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-3-

 薄暗くてところどころ瓦礫が散乱している廊下を、四人となった一行が歩いていく。


「昇降口から階段までこんなに遠いなんて、不便な校舎だったんですね……」

「今は歩きにくい状態だから、余計にそう感じるだけかもしれないけどね」


 さっきから、白糸台さんと僕しか喋っていない。

 僕たちふたりがとくに気が合っている、というわけではない。

 喋っていないと怖いのだ。


 白糸台さんは普段からおどおどしている様子だし当たり前かもしれないけど、この状況は男の僕でも怖かった。

 旧校舎内部の暗さから来る薄気味悪さのせい、だけではない。

 どちらかと言えば、この先に待ち受ける未来に対する不安のほうが強かったと言える。


 すぐにでも窓を開け放って、そのまま逃げ出してしまいたい。

 でもそんなことをしたら、和夢子に呆れられてしまう。

 それどころか、殴り倒されるくらいの展開は充分にありえるだろう。


 永遠に続くかと思えるほどの廊下ではあっても、歩き続けていればやがては終わりが訪れる。

 僕たちは無事に、階段のある突き当たりまで到達した。


「三階に行って、本当に大丈夫かな?」


 弱々しい声で尋ねてみる。

 僕の隣では、白糸台さんもうんうんと頷いている。


「行くしかないでしょ?」


 なに言ってるのよ、バカじゃないの? といった冷めた視線を向けながら和夢子が吐き捨てる。

 まぁ、そうだろうな、とは思っていたけど。


 階段に目をやると、壁や天井から落ちてきたと思しき瓦礫がそこかしこに積み上がっていた。

 学校側が危険だと判断し、ロープを張って旧校舎への立ち入りを禁止したのも素直に頷ける。


「そういえば、白糸台さんと黒部さんも、立ち入り禁止なのに入ってきてたんだね。鍵はふたりが開けたの?」


 ふと気になったことを質問してみた。

 考えてみたら、僕たちを待ち構えている誰かがいるはずなのだから、鍵を開けたとしたらそちらになるのは明白なのに。

 その質問に返された答えは、まったく想像していないものだった。


「えっ? 鍵、開いてたんですか!?」


 黒部さんが驚きの声を上げている。


「あれ? それじゃあ、ふたりはどうやって中に入ってきたの?」

「ボクたちは、壁が崩れてる場所があったから、そこから入ってきたんです」


 今度は白糸台さんが答えてくれた。

 詳しく聞いてみると、壁が崩れて人がぎりぎり通れるくらいの隙間ができている箇所があるのだという。


「だから、ロープを張って立ち入り禁止にしたのかな?」

「そこまではわかりませんけど……」


 立ち入り禁止にしてあるのに、鍵を開けっ放しにしてあるとは思えない。

 かけ忘れたのでなければ、僕たちを呼び出した誰かが開けたと見て間違いないだろう。


「ま、細かいことはもういいわ。早く三階まで行くわよ!」


 和夢子が僕たちを促す。

 和夢子は今回の事件の真相にたどり着いているみたいだけど、僕たちにはわかっていないのだから、そう急がせないでほしいものだ。

 というか、あらかじめ教えておいてくれればいいのに。


 こういうとき、和夢子は絶対に口を割らない。

 すべての役者が揃ったところで、探偵らしく語り始める。

 そういった部分に喜びを覚える性質があるようだし、べつに和夢子の楽しみを奪うつもりなんてないけど。

 それでも、自分ひとりだけわかったふうな顔をしていると、若干のむかつきを感じてしまう。


 ともあれ、すでに階段を上り始めようとしている和夢子を止めることなど、できるはずもない。

 ここは黙ってついていくしかないか。

 僕がため息まじりにそう考えていた、そのとき。


「きゃっ!」


 不意に女の子の悲鳴が響く。

 それは僕の背後――白糸台さんや黒部さんがいる位置よりも、さらに後ろ側から聞こえてきた。


「誰!?」


 相変わらず、和夢子は考えなしに声を張り上げる。

 これまでに何度も同じ失敗を繰り返して経験があるというのに。

 ほんとに三歩で忘れる鳥頭なのだろうか。


 もっとも、今回は逃げられて終了、といった結末にはならなかった。

 女の子がその場に座り込んでいたからだ。

 どうやら瓦礫につまずいて転んでしまったようだ。


「痛たたたた……」


 転んで打ちつけたのか、お尻をさすっている女の子に、和夢子が容赦なく迫る。


「ねぇ、あなた。こんなところで、なにをしてるの?」

「いえ、あの、えっと……わたくし、ここに呼び出されまして……」


 僕も近寄ってみると、サイドテールにまとめた髪の毛が可愛らしい女の子だった。

 小学校低学年くらいだろうか。

 子供なのになんだかやけに丁寧な口調で、おしとやかな印象を受ける。良家のお嬢ちゃんなのかもしれない。


「キミもそうなんだ」

「は……はいです」

「だけど、ダメだよ? 小学生がこんな場所に入ってきちゃ」


 僕の言葉に、女の子は噛みつかんばかりの勢いで吠えてくる。


「わたくしは小学生ではありません! れっきとしたこの中学校の生徒ですの!」

「あら、そうなの?」

「はいです! 一年二組の横尾(よこお)妹子(いもこ)ですの!」


 一変して元気いっぱい。僕と会話していたときは、顔からして明らかに違っている。

 それにしても、これで中学生なのか。

 一応年下ってことにはなるけど、身長百二十センチくらいしかなさそうなのに。


「そうね……。危険かもしれないし、一緒に行くしかないかしら」

「うわぁ! ありがとうございます、和夢子お姉様!」


 和夢子の提案に、女の子――妹子ちゃんはキラキラと瞳を輝かせながら喜びを示す。


 それはいいとして、お姉様って……。

 しかも妹子ちゃんは、べったりと和夢子に抱きついている状態だった。

 あまりにも馴れ馴れしすぎな気がする。


 ……まぁ、べつにいいか。相手は女の子だし。

 気持ちを切り替え、すでに階段を上り始めている和夢子を追いかける。


 ふと、横に視線を向けてみると。

 黒部さんがなにやら複雑な表情をしていることに気づく。


「どうしたの?」

「え? い……いえ、なんでもないですよ? あっ、ほら、ウチらも早く行かないと!」


 僕の問いかけに、黒部さんは慌てた様子で否定を返すと、ずかずかと大股で階段を上っていってしまった。




「和夢子お姉様、怖いです~!」


 甘ったるい声を伴って、妹子ちゃんが和夢子にしがみつく。

 薄暗い中、瓦礫の積もった階段を上っているのだから、危険があるのは確かだけど。

 そんなにしがみついていたら、和夢子だって上りにくいに違いない。


 それ以前に、いくらなんでもベタベタしすぎだろ!

 僕はイライラしていた。

 下級生の女の子に対して嫉妬心が芽生えるとは、自分でも驚きだ。

 だいたい和夢子だって、嫌なら文句のひとつでも言って離れればいいのに、そんな気配はまったく見せない。


 イラつきながらも上っていくと、階段はすぐに終わりを迎える。

 そこで離れれば許してやろう。

 と考えていたのだけど、階段を上り終えても妹子ちゃんは和夢子に抱きついたままだった。


「三階はちょっと明るいですね……」


 白糸台さんの控えめな声で、僕は我に返る。

 危ない危ない。

 下級生の女の子相手に、下手をしたら殴りかかるくらいの気分だったなんて。


 改めて周囲に目を配ってみる。

 白糸台さんが言ったように、窓から入り込む明かりが強いのか薄暗さは鳴りを潜め、足もともしっかり見えるようになっていた。

 旧校舎の周りに生える木々の高さの関係だろうか。


 階段から伸びる廊下には、随分と大量の瓦礫が散乱している。

 それどころか、なんとなく焦げ臭いニオイすら感じられるような……。


「昨日の落雷、この近くだった可能性が高いわね。そのせいで、大きく崩れてしまっている、ってことかしら」


 もしかしたら、崩落の可能性すらあるかもしれない。

 だからといって、ここまで来て怖気づくわけにもいかない。

 僕たちの目の前には、木製のドアが立ち塞がっている。このドアを越えれば、そこが呼び出し場所となっている教室だ。


「目的地に到着よ。覚悟はいいわね?」


 和夢子の言葉で、一同に緊張が走る。

 妹子ちゃんも含めて五人となった面々は、顔を見合わせて大きく頷き合う。

 そして先頭の和夢子が乱暴にドアを開け放つと、僕たちは敵が待ち受けているであろう教室の中へと、意を決して颯爽と踏み込んでいった。


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