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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第四章 フェスティバル

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4-6 真相

 福原は裏口の扉を開けた。森の音が耳に響いてくる。木々のざわめき、山鳥の声が微かに聞こえる。ロッジの中で殺し合いがあったのが嘘のようにのどかだった。人が一人死んだ。しかし世界は変わっていなかった。

 ロッジの裏にはバンを停めてある。昨夜、荷物を搬入したときのまま動かしていない。福原はポケットから鍵を出して、バックドアを開けた。そして、二人で段ボール箱を持ち上げて車内へと運び入れた。

「このあとは、どうすればいい?」

 こういったことは葉月の方が詳しいはずだ。

「運転してください。場所は私が指示します」

 福原は運転席に、葉月は助手席に座った。

「どこに行けばいい?」

 車のキーを差しながら尋ねる。

「キャンプ場の裏口近くに行き、こっそりと荷物を置きます。しばらくしたら回収役の人間が来ます」

「回収役?」

 ここは人里離れたキャンプ場だ。どこに犯罪の片棒を担ぐような人間がいるんだと疑問に思う。

「ウェイです。甲野が、死体を片付けさせると言っていましたよね。同じことをします。ウェイの中には、リスキーボックスのユーザーがいることは確認済みです。直接、彼らに指示を送ります」

 葉月の言葉に衝撃を受ける。全てが葉月の手の平の上で進行していく。

「行きましょう」

 福原はうなずきエンジンをかける。バンは音を立てて動きだした。

 キャンプ場の裏口近くに車を隠した。箱だけを二人で運び、指定の場所に置いた。

 福原と葉月は、茂みに隠れてリスキーボックスの回収役の人間が来るのを待つ。

「教えて欲しいことがある」

「なんですか?」

「甲野に裏の顔があることは、いつ気づいたんだ?」

 葉月は考えをまとめる表情をしたあと話しだした。

「ウェイの内情を調べ始めてから、だいぶ経ったあとです。ウェイの社長の工藤に指示を出している相手を探ったんです。その相手が甲野でした。甲野は、ウェイの背後に存在する反社組織の人間でした」

 福原は額に汗をにじませる。自分は甲野の正体を見抜けず、社内の情報を提供していた。敵を利するトロイの木馬になっていた。

 憔悴する福原を慰めるように葉月は声を出す。

「さかのぼってみれば、甲野は周到な人間だというのが分かります。自分が担当している企業の競合を排除するために、まずは相手の懐に飛びこむ。ライターとして取材に行き、ウェブメディアに記事を載せて信用させる。その後、企業の調査を引き受けるというメールを継続的に送る。

 競合企業との衝突回数が増えれば、高確率で調査依頼を受けることができます。メールで依頼がなかった場合は、おそらく理由をつけてカフェインプラスを訪問していたはずです。そして、さりげなく自分に仕事を発注させた。唐突とは思われなかったでしょう。ずっとメールで書いていたのですから。思考の導線はきっちりとできています。

 発注側は自分で選んだと思って疑わないので、甲野が敵側の人間だとは気がつきません。あとは徐々に信頼を得ていく。最終的な目標は、カフェインプラスを市場から撤退させることです」

 福原は思い出す。甲野はウェイとの対決を避けることをすすめていた。あれは親切心から出た言葉ではなかったのだ。

「大まかな経緯は分かった。そして豊塚さんが登場して状況が変わったわけだな?」

 葉月はうなずく。

「甲野は業界の人間に多く接触しています。カフェインプラスに資金が流入することを知った彼は手を打ちました。配下の人間を使い、豊塚さんを説得しようとしたのです。

 指示を受けた工藤は部下とともに豊塚さんを誘拐してウェイのマンションに監禁しました。しかし工藤がヘマをして、豊塚さんを拷問で死なせてしまいました。工藤の失態に、甲野は激怒したはずです」

 豊塚の死を甲野は知っていたのか。そんな素振りも見せずに福原に会いに来て、驚いてみせていたのか。

「私は工藤の動きに気づき手を打ちました。事態の急変で敵が極端な行動に出るかもしれないと思ったからです。

 私は敵を足止めするために、工藤の金庫番で比較的警戒心の薄い宮坂を消しました。工藤本人を消しても、新しい頭が据えられるだけです。工藤と反社組織が疑心暗鬼になった方が時間を稼げます。実際、甲野はウェイの内情を探りつつカフェインプラスの対策をしなければならなくなりました」

 そんな暗闘が裏でおこなわれていたのか。

「今日、私がロッジに踏みこんだのは、日頃から用意していた警報システムが作動したからです。普段から誰かが社内システムの私のデータにアクセスしたら、スマートフォンに警告が来るようにしています。

 その警告が来て状況を確認したら、社内データを端から順に取得しているアクセスを見つけました。すぐに接続を切り、急いで駆けつけて侵入に用いていたパソコンを破壊しました。どんなマルウェアが仕込まれているか分かりませんから」

 福原は喉を鳴らす。葉月が気づかなければデータを全て盗まれていたかもしれなかったのか。

「ウェイの宮坂という奴は、どうやって消したんだ?」

 甲野の報告書で見た写真を思い出しながら尋ねる。

「リスキーボックスは知っているんですよね」

「ああ、登録してみた。葉月の作ったサービスだな」

 葉月はうなずき、続きを話す。

「宮坂がよく行くバーの近くに、偽名で部屋を借りました。そして女性の振りをして宮坂に近づき、その部屋に誘ったんです。殺害は毒を使い、死体を箱に入れて立ち去りました。

 普段とは違う化粧をしているから目撃者がいても分かりません。指の指紋は、液体絆創膏を塗ってカバーしておきます。あとはリスキーボックスで箱を移動する仕事を依頼するんです。見知らぬ人が死体入りの箱を持ち去ります。箱は何人かの手を経由して目的地まで運ばれます」

「目的地とは?」

「最終処分場です」

「どういった場所なんだ?」

「焼却施設です」

「死体を処理しているのか? そんな場所にネットから気軽に荷物を送れたらヤバいだろう」

「世の中には、ダークウェブのように、潜って調べなければ発覚しない場所が無数にあるんです。表の世界は、この世界のごく一部でしかないんです。法の網が覆う範囲は、氷山の一角でしかありません」

 福原の心の中で、常識がゆっくりと崩れていく。引き返せない沼に胸元までつかっていくのを感じた。

「甲野がこのまま姿を消したらどうなるんだ?」

 自分がこれまでいた場所とは違うロジックを知ろうとする。葉月はため息を吐いたあと、福原に視線を向けた。

「甲野辰雄という人間はいないんですよ。偽名です。もともといない人間が消えるだけです。本当の彼は闇の世界の住人です。警察に行方不明者届が出される人間ではありません。

 警察は彼を探しませんが反社組織は違います。甲野を捜すでしょう。だから、これからウェイの人間の手を使って、死体を完全に消すんです」

 車の音が聞こえた。キャンプ場から一台の車が現れて指定の場所で停車した。

 二人の男が出てきた。刺青の男とピアスの男が箱を車の中に運びこむ。その中に死体が入っていることを彼らは知らない。小遣い稼ぎの仕事が来たとしか思っていない。

 何事もなかったかのように車は遠ざかっていく。ふたたび風が草木を揺らす音だけになった。

「あの箱は、何度か中継地を経たあと焼却場にたどり着き処分されます。これで全てはお終いです。私もフクも面倒事から解放されます」

 葉月はこのようにして、自分の母や、御堂の歩みを邪魔する者たちを消してきたのか。

「さあ、戻りましょう。カフェインプラプラはまだ開催中です」

 立ち上がり、葉月は死体の受け渡し場所を去ろうとする。

「待て」

 手を伸ばして葉月の細い手首をつかんだ。福原の手の力強さに葉月は恐れの表情を浮かべる。

 福原は葉月の顔を正面から見る。男性とは思えない丸みを帯びた小振りな顔だ。その美しい姿に視線を注ぎながら、なにを言うべきなのか考える。

「お前は、御堂になれたのか? 自由を手に入れられたのか?」

 想定していなかった言葉だったのだろう。葉月の顔が歪んだ。磁器のような表情が崩れて目に涙がにじんだ。葉月はこぼれる涙を必死に手の平で受け止めた。

 その反応で分かった。葉月はいまだに牢獄にいる。見えない壁に囲まれて、出口を探してさまよっている。

「御堂さんをステージで見たんです。あのとき、御堂さんが鳥のように見えたんです」

 葉月の声は途切れ途切れにしぼり出された。目の前の相手が、か弱い小動物のように感じられた。福原は葉月をじっと見る。葉月は赤くふくよかな唇を動かした。

「なんですか、フク?」

 葉月が、涙の浮かんだ目をこちらに向ける。

「お前は、ずっとそうだった。御堂のように俺をフクと呼んでいた」

 あれはサインだったんだ。御堂になりたいという葉月の心の表れだったんだ。

 御堂には俺がいた。葉月には誰もいなかった。御堂と俺はセットだった。葉月は一人では御堂になれなかった。孤独なままさまようしかなかった。

 福原は考える。自分は太陽ではなく月でしかない男だ。誰かを助けることが性分の人間だ。葉月が御堂になるには月となる人物が必要だ。それは俺にしかできないことだ。葉月を理解している俺の仕事だ。

「御堂になり、自由を手に入れたかったんだろう。俺にその手伝いをさせてくれ」

 葉月は目を見張る。美しい顔の上で、驚きと困惑が何度も入れ替わる。

 しばらくそうした表情を続けたあと、強張った顔は徐々に柔らかくなっていった。葉月は檻から出られるのだろうか。葉月は福原を見上げたあと小さくうなずいた。


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