崩落によってホコリがもうもうと舞い上がり、視界が奪われる。


「和夢子!」


 大量の瓦礫が引き起こす激しい音の洪水によって、僕の発した絶叫ですら、いとも簡単にかき消されてしまう。

 どうにもできない。

 呆然と立ち尽くすのみ。

 人間なんて無力なものだと、痛いほど思い知らされた。


 昨日、大雨が降った。

 激しい落雷もあった。

 雷はこの旧校舎に落ちたらしい、という話は聞いていた。

 その影響で、もともと脆かった旧校舎は、非常に崩れやすい状態になっていたのだと考えられる。


 しばらくして瓦礫の崩落は止まり、ホコリも徐々におさまってきた。

 和夢子の姿は……ない。

 いや、あった!


「和夢子、大丈夫!?」


 僕は倒れている和夢子の背中を揺する。


「あ……ヒット……」


 ホコリまみれの顔を上げ、弱々しげではあるけどしっかりと答えてくれた。

 でも、よかった……と安堵してはいられなかった。

 なぜなら今見えているのは和夢子の上半身だけで、腰から下の部分は完全に瓦礫の下敷きとなっていたからだ。


「わ……和夢子! 今すぐ助けるからね!」


 瓦礫を動かそうとするも、ビクともしない。

 大きなサイズの瓦礫が乗っかり、その上に無数の瓦礫が容赦なく積み重なっている。


 小さな瓦礫を少しずつどかしていって、大きな瓦礫は他の人と協力して……。

 そこで気づく。

 他のみんなは、どうなったんだ?


「みんな、大丈夫!?」


 和夢子は心配だけど、みんなのことも気になる。

 僕は瓦礫をどかしながらも、大声で呼びかけてみた。


「あっ、側杖先輩! 無事でしたか!」


 微かに、黒部さんの声が聞こえてくる。


「僕は大丈夫! でも、和夢子が……!」

「和夢子お姉様がどうしたんですか!?」


 妹子ちゃんの声も届く。


「こっちは全員無事です! ただ……廊下が崩れてしまって、教室まで戻れません!」


 僕の気持ちを察知してくれたのか、黒部さんが状況を伝える言葉を響かせる。


「そっか、とりあえず無事でよかった。こっちは和夢子が大変だから、誰か呼んできてもらえると助かる!」

「わ……わかりました!」

「あっ、でも危険だから、慎重にね!」

「はいっ!」


 足音が遠ざかっていく。階段を下りていったようだ。

 一階までたどり着くことができれば、窓を開けるなどして外に出るのは容易なはず。

 これでひとまず、みんなについては安心だろう。


 さて、問題は和夢子だ。

 僕は手の痛みなんて完全に無視し、山のように積み上がっている瓦礫をどかそうと躍起になっているものの、全然減ってくれる気配がない。

 それに、一番大きな瓦礫は僕ひとりの力では動かせそうもなかった。


 廊下が崩れてしまったのなら、黒部さんたちが誰か呼んできてくれたとしても、ここまで来て手伝ってもらえるとは思えなかった。

 そもそも、校舎全体が崩れてしまう危険性だってある。

 助けは期待できそうもない。


 ならば、僕がどうにかしないと!

 必死に瓦礫をかき分け、和夢子にのしかかる重みを少しずつでも軽減していこうと試みる。


 そんな僕に向かって、和夢子がいつになく優しげな口調で語りかけてくる。


「あたしは、大丈夫だから……」

「なにが大丈夫なもんか! 重いだろ? 痛いだろ? 待ってろよ! 僕がこの命に代えたって、和夢子を助け出すから!」


 根拠もなにもなかった。

 それでも僕の一生懸命さだけは伝わったのだろう。

 和夢子はわずかに目を細める。


「ありがとう。だけど、本当に大丈夫だから。ちょっと離れてくれないかな?」

「え……?」

「そこにいられると、巻き込んじゃうから……」


 瓦礫の崩落は止まっているけど、いつまた落ちてくるかわからない。

 だから僕を心配して、そう言ってくれているのか?


「僕には和夢子を残して逃げるなんてできない!」


 思いの丈を叫ぶ。


「違うの。逃げられたら、その……あたしだって心細いし」


 和夢子の口からこんな弱気な言葉がこぼれ落ちてくるなんて。


「ヒット……少しの時間だけでいいから、離れて見守っていて。ね? お願い」

「…………わかった」


 お願い、とまで言われたら引き下がるしかない。

 僕はそっと、瓦礫の下敷きになって苦しそうな和夢子から距離を取った。

 このタイミングで、もし瓦礫の崩落が再開してしまったら。

 そう思うと気が気ではなかったけど。


 心配で泣きそうになっている僕に、和夢子が再び、ほのかな笑みを向けてくれた。

 次の瞬間、

 瓦礫が、

 吹き飛んだ。


 ――えっ!?


 状況が呑み込めなかった。

 さっきまで和夢子がいたはずの場所が、

 今は完全に瓦礫で埋まっている。


 えっ、えっ、えっ!?


 パニック状態。

 和夢子は……潰されてしまったのか……!?

 と思った直後、瓦礫とは別方向から声がかけられた。


「お待たせ!」


 和夢子だった。


「和夢子! 無事だったのか!」


 駆け寄ろうとして、はたと気づく。

 全身薄汚れてはいるけど、和夢子の美しくも可愛らしい顔は健在。

 ホコリまみれでバサバサになってしまってはいても、ツインテールの髪の毛もいつもどおりうねうねと揺れている。


 それなのに、圧倒的な違和感。

 視界に入ってくる肌色率が普段の数倍にも膨れ上がっている。

 ……って!


「どうして裸なんだよ!?」


 慌てて目を逸らす。


 ああ、しまった! せっかくだから、じっくり見ておくべきだったのに!

 なんて思考が頭をよぎったのは、安堵感が胸いっぱいに広がっている証拠だと言えるけど。

 今度はさっきとは違った意味でパニックに陥っていた。


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