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灰吹くんは今、僕たち五人に囲まれる形で正座をさせられている。
両腕は背中へと回され、手首をロープで縛られている。
ロープは和夢子が所持していたものだ。和夢子いわく、探偵基本セットの中のひとつらしい。
いつだったか、別の件で持っていた針金について聞いたときには、探偵七つ道具のひとつだと言っていたような気がする。
それは泥棒の七つ道具になるのでは、といったツッコミも入れた記憶がある。
まぁ、和夢子が突然なにかを取り出すというのはよくあることなので、とくに驚くべきことでもない。
和夢子は「ワームホールから取り出したのよ!」なんて主張していたっけ。
おそらく制服のポケットにでも忍ばせていたものを、そんなふうに言っているだけだとは思うけど。
ワームホールって、はたしてそういうものだっただろうか?
それはこの際、置いておくとしよう。
今は灰吹くんを問い詰めるべき場面だ。
「さて、それじゃあ洗いざらい、すべて吐いてもらいましょうか!」
和夢子が代表して尋問役を買って出る。
「ちょっと待ってください! 俺は、えっと……ある目的で白糸台さんをここに呼び出しただけなんです!」
「イタズラする目的で、でしょ!?」
黒部さんが非難を多分に含んだ叫び声をぶつける。
親友がイタズラされるところだった、なんていう展開に、憤りを感じているからだろう。
……と考えたのだけど。
「黒部さん、どうしてそんなことを言うんだよ!? 俺にはそんなつもりなんてないって、クレセントムーンさんから聞いてないの!?」
灰吹くんが必死に反論する。
「クレセントムーンさん?」
突如として飛び出した聞き覚えのない名前に、僕たちは首をかしげる。
言った当人である灰吹くんと、言われた当人である黒部さんを除いて。
「俺はそのクレセントムーンさんから指示を受けて、おまじないを実行していたんです。このあいだ、白糸台さんの持ち物を盗んでいたのも、その人から教えてもらったおまじないでした」
「おまじない?」
「はい。すごく強い力を持ったまじない師が知り合いにいるっていうから、黒部さんに紹介してもらったんです。俺はその人とメールで連絡を取って、よく効くおまじないを教えてもらっていました」
灰吹くんは完全に観念しているのか、落ち着いた調子で語る。
この期に及んで嘘をついている、というわけではなさそうに見える。
「でもここに呼び出したのって、白糸台さんだけじゃないんだよね? それも、おまじないの一部だったの?」
「いえ、俺が呼び出したのは白糸台さんだけです!」
僕の質問には、慌てて否定の言葉を加えてくる。
「それじゃあ、僕や和夢子や妹子ちゃんを呼び出したのは……」
「俺じゃないです!」
灰吹くんは僕を睨み返し、力強い声で明言する。
だったら、いったい誰が僕と和夢子を、そして妹子ちゃんを呼び出したのか。
それに、僕たちのもとには二通の手紙が届き、そのどちらもが旧校舎への呼び出しだった。
あの手紙の差出人は、いったい誰なのか。
二通あって筆跡も違っていたことから考えるに、まだ他にふたりの人物が関与しているのだろうか。
疑問は次々と浮かんでくる。
もっとも、それを灰吹くんに訊いたところで、答えが返ってくるとは思えない。
僕が押し黙るのを見計らい、一旦静かになって場を見守っていた和夢子が尋問役に戻る。
「へぇ~。あんずちゃんに対するおまじないって、それはどんなタイプのおまじないなの?」
「どんなタイプ、というと……?」
「つまり、人を呪い殺すようなものか、それとも……」
「呪い殺すだなんて、そんな恐ろしいものじゃないですよ!」
和夢子の声にかぶせる勢いで、灰吹くんは再度、否定を添える。
「なら、残る可能性はひとつだけ。恋のおまじないだった、ってことね?」
「う……」
一瞬だけ躊躇した灰吹くんだったけど、すぐに頷いた。
「はい、そのとおりです」
呼び出されたのが白糸台さんで、それが恋のおまじないによるものとなれば、灰吹くんの想いはおのずと見えてくる。
すなわち、最初の窃盗事件のときから予想できていたように、灰吹くんは白糸台さんのことが好きなのだ。
灰吹くんとしては、自分の想いを知られるのが恥ずかしいと思って、言いよどんでいただけなのだろう。
「それで、そのクレセントムーンっていうのは何者なの?」
和夢子の尋問はさらに続く。
「えっと、黒部さんの知り合いだって以外、俺もよくは知りません。実際に会ったこともないですし。いつもメールで連絡を取ってました」
「そう。あたしの推測どおりね」
「推測どおり?」
和夢子はひとつ、咳払いをすると、大きな声で宣言した。
「そうよ。真犯人はこの中にいるわ!」
真犯人。
とすると、灰吹くんは犯人ではないということになる。
僕がそうつぶやくと、和夢子は補足説明を加える。
「まぁ、灰吹くんも共犯と言えなくはないけどね。正確に言えば、その真犯人に利用されていた立場になるかしら」
今この場にいるのは六人。
僕、和夢子、白糸台さん、黒部さん、灰吹くん、妹子ちゃんの六人だ。
灰吹くんは真犯人でない。
被害者である白糸台さんも、犯人のはずがないだろう。
僕や和夢子も違う。
妹子ちゃんだって呼び出しを受けた側なのだから、おそらく除外していい。
ということは、答えはひとつ。
「のんちゃん。あなたが真犯人よ!」
僕の推理を肯定するかのように、和夢子が黒部さんに向けて腕を伸ばし、ビシッと指を差した。
「やっぱり、バレちゃいますよね。そりゃあそうです。ウチだって、もう無理かな~とは思っていたんですから」
黒部さんが肩をすくませながら、自嘲気味に真実を口にし始める。
「そうですよ。全部……ではないですけど、今回の件はウチが仕組んだことでした」
詳しい話を聞いてみると、こういうことだった。
灰吹くんは以前から、白糸台さんに想いを寄せていた。
ある日、灰吹くんは白糸台さんの親友である黒部さんに、そのことを相談した。
そこで、
「だったらふたりの仲が上手く行くように、知り合いのまじない師を紹介してあげる」
と言って、黒部さんはクレセントムーンという人のメールアドレスを灰吹くんに教えたのだ。
その人からよく効くおまじないを教えてもらった灰吹くんは、好きな相手――白糸台さんの持ち物を拝借し、それを毎日持ち歩くという行動を取った。
布の袋に入れて学校まで持ってきていたのも、そのおまじないどおりだった。
ただ、簡単に持ち運べるように、盗むのは小物類だけだったらしい。
あれ? でも確か、縦笛や体操着も盗まれていたのでは?
指摘してみると、実は縦笛と体操着を盗んだのは黒部さんだったと白状した。
「どうして黒部さんが白糸台さんの縦笛や体操着を盗んだの? あっ、もしかして、そっち系の趣味とか?」
黒部さんはいわゆる百合とかいう人種なのだろうか。
そう考えたのだけど、それは間違っていた。
「……ウチは、灰吹くんのことが……好きだから。その灰吹くんが、あんずの縦笛や体操着を持ってるなんて、いくら親友とはいえ嫌だったんです。灰吹くんだって男子だから、笛を舐めたり体操着の匂いを嗅いだりしちゃうかもしれないし」
「ヒットみたいに、ってことね」
「うぐっ……!」
和夢子のツッコミに、僕は返す言葉がない。
「あの……灰吹くんのことが好きなのに、クレセントムーンって知り合いのまじない師を紹介してあげるなんて、変ですよね? それだと、白糸台さんへの恋心を応援してるってことになっちゃいませんか?」
状況をよく理解できていないためか、ずっと黙っていた妹子ちゃんだけど、ここで控えめに質問を挟んできた。
対する黒部さんは、ふふっ、と微かな笑みをこぼして答える。
「そうでもないわよ? だって、クレセントムーンはウチ自身だから」
これには灰吹くんも驚いていた。
僕もびっくりしたけど、和夢子は動じていないようだ。予想の範疇だったのだろう。
「クレセントムーンのアドレスは、ウチが普段使っているのとは別に取得しておいたPCのメールアドレスなんです」
黒部さんはそのアドレスを使ってクレセントムーンになりすまし、灰吹くんにおまじないを伝えていた。
クレセントムーンなんてまじない師は存在していなかったのだ。
白糸台さんの持ち物を盗ませたのは、灰吹くんがそんな悪いことをする人だと思わせ、距離を置かせるため。
縦笛や体操着まで自分で盗んだのも、それを灰吹くんの仕業と思わせて、気持ち悪いという印象を植えつけるためだった。
ワーム探偵事務所に事件の解決を依頼してきたのは、自分たち以外にも証人がいたほうが信憑性も増すと考えたからだとか。
結果としては、白糸台さんと灰吹くんがあっさり和解してしまい、黒部さんの作戦はあまり上手く行かなかったことになる。
それで、今回の件を仕組んだ。
灰吹くんが怪しい視線を感じると言っていて、その後、行方不明になったなんていうのも、当然ながら黒部さんの口からでまかせだった。
窃盗事件を解決した際、黒部さんが灰吹くんをベランダに呼び出したのは、「今回のおまじないは失敗したけど、別のおまじないを教えてもらえるように伝えておくから、次のメールを待ってね」と伝えておくのが目的だったらしい。
そして、クレセントムーンから灰吹くんのケータイに新たなおまじないの内容が告げられる。
「明日、学校に着いたら教室には行かず、放課後まで身を隠していること。それから、想い人をなるべく古い建物に呼び出すこと。想い人が来たらそっと抱きしめてあげること。きっと受け入れてくれるはずだから」
灰吹くんがそのメールに対し、「旧校舎があるので、そこでいいですか?」という返信を送ると、「だったら、そこの最上階に呼び出すのがベストね」との返答を受ける。
クレセントムーンからの指示は他にもあった。
風邪で休むという連絡を、灰吹くんが自ら学校に入れることだ。
無断欠席で家に電話されるのを防ぐためだったのだろう。
メールがあったのは昨日の夜だけど、黒部さんは前日の土曜日にも灰吹くんと電話で話していた。
白糸台さんとの仲を取り持つという名目で、黒部さんは灰吹くんと電話番号を交換し、相談に乗ったりもしていたのだ。
その会話の中には、「そういえば、うちの高校に旧校舎があるってのは知ってるよね? あそこって一部の壁が壊れていて中に入れるのよ」といった内容も含まれていた。
単なる雑談。
そんな雰囲気ではあったものの、黒部さんとしては完全に計画のうちだった。
「それを思い出した俺は、放課後になってから白糸台さんに呼び出しのメールを送り、壁が崩れている場所から旧校舎へと忍び込んだんです。最初から旧校舎に隠れていてもよかったんですけど、ちょっと怖かったってのもあって……」
この旧校舎の雰囲気からすれば、灰吹くんの気持ちもわからなくはない。
「旧校舎の中に侵入したあと、念のため白糸台さんが簡単に入れるように昇降口の鍵を開けておこうと思ったんですけど、すでに開いていて驚きました。どうして開いていたんでしょうね?」
答える声はない。
「……とにかく、俺は足もとの瓦礫を避けながら、呼び出し場所である三階のこの教室まで来ました」
灰吹くんはここで、白糸台さんの到着を待っていた。
でも、教室に入ってきたのは白糸台さんだけじゃなかった。
黒部さんが再び肩をすくめる。
「ウチとしても想定外だったんですよ。当初の予定では、教室の前までふたりで来て、あんずだけ教室の中に入らせるつもりでした。そうしたら灰吹くんは、おまじないに従ってあんずに抱きつくはずです。
いきなり抱きつかれたら、誰だってびっくりしますよね? 普通なら逃げます。で、教室から飛び出してきたあんずと一緒に逃げて、あいつはやっぱり悪人だからもう近寄っちゃダメよ、って言い聞かせる作戦だったんですよ」
淡々と語った黒部さんが、そこで小さくため息を漏らす。
僕は気になる点について質問してみることにした。
「依頼箱に手紙を入れて僕と和夢子を呼び出したのも、黒部さんなんだよね? それはどうして?」
「タイミング的にあとから来ることになりますから、逃げる途中で証人に仕立て上げるか、もしくは灰吹くんが抱きつく場面を見せてしまうか、そういったことを考えていたんです」
「思いのほか僕たちが早く着いてしまって、予定が狂ったってことか」
光秀吉とのバカな言い争いなんかがあって遅くなったと思っていたけど。
それでも、手紙にすぐ気づいたことと和夢子の判断が迅速だったことで、僕たちは素早く行動できていたようだ。
「というか、旧校舎の中が瓦礫だらけで歩きにくかったせいで、とくにあんずの歩くのが遅すぎたってのが一番の原因だったと思います」
「あう……。ゴメンね、のんちゃん……」
白糸台さんが震える声で謝罪する。
歩くのが遅かったことだけでなく、黒部さんが好きな灰吹くんの想いを自分が受けていることや、親友なのになにも気づいてあげられなかったことへの気持ちなんかも、その謝罪には込められていたのかもしれない。
「あんずが謝る必要はないでしょ? 悪いのはウチなんだから」
すべて話すことができて、すっきりした。
黒部さんの声には、そんな清々しさすら感じられた。
「あ~あ。ほんと、行き当たりばったりじゃダメってことですよね。横尾さんまで現れちゃったし、どうしようかその場で考えて、なんとかして当初の目的を果たそう思ったんですけど、結果はご覧のとおりです」
黒部さんはそこまで話すと、親友である白糸台さんに向き直る。
「今回の件はウチが仕組んだことだったの。あんず、ほんとにごめんね。許してほしいなんて、自分勝手だと思うけど、でも……」
「ううん、大丈夫だよ。ボクは気にしてない。のんちゃんは親友だもん。ちょっと驚いたけど、今までどおり仲よくしてほしいな」
「あんず……っ!」
こぼれ落ちる涙を拭いもせず、黒部さんは白糸台さんに抱きつく。
白糸台さんも、そんな親友をしっかりと受け止める。
和夢子が言ったとおり、真犯人は黒部さんということで、今回の事件は決着を迎えようとしていた。




