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そこから、事態は急展開を迎える。
キャメルクラッチを食らった僕の腰がバキッと音を立てて折れた、とかそういった方向ではない。
そうなったら本当に衝撃の展開だとは思うけど。
『ワーム探偵事務所の部室にて殺人事件発生。被害者は男子生徒で、この部の唯一の部員だった。
犯人は部長の女子生徒。当局の取材によれば、宇宙生物ワームを名乗るなど痛い発言を繰り返す、精神に異常をきたした生徒のようだ。
「いつかなにかやらかすと思ってました」
同校の生徒は口々にそう言っている。女子生徒の奇行は有名だったらしい。
警察は犯行の動機を詳しく調べるとともに、背後関係の調査にも乗り出している』
……みたいな?
まぁ、バカな話はここまでにしておくとして。
本当の急展開のほうへと流れを戻そう。
部室内に僕のうめき声と和夢子の狂気に満ちた声がこだまする中、唐突にドアが開かれた。聞き覚えのある明るい響きを伴って。
「すみませ~ん! ……あら?」
デジャヴ。
開いたドアの向こうに姿を現したのは、ふたりの女子生徒だった。
ドアを開けたのは黒部さんで、その隣に白糸台さんも控えめに立っている。
ふたりの視線の先には、僕の背中に乗っかった和夢子がキャメルクラッチをかけているという、凄惨な光景が広がっていることになる。
「あの……なにしてるんですか……?」
「フフフ、もしかして、お邪魔でしたぁ~?」
最初に会ったときとまったく同じことを言われる羽目になろうとは。
「じゃれ合ってるわけじゃないから! 邪魔じゃないから、早く和夢子を止めてよ!」
ドアが開いたことでわずかに力の緩んだ隙をついて、僕は救世主とも言うべき訪問者に向かって懇願の言葉を放つ。
和夢子のお尻の感触を楽しんでいたはずなのに、なぜ救世主なんて表現になるのか。
それはひとえに、和夢子の容赦のなさが原因だった。
僕がギブアップしないことで熱くなり、より一層の力を加えていった和夢子。
やがて天国よりも地獄が勝ってしまった。
痛みに耐えきれず、ギブアップしようとした頃には、僕は言葉を出すことができない状態にまで陥っていた。
つまり、殺人事件うんぬんのバカ話は冗談なんかではなく、充分に可能性のある出来事だったのだ。
一年生ふたりは一旦顔を見合わせ、困惑した様子ながらも僕のほうへと近づいてくる。
ふぅ~、助かった。
そう思ったのは時期尚早だったと言わざるを得ない。
「うわぁ~、よく反ってますね~! すごいです、側杖先輩!」
「ほんとだ~。でもちょっと、苦しそうかも?」
こくこく。
頷こうとするものの、和夢子にがっちりと決められた首は思ったように動いてくれなかった。
「仲よく遊んでるところなんだから、邪魔しちゃ悪いって! っていうか、ウチらも参加しちゃおう! 動けないみたいだし、やりたい放題よ!」
救世主じゃなくて悪魔だった!
「この状態だったら、脇の下をくすぐったりするのが面白そう!」
やめてくださいお願いします黒部様!
懇願の声は出ない。というか、出せない。
もう頼りになるのは白糸台さんだけだけど……。
「あんずは足の裏を頼むわよ!」
「う……うん、わかった」
わからないで、白糸台さん!
こうして僕は、三人の女子によって散々おもちゃにされるのだった。
「って、こんなことをやってる場合じゃないんです!」
たっぷりしっかり僕をくすぐりまくったあと、黒部さんが叫んだ。
もっと早く気づいてくださいお願いします黒部様!
キャメルクラッチは終わっていたけど、ぐったりして声にはならなかった。
「大変なんですよ!」
さっきまでとは一転して鬼気迫る表情。
そんな黒部さんの形相を見て、ずっと感じていた悪い予感が頭をよぎる。
もしかして、白糸台さんの身になにか……?
いやいや、今こうして黒部さんと一緒に来ているし、しかも僕の靴を剥ぎ取って足の裏をくすぐったりまでしていたし。
白糸台さんが無事なのは疑いようもない。
とすると、いったいなにが……?
「それを先に言いなさいよ。話を聞くわ。こんなゴミは放っておいて」
げしっ。和夢子に蹴飛ばされる。
僕はゴミ扱いですか。光秀吉と同格ですか。
こうなったのは、そっちのせいだろうに。
三人は何事もなかったかのようにパイプ椅子に座り、話し合いを開始する。
まだ文句の言葉すら出せない僕は、黙って耳だけで参加するしかなかった。
「で、どうしたの? 先日の怪しい人影が関係してるんじゃないかとは思うけど。見たところ、あんずちゃんに問題はなさそうよね?」
「はい、あんずは大丈夫です。頭のほうは大丈夫じゃないですけど」
「頭も大丈夫だよ~。そりゃあ、赤点ギリギリくらいかな~とは自分でも思うけど~」
白糸台さんはあまり成績がよくないのか。
どちらかといえば、黒部さんのほうが勉強を苦手としていそうなのに。
「余計な話はいいから」
いつも率先して脱線する和夢子が、自らを完璧に棚上げして言ってのける。
「なにがあったの?」
「えっとですね、灰吹くんが学校に来てないんです!」
「…………」
風邪をひいたとかで休んでいるだけなのでは。
和夢子もそう考えたのだろう、呆れたような目線を送る。
僕たちの雰囲気を察知した黒部さんは、慌てて言葉をつけ足す。
「いや、そうじゃなくてですね! 学校に風邪で休むって連絡があったんですよ!」
「…………」
そのままじゃん。
なにも不思議じゃない。
お見舞いにでも行こうっていうのだろうか?
相手は白糸台さんの持ち物を盗んでいた犯人なのに。
気持ち悪いだのなんだのとボロクソに言っていた黒部さんが、そんなことをするとも思えないのだけど。
和夢子は呆れて言葉も出ないといった表情をしながら、首を大きく左右に振る。
「ちょっと、のんちゃん、説明下手すぎ……」
「うぐっ……!」
白糸台さんがツッコミ役に回り、さらには説明役をも引き継ぐ。
「灰吹くん、どうやら風邪じゃないみたいなんです」
「行方不明なんですよ! きっと誰かにさらわれたんです!」
再び黒部さんが叫び声を上げる。
さらわれて行方不明とは、穏やかじゃない。
だけど……。
「どうしてそう思うの?」
和夢子は案外、冷静だった。
探偵モード発動中、といったところか。
「先週末、もうあんずの持ち物を盗んだりしないように言い聞かせましたけど、あれだけじゃ生ぬるいと思って、ウチが個人的にメールをして呼び出したんです」
そして、呼び出しに応じた灰吹くんと話をした。
呼び出したのは、一昨日の土曜日。日曜日ほどではないにしても、雨が降っていたはずだ。
それでも素直に出てきてくれたのだとか。
で、そのとき。
灰吹くんは、「最近なんだか頻繁に視線を感じる気がして、気味が悪いと思っている」と言っていたのだという。
「え……? 灰吹くんも……?」
ようやく回復した僕が、腰を押さえて立ち上がりながらつぶやく。
それを受け継ぐかのように、和夢子が言葉をつなぐ。
「怪しい人影につけ狙われていたのは、あんずちゃんだけじゃなかった、ってことかしら」
「絶対そうですよ! ウチ、それから気になってずっと灰吹くんとメールのやり取りをしてたんですけど、最後に『ちょっと学校まで出かけてくる』ってメールがあったきり、こっちから送っても全然返信が来なくなったんです!」
「学校まで出かけてくる?」
「はい、昨日の夜のことです! 確か、七時くらいでした」
「昨日って、あの激しい雨の中? 雷も鳴ってたのに?」
「はい、どうしても行かなきゃならないとかで」
「でも、昨日は休日でしょ? 学校の門、閉まってたはずよね?」
「この学校って、異常に広いですから。どこかから入るなんて、造作もないことだと思います!」
「なるほど、それもそうね。でもそうすると、灰吹くん、昨夜は家に帰っていないってことになるわよね? 今日学校に風邪で休むって連絡があったとしたら、それはおかしいわ。親御さんが電話したんでしょうに」
「おそらくまだ表沙汰にしたくないだけじゃないでしょうか」
この状況なら、お見舞いを装って灰吹くんの家に行って確認する、というのが一番有効な手段のように思えるけど。
夜、しかも雷まで鳴っている大雨の中、わざわざ学校まで出かけたというのは、かなり引っかかる。
どうしても行かなきゃならない?
とすると、誰かに呼び出された?
もしそうなら、隠れて見ていたあの人物が怪しくなってくる。
黒部さんも同じようなことを考えていたらしく、
「これからウチら、読書部の部室に顔を出してこようかと思います。灰吹くんは毎日真面目に部活に出ていたみたいだから、部員に話を聞けばなにかわかるかもしれないですし。そのあと、お見舞いって名目で灰吹くんの家にも行ってみるつもりです!」
と言うと白糸台さんの腕を強引に引っ張り、ワーム探偵事務所から飛び出していってしまった。
僕たちが口を挟む隙もなかった。なんとも忙しない子だ。




