表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まだ、鳴っている   作者: 山吹 ことり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/9

同じ

 朝の楽屋に、コンビニ袋の音が三つ重なった。


 がさ。


 がさ。


 がさ。


 ヒナタが最初に袋をテーブルに置く。


 次に、コウタが置く。


 最後に、ハヤテが置いた。


 誰も、すぐには中身を出さなかった。


 なんとなく、嫌な予感がしたからだ。


「……先に出せよ」


 コウタが言う。


「なんで」


 ヒナタが返す。


「いや、なんとなく」


「じゃあ、せーので出す?」


 ハヤテが軽く言った。


 三人は少し黙った。


「せーの」


 コンビニ袋の中から、同じおにぎりが三つ出てきた。


 鮭。


 同じメーカーの、同じ棚に並んでいたはずの鮭。


「……」


「……」


「……」


 ハヤテが、おにぎりを見下ろしたまま言った。


「怖」


「たまたまだろ」


 コウタが言う。


 けれど、その声は少し弱い。


 ヒナタは自分の袋から、もう一つ商品を出した。


 ゆで卵。


 コウタも出す。


 ゆで卵。


 ハヤテも出す。


 ゆで卵。


「怖」


「怖くない」


「いや、怖いって」


 ハヤテが笑いながら言う。


「俺、今日パンの気分だったのに」


「なら、なんで鮭おにぎりなんだよ」


「分かんない。店に入ったら、これだなって」


 コウタはゆで卵を見ながら、少し眉を寄せた。


「俺も」


「え」


「パンにするつもりだった」


 ヒナタが短く言った。


「俺も」


 三人は黙った。


 楽屋の冷蔵庫が、低く鳴っている。


 ぶうん、という音だけが妙にはっきり聞こえた。


 ハヤテがゆっくり自分の服を見る。


 黒いTシャツ。


 コウタを見る。


 黒いTシャツ。


 ヒナタを見る。


 黒いTシャツ。


「……服も?」


「これは普通だろ」


 コウタが言う。


「普通かな」


「黒なんていくらでも着る」


「まあ、そうだけど」


 ハヤテは足元を見る。


 三人とも、似たような色の靴だった。


「怖」


「だから怖がるな」


「いや、これは普通だろ」


 そこへ、スタッフが差し入れの箱を持って入ってきた。


「おはようございます。これ、いただきものです」


 テーブルに置かれた箱の中には、小さな焼き菓子が並んでいた。


 味は何種類かある。


 プレーン。

 チョコ。

 抹茶。

 ナッツ。

 チーズ。


「好きなのどうぞ」


 スタッフが出ていったあと、三人はしばらく箱を見ていた。


「……」


「……」


「……」


「せーので取るなよ」


 コウタが言った。


「言われると取りたくなるな」


 ハヤテが言う。


「やめろ」


 ヒナタは無言で手を伸ばした。


 同時に、コウタも伸ばした。


 ハヤテも伸ばした。


 三人の指先が、同じチョコ味の袋の上で止まった。


「……」


「……」


「……」


 ハヤテが静かに手を引いた。


「え、こわくない?」


「怖い」


 今度はコウタも否定しなかった。


 ヒナタはチョコ味の袋を見たまま言った。


「一緒にいすぎたかな」


「どれくらい?」


 ハヤテが聞く。


 コウタが少し考える。


「高校からだろ」


「高校?」


 ハヤテが指を折る。


「一年」


 ヒナタも、なぜか指を折る。


「二年」


 コウタも続ける。


「三年」


 そこから、大学。


 ライブハウスに通った夜。

 曲を作った日。

 何も決まらないまま、朝まで残ったスタジオ。

 デビューしてからの移動。

 楽屋。

 ホテル。

 機材車。

 打ち上げ。

 帰り道。


 数えているうちに、三人とも黙った。


 思っていたより、指が多く折れていく。


 高校の制服を着ていた頃から。

 名前もまだ今ほど知られていなかった頃から。

 ずっと同じ音の中にいた。


 気づけば、両手では足りなかった。


 ハヤテが、自分の指を見たまま言う。


「え」


 コウタも小さく息を吐く。


「もう、そんなに経つのか」


 ヒナタは、少しだけ目を細めた。


「怖いな」


「だろ?」


「時間が」


「急に真面目にするなよ」


 ハヤテが笑う。


 けれど、その笑い方も少しだけ照れていた。


 コウタはチョコ味の焼き菓子をひとつ取って、ハヤテの方へ投げた。


「ほら」


「え、くれるの?」


「欲しかったんだろ」


「欲しかったけど」


 ヒナタは別のチョコ味を取って、コウタに渡した。


「コウタも」


「……どうも」


 ハヤテが箱の中を見て、最後のチョコ味をヒナタに渡す。


「じゃあ、これ」


「ああ」


 三人の手元に、結局同じ味が残った。


 ハヤテは袋を開けながら、もう一度言った。


「やっぱ怖いわ」


「何が」


「ここまで来ると、もう自分で選んでるのか分かんなくない?」


「大げさ」


 コウタが言う。


 ヒナタは焼き菓子をひと口食べて、短く言った。


「でも、悪くない」


 その一言に、コウタもハヤテも何も返さなかった。


 楽屋には、袋を開ける音と、冷蔵庫の低い音だけが残っていた。


 怖いくらい同じものを選んでいる。


 怖いくらい同じ時間を過ごしている。


 怖いくらい、それが普通になっている。


 ハヤテが、ふと笑った。


「なあ」


「何」


「明日も同じだったら、さすがに怖くない?」


 コウタは少し考えてから言った。


「明日はパンにする」


「俺もそう思ってた」


 ヒナタが言った。


 ハヤテが固まる。


「……え、こわ」


 三人はしばらく黙った。


 それから、同じタイミングで笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ