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「これで解決かな? よかったね、白糸台さん」

「そうだといいですけど……」


 白糸台さんに声をかけてみると、なぜだかまだ不安そうな表情だった。


「どうかしたの?」

「いえ、なんかちょっと、さっきの隠れて見ていた人が気になって……」


 そういえば、そんなこともあったっけ。

 下駄箱で隠れてこっちを見ていて、和夢子が声をかけたら逃げていった、あの人影。

 あれは灰吹くんではなかったようだし、光秀吉でもないみたいだった。


 だとしたら、いったい誰だったのだろう?

 もしかすると、灰吹くん以外にも自分を狙っている人物がいるのではないか。

 白糸台さんはそんな心配をしているに違いない。


「あまり深刻に考えすぎないほうがいいんじゃないかな? またなにかあったら、僕たちがいつでも相談に乗るからさ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 これで少しでも白糸台さんの心を覆っている雲が晴れてくれたらいいな。

 そう思いながら、温かい目で見つめる。


「へぇ~。ヒット、そうやって下級生を手篭めにするんだ」

「て……手篭めって! そんなんじゃないから!」


 和夢子からの思ってもいなかったツッコミにうろたえる。

 ああっ、白糸台さんの目が不審者を見るような感じに変わってるし!


「考えてみたら、側杖先輩、ボクの縦笛を一心不乱に舐めて、体操着の匂いも嗅ぎまくっていた変態さんでしたもんね……」


 怯えをありありと浮かべながら身を引く白糸台さん。


「いやいや、誤解だってば! あれはその、ほんの出来心で! ……って、違ぁ~う! あれは和夢子の命令で仕方なくやっただけだってば!」


 僕自身も混乱しておかしくなってしまっていた。


「ま、手篭めにしてるなんて、冗談だったんだけど」

「おいこら、和夢子!」

「でも、そんなふうに言うってことは、やましい思いを抱えてた証拠じゃない?」

「うっ……!」


 言葉に詰まる。

 その反応で、白糸台さんは椅子ごと僕から離れる勢い。

 彼女の中で、僕の株は大暴落を起こしていることだろう。もともと大して高値の株ではないとは思うけど。


 やがて、黒部さんと灰吹くんがベランダから戻ってきた。


「あれ? あんず、なにやってるの? そんなに離れて」

「ケダモノから距離を取ってたの……」


 白糸台さん、その言い草はさすがに傷つくよ……。

 僕は教室の隅っこまで移動して、床に「の」の字を描き続けるのだった。




 まぁ、白糸台さんのケダモノ発言も冗談だったようで、その後は和気あいあいといった雰囲気の中で、話し合いは終焉へと向かっていった。

 灰吹くんだけは若干複雑な表情をしていたけど、それも仕方がないだろう。

 自分のしでかした罪は、しっかりと胸に刻まれているのだから。


 そうそう、灰吹くんにはひとつだけ、念のため確認してみたことがある。

 下駄箱で僕たちのほうを隠れて見ていなかったか、という件についてだ。

 結果は案の定、ノー。


「えっ? いえ、俺はそんなことしてないですけど……」


 という灰吹くんの言葉に、嘘はなさそうだった。

 それを聞いた白糸台さんは微かに表情を曇らせていた。

 そんな様子に気づくはずもなく、和夢子が場を締めくくる。


「では、謎はすべて溶けました! これにて一件落着です!」


 ピシッと右手の親指と人差し指を伸ばしてポーズを決める。

 事件を解決したときの締めのセリフとか、関係者を集めて真相を述べたりする場合には、なぜか和夢子は『ですます調』になる。

 これが和夢子のスタイル。


「今回はなにも溶かしてないけどね」


 僕はとりあえず、ツッコミを入れておく。


「なによ、ヒット。溶かされたいっていうの? だったら、あんたに向かってくしゃみをするけど?」

「するな!」


 くしゃみなんてそうそう自由に出せるものでもないし、くしゃみをすれば必ず強い酸性の液体が吐き出されるわけでもないだろうに。


 反射的に出てしまう軽口。

 和夢子とのいつもどおりのやり取り。

 これはこれで、心地いい。


 こうやってツッコミを入れるのは、ツッコミ体質である僕のサガであると同時に、大切な役目でもあると自負している。

 理由は場を和ますため。そして、和夢子との会話を楽しむため。

 無論、後者が大半を占めているのは言うまでもない。場合によっては、スキンシップを伴うこともあるし。


 それはともかく。


 依頼人のふたりはお互いに笑い合っている。

 微妙に状況が理解できていない様子ではあるものの、灰吹くんも控えめに笑顔をこぼしている。


 放課後の教室に笑い声がこだまする。

 こんな光景を見ることができたのだから、今回の活動は大成功だったと言っていいだろう。

 僕たちは全員、清々しい気分に包まれていた。


 ……と思っていたのは、どうやら僕の勘違いだったようだ。

 それを神様が示してくれたかのごとく、週末の天気は大荒れだった。

 とくに日曜日の夜には激しい雷雨となり、凄まじい雷鳴が辺り一帯に不気味なほど響き渡っていた。


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