同じ
朝の楽屋に、コンビニ袋の音が三つ重なった。
がさ。
がさ。
がさ。
ヒナタが最初に袋をテーブルに置く。
次に、コウタが置く。
最後に、ハヤテが置いた。
誰も、すぐには中身を出さなかった。
なんとなく、嫌な予感がしたからだ。
「……先に出せよ」
コウタが言う。
「なんで」
ヒナタが返す。
「いや、なんとなく」
「じゃあ、せーので出す?」
ハヤテが軽く言った。
三人は少し黙った。
「せーの」
コンビニ袋の中から、同じおにぎりが三つ出てきた。
鮭。
同じメーカーの、同じ棚に並んでいたはずの鮭。
「……」
「……」
「……」
ハヤテが、おにぎりを見下ろしたまま言った。
「怖」
「たまたまだろ」
コウタが言う。
けれど、その声は少し弱い。
ヒナタは自分の袋から、もう一つ商品を出した。
ゆで卵。
コウタも出す。
ゆで卵。
ハヤテも出す。
ゆで卵。
「怖」
「怖くない」
「いや、怖いって」
ハヤテが笑いながら言う。
「俺、今日パンの気分だったのに」
「なら、なんで鮭おにぎりなんだよ」
「分かんない。店に入ったら、これだなって」
コウタはゆで卵を見ながら、少し眉を寄せた。
「俺も」
「え」
「パンにするつもりだった」
ヒナタが短く言った。
「俺も」
三人は黙った。
楽屋の冷蔵庫が、低く鳴っている。
ぶうん、という音だけが妙にはっきり聞こえた。
ハヤテがゆっくり自分の服を見る。
黒いTシャツ。
コウタを見る。
黒いTシャツ。
ヒナタを見る。
黒いTシャツ。
「……服も?」
「これは普通だろ」
コウタが言う。
「普通かな」
「黒なんていくらでも着る」
「まあ、そうだけど」
ハヤテは足元を見る。
三人とも、似たような色の靴だった。
「怖」
「だから怖がるな」
「いや、これは普通だろ」
そこへ、スタッフが差し入れの箱を持って入ってきた。
「おはようございます。これ、いただきものです」
テーブルに置かれた箱の中には、小さな焼き菓子が並んでいた。
味は何種類かある。
プレーン。
チョコ。
抹茶。
ナッツ。
チーズ。
「好きなのどうぞ」
スタッフが出ていったあと、三人はしばらく箱を見ていた。
「……」
「……」
「……」
「せーので取るなよ」
コウタが言った。
「言われると取りたくなるな」
ハヤテが言う。
「やめろ」
ヒナタは無言で手を伸ばした。
同時に、コウタも伸ばした。
ハヤテも伸ばした。
三人の指先が、同じチョコ味の袋の上で止まった。
「……」
「……」
「……」
ハヤテが静かに手を引いた。
「え、こわくない?」
「怖い」
今度はコウタも否定しなかった。
ヒナタはチョコ味の袋を見たまま言った。
「一緒にいすぎたかな」
「どれくらい?」
ハヤテが聞く。
コウタが少し考える。
「高校からだろ」
「高校?」
ハヤテが指を折る。
「一年」
ヒナタも、なぜか指を折る。
「二年」
コウタも続ける。
「三年」
そこから、大学。
ライブハウスに通った夜。
曲を作った日。
何も決まらないまま、朝まで残ったスタジオ。
デビューしてからの移動。
楽屋。
ホテル。
機材車。
打ち上げ。
帰り道。
数えているうちに、三人とも黙った。
思っていたより、指が多く折れていく。
高校の制服を着ていた頃から。
名前もまだ今ほど知られていなかった頃から。
ずっと同じ音の中にいた。
気づけば、両手では足りなかった。
ハヤテが、自分の指を見たまま言う。
「え」
コウタも小さく息を吐く。
「もう、そんなに経つのか」
ヒナタは、少しだけ目を細めた。
「怖いな」
「だろ?」
「時間が」
「急に真面目にするなよ」
ハヤテが笑う。
けれど、その笑い方も少しだけ照れていた。
コウタはチョコ味の焼き菓子をひとつ取って、ハヤテの方へ投げた。
「ほら」
「え、くれるの?」
「欲しかったんだろ」
「欲しかったけど」
ヒナタは別のチョコ味を取って、コウタに渡した。
「コウタも」
「……どうも」
ハヤテが箱の中を見て、最後のチョコ味をヒナタに渡す。
「じゃあ、これ」
「ああ」
三人の手元に、結局同じ味が残った。
ハヤテは袋を開けながら、もう一度言った。
「やっぱ怖いわ」
「何が」
「ここまで来ると、もう自分で選んでるのか分かんなくない?」
「大げさ」
コウタが言う。
ヒナタは焼き菓子をひと口食べて、短く言った。
「でも、悪くない」
その一言に、コウタもハヤテも何も返さなかった。
楽屋には、袋を開ける音と、冷蔵庫の低い音だけが残っていた。
怖いくらい同じものを選んでいる。
怖いくらい同じ時間を過ごしている。
怖いくらい、それが普通になっている。
ハヤテが、ふと笑った。
「なあ」
「何」
「明日も同じだったら、さすがに怖くない?」
コウタは少し考えてから言った。
「明日はパンにする」
「俺もそう思ってた」
ヒナタが言った。
ハヤテが固まる。
「……え、こわ」
三人はしばらく黙った。
それから、同じタイミングで笑った。




