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 いざ、決戦のとき。

 放課後となって早々、僕はワーム探偵事務所の部室で微妙にヌメヌメしたパイプ椅子に腰を落ち着けていた。


 今日は和夢子もすでに来ている。

 準備万端。

 そこで、ドアが開かれた。

 白糸台さんと黒部さんが現れたのだ。


 といっても、放課後の教室で灰吹くんと対峙する作戦に問題が起こったわけではない。

 ふたりにはあらかじめ、一旦ここまで来るように言ってあった。

 教室にずっと残っていたら怪しまれる可能性があるし、そもそも僕たちと合流する前に灰吹くんと三人だけの状態になったら困るからだ。

 教室から離れているあいだに、またなにか盗まれるかもしれないけど、もしそうだったらその場で取り返せばいい。


「よく来たわね。ある程度時間を潰してから行く予定だし、しばらく椅子にでも座って待ってて!」


 和夢子に促され、一年生ふたりもパイプ椅子に座る。

 椅子のヌメっとした感触で、不快感を顔にありありと表しながらではあったけど。

 ともかく、これからしばらく待つ。そのあと、作戦決行となる。

 灰吹くんが教室で待っているのは、絶対と言っていいはずだ。


 和夢子が書いて灰吹くんの下駄箱に忍ばせた手紙は、淡いピンク色の封筒にハートのシールで封をしてあった。

 下駄箱にラブレターがあったとなれば、中身を確認せずに捨てるなんてことはまずありえない。

 当然ながら、その手紙を下駄箱に入れたのは和夢子から命令された僕。今朝、いつもより早めに家を出て、与えられた任務を遂行した。


 隠れて見ていたから、灰吹くんがラブレターを手に取ったのも確認済みだ。

 封筒を開けて中から便箋を取り出すと、放課後に誰もいなくなるまで教室で待っているように書かれてある。

 これはラブレターに間違いない。そう考えているのは、中身を見た灰吹くんの表情からも明らかだった。


 手紙には差出人の名前は書かれていないけど、普通の人ならラブレターをもらって嬉しくないわけがない。

 いや、毎日のようにラブレターをもらうほどモテまくりな人なら、うんざりして嫌な気分になる場合もあるかもしれないか。

 でも少なくとも、灰吹くんはそんなタイプではないだろう。


 灰吹くんは今、さぞや緊張しながら待っているに違いない。

 騙していることになるのはちょっと心苦しくもあるけど、窃盗犯なのだからそこは自業自得だと思ってもらおう。


「なんかボク、ドキドキしてきちゃいました……」


 白糸台さんが大きな胸に手を当てながらつぶやく。

 その言い方だと、これから灰吹くんに告白しに行くところみたいにも思えてしまう。


「大丈夫、ウチがついてるんだから!」


 そして黒部さんは不安な親友を勇気づけ、背中を押す役割を担う。

 こちらも告白前の親友に向けた行動のようにしか思えず、僕はついつい笑みをこぼしていた。


「側杖先輩、どうしたんですか?」

「いきなりニヤニヤして、気持ち悪いですね!」


 先輩に対してなのに、随分とひどい物言いの黒部さんだった。

 下駄箱に忍ばせた手紙がラブレター風だったことを、一年生のふたりは知らない。

 おそらく今は、純粋に決戦へと挑む直前で、気を奮い立たせている状態だと考えられる。


 だからこそ、黒部さんはトゲのある発言をぶつけてきたのだ。

 決して、僕を格下の人間として認識している、というわけではない……はずだ。きっと。

 まぁ、気楽に軽口を言えるくらい信用してもらえている、と好意的に捉えておくことにしよう。




 ワーム探偵事務所の部室があるクラブ棟は、教室棟から出た先に建っている。

 僕たちは昇降口へと戻り、下駄箱で上履きに履き替えたあと、再度合流した。

 今いるのは、下駄箱脇にある廊下。

 ここからまっすぐ進み、突き当たりを曲がれば目指す一年四組の教室まで一直線だ。


 はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。

 あまつさえ、竜とか悪魔までもが出たりして。

 そんな重苦しい空気が渦巻いていたせいか、ふと白糸台さんがこんなことを言い出す。


「あの……なんか、視線を感じませんか……?」


 おずおずと提言する彼女は、小さく震えながら黒部さんの腕にすがりついていた。

 おーよしよし、大丈夫だからね、と幼い子を相手にしているような素振りで、黒部さんがそっと白糸台さんの肩を抱き寄せてさすっている。

 視線よりも、まずは親友を安心させることが先決。そう考えたのだろう。


 白糸台さんのことは黒部さんに任せ、僕と和夢子はすぐさま周囲に警戒を向ける。

 下駄箱前の廊下自体は、左右にまっすぐ伸びているだけ。たった二方向でしかない。

 ただ、他に下駄箱という非常に厄介な空間があった。


 下駄箱はおおよそ二クラスごとに一列ずつ用意されていて、二列が向き合うような状態で、廊下側から見て垂直に配置されている。

 そのため、通路として存在している箇所は、全部で六ヶ所にも上るだろうか。

 姿を隠すことのできる場所は多いと言える。


 僕は耳を澄ませ、状況を見守ることに徹する。

 すでに帰りのホームルームが終わってから随分と経った時間。人通りもほとんどない。

 自然と神経も研ぎ澄まされる。


 不意に、微かな物音が聞こえてきた。

 息を殺して確認してみる。

 すると、一番端っこにある下駄箱の陰から、人影らしきものが見え隠れしていることに気づいた。

 しかもチラチラと顔をのぞかせて、こちらをうかがっている……?


「和夢子、あそこに人影が……」


 小声で伝えた途端、


「そこにいるのはわかってるのよ! 隠れてないで出てきなさい!」


 バカ正直に声を張り上げる和夢子。

 出てきなさい、と言われて素直に出てくるはずもない。

 ダッシュ。

 足音を忍ばせようともせず、人影は昇降口から外へと出ていってしまった。


 慌てて追いかけるも、姿は見つけられない。

 外には帰宅する生徒やクラブ棟へと向かう生徒などが何人も歩いていた。

 その中に紛れたのか、それとも物陰に身を潜めたのか……。


 どちらにしても、相手が男子か女子か、そもそもこの学校の生徒だったのかすら確認できていない現状では、これ以上捜索しても無意味というものだ。

 さっきの人影は、僕たちの様子をうかがっていた。

 声をかけたら逃げたことからも、たぶんそれは間違いない。


 気にはなったけど、今現在の有効な対処法としては、心に留めておいて警戒を怠らないようにする以外にない。

 それに、今の僕たちには灰吹くんとの決戦が待っている。こんなところでまごついている暇などないのだ。

 僕たちは再び下駄箱前まで戻り、改めて気合いを入れ直すと、目的地へ向けての進軍を再開した。




「貴様ら、また探偵ごっこか?」


 廊下を行く途中、突如として僕たちの目の前に立ち塞がったのは、自称和夢子のライバル、明智光秀吉だった。

 また出やがったか。


「探偵ごっこじゃないわ! あたしたちの活動は立派な探偵業よ!」

「部活動なのにそう言っていいのかは、ちょっと疑問だけどね」

「ヒットは余計なこと言うな!」


 容赦なくはたかれる。

 その衝撃によって、というわけでもないけど、つい先ほどの出来事を思い出した。


「あっ、さっきのはお前だったのか?」

「は? なんのことだ?」


 下駄箱で見たあの人影は光秀吉だったのではないかと考えたものの、この反応を見る限り、こいつではなさそうだな。


「とにかく、そうやってごっこ遊びを続けていられるのも今のうちだけだからな! それをよく覚えておけよ、虫酸走和夢子!」

「なによ!? ワーム探偵事務所は永遠に不滅よ! エターナルなの! フォーエバーなのよ! あと、ごっこ遊びじゃない! 何度も言わせないで!」


 光秀吉の言葉に、和夢子は吠える吠える。

 あんな言い方をしたら怒り狂うのなんて目に見えているのに、どうしてわざわざ反撃を食らうような言動をするのやら。Mなのかな?

 と、部外者ヅラしていたのが悪かった。光秀吉が標的を僕へと切り替えてくる。


「側杖命中、貴様もだ! なんの変哲もない印象の薄い顔をして探偵まがいの活動を続けられるのも、今のうちだけだからな!」

「印象の薄い顔で悪かったな! だいたい、そんなの関係ないだろ!?」


 そもそも顔なんて自分でどうなるものでもない。

 いや、そうでもないか。顔のパーツはともかく、髪型を奇抜にするとか、方法はいくらでもある。

 今でもアホ毛がひょこひょこ揺れてはいるけど、それだけではキャラが弱いということだ。


 もっとも、べつに目立ちたいとは思わないし、このままで構わない気がする。

 売り言葉に買い言葉でついつい反発してしまったけど、怒鳴り返すほどのことではなかったのかもしれない。

 よくよく考えてみれば、探偵として活動をするなら目立たないほうが調査なんかもしやすそうに思えるし。


 ……ん? ワーム探偵事務所の活動が続けられるのも今のうちだけだ、と言われたことについて?

 それはとくに気にならない。

 なぜなら僕は、この部に固執するつもりなんてないからだ。


 単純に和夢子のそばにいられればそれでいい。

 むしろ、ワーム探偵事務所を続けられなくなって失意の底にいる和夢子を優しく慰めてあげれば、コロッと僕になびいたりしてラッキーなんじゃ、などと人道を外れたような考えまで浮かんでくる。

 おっと、いけないいけない。

 こんなことを考えていたなんて和夢子にバレたら、溶かされかねないって。


「とにかく! 貴様らが好き勝手にできるのも今日までだからな!」

「今日は金曜日だし、休みが明けたら和夢子はすっぱり忘れてそうだけどね」

「休み明けにならなくたって、こんな男の言うことなんて、三歩で忘れるわ!」

「ニワトリか、貴様は!」

「鳴いてあげましょうか? コケコッコー! クックドゥードゥルドゥー!」

「くぅ~~~っ! バカにしやがって!」


 顔を真っ赤にしている光秀吉。

 そろそろ爆発するだろうか。ここまででも散々爆発していたとは思うけど。

 そこで光秀吉は、これ以上冷静さを失わずに済ませる方法を思いついたらしい。


「覚えてろ~~~~~~っ!」


 捨てゼリフを残して去っていく。光秀吉が取った選択はそれだった。

 相変わらず悪役染みている上、和夢子自身が三歩で忘れると言ったばかりなのに。


「あ……あの……」


 嵐が去ったあと、白糸台さんが怯えながら声をかけてきた。

 そうだった、この子たちもいたんだっけ。


「大丈夫なんですか?」


 黒部さんは僕たちの心配をしてくれるのか。意外と心優しい女の子なのかもしれない。

 というのは完全に間違った認識だった。


「さっきの人の頭」


 ああ、そういうことか。


「ダメに決まってるでしょ! そんなことより、早く行くわよ!」


 言うまでもなく、和夢子はサクッと切り捨てる。

 そして三歩進んだら、光秀吉のことはポロッと記憶からこぼれ落ちるのだろう。

 ま、あいつの扱いなんてそんなものだ。

 僕たち四人は今度こそ気を取り直して、合戦の舞台である一年四組の教室へと足を踏み入れた。


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