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先日の旧校舎での件について、先生方から怒られはしたけど、それ以上の罰則などは与えられなかった。
しいて言えば、和夢子が「また問題を起こして……」と先生方にため息をつかれていたくらいだろうか。
和夢子の悪評は、教師のあいだでも有名のようだ。
そんな状況でもワーム探偵事務所が存続できているのは、顧問の先生の力が大きく作用しているからに違いない。
もし和夢子が本当に宇宙生物なら、もともと知り合いである顧問の先生も同じように宇宙生物ということになってしまう。
確かに謎の多い先生ではあるものの、そんなことが実際にありえるのだろうか?
おぼろげながら、和夢子の真の姿を目撃してしまった僕ではあっても、すべてを受け入れることまではできないでいた。
どうしても、夢や幻だったのではないか、といった考えが拭い去れないのだ。
ところで、天井や廊下が大きく崩落した旧校舎だけど、全会一致で早急に取り壊すことが決まったらしい。
もともと老朽化していることはわかっていて、議題には上っていたものの、すぐに崩れるとまでは思っておらず、対策を急いではいなかったのが実情だったようだ。
ともあれ、落雷の影響もあって崩れるまでに至ってしまった。取り壊しになるのも当然と言えよう。
これでしばらくすれば、あの旧校舎は跡形もなく消えてしまうことになる。
古いものが消え去っていく。それは少々寂しいことだとは思う。
でも、そこから新たな時代の幕が開けるのだと考えれば、明るい未来へのいしずえになったと考えることもできる。
旧校舎がある場所には、新しい施設が作られることになった。第二体育館を建設する計画なのだとか。
かなり広大な敷地を有し、多くの生徒を受け入れている不死樹谷中学校。今ある体育館だけでは手狭だった感は否めない。
とくに体育館を使用したい部活にとっては朗報と言えるだろう。
ちなみに、光秀吉は無断で鍵を拝借していた件もあって、僕たちよりもさらにひどく怒られたみたいだった。
去り際、「虫酸走和夢子、側杖命中! 貴様ら、覚えておけよ!」なんて捨てゼリフを吐いていたけど、そんなの僕たちのせいではないだろうに。
まったく、困ったやつだ。
といったわけで、ようやくワーム探偵事務所にも安息の日々が戻ってきた。
……かというと、実はそうでもなく。
「今日もお美しいです、和夢子お姉様! あっ、お姉様、お紅茶飲まれますか?」
「そうね、いただこうかしら」
「は~い! ただいまお持ちします!」
ワーム探偵事務所には今、僕と和夢子の他にもうひとり、妹子ちゃんが出入りしている。というか、出入りしていやがる。
「わたくし、和夢子様のために全身全霊を込めてお世話致します!」
なんてノリで勝手に入部してきた妹子ちゃん。
和夢子をお姉様などと呼び、ベタベタをくっついたりするのも、僕が嫌悪感を抱く原因ではあるのだけど。
「わたくしがいるわけですから、側杖先輩は不要です! あんたは和夢子お姉様に近づくなです! ケダモノがうつります!」
「ケダモノってなんだよ!?」
「男はみんなケダモノなんです! 汚らわしいんです! わたくしはそういう教育を受けてまいりましたの!」
どういう教育なんだか。
喋る内容はともかく、自分を「わたくし」と言うことからしても、妹子ちゃんは結構なお嬢様なのかもしれないけど。
僕が不要だという発言に対する反発の気持ちはあれど、熱くなって言い返すことまではできなかった。
なぜなら、旧校舎の件以来、ずっと考え込んでいたからだ。
僕は和夢子のことを守れなかった。
逆に守られるだけでしかなかった。
男として、情けない。
だから、退部届を制服のポケットに忍ばせていた。
和夢子のことが好きな気持ちは変わっていない。
それは本当だ。
混乱気味でよく覚えてはいないけど、和夢子がワームに変身する姿まで見てしまい、なんだかんだ言っても実際は普通の人間の女の子なんだ、という淡い期待も消えてなくなってしまった。
だからといって、和夢子のことを嫌いになるわけがない。
とはいえ、和夢子を守れなかった僕には、そばにいる資格なんてない。
そういう結論に達していたのだ。
今年はクラスメイトでもなくなっている。ワーム探偵事務所を辞めたら、和夢子との接点はなくなってしまう。
それでも構わない。僕は遠くから見守る立場に徹しよう。
そんなふうに考えていた。
昨日の夜には決意を固めていたはずなのに、部室に来たら勇気が出せなかった。
情けない僕の背中を、妹子ちゃんが押してくれたとも言える。
和夢子は先日、妹子ちゃんがストーカー行為を白状した際、「これは使える」なんて口走っていた。
盗聴器のことを言っていたのだと考えられる。
妹子ちゃんは他にも、遠隔操作可能なカメラを多数所有しているようだった。
妹子ちゃんがワーム探偵事務所の一員となった今、和夢子の命令でそれらの機器を使うことだってできるはずだ。
つまり、妹子ちゃんには存在意義がある。
だけど、僕にはない。
「そうだよね。僕なんていらないよね」
そっと、会議テーブルの上に退部届を差し出す。
和夢子は黙ったまま、それを見つめる。
妹子ちゃんですら黙り込んでいた。
不要だとか言いながらも、僕が本当に辞めるつもりだとは考えていなかったのだろう。
「僕は、ワーム探偵事務所を――」
辞めます、という言葉を出すのがつらくて、一言一句、ゆっくりと紡ぐ。
大好きな和夢子のそばを、自ら離れるなんて。
とても悲しい気持ちでいっぱいだった。
今ならまだ引き返せるぞ?
悪魔の囁きが聞こえる。
気持ちが揺らぐ。
いや、ここで迷っちゃダメだ。
男らしく、すっぱり断ち切らないと。
僕が結論の言葉をはっきりと口にしようとした、そのとき。
「ふぇっ……、ふぇっ……」
えっ?
和夢子、まさか……。
「ひぇっぷしっ!」
顔に似合わず豪快なくしゃみをぶっ放したと思った瞬間、和夢子の口から大量の液体が吐き出される。
またしてもデジャヴ。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~……。
音と煙をまき散らしながら、会議テーブルが、そして退部届が、溶けていく。
ほんの数十秒ほど経ったのちには、用意してきたはずの退部届は切れ端すら残らず完全に消滅していた。
「え~っと……」
僕はどんな反応をすればいいのやら。
妹子ちゃんに至っては、目の前で起こった現象が理解できず、目を丸くしている。
困惑する僕たちに向けて、和夢子はこう言い放った。
「謎はすべて溶けました! これにて一件落着です!」
「溶かしたのは僕の退部届だ! 謎なんかじゃない! それに、落着もしてない! あと、備品のテーブルをまたダメにして!」
思いっきり、ツッコミを入れる。
なんだかとても、心地よい。
と、和夢子が僕に耳打ちしてきた。
「正体を見られちゃったんだもの。ヒットには一生、あたしの下僕としてそばにいてもらわないと。絶対に離さないからね」
一生、和夢子のそばに……。
そう考えると胸が高鳴ってくる。下僕扱いだというのに。
ただ、少々引っかかる部分もあった。僕も自然と小声になって言い返す。
「自分で宇宙生物だとか散々言っていたくせに、正体を見られたから離さないなんて……」
「あたしは完璧に人間に化けてるから。痛い発言をしているだけ、と考えられるように仕向けて、真実から目を逸らせる作戦なのよ」
その作戦が成功しているのかは、微妙なところだと思うけど。
「それにね、いつも一緒にいる人間が存在すれば、なおのこと正体はバレにくいと考えたの。そのためには、ヒットが必要だったってわけ」
「でもそれなら、誰でもよかったんじゃ……」
「そんなことはないわよ? 最初にご先祖様が地球に来た際、もともとこの近くに住んでいた人がいたらしいんだけど、ヒットはその人の子孫だから」
「そんなの、どうしてわかるんだよ?」
「ん~、なんとなくビビビって感じたのよね」
随分と曖昧な理由だった。
「また和夢子は……。嘘ばっかりついて」
「あたしは嘘なんてつかないわよ。これまでに話してきたことを含めて、すべて真実なの」
だとしたら、いろいろと問題ありすぎな気がする。
一旦引き返した宇宙人部隊が、しばらくしたら地球を侵略しに来る予定になっているはずだし。
「ちょっと、ふたりとも、なにこそこそと話してるんですか!」
ここで、ようやく我に返ったのか、妹子ちゃんが怒鳴りつけてくる。
「いや、べつにこそこそしていたわけでは……」
「ま、いいじゃないの、細かいことは」
僕はおろおろするばかりだったのだけど、和夢子は冷静に妹子ちゃんをたしなめる。
まだ憮然とした顔ながらも、妹子ちゃんはどうにか納得してくれたようだ。
「ともかく、これからもよろしくね、ふたりとも!」
「もちろんです、和夢子お姉様!」
和夢子の言葉に、妹子ちゃんの元気のいい返事が響く。
一方僕は、素直に答えを返せないでいた。
僕は本当に、このままここにいていいのだろうか?
この期に及んでもまだ、疑念が消えていなかったのだ。
「……ちょっと、返事をしなさい、ヒット!」
「そうだそうだ! 返事をしやがれですの!」
「返事をしないと、今度はヒット自身を溶かしちゃうぞ♪ なんてね!」
「そ……それは冗談になってないって!」
反射的にツッコミを入れてしまう。
うん、そうだ。
このふたりは、僕をこの場所にいてもいい存在と認めてくれているんだ。
実際のところ、妹子ちゃんは僕を敵対視している部分があるし、和夢子は僕を下僕扱いしているわけだけど。
そんなの、些細なことでしかない。
僕はこれからも、ワーム探偵事務所の一員として、ずっと和夢子のそばにいる。
和夢子自身だって、それを望んでいるはずだ。
絶対に離れてなんてやるもんか。
「和夢子」
「ん? なによ?」
「大好きだよ!」
突然の告白。
そのあと僕がどうなったかについては、ご想像にお任せすることにしよう。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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