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「さて……と」
ゆっくりと、和夢子が教室の後ろ側へと歩いていく。
このあと、ツインテールの長い髪の毛を振り乱しながらくるりと振り向いて、いつもどおりの決めゼリフ、「謎はすべて溶けました!」が飛び出すのかな、と思ったのだけど。
現実にはそうはならなかった。
今回の件でもまた、なにも溶かしたりはしていないけど、そんなことは問題ではなく。
ピタリと足を止めた和夢子は、僕たちのほうを振り返りもせず、とある場所にじっと目を向け続けていた。
とある場所――教室の一番後ろにある、薄汚れた掃除用具ロッカーに。
「そろそろ出てきたら?」
和夢子の凛とした声が響く。
その声に呼応して、ガタッと物音が聞こえてきた。
しばらくの沈黙。
やがて、錆びついた金属音を伴って、ロッカーのドアが開いた。
「よくぞ見抜いたな、虫酸走和夢子!」
ビシッとカッコよく決めたような口調で言いはしたものの、全身ホコリまみれで頭にはクモの巣までくっついている。
ロッカーの中から出てきたのは、和夢子や僕を目の敵にしている探偵部の部員、明智光秀吉だった。
その光秀吉に、和夢子が問う。
「ずっとあたしたちを狙ってたんでしょ?」
「あ……ああ、そうだよ! 貴様らを呼び出したのは、この俺様だ!」
ここで黙秘しても無駄だと悟ったのだろう、光秀吉は素直に答える。
どうやら光秀吉は、僕と和夢子が封鎖されている旧校舎へと侵入する場面を押さえ、ワーム探偵事務所が存続できないように仕向けたいと考えたらしい。
所属している探偵部の活動中、光秀吉は職員室に鍵を借りに行った際、同じ場所に置いてあった旧校舎の鍵も勝手に拝借した。
これは使えると思った光秀吉は、ワーム探偵事務所前の依頼箱に呼び出しの手紙を投函した。
入念な計画に基づいていたわけではないため、光秀吉としても準備に手間取ってしまったみたいだけど、少し遅れながらも旧校舎へと向かう途中で、僕たちにばったり出くわした。
僕たちの目的地が別の場所だとわかり、ほっとした光秀吉は、予定どおり旧校舎の中へと足を踏み入れた。
昇降口の鍵がかかっていなかったのは、光秀吉が開けたからだったのか。
呼び出し場所である三階の教室までたどり着いた光秀吉は、掃除用具ロッカーに隠れて待っていた。
ロッカーの隙間にビデオカメラを向け、僕たちが入ってくる様子を撮影しようと目論んでいたのだという。
ただ、そこに入ってきたのは僕たちではなく、灰吹くんだった。
しかも、いつまで経っても出ていく気配がない。
この男子生徒、なぜこんなところに来たんだ!?
それに、どうしてここに居座るんだ!?
苛立ちを隠せない光秀吉。
だからといって、飛び出していくのも問題がある。
どうしたものかと思案しているうちに僕たちまで来て、出るに出られない状態になってしまった。
「貴様らはいつもいつも、俺様の邪魔ばかりしやがって!」
憤慨する光秀吉。
でもそれって、どう考えても身から出たサビなのでは。
あと、それ以前の問題もある。
「どっちにしてもさ、そのロッカーで隠れて撮影した映像を証拠にするつもりだったのなら、光秀吉も旧校舎に侵入していたってことがバレちゃうんじゃない?」
「うっ……! いや、だから、その……カメラはあらかじめセットしてあったことにすれば……!」
「セットするときに、すでに旧校舎に侵入していた、ってことになるだけだよね?」
「うぐっ……! あっ、ここが進入禁止になったのは今日なんだから、もっと前から仕掛けておいたことにすれば……」
「だとしても、光秀吉は鍵を勝手に持ってきちゃったんでしょ? 探偵部の調査で必要だからとか言って、先生に許可を受けた上で渡してもらったならともかく。それって、余計に自分の立場を危うくするだけだと思うよ?」
「うぐぐっ……!」
僕の指摘に、光秀吉はうめき声しか出せなくなる。
なんというか、凄まじく考えなしに行動しているやつだな。
そのおかげで、ワーム探偵事務所が廃部に追い込まれることもなく助かっている、と言えるのかもしれないけど。
「というわけで、この男がもうひとりの真犯人でした! 謎はすべて溶けました! これにて一件落着です!」
和夢子が締めのセリフをバシッと放つ。
もちろん今回だってなにも溶かしたりはしていないけど。
まぁ、それはそれで構わないだろう。毎度毎度、なにかを溶かして被害を出すようでは困る。
光秀吉については、とくに実害をこうむったわけでもないし無罪放免でいいかな。
今後もまた、ワーム探偵事務所をおびやかす行為を仕掛けてきそうではあるけど……。
そんなことを漠然と考えていた僕は、ふとあることに気づいた。
「あれ? 僕たちを呼び出したのは光秀吉と黒部さんで、白糸台さんを呼び出したのは灰吹くんだったんだよね? それじゃあ……妹子ちゃんを呼び出したのって、誰?」
僕の疑問に答えられる人はいなかった。
事件はまだ終わっていないのか!?
不安の渦巻く中、
「ごめんなさいですの!」
妹子ちゃんが謝罪の声を響かせた。
「わたくしがここに呼び出されたというのは、真っ赤な嘘でしたの!」
詳しく聞いてみると、妹子ちゃんは普段から和夢子――妹子ちゃんいわく『お美しい和夢子お姉様』のことをストーキングしていたらしい。
以前、下駄箱で隠れて見ていたのもこの子だった。白糸台さん狙いではなく、和夢子狙いだったのだ。
さらにこの旧校舎に来る前、林の中でこそこそ隠れて写真を撮っていたのもやっぱり妹子ちゃんだった。
「わたくし、和夢子お姉様の写真をコレクションしておりますの!」
「それは盗撮と呼ばれる立派な犯罪行為なのでは……」
「うっ……」
犯罪という言葉に、妹子ちゃんの子供っぽい顔は蒼白になる。
「ま、あたしはべつに構わないけどね。写真くらい、いくらでも撮らせてあげるわよ。減るもんじゃないし」
「和夢子お姉様……!」
一瞬にして明るい笑顔に変わった。
コロコロと表情の変わる子だ。本当に小さな子供みたいに思えてしまう。
それにしても、和夢子はすごいな。勝手に写真を撮られても全然気にしないのか。
だったら僕も、和夢子の写真がほしいかな、なんて考えていたら、
「言っとくけど、女の子限定だからね?」
ジト目を向けられ、釘を刺されてしまった。
口にはしていなかったはずだけど、僕の考えていることなんて表情から丸わかりなのだろう。
「それで、どうして旧校舎なんかにいたの?」
和夢子は妹子ちゃんに質問して、話をもとの方向に戻す。
「はい。今日、和夢子お姉様が旧校舎に呼び出されたと知ったわたくしは、これはチャンスと思ったんですの」
ん?
「どうして呼び出されたことがわかったの?」
「そ……それは……。遠くからでも和夢子お姉様の綺麗で澄んだお声はいつでも聴いていたいと思いまして……」
結論から言うと。
盗聴器だった。
ワーム探偵事務所に仕掛けられた盗聴器で、会話を盗み聞きしていたのだ。
その盗聴器は、部室で僕と和夢子が眠りこけているあいだに侵入し、仕掛けておいたものだという。
可愛い顔して、やってることはひどいよな。これはさすがに咎めるべきだろう。
だけど和夢子は落ち着いたもの。
「そうだったの。これは使えるわね」
使える……?
和夢子はいったい、なにを言ってるんだ?
疑念をぶつける暇もなく、和夢子は話の先を促す。
「で、それからどうしたの?」
「えっと、和夢子お姉様のベストショットを撮ろうと思いまして、旧校舎に先回りして遠隔操作も可能なカメラを一階の至るところに仕掛けていたんです」
「遠隔操作も可能なカメラを至るところに……」
さっきの盗聴器といい、本格的すぎやしないだろうか。
もしかしてこの子、かなりヤバい人だったりして?
「だって、旧校舎という薄汚い場所にいる見目麗しい和夢子お姉様なんてギャップ萌え必至のシチュエーション、最高のシャッターチャンスじゃないですか! 永久保存したいじゃないですか! 大きく引き伸ばして、額縁に入れて飾りたいじゃないですか!」
「いや、そんな力説されても……」
「思ったよりも手間取ってしまって、結局撮影はできませんでしたが……。それは残念ですけど、こうして和夢子お姉様にお近づきになれたので、わたくしは嬉しいですの!」
そう言って、妹子ちゃんはまたしても、和夢子に抱きついてベタベタし始める。
あれだけ盗撮やら盗聴やらストーキングやらを白状しておきながら……。
「和夢子、いいの? この子のやってたことって、どう取り繕ったところで犯罪行為だよ?」
僕が意見を述べた途端、妹子ちゃんはうるうると瞳を潤ませ、超至近距離から和夢子の目を見つめる。
「う……。ま……まぁ、いいんじゃない? 実質的な被害はなかったわけだし……」
「あはっ! ありがとうございます、和夢子お姉様~♪ ごろごろ~♪」
完全に懐いた様子の妹子ちゃんは、和夢子にしっかとしがみつき、猫のようにほっぺたをすりすりしている。
むぅ……。余計なことをしてしまったかもしれない。
「と……とにかく、これにて一件落着よ!」
抱きつかれて困惑気味ながらも、和夢子は改めて宣言する。
和夢子、決めゼリフはですます調で、というポリシーをすっかり忘れてるぞ?
それはさておき。
「和夢子はさ、途中からすべてわかってるような感じだったけど、妹子ちゃんについてもわかってたの?」
「えっ? ……ええ、そうよ! 当然わかってたわ!」
ああ、これは絶対に嘘だな。
とは思ったけど、ツッコミは入れないでおく。
そんなことよりも、和夢子にべったりくっついている妹子ちゃんを引き剥がすほうが先決だからだ。
いくら女の子とはいえ、僕の和夢子に馴れ馴れしくしすぎだろ!
勝手に「僕の」なんて考えつつ、妹子ちゃんにつかみかかる。
その際、わざとではなかったのだけど和夢子の胸に触ってしまい、
「やっぱりヒットは変態だわ!」「やっぱり側杖先輩はケダモノです!」
と、和夢子と妹子ちゃんから同時に怒鳴りつけられる羽目になってしまった。




