表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/26

-3-

 敵軍は大将である灰吹くんただひとり。

 対するこちらの軍勢は、和夢子を筆頭に四人。

 本当に合戦であったなら、明らかに優勢となるわけだけど。


 実際には違う。単なる話し合い、字面を合わせるなら話戦となる。

 その戦いに応じてもらえるかどうかもわからない。

 逃げ出すかもしれないし、暴れ出すかもしれない。


 そんな緊張感の中、教室の奥側、自分の席に座って待っていた灰吹くんへと近づいていく。

 教室に誰か入ってきたことはすぐにわかる。

 灰吹くんがこちらに顔を向けた。


 ラブレターの件があるから、待望の待ち人がようやく現れた、という気持ちでいることだろう。

 それが今まさに裏切られた。

 ……とは、どうやら本人はまだ気づいていないようだ。


「白糸台さんと黒部さん! もしかして……。あれ、でも他の人まで……?」


 ラブレターを送ったのがクラスメイトである白糸台さんか黒部さんのどちらかだと一旦は判断したのだろう。

 だけど、そのふたりよりも前に立ち、威風堂々と迫ってくる和夢子の姿を見て目を丸くしている。


「ああっ、あなたは……和夢子先輩!?」


 和夢子は有名人だから、一年生にまでも知れ渡っているらしい。

 きっと、悪名高き、といった前置詞がつくとは思うけど。


「それに、その隣の人は……」


 今度は僕に目を向ける灰吹くん。


「えっと……誰ですか?」


 当然ながら、知られているはずもなかった。

 いつも和夢子と一緒にいるとはいえ、なんの特徴もない人間だからなぁ、僕。

 和夢子が特徴ありすぎなせいで、その影に隠れてしまう、といった影響もあるのかもしれない。


 光秀吉にも印象が薄いとか言われていたし、そろそろキャラづけの方向転換をすべき時期に差しかかっていると考えるべきか……。

 などと大して意味のないことが頭の中をぐるぐると駆け巡っているうちに、事態は動き出した。


「あの手紙は誰が……」


 僕のことはひとまず置いといて、三人の女子に順繰りに視線を送りながら、灰吹くんが質問する。


「あたしよ!」


 和夢子が即座に答える。相変わらずの堂々とした態度。


「それじゃあ、和夢子先輩が……」


 つぶやきを漏らす灰吹くんは、微かに頬を染めていた。

 言葉は最後まで続けられなかったけど、おそらく「ラブレターをくれたんですね」と言いたかったのだろう。

 すなわち、自分を好いてくれている人が和夢子だと、ここで認識したのだ。


 この期に及んで、まだ勘違いしているとは……。

 灰吹くんは随分と鈍感なのかもしれない。僕が言うのもなんだけど。


 ここで和夢子はさらに、両手を腰に当てた実に偉そうな態度で言い放った。


「そう、あたしが呼び出したの!」


 やっぱり。灰吹くんがそんな顔をする。

 なにやら複雑な表情になっているのは悪い噂を聞いているからで、それでも瞬時に断りを入れないのは、和夢子が非常に可愛らしい顔立ちをしているため気持ちが揺らいでいる、といったところか。

 ともあれ、そんな気持ちでいられるのもここまでだった。


「あなたに酸を吐きかけて溶かすためにねっ!」


 言うが早いか、和夢子が大口を開けて息を吸い込み始める。

 ……って、ちょっと!?


「うわわわっ、ダメだって! やめろ、和夢子~~~!」


 慌ててふたりのあいだに割って入る僕だったのだけど。


「なーんちゃって!」


 和夢子の茶目っ気たっぷりの笑顔が、僕には悪魔の嘲笑のように思えた。




 仕切り直し。

 椅子に座ってじっくりと話し合う態勢を形作る。灰吹くんの机を中心に、そこら辺の席から適当に椅子を拝借して。


 あの手紙がラブレターではないということは、すでに伝えてある。

 それを聞いた灰吹くんは、あからさまにガッカリしている様子だった。

 イタズラのラブレターほど、落胆の大きなものはなかなかないだろう。ちょっと悪かったかな。

 そう思わなくもなかったけど、相手は窃盗犯だし同情の余地はない。


 さて、対話開始だ。

 真っ先に和夢子が切り出した。


「灰吹くん。あなた、あんずちゃんの持ち物を盗んでるわね?」


 ド直球だった。

 まどろっこしいやり方は和夢子には似合わないにしても、いくらなんでもど真ん中へのストレートすぎる。

 対する灰吹くんはどう出るか。

 固唾を呑んで見守っていると、


「はい、すみません」


 実にあっさりと、灰吹くんは非を認め、頭を下げた。


「謝る相手は、あたしじゃないでしょ?」

「あっ、そうですね。……えっと、白糸台さん、ほんとにごめんなさい!」


 灰吹くんが今度は白糸台さんに向き直って頭を下げる。


「あ……うん」


 ここまで素直な謝罪を受けることになるとは、白糸台さんですら思っていなかったのだろう、若干困惑気味だった。

 この子の場合、普段からおろおろしている感じではあるのだけど。親友の黒部さんに対してすらも。


 とにかく、困難な状況を覚悟していたものの、鬼も蛇も、ましてや竜や悪魔が出ることもなく。

 いとも簡単に、事態は収拾へと向かって猛進しているようだった。


「今後一切、盗みなんてしないこと! それと、盗んだものはちゃんと返しなさいよ? わかった?」

「はい」


 素直すぎるくらい素直な対応。

 灰吹くんはもともと、反抗できるような性格じゃなさそうな気はする。


 でも、だったらどうして盗みなんて悪事に手を染めたのだろうか?

 僕が疑問を浮かべている中、和夢子の口上は続いていた。


「明日、持ってきて本人に手渡すこと! ……あっ、明日は休みか。だったら週明けにでも……」


 その言葉は、途中で遮られる。


「いえ、盗んだものは全部、学校に持ってきてるんです。だから、今すぐ返します」


 灰吹くんはそう言うと、机の中から布製の袋を取り出した。

 中から出てきたのはもちろん、盗まれたシャープペンや消しゴム、栞といった白糸台さんの持ち物だった。


 白糸台さんから盗んだ品々を持ち歩いていたなんて。

 犯人だとバレるリスクがあるのにそんなことをしていたとなると、黒部さんが言っていたように、やっぱり白糸台さんのことが好きなのかな?


 だからといって、他人の持ち物を盗むのはよくない。というか悪い。犯罪だ。

 こうして本来の持ち主のもとへと戻ったとしても、盗みを働いた事実は消えやしないのだ。

 灰吹くんは今後、その罪を背負いながら生きていくしかない。


 この三人のあいだだけで起こった軽微な犯罪でしかなかったけど……。

 被害者である白糸台さんも盗まれたものを返してもらって、灰吹くんを許す方向で話は進んでいるけど……。

 それでも、灰吹くんが白糸台さんへの恋心を成就させるためには、並大抵の努力では足りないに違いない。


 今回はちょっと魔が差してしまっただけで、彼女を困らせようなんて思っていなかったはずだ。

 僕が見る限り、白糸台さんのほうも、灰吹くんを嫌っているようには思えない。

 好きとか嫌いとか、そんなのまだよくわからない、なんて言っていたから、灰吹くんに未来がないとは断言できない気がする。


 心から反省して頭を下げているのは伝わってきたし、灰吹くんが基本的に誠実な性格なのは確かだと考えられる。

 恋の行方がどうなるかなんて、まさに神のみぞ知る事象だけど、同じ男としてはできれば実ってほしいと願ってやまない。


 上手く締めくくろうと、脳裏で今回の件をまとめに入っていた僕は、そこではたと気づく。

 灰吹くんが持っていた布製の袋は、あまり大きなサイズではない。

 そこから取り出されたのは、シャープペンや消しゴムなどの小物ばかりだった。


 まだ返していないものがあるではないか。

 そのことに、白糸台さんも思い至ったのだろう。


「あの……他のは……?」


 こんな場面でも弱々しい白糸台さんの言葉によって、黒部さんも自分自身で熱く語っていたことをようやく思い出したらしい。


「あ~、そうね! それはウチが言っておくんだったわね! 灰吹くん、ちょっとこっちに来て!」

「えっ?」


 黒部さんは首をかしげている灰吹くんの腕を強引に引っ張り、ベランダへと連れていった。


 あれ? どうしてベランダに出るんだろう?

 廊下を通っていく人なんかもいたみたいし、話を聞かれちゃマズいと思ったからなのかな。


 自問自答で自己完結。

 事件は無事解決、ということになりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ