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週明け、天気は回復して清々しい青空が頭上全体を覆い尽くしていた。
和夢子はなんとも上機嫌だった。
先週末に白糸台さんたちの依頼を無事解決し、「謎はすべて溶けました!」の決めゼリフを放つことができたためだ。
今回はべつになにも溶かしたりはしなかったのに。
珍しく。
しいて言えば、和夢子の脳みそが溶けている、ということになるだろうか。
「ららるらら~♪ 次の依頼はなにかしら~♪」
和夢子は鼻歌まじりで踊っている。
今の季節同様、頭の中にも春が来て、虫が湧きまくっているに違いない。
むしろ和夢子自身が虫と言ってもいいのか。ワームを自称しているくらいだし。
宇宙生物だなんて認めたくないけど、その顔に目を向けてみれば、普通の地球人とは思えないくらいに可愛らしい。
まき散らされる笑顔は輝きに輝きまくっている。
これは天使か女神か、はたまた仙女か乙姫か。
なんて考えながら和夢子の様子を眺めている僕の頭の中もまた、虫が湧きまくっている状態なのかもしれない。
和夢子が歌って踊っている姿を堪能するのにも少々飽きてきた僕は、ぽつりとつぶやきをこぼす。
「白糸台さん、大丈夫かな」
「ん? なにが?」
すかさず反応する和夢子。もちろん、踊りながら。
「下駄箱のところで、隠れて見てる人がいただろ? もしかしたら、灰吹くん以外にも狙われていた可能性があるんじゃないかと思うんだけど」
懸念していたことを素直に口にしてみる。
「ふむ」
和夢子は踊りも止め、考えを巡らせ始めた。
「ん~、でも誰かに見られてるだなんて、自意識過剰なだけか心配性なだけかのどっちかじゃない?」
一理ある。
「このあいだの人はたまたま近くにいただけで、あらぬ疑いをかけられたくないから逃げたとか」
「和夢子がいきなり声をかけちゃったからね」
若干非難を含めつつ言ってみたものの、当の本人はまったく気にする素振りもない。
「あんずちゃんの性格を考えたら、心配しすぎって感じかしらね」
「そう安易に結論づけていいものでもないと思うよ? なにか事件があってからじゃ遅いんだから」
先週末で依頼は解決したのだから、あの三人はもう僕たちとなにも関係がない……とは思えなかった。
よくはわからないけど、言い知れぬ不安が胸の中で渦巻いていたのだ。
「視線なんていちいち気にしてたら、生きていけないわよ?」
僕の不安をよそに、和夢子はさらりと言いきる。
「そりゃあ、和夢子はそうだろうよ。いろんな意味で注目の的なんだから」
「なによ~? 嫉妬~?」
つんつんと僕の頬をつついてくる。
「ちょ……っ!? なに言ってるんだよ!?」
嫉妬って。
そんな言葉が和夢子の口から飛び出してくるとは。
とすると、僕の想いに気づきながらも、からかってるってことなのか?
……いや、そんなわけないか。なにせ和夢子だし。
「ま、今日は気分がいいから許してあげる!」
「許すって、なにをだよ……」
脱力感に襲われる。
と同時に、僕は物理的にも襲われることになった。
「これくらいでね!」
和夢子が突然僕を投げ飛ばし、床にうつ伏せに寝かせると、どかっと背中の上にお尻を乗っけて、アゴをつかんで引っ張り上げた。
いわゆる、キャメルクラッチというやつだ。
「うあっ、やめろって! 痛い痛い!」
部室のあるクラブ棟は本校舎とはつながっていない。
だから、土足で上がり込む建物となっている。
言うまでもなく、雨の日にだって部活はある。そのせいで床は激しく汚れていた。
当然ながら和夢子は掃除なんてしない。
部員はふたりしかいないのだから、僕が掃除する以外にないのだけど。
僕自身もあまり綺麗好きな性格ではないため、面倒だし掃除は我慢できなくなったら適当にやればいいや、と考えるに留めていた。
関節技などを含め、意外に(痛みを伴う)スキンシップの多い和夢子。
こうなることくらい予見して、しっかり掃除しておくべきだった。今さらだけど。
「痛くしてるんだから、当たり前よ! ギブアップします和夢子様、って言うまでやめてあげない!」
「うぐぐぐぐ!」
激しい痛みを堪え、うめき声を発しながらも、僕の口から和夢子の望むような言葉は続かない。
といっても、喋ることすらできないわけではなく、和夢子様なんて絶対に言うもんかと意地を張っているわけでもなかった。
背中に乗っかっているお尻の感触がなかなか気持ちいいな、と思っていたのがその理由。
できれば少しでも長く味わっていたい、ということだ。
「ほら、早くギブアップしないと、折っちゃうよ~?」
「うぐぐぐぐ! 柔らかい……!」
「はぁ? ああ、体が柔らかいから、これくらいじゃ痛くも痒くもないっていうのね? だったら!」
「うぐあっ!? ダメだって、それ以上は……! ぐふうっ!」
「おほほほほ! 和夢子様の力を思い知ったか~! 死にたくなければ早くあたしの前にひれ伏すのだ~!」
この状態でひれ伏すなんて無理だろ。
「ぐぐぐぐ……っ!」
さすがに苦しくなってきた。それでも僕は頑としてギブアップしない。
キャメルクラッチの痛みは地獄だけど、背中の感触は天国。天国と地獄のはざまに揺れる僕だった。
……なんというか、やっぱりちょっと変態っぽいのかもしれない。




