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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第二章 スタートアップ

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2-1 疑念

 数日が経過した。夜になっても屋外はまだ暑い。駅の近くにある焼き鳥屋の座敷席に福原はいた。

 その店は、四十代後半の店主が十数年前に脱サラして作ったものだ。鳥肉は提携農家の新鮮なものを仕入れている。料理が美味いと評判の店だ。しかし福原が利用している理由は味ではない。店の奥の小さな座敷席。秘密の話にもってこいの場所。

 遅いなら一杯やりながらでどうですかと相手が提案した。暑い日が続いている。生ビールで喉を潤したかった。福原はこの店を予約して、約束の時刻まで一人で軽く飲んでいた。

 そろそろかなと思い、スマートフォンの時計を確認する。扉が開く音が聞こえた。人のよさそうな四角い顔の男が入ってくる。すぐに福原を見つけて歩いて来た。

「お待たせしました」

「時間ぴったりです」

「まずは一杯やらせてもらいます」

 フリーライターの甲野は座敷に上がり、生ビールと焼き鳥を注文した。

 ビールを半分ほど飲んだあと、甲野は今日の本題を切り出した。

「ウェイについて、さらに突っ込んで調べました」

 福原は身を乗り出して話を聞こうとする。

「かなり危険な相手です。福原さんの会社は、可能な限り衝突を避けた方がよいと思います」

「どういうことですか?」

 甲野は言いにくそうに周囲を窺い、店内の客が聞き耳を立てていないことを確かめる。

「福原さんは、半グレという言葉をご存じですか?」

 知っている。新しい世代の犯罪集団だ。暴力団とは違い、愚連隊上がりの若者で構成されている。振り込め詐欺や、リフォーム詐欺などで、効率的に金を集めている者たちだ。警察では準暴力団として活動を監視している。

「ウェイは、そうした犯罪集団なんですか?」

「ちょっと違います。福原さんは、暴力団にフロント企業があるのは知っていますか?」

「ええ」

「半グレ集団も同じです。犯罪だけをやっているわけではないです。普通の顔をした企業を持つこともあります。表の肩書きがあれば、政治家や官僚や経営者とつながることができます。それに資金を洗浄するのにも有効です。そのために裏の稼業には見えない企業や事業を所有することがあります」

「その一つがウェイということなんですか?」

 甲野はうなずく。

「ウェイ自体は、普通の企業の振りをしています。しかし背後には、本物の犯罪集団が控えています。制裁、監禁、誘拐、なんでもござれの集団です。

 このままでは商売の邪魔になるという理由で、バックが動きだす危険があります。特に、会社のトップに近い人ほど狙われやすいです。なにか事件が起きる前に、距離を置いた方がよいです。これは安全のためです。本人に危害がおよばなくても、ご家族などに被害が出る可能性もあります」

 一語ずつ噛んで含めるように甲野は言う。福原は姿を消した豊塚のことを思い浮かべる。あれから一週間近く経ったが、足取りはつかめていない。探偵を雇ったが成果はない。警察からも見つけたという情報はなかった。

「甲野さん。火の粉が出資者に降りかかるということもあるんですか?」

「なにかあったんですか?」

 身を乗り出して甲野は机に体重をかける。

 福原は口にするべきか迷う。こうした話は外部に漏らすべき内容ではない。

「仮にですよ。甲野さんが調べた範囲で、そういったことはありませんでしたか?」

 甲野は福原の顔をじっとのぞきこみ、しばらく静止する。

「私が調べた範囲では今のところないですね。できれば詳しい事情を伺いたいのですが」

「いや、忘れてください。今の話は」

「そうですか」

 甲野は机に視線を落としたあと、思い出したように顔を上げる。

「もしかして豊塚さんですか?」

 福原は思わずむせてしまう。ビールが口からこぼれてしまった。慌ててタオルを取って、口元をふく。

「正解のようですね。カフェインプラスに出資したという噂を聞いたんですよ。行く先々で話していたようですからね。それ自体が、法人顧客を呼びこむ営業活動になりますから。

 私自身も、豊塚さんに面識があります。以前取材を受けてもらったことがあります。そのうち、カフェインプラスの件を伺いに行こうかと思っていました」

 甲野はベンチャー界隈によく顔を出しているフリーライターだ。普通に仕事をしていれば、豊塚に会う機会はいくらでもあるだろう。

「なにかあったんですか?」

 猟犬のように甲野は食いついてくる。

「いや――」

「なにもないと言われても調べますよ。その場合は深いところまで」

 食いついたら放さない。甲野の顔にはそう書いてある。情報で金を稼いでいる甲野には、事件を嗅ぎつける嗅覚がある。言わなければ不都合なところまで調査するというわけか。

 さて、どうするか。福原はふたたびビールを口に運びながら考える。豊塚が行方不明なのは事実だ。甲野はこの店を出たらすぐに豊塚にメールを送るだろう。返事がなければ周りの人間に話を聞くはずだ。そして、すぐに不在であることを悟る。仕方がない。ここは腹をくくるしかない。

「連絡が取れていないんですよ。メールを送っても返事がありません。家にも帰っていません。だからトラブルに巻きこまれたんじゃないかと心配しましてね。ちょっと雲隠れしているだけかもしれないので、あまり大げさにはしたくないわけです。というわけで口外しないでくださいね」

 最小限の事実を伝え、拡散しないようにと釘を刺す。甲野は少し驚いた顔をしたあと真面目な顔をした。

「豊塚さんは、自分から失踪したり、他人に恨みを持たれたりするタイプではないですよね」

「ええ」

「からりとした性格だから、敵はいても根に持たれたりはしないはずです。部下にも慕われていますし」

 福原はうなずく。甲野は考えを巡らせる顔をしたあとつぶやいた。

「実はですね、カフェインプラスについても少し調査したんですよ。あまりにもスムーズに成長しすぎているなと思って」

 心臓が大きく鳴った。

「カフェインプラスが今の事業を始めた直後、借金の返済をせまっていた相手が行方不明になっていますよね。競合していた会社の経理担当が消えて、その会社が撤退したこともあります。また、大口顧客になりそうな企業で唯一反対していた専務が失踪したという出来事もありました。

 他にはSNSで誹謗中傷を繰り返していたアカウントが、ある日を境に更新を停止したという話もあります。最近だと、業界を渡り歩き御社に粉をかけていた花田大輝さんが行方不明になっています。偶然にしては、ちょっと数が多いというか異常な数です」

 なにか言いたげに甲野は福原の顔を見つめる。福原の心臓は音を立てる。競合の経理担当や、大口顧客の専務の件は初めて知った。甲野は福原よりも詳しく調べている。どこまでこの件を把握しているのだろうと思った。

「まるで誰かが裏で、障害を取り除いているように見えますか?」

 ずっと心にくすぶっていた問いを口にする。甲野が言うようにカフェインプラスの周囲には行方不明者の数が多すぎる。外部の人間が怪しいと思うほどたくさんいる。

「豊塚さんは、カフェインプラスの成長を妨げるようなことを、なにかしなかったですか?」

「いえ」

「では、特定の誰かにとって邪魔になるようなことは?」

「そんなことはないですよ」

 一人の美しい顔が頭に浮かび否定する。あまりにも荒唐無稽な考えだ。

「それで、ウェイの方は?」

 話の矛先を変えようとして尋ねる。甲野はしばらく黙り続けたあと口を開いた。

「ひどいもんですよ。こちらは疑問ではなく確信レベルです。邪魔者を病院送りにするのは日常茶飯事。失踪者もごろごろ。ウェイの人間が自らやっているのか、背後にいる組織の者がやっているのかは分かりません。しかし確実に敵を攻撃しています。疑問符がつく現象が、カフェインプラスの比ではありませんから」

 福原は心のどこかでほっとする。世の中、上には上がいる。自分のところは気のせいで済ますことができるレベルなのだ。

「しかし、よほど危険な相手なんですね。そんなに被害者がいるのなら、なぜ警察沙汰にならないんですか?」

 当然の疑問を、福原は口にする。

「姿を見せずに危害を加えているんでしょう。状況証拠だけで、こいつが犯人だと言っても警察は動かないですから。あちらさんは犯罪に慣れているんですよ。

 犯罪が常習化している奴らは強いですよ。淡々と流れ作業のように仕事をこなしますからね。犯罪が特別なことではなく日常になっていますから」

 福原は、薄ら寒さを感じる。

「怖いですね、ウェイという会社は。なんとかならないものなんですか?」

「難しいと思いますよ。背後には不法行為のプロが控えていますから」

 身の危険を覚悟しないといけないわけか。どうするか。逃げるか。しかし相手が怖いからといって撤退するわけにはいかない。福原は、焼き鳥に手を伸ばしながら考える。甲野も手に取り、口に運ぶ。甲野は一本食べたあと、少し悩む表情をして、ぽつりとこぼした。

「カフェインプラスにもいるんじゃいないですか? ウェイと同じことをしている人が。競合を排除する仕事をしている人が」

 先ほどの話を甲野は蒸し返してきた。

「そんなわけないじゃないですか。うちは健全な会社ですよ」

 笑って誤魔化そうとしたが、甲野は真剣な目で福原を見ている。規模の大小はあれ、同じことをしている。甲野はそう疑っている。

「福原さんは、社内にそうしたことをしている人がいないと断言できますか?」

「当然ですよ」

「でも、もしかしたら、こっそり手を染めている人がいるかもしれないですよね」

「いないですよ、そんな人」

「本当に?」

 二人のあいだに沈黙が下りる。いない――はずだ。少なくともその現場を福原は見たことが無い。

「福原さん。もし知らないうちに誰かがそういうことをしているのなら、大きな問題ですよ」

「そりゃあ、まあ、そうですけど」

「ここまで関わってきたのだから、私も調べたことは福原さんにどんどん提供します。その代わり、福原さんも情報を積極的に私に送ってください。社内で変わったことがあれば、その話を共有してください。

 前にも話しましたよね。カフェインプラスで扇の要になっているのは福原さんだと。あなたが全ての鍵を握っているんです。いいですか、互いに密に情報交換をしましょう。私たちは協力関係になる。それでよいですね」

 有無を言わせぬ口調だ。たしかに自分も疑念を持っている。内部からは分からないことでも、外部から見れば分かるかもしれない。甲野からの情報は貴重だ。ここは手を組むべきだと考える。

「分かりました。そうしましょう」

 福原が答えると、甲野は優しげに微笑んだ。

「それで、ウェイの調査結果なんですが……」

 資料を出して詳細な説明を始める。

 それから一時間ほど打ち合わせを続けた。前回と同じようにデータが入ったUSBメモリーを受け取り、福原は店を出た。


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