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 目指す読書部の部室は、第二クラブ棟の中にある。

 僕たちの部室は第一クラブ棟にあるため、本校舎を大きく回り込んだ先に位置していることになる。

 ちょっと遠いのがもどかしい。この中学校、無駄に敷地が広かったりするし。

 ゆったりしていて緑も多い爽やかな雰囲気は好きだけど、こういう場合には実に厄介だ。


 本校舎を迂回する形で、僕たちは校舎裏の静かな辺りへと踏み込む。

 この付近は植えられている木々も多く、普段から人もほとんど通らない。

 なんだか薄気味悪さすら感じる。


 そのとき。

 周囲が光った、と思った瞬間、カメラのシャッター音が鳴り響いた。


 写真を撮られた!?

 こういうことも、ないわけじゃない。

 当然ながら、被写体となるのは可愛らしい容姿をしている和夢子だ。


 噂では、裏でそこそこの高値で取引されているとか……。

 裏といっても、学校の中で隠れて写真の売買をしている、という意味だけど。

 それにしたって、本人に無断で写真を撮って売買するなんて許せない。


 もし見つけたらタダじゃ置かない!

 具体的には、僕に写真をタダで譲ってもらう!

 などと、ちょっとおかしな方向に傾倒していた僕の意識は、そこで現実へと引き戻される。


「誰っ!? そこにいるのはわかってるのよ! 隠れてないで出てきなさい!」


 またもや、デジャヴ。

 学習能力がないのか、こいつは。


 言うまでもなく、和夢子の声に応えて素直に出てくるはずがない。

 ガサッ、と枝葉のこすれ合う音が聞こえたかと思ったすぐあと、木陰から人影が飛び出し、逃げ去っていく。

 少し離れてはいたけど、どうやら隠れてシャッターチャンスを狙っていたようだ。


 ともかく、周囲が薄暗い上に場所が遠すぎた。

 追いかける余裕なんてあるはずもなく、それが誰だったのかを確認することもできやしない。


「ちっ、逃げられたわね!」

「当たり前だろ? いきなりあんな大声を上げたら」

「むぅ……」


 さすがの和夢子でも反省したか……と思いきや。


「ヒットが悪い!」

「痛てっ!」


 いきなりゲンコツをお見舞いされた。


「なにすんだよ!?」

「こういうときは、ヒットが気を利かせて逃げ道を塞いでおくべきでしょ!? それがあたしの下僕としての務めなのに!」

「そんなピンポイントな務めなんてない!」


 さくっと下僕という部分をスルーしているあたり、現状を完全に受け入れている自分がいることを改めて実感させられる。


「文句ばっかり言わないでよ!」

「文句を返されるような発言ばかりするからだろ!?」

「なによ! 溶かされたいの!?」


 まさにヘビとカエルの戦い。

 もちろんカエルは僕だ。和夢子のひと睨みで、僕はあっさりと戦意を喪失する。


「と……とにかく! 今は言い争ってる場合じゃないよ。急がないと!」

「ふむ、それもそうね」


 珍しく簡単に和夢子を納得させることができた。

 そう思ったのも束の間、さらなる障害が僕たちの前に立ちはだかった。




「貴様ら、こんなところでなにをやってるんだ!?」


 僕たちをビシッと指差し、男子生徒が偉そうな口調で怒鳴りつけてくる。

 それは和夢子を目の敵にしている探偵部員、光秀吉に他ならなかった。


「光秀吉! お前こそこんなところでなにしてるんだよ?」

「ふっ……。俺様は探偵部としての崇高な活動の真っ最中だ!」

「なんだ、僕たちと一緒か」

「貴様らのお遊びと俺様たちの高尚なる活動を一緒にするな!」


 こちらから言葉を投げかけるたびに、数倍のボリュームで怒声が返ってくる。

 そこでさっきの出来事を思い出す。木陰から隠れて写真を撮られた、あの出来事だ。


「そうか、さっきのはアレはお前だったのか!」

「なにを言ってるんだ、貴様は!?」


 否定してはいるけど、素直に答えるとも思えない。

 疑いはまだ晴れたとは言えないだろう。


「じゃあ、どんな活動をしてるっていうんだ?」

「部外者に情報を漏らすはずがないではないか! 仮にも探偵を気取ってるくせに、そんな配慮すらできていないのか!?」

「いや、探偵を気取ってるのは和夢子だし。僕は和夢子にくっついていくだけの、単なる金魚のフンでしかないんだよ」


 ……自分で言っておきながら、悲しくなってきた。


 あれ?


 ふと違和感を覚える。

 その原因はすぐにわかった。

 和夢子がずっとおとなしくしている、ということだ。

 普段どおりなら、僕よりもむしろ和夢子のほうが、光秀吉と口ゲンカを繰り広げる当事者となる確率は圧倒的に高いのに。


「和夢子。どうかしたの?」


 心配になって声をかけてみると……。


「あっ、話、終わった? あたし、自分にとって無意味な人との会話はしないことに決めたから黙ってたの」


 和夢子の口から、そんな破壊力抜群の理由が飛び出してきた。

 光秀吉の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「虫酸走和夢子! 貴様、俺様をバカにしてるのか!?」

「えっ? そんなことはないわよ? 相手をするだけ無駄だって話。のれんに腕押し、カーテンでぐるぐる巻きよ」

「バカにしてる意外のなにものでもないだろ!?」

「まったく、うるさいわね。でも、弱いバカほどよく吠えるって言うもんね、仕方がないのか」

「それを言うなら、弱い犬だ! って、俺様は犬じゃない! 弱くもないし、吠えてもいない!」

「吠えてはいると思うけど」

「貴様は黙ってろ、側杖命中! がるるるる!」


 やっぱり吠えてるじゃないか。


「そんなに怒ってばかりいると、血圧が上がりすぎて血管がちぎれるわよ?」

「そう簡単にちぎれたりはしない!」

「どうかしら。ストレスって体の様々な機能に異常を引き起こすって言うわよ? 血管だって例外ではないと思うけど」

「誰のせいでストレスになっているのか、自分のバカみたいに大きな胸に手を当てて考えてみろ!」

「ん~。やっぱりどう考えても、あんた自身のせい以外にないじゃない。勝手に怒って勝手にストレスを感じて勝手に死んでいくのね。ふっ……、哀れな男だったわ」

「過去形にするな!」


 どうでもいいけど、和夢子のやつ、無意味な人との会話はしないとか言っておきながら、光秀吉をおちょくりまくってるな。

 最初のセリフを含めて、全部が全部からかいの一環だった、ということか。

 光秀吉も光秀吉だと思うけど。高圧的な態度で僕たちに話しかけたら、こうなるのは明々白々だろうに。


「はぁ……はぁ……。もういい! 俺様は崇高な任務に戻る! 貴様らも無駄な悪あがきなどせず、とっととワーム探偵事務所の活動をやめにするんだ! いいな!?」


 声を荒げて一方的にまくし立てると、光秀吉は早足で去っていってしまった。


「勝ったわ!」

「勝ち負けじゃないだろ。そんなことより、早く行くぞ」


 満足そうな表情をさらす和夢子にツッコミを入れる役目をまっとうし、僕は本来の目的へと誘導する。


「あたしに命令すな!」


 電光石火の勢いで殴られたけど。




 第二クラブ棟まで、ようやくたどり着いた僕と和夢子。

 読書部の部室に行ってみると、そこには見知らぬ数名の生徒がいるだけだった。

 黒部さんと白糸台さんの姿はない。

 一番近くにいた人に尋ねてみたところ、


「あのふたりなら、なんか用事ができたとかで、すぐに帰りましたよ」


 とのことだった。

 入れ違いになってしまったのだ。光秀吉のバカと言い争いなんかしていたからだろうか。

 答えてくれた読書部員にお礼を述べ、僕たちは第二クラブ棟を出る。


「もう灰吹くんのお見舞いに行ってしまったってことかしら。待ち伏せして一緒に行く作戦は失敗ね」

「作戦でもなんでもないし、成功しなかったのは自業自得な気もするけどね」


 とはいえ、少しだけ気になることがあった。


「さっきの人、用事ができたから帰ったって言ってたよね? お見舞いに行くのはあらかじめ決めていたことだし、普通なら、用事ができたから、じゃなくて、用事があるから、って言い方にならないかな?」

「細かいことを気にしてても仕方がないわ。それに、今からふたりを追いかけても遅いでしょうしね。あたしたちはあたしたちにできることをすればいいのよ!」


 僕たちに今できること。それは依頼箱にあった手紙に従って行動すること。

 すなわち、旧校舎へと向かう以外に、進むべき道は残されていなかった。


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