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机や椅子は完全に取り払われ、後ろ側に備えつけられた薄汚れた掃除用具ロッカーがポツンと存在しているだけの教室。
そこに、ひとりの生徒がいた。
たったひとりだけ。
僕と和夢子、白糸台さん、加えて妹子ちゃんまでも呼び出したと思われる人物が、たったひとり。
同時に、というつもりではなかったのかもしれないけど、四対一になったら不利でしかないだろうに。
今は黒部さんも同行しているから、五対一か。
相手がひとりだけだとすると、ワーム探偵事務所に二通の手紙が届いていたのはやっぱり不可解だ。
しかも、教室で僕たちを待ち受けていたのは、行方不明になっているはずの灰吹くん本人だった。
これはいったい、どういうことなのか。
罠か?
僕は慎重に灰吹くんの様子を観察しようとしていたのだけど。
そんな時間など与えられるはずもなく。
「灰吹くん、どういうつもり!?」
和夢子が叫ぶ。いつもながらの、脊髄反射行動。
「あれ……? どうしてこんなに大勢で……」
困惑している灰吹くん。
と、唐突に一歩前へと進み出る女子生徒の姿があった。
「わかってるのよ!」
それは黒部さんだった。
なにがわかっているというのか。その答えはすぐに続けられた。
「あんたがこうやってここに女の子を呼び出して、イタズラしてるってこと!」
「ええっ!?」
驚愕の事実。
白糸台さんと同様におとなしい印象の灰吹くんが、よもやそんなことをしていたなんて。
だけど考えてみたら、白糸台さんの持ち物を盗んでいたという前科がある。
実際には心の中が真っ黒なやつなのかもしれない。
灰吹くんはこの場にいる五人から鋭い視線を受け、動揺してはいるみたいけど、反論するような気配は見せない。
とすると、本当にそうなのか?
灰吹くんが白糸台さんや和夢子や妹子ちゃんを呼び出し、イタズラしようとしていたのか?
旧校舎であれば今の校舎からは遠いし、林に囲まれている立地を考えても、犯行が見つかりにくい場所だと言える。
それでも、なんだかしっくり来ない。
そういえば、呼び出されたのは三人だけじゃない。
和夢子の呼び出し状には、僕も一緒に来るようにと書かれていた。
……まさか灰吹くん、僕まで襲うつもりで……!?
いや、さすがにそれはないか。というか、ないと信じたい。
僕がごちゃごちゃと考えているうちに、状況は動き出す。
「五対一なら、負けはしません! みんなで取り押さえましょう!」
黒部さんが灰吹くんに向かって飛びかかる。
おろおろしながらも、白糸台さんや妹子ちゃんもそれに続く。
下級生ばかりに任せてはいられないと考えたのか、和夢子も加勢する。
今ここにいる中で、敵である灰吹くんを除けば唯一の男子である僕も、このまま黙って眺めているわけにはいかない。
女の子四人に取り囲まれている灰吹くんに、遅ればせながら僕もつかみかかった。
「ちょっと、やめ……っ、やめてください!」
灰吹くんは当然ながら抵抗した。
両手を振り回し体も捻って、押さえ込まれるのを懸命に避けている。
敵はひとり。
対するこちらは五人。
多勢に無勢、ではある。
とはいえ、五人がバラバラに突撃して対象を押さえ込むのは、あまりいい作戦とは言えない。
味方も障害になりえてしまうのだ。
和夢子の長いツインテールの髪の毛が、僕の顔面にぶち当たる。
一番必死になっている黒部さんの肘が、僕のみぞおち辺りに入る。
ちょこまかと動く妹子ちゃんに弾かれ、僕は転びそうになる。
さらには――、
むにっ。
「きゃっ!?」
灰吹くんの腕をつかもうと僕が手を伸ばした瞬間、身をよじって避けられてしまい、勢い余ってなにか別のものをつかんでいた。
わっ、この柔らかい感触は……。
むにむに。
ついつい、もう二回ほど揉んでしまう。
「あふっ……!」
白糸台さんの口から艶かしい吐息が漏れる。僕がつかんでいたのは、彼女の大きめの胸だった。
「ああっ、ごめん! わざとじゃないんだ!」
慌てて手を離す。
ただ、ついでに揉んだ二回が余計だったと言えよう。
「でも、揉まれました……」
「ヒット、あんた……。ことほど左様に、男子っていうのは変態なものなのね」
「そ……それはもういいから!」
などと言いつつ、同じような手口で和夢子の豊満な胸を我が手中に収めることも可能だったりして、といったバカな考えまで思い浮かべる。
「こら、ヒット! 同じようにあたしの胸も揉んでやろう、なんて考えてるでしょ!?」
「うっ……!」
やっぱり和夢子には人外の能力があるのか!?
明らかな動揺を見せる僕に、ジト目が飛んでくる。
「冗談のつもりだったのに、なに図星を指されたみたいな顔してるのよ、あんたは……。ことほど左様に、ヒットっていうのは変態なものなのね」
「男子全般の理論から、僕限定の理論にバージョンアップした!?」
今のは自業自得だったと思うけど。
和夢子が向けてくる呆れを含んだ視線からは目を逸らし、とりあえず触ってしまった当人に謝っておく。
「とにかく、白糸台さん、ごめんね!」
「は……はい……」
どうやら許してもらえたようだ。よかったよかった。
ほどよい弾力のある生温かな感触も含めて。
と、そんな僕を睨みつけてくる灰吹くん。
いや、睨みつけてくるだけに留まらず、闇雲に両手を伸ばしてくる。
「側杖先輩、許すまじ!」
「なんか、ターゲット認定された!?」
灰吹くんは仇敵にでも会ったかのような形相で僕に襲いかかってきた。
だけど、その勢いはすぐに止められることとなる。
多勢に無勢なのは変わっていないのだから、それも当たり前だ。
がむしゃらに暴れて逃れようとするも、成すすべはなく。
数分後には、灰吹くんは僕たち五人によって完全に押さえ込まれていた。




