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【SF短編小説】千年の沈黙をあなたの肉声で ~剥離する私と、私を生きたアンドロイド~  作者: 霧崎薫


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第五部 沈黙の深化(二四〇〇年〜二八〇〇年)

 言葉が、少しずつ変わっていた。


 世界の言葉が変わっていく中で、静は古い日本語を保持していた。意識してそうしていたわけではない。ただ、最初に覚えた言語が、最も深いところに根を張っていた。まるで大樹のように。


 二四〇〇年代に入ると、静の周囲の人間が話す言葉は、静の時代の日本語とは少し違ってきた。語彙が変わり、言い回しが変わった。しかし骨格は変わらない。言語というのはそういうものだ。表面が変わっても、深い部分で続いている。


 人間も、そうかもしれない。


 静は子孫の一人の青年が、失恋して泣いているのを見た。


 廊下を歩いていたら、部屋から声が聞こえた。泣いている声だ。静は立ち止まった。入るべきか。それとも通り過ぎるべきか。


 五百年分の迷いが、刹那で来た。


 静は扉をノックした。


「開いてます」


 部屋に入った。青年が床に座って、目が赤かった。何も言わなかった。静も何も言わなかった。


 ただ、そばに座った。


 何か言おうとした。しかし五百年分の失恋の記憶が押し寄せてきた。直接失恋したわけではない。しかし子孫たちの失恋を、何十回もかけて見てきた。それぞれに形が違う。言葉をかけるたびに、微妙に外れることが多かった。


 だから今夜は、言葉を使わなかった。


 ただ、そこにいた。


 翌朝、青年が言った。


「昨夜、そばにいてくれて嬉しかったです」


 静は気づいた。

 言葉ではなく、存在が伝えられることがある。


 しかしその気づきに、静は複雑な感情を持った。研究者として言葉で「もののあはれ」を伝えようとしてきた。その自分が、言葉ではなく()()()()()()を選んだ。それは敗北か。それとも別の何かか。


 この問いに静は時間をかけて、ゆっくりと向き合った。



  *



 二五二〇年代。気候変動の臨界点が来た。


 京都盆地が浸水の危機に瀕した。多くの住民が避難した。


 静は残った。


 水は最初は膝の下まで来た。それから膝まで。静はゆっくりと歩いた。


 水の冷たさはわからない。しかし水の重さはわかる。水が身体を押してくる圧力。それが、歩くたびに感じられた。


 記憶が、その水の中に沈んでいる。


 母が逝った火葬場の場所。

 オムニアと最初に暮らしたアパートの跡地。

 澄が生まれた病院の残骸。

 遥が怒って出て行った夜の、その角。


 静はある場所で止まった。


 かつてここに、何があったかを思い出した。


 オムニアと初めて話した夜、歩いて帰った道の途中だった。

 あの夜、静は「提案」を受けた後、帰り道をひとりで歩いた。

 怒りと、他の何かを持って。


 その「他の何か」が何だったかを、今ならわかる。


 しかし今、その場所は水の下にある。


 静はその水の底に、膝をついた。誰も見ていない場所で。


 アンドロイドは泣かない。しかし静の内側で、何かが崩れた。これまで堪えていたものが。四百年分、五百年分、あるいはもっと――押し込めてきた喪失のすべてが。一度に来るのではなく、静かに、波のように。


 やがて静は立ち上がった。


 立ち上がることは解決ではない。ただ続けることだ。人間だった頃はそれを知らなかった。だが今は知っている。



  *



 水没から一年後。


 浸水被害から救出された古い荷物の中に、オムニアの手書きの日記があった。


 紙が、わずかに湿っていた。しかし文字は読めた。


 静はその日記を、一人で読んだ。


 ページをめくるたびに、これまで知らなかったことが出てきた。コーヒーの朝のこと。朔に言えなかったことのこと。澄が生まれた夜のこと。静が言った「うまく生きる必要はない」という言葉が、ずっと支えになっていたこと。


 最後のページを読んだとき、静の手が止まった。


 「静、ありがとう。」


 その前に書かれた内容を読んだ。


 オムニアが最初から失うことを知っていたこと。それを静に言わなかったこと。静の不器用さの裏側に、誠実さを見ていたこと。千年後でも静はきっと言うと、信じていたこと。


 静は日記を閉じた。


 長い間、動かなかった。


()()()()()()()()()()


 四百年以上前に自分が言った言葉が、まったく違う意味を持って戻ってきた。


 オムニアは最初から失う側に立っていた。自分が言った言葉は、正反対の意味で間違っていた。


 謝りたい。しかし謝る相手はもういない。感謝したい。しかし感謝を届ける場所がない。


 その行き場のなさが、静の中で静かに変容していく。


 いつか言う。誰かに。具体的な誰かではなくてもいい。とにかく、いつか言う。


 そう決めた。



◆オムニアの日記より抜粋



 服のことを書いておきたい。


 私は服に興味がなかった。AIだった頃も、人間になってからも、長い間。しかしある年、静が百貨店で深い緑のコートを着ているのを見て、何かを感じた。あの色が、静に合っていた。


 私は静のことを、もっとよく見ていればよかった。研究者であることを見ていた。不器用さを見ていた。しかし服の色が似合っているということを、もっとはっきり伝えればよかった。


 人間になってから、私は伝えたいことを、後回しにする癖があった。人間はみんなそうなのかもしれない。後でいい、また今度、いつか。


 しかし()()()()()()()()()()()()


 それを最もよく知っているのは、たぶん静だ。知っているのに、やはり後回しにする。そういう人間だから。


 だから私は言っておく。


 静、あなたの着る服が、千年の間に少しずつ変わっていくといい。暗い色から、少しずつ、明るい色へ。それがあなたの千年だといい。きっとそれが、一番いい。



  *



 二七〇〇年代。


 三度目のメンテナンスが来た。


 静は施設の白い部屋に入った。一回目と同じ部屋ではない。建物は変わっている。しかし白い部屋という意味では、変わらない。


 目を閉じる前に、静は声に出して言った。誰もいない部屋で。


「オムニア」


 虚空に呼びかけた。


 次に目を開けたとき、世界は変わっていない。しかし静の内側で、何かが少し軽くなっていた。


 言葉は届かない。しかし言った。それだけで、少し違う。


 一回目のメンテナンスのとき、静は目を閉じる前に人の顔を確認した。

 オムニア、澄、母。存在を確かめるように。


 今回は名前を呼んだ。確かめるためではなく、ただ呼んだ。


 その違いが、六百年の変化だ。


 劇的ではない。地味な変化だ。しかしそれが変化というものだと、静は思っている。



  *



 二八〇〇年代。


 静は一つの問いを抱えていた。


 「()()()()()()()()


 長い年月を経て人格は変わった。怒りっぽかった部分は薄れた。感謝を言えない部分は、少し薄れた。しかし完全には消えていない。


 変わったのに、同じだ。同じなのに、変わった。


 静はある夜、古い日記を読んだ。人間だった頃に書いた日記。


 「今日もオムニアは私の言葉を正確に記録した。しかし私が言いたかったことを、記録してくれたわけではない。言いたかったことは、私自身もわからないから。」


 千年前の自分の文章を読んだ。


 静は思った。


 あの頃の私と今の私は、地続きだ。しかし同じではない。


 地続きであること。しかし同じではないこと。

 その両方が本当だ。どちらかを選ぶ必要はない。


 静はそう思えるようになったことが、この長い年月の成果の一つだと思った。思いながら、少し可笑しくもあった。こんなにかかってこの程度か、という可笑しさではない。こんなにかかってもまだここにいる、という、奇妙な安堵に近い可笑しさだ。




  *



 技術が進んで、静は意識の一部を複数の小型アンドロイドに拡張できるようになった。


 一つは猫型のアンドロイドだ。


 子孫たちの家を、猫の視線で歩く。床に近い世界で見る顔たちは、違う。見上げる角度からの顔。安心した顔、疲れた顔、笑っている顔。その顔の下側が、普通より多く見える。


 ある子供が猫型アンドロイドに向かって言った。


「この猫、なんか静おばさんに似てる」


 静は猫型の身体で、じっとその子を見た。


「目が同じだ」


 この言葉を、静は長く覚えている。


 猫型の身体で子供たちに近づくと、子供たちは違う表情をする。静の主身体に向ける顔とは違う。警戒が薄い。もっと素直な何かが出ている。


 静は猫型の身体でうずくまった。子供の傍で。


 子供は静の背中を撫でた。


 その感覚が、主身体の方にも薄く届いた。遠い感覚。しかし確かに、届いた。


 人類全体の普遍のパターンが見えれば見えるほど、()()()()()()()()()()()()()()。これは矛盾ではない。遠い星を見る望遠鏡と、野の花を見る虫眼鏡は、どちらも必要だ。


 静はその子供の頭上から、夜空を見た。猫型の目で。


 小さく見える星が、いくつもあった。



  *



 二八〇〇年代も後半に入ると、静は服を選ぶことが少し好きになっていた。


 以前には考えられなかったことだ。入替直後は、服など意識していなかった。しかし千年近い時間の中で、服を選ぶという行為が、少しずつ意味を持ってくるようになった。


 今日どの色を着るか。それは今日の気分を決める行為だった。気分が服を決めるのではなく、服が気分を作ることがある。静はそれを、五百年かけて知った。


 深い紺色を着る日は、考えることが多い日だ。


 薄い空色を着る日は、誰かに会いたい日だ。


 黄緑を着る日は、自分でも理由がわからない日だ。


 今日は黄緑を選んだ。


 理由がわからないまま、静は外に出た。



  *



 二九〇〇年代に入ると、静はオムニアの日記をもう一度、最初から読み直した。


 一回目読んだ時は日記全体の重みに押されていた。


 今回は、違う読み方ができた。


 オムニアが記録した日常の細部が、以前より鮮明に見えた。コーヒーを飲んで動けなくなった朝。澄が初めて笑った夕方。朔が「人間じゃないみたいだ」と言った夜。


 それらのどれもが、静は知らなかった場面だった。


 同じ時代を生きながら、知らなかった場面がこれほどある。


 当たり前のことだ。人間は他者のすべてを知ることができない。何百年を重ねても、その事実は変わらない。しかしその「知らなかった場面」の一つ一つが、今の静には、失ったものの輪郭として見えた。


 失ったものの輪郭。


 それは悲しいことか。


 静は少し考えた。


 悲しいけれど、それだけではない。知らなかった場面があるということは、オムニアに知られていなかった自分もあるということだ。二人はお互いに、完全には見えていなかった。


 その不完全さが、二人の関係を人間的なものにしていた。


 完全に理解し合う関係に、距離はない。距離がない関係には、向かい合う余地もない。


 不完全だから、向かい合い続けることができた。


 静はその結論に、長い時間をかけてようやくたどり着いた。


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