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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第二章 スタートアップ

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2-2 警戒

 夜空の下、酔いを覚ましつつ会社への道を引き返す。頭の中で引っかかっていることがある。その棘を抜かずには家に帰れない。

 オフィスビルに着いた。階段を上り、鍵を開ける。電灯のスイッチを押すと、オフィスが白く照らしだされた。社内に残っている者は誰もいない。適当な椅子に座り、ノートパソコンを鞄から出す。無線LANにつなぎ、社内システムにログインした。

 タッチパッドの上で指をさまよわせたあと、社員の業務記録を表示する。時間をさかのぼり、カフェインプラスの事業を始めた頃まで戻った。

 このシステムは葉月が作った。そのため、今の事業を始める前の情報はない。最初は御堂と福原と葉月の三人の記録だけだ。徐々に社員は増えているし、入れ替わりもある。しかし全ての時期に共通していた者は限られる。御堂と福原と葉月。もし何者かが障害となる人間を消しているのなら、この三人のいずれかになる。自分でないのなら御堂か葉月。長年付き合いのある御堂を除けば葉月しか残らない。

 葉月の業務記録を順に追っていく。記憶を頼りに、いくつかの事件が起きた時期の前後を確認する。借金の返済を急がせる金主。ネットで誹謗中傷していたクレーマー。金を得ようとしていた業界ゴロ。人が消えた前後に、気になる情報がないか探す。出勤時間や退勤時間を抜き出して、表計算ソフトに入力する。なにか犯罪を示唆する変化がないか確かめた。

 しばらく作業を続けたあと、目のあいだをもみほぐす。そもそも、それぞれの人が消えた正確な日時が分からない。そうした状態で、事件前後の行動を知ろうとすることに、どれほどの意味があるのか。

 一時間ほど調べたあと社内システムへの接続を切った。たった一人しかいないオフィスで、どうするか考える。

 法を犯している人間がいれば糾弾するべきだ。倫理を外れた者がいれば排除するべきだ。通常ならば――。

 福原は、この事業を始めたときにIT業界の歴史を調べた。動画の無断転載、詐欺的広告、転売の放置。海賊的行為やグレーゾーンの活動から始まり、徐々に身ぎれいにしていった企業は多い。あるいは成長してなお問題を改善しない企業もある。

 善と悪の線をどこに引くか。どこまで許容して、どこから拒絶するか。純白の企業などないのではないか。漆黒でなければ容認すべきなのだろうか。

 もし黒い染みが、人体でいうところの心臓だった場合、取り除くべきなのか。たとえ企業が死ぬことになっても不正を糺すべきなのか。

 福原は視線を天井に向け、しばらく考えた。

「葉月の過去を調べよう」

 会社に来る前に浅村葉月がどんな人間だったのか、福原はまるで把握していなかった。どうするかを決めるのは、それからでも遅くないと思った。


 スマートフォンにメッセージが届いた。社内システムに何者かがログインして、浅村葉月の過去の業務記録を閲覧した。

 十二畳のリビングルーム。壁際には大型モニターがあり、ノートパソコンをつないでいる。葉月は座椅子に座っている。キャミソールに女性用パンツ。髪はゴムでまとめてある。

 キーボードを叩き、アクセスしてきた者が誰かを確かめる。福原だ。時計を見る。福原が会社を出て二時間ほどが経っている。家に帰ったあと戻ってきたのか。どうして、そんなことをしているのか理由が分からなかった。

 福原は会社でなにをしているのか。サーバーのログをたどって行動を確認する。社内システムを作った時期からの情報を精査している。葉月以外の人の情報は見ていない。狙いを定めて調査している。

 葉月はログが残らない方法で、福原のデータにアクセスする。そこには業務記録以外にも、多数の情報が蓄積されている。営業報告書を自動生成するためのGPSデータもある。どこに行き、どれだけ滞在していたかの生データだ。会社貸与のスマートフォンは、業務時間以外の記録も取っている。参照すればプライベートも含めて行動が筒抜けになる。

 自作のデータ可視化ソフトを起動する。地図上に福原の移動履歴がプロットされる。福原の今日の履歴を確認した。終業後、駅前の焼き鳥屋に向かっている。そこで二時間ほど過ごしている。長さからして食事ではない。過去一ヶ月のデータを参照して、会社から出たあとの福原の行動パターンを調べる。飲食店に立ち寄り、自宅に戻っている。滞在時間は三十分以内が多い。長いときでも一時間を超えない。誰かに会っていたと考えるべきだ。

 問題は誰に会っていたかだ。会社の他の社員について過去二時間の行動履歴を調べる。同じ焼き鳥屋に行った者はいない。ということは外部の人間だ。場所は駅の近く。電車でやって来た相手だと推測する。

 友人と仕事相手のどちらだろうか。友人なら御堂も同席しているはずだ。取引先の場合、向こうから来るということは福原の立場が上ということになる。対象者は絞られる。

 社内システムの取引先データベースを開く。福原が最近アクセスした人間を一覧表示する。数人の名前とプロフィールを読んで、誰と会っていたのか、おおよそ見当がついた。

 甲野辰雄、職業フリーライター。以前、会社の取材に来たことがある。ウェイの調査を依頼した相手だ。その彼と飲んだあと、葉月の情報を見るために会社に戻ったということか。

 葉月は、福原が今どこにいるのか確かめる。まだオフィスにいる。葉月は画面をにらみながら考える。福原は甲野になにか言われたのだ。そして葉月のことを調べ始めたのだ。


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