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 慎重に廊下を進んでいく。

 瓦礫で歩きにくいため、歩調はどうしてもゆっくりになってしまう。

 学校の廊下って、こんなに長いものだっけ?


 和夢子は黙々と歩いている。声をかけられる雰囲気でもない。

 瓦礫を踏みしめる足音だけが響く中、僕は思考タイムに突入していた。


 手紙の差出人は、なぜ僕たちを旧校舎なんかに呼び出したのだろう?

 和夢子が予想したように、本当に灰吹くんが行方不明になった件と関わりがあるのだろうか?


 同じ内容の手紙が二通あったのも、よくわからない。

 灰吹くんを連れ去ったのが複数人から成るグループで、間違えて二通目の呼び出し状まで送ってしまったとか?

 もしそうだとしたら、あまり統率の取れていない集団、ということになる。


 それでも危険なことに変わりはない。

 相手が集団で襲いかかってきたら、僕たちには成すすべもないだろう。


 ともあれ、必ずしも危険な相手が待ち構えているとは言いきれない。

 例えば、和夢子のことを好きな男子が、告白のために呼び出したとしたらどうだろう?

 その場合、僕にとっては恋のライバルが出現することになるわけだし、それはそれで喜ばしくないのだけど。


 ……いやいやいや、手紙には僕も一緒に来るように書かれていたのだから、その可能性はまずありえないじゃないか。

 どうであれ、呼び出し場所の教室まで行ってみればわかることだ。

 もし和夢子になにか危害を加えるようなやからがいるなら、僕がしっかり守らないと。一応仮にも男なんだから。

 そんなことを考えていると、


「そこにいるのは誰!?」


 突然、和夢子の声が廊下に響き渡った。

 またかよ。この条件反射的猪突猛進娘。

 と思ったのだけど。


「えっ!? 和夢子先輩!?」


 反応はすぐに返ってきた。

 あれ? この声は……。


 和夢子が声をかけたほう――廊下の少し先まで進んでみると、そこにはふたりの女子生徒が立っていた。

 薄暗くとも、近づけば顔だって見える。

 それは白糸台さんと黒部さんだった。


「なんでふたりがここに?」

「行方不明になっているはずの灰吹くんから、あんずのケータイにメールが届いたんです!」

「ボクひとりで来るようにってメールだったんですけど……」

「心配だからウチもついてきたんですよ!」

「大丈夫だって言ったんですけど、のんちゃん、聞いてくれなくて……」


 ふたりが交互に説明してくれる。


「そっか。キミたちもここに呼び出されたんだね」

「それじゃあ、先輩たちもですか?」

「うん。依頼箱に二通の手紙があってね、呼び出されたんだ」

「えっ? 二通?」


 僕が白糸台さんの質問に答えると、黒部さんは不思議そうに首をかしげた。


「そうなんだ。同じ内容の手紙が二通。よくわからないよね」

「ですね……」


 黒部さんはなにやら思案している様子だった。

 白糸台さんの呼び出しと含めて、状況を推理しているのだろう。

 もしかしたら、親友に危害が及ぶなら自分が守らないと、と考えているのかもしれない。

 僕の和夢子に対する気持ちと同じように。


「それにしても、わざわざ三階に呼び出さなくてもいいのにね。歩きにくくて、ほんと大変だよ」

「一階だと、もし近くに誰かいたら窓から見られてしまうかもれない、というのを懸念してるんでしょうね」


 僕のつぶやきに、和夢子が冷静に意見を添える。

 それに反応したのは白糸台さんのほうだった。


「先輩たちも三階なんですか? ボクたちも三階に呼び出されたんですけど……」

「あれ? そうなの? やっぱり、一番北側の教室?」

「はい」

「申請した際に使えるのはそこだけだし、とくに不思議なことでもないわ」


 和夢子の言葉に、今度は僕が意見を述べる。


「でも、同じ場所に呼び出されたってことなのかな? だとすると、同一人物からの呼び出し……?」

「先輩たちも、灰吹くんから呼び出されたんですか?」

「いや、差出人の名前は書いてなかったけど」


 もし白糸台さんたちと同じ人からの呼び出しだとするならば、灰吹くんが僕たちを待ち受けている、ということになる。

 それはありえるのだろうか?


 先日、白糸台さんの窃盗事件を解決したことで、僕たちが恨まれている可能性は否定できない。

 とはいえ、警察沙汰にまでなってしまったのならともかく、三人のあいだだけで解決させたわけだから、感謝されこそすれ、恨まれるような筋合いはなさそうに思える。

 また、僕たちを呼び出したのが灰吹くんでなかった場合、呼び出した人物と灰吹くんが鉢合わせすることになってしまう。


 以前、白糸台さんたちと一緒にいるときに、隠れて様子をうかがっている怪しい人影があった。

 あの人物がこの呼び出しに関わっているのではないか。僕はおぼろげながら、そう考えていた。

 仮にその推理が正しいとすれば、僕たちを呼び出したのは灰吹くんの行方不明と関係ある人物という線が濃厚となる。


 でも、灰吹くんは白糸台さんにメールを送り、この旧校舎の三階に呼び出したらしい。

 行方不明のはずの人物からメールが届くなんて。

 どうなっているのか、全然わからない。


 そうか! 白糸台さんへのメールは、灰吹くんのケータイから、別の誰かが送ったんじゃないのか?

 うん、それなら説明がつく。

 ここに呼び出したのは灰吹くんを連れ去った人物で、今度は僕や和夢子、そして白糸台さんをも巻き込むつもりなんだ!


「和夢子、やっぱりこれは危険だよ!」


 僕が危機感を募らせているのとは対照的に、和夢子のほうは実に落ち着いていた。


「危険は承知の上でここまで来たのよ? 今さら尻尾を巻いて逃げ帰るなんてできないわ」


 一刻も早く退避することを提案しようとしていた僕の考えなど、すべてお見通し。探偵モード発動中だからだろうか。

 だけど、ここは僕も引き下がらない。


「それなら、白糸台さんと黒部さんだけでも帰すべきじゃない? なにが起こるかわからないし……」

「そうはいかないわ。別行動するより、一緒にいるほうが安全よ。あんずちゃんだって、ターゲットになってるんだから」


 確かに、そのとおりかもしれない。

 ふたりの下級生に目を向けてみる。


 白糸台さんの体は小刻みに震え、全身から恐怖心がにじみ出ている。

 一方の黒部さんは、いまだに思案中といった様相。

 親友である白糸台さんを守りたいからこそ、真剣に悩んでいる。そう思っていたけど、なんだかそれだけでもないような……?


「もちろん、呼び出し場所の教室まで行くのは危険よ。一番いいのは、このまま四人で回れ右して帰ることだとは思うわ」

「だったら……!」


 そうしようよ、と続けようとする僕を和夢子が手で制する。


「呼び出しを無視したら、それでもう終わり? 違うわよね? きっとその後もしつこく、第二第三の手を使って迫ってくるはずよ」

「そうかもしれないけど、今は情報がなさすぎるよ。相手が誰なのかすら、わからないんだから。しばらくは調査に徹するべきなんじゃ……」

「そんなまどろっこしいこと、やってられないわ! 敵はすぐそこにいるのよ!?」

「完全に敵になっちゃってますね……。そうとは限らない気もするんですけど……」


 僕と和夢子の言い争いに、白糸台さんが遠慮がちに口を挟んできた。


「敵、とまでは言えないかもしれないけど、少なくとも悪意を持った相手、っていうのは間違いないわ」


 和夢子は負けじと反論。


「灰吹くんなのにですか?」

「おそらく灰吹くんではないわ。……いえ、灰吹くんもそこにいる可能性はあるけど、真の敵は別にいる」


 断言。

 和夢子の頭の中では、すべてではないかもしれないけど、謎は解けている、もしくは解けかかっているのだろう。

 今回はなにかを溶かしたりすることなく、探偵らしく結論までたどり着くことができそうだ。……と思いたい。


「とにかく、早急に三階の教室まで向かうわよ!」

「うん、了解」「はい」「そう……ですね」


 和夢子の力強い宣言に、僕を含めた三人は素直に頷いた。


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