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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第四章 フェスティバル

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4-7 後日

 カフェインプラプラから多くの日数が経った。日々は時化の日の波のように過ぎ、会社の業務は途切れることなく続いている。

 金曜日の会議が始まった。カフェインプラスの上層部たちによる戦略会議だ。場所は広い会議室。部屋の奥には大きなディスプレイがあり、机や椅子はいずれも新しいものだ。出席しているのは社長の御堂に、副社長の福原、CTOの葉月に、今では営業を統括している瀬川の四人である。

「なあ、フク。関西進出の成果はまずまずじゃねえか?」

 御堂が得意げな様子で両手を広げる。

「駄目だ御堂。関東ほどの利益率になっていない。戦略を変えないといけない。瀬川さん、この件については、すでに動いていると言っていましたよね」

 福原は隣に座る鋭い視線の女性に顔を向ける。

「ええ、手を打っています。店舗の改善をおこなえる人材を営業部隊に配置しています。来月には数字となって現れる予定です」

 瀬川は資料を元に細かな計画を語る。経験に裏打ちされた隙の無い計画だ。御堂は満足そうにうなずいた。

「次は葉月の方だな。システムの海外版はどうなっている?」

「他言語化はもともとシステムに入っていましたから、それほど難しくはありません。あとは、慣習の問題です。現地の習慣に詳しい人を短期で雇うべきです」

 葉月は淡々とした口調で各地域で発生している問題を挙げていく。いくつかの地域については詳しく語った。経験があるのだ。葉月にとっては二周目の場所なのだろう。

 いつもの会議。いつものメンバー。カフェインプラスには、すでに豊塚の影はない。資金は多方面から引き入れており、会社の規模も数倍に膨れ上がっている。オフィスも移転して、都心の大きなビルのワンフロアを借りるようになっていた。

 御堂の道を妨げる者は、甲野以降も現れている。しかし、その後は誰も消えていない。不自然な人の消失は、カフェインプラスでは発生しなくなっていた。

 福原は葉月に視線を移す。長いまつげ、小振りな唇、狭い肩幅に細い腰。指はすらりとしており、肌は透けるように白かった。

 あれからしばらくして葉月は女物の服を着るのをやめた。素顔になり髪を切った。ただ、仕草は女性のままだった。机に肘を突く角度、まばたきの仕方、髪を触るときの指先の様子、椅子に座るときの体重の掛け方。骨と肉に染みついた無意識の挙動。一つ一つの動きは些細なものだ。しかしそれらが集まることで、男性とは思えない妖艶さを醸し出している。

 長年の癖は、短い時間では抜けないのだろう。そのため葉月は、女性が男装をしているようにしか見えなかった。そんな葉月の姿を、福原は気付くと目で追っていた。

 会議が終わった。御堂、福原、葉月、瀬川は、それぞれ自分の席へと戻っていく。積み上げられた仕事をこなしていかなければならない。やるべきことは、数週間先、数ヶ月先まで溜まっている。福原には、自分がこの会社を支えているという自負があった。

 終業時刻が来た。窓の向こうには都心のビル街の明かりが見えている。無数の光、無数の人々。福原は窓の前に立ち、街の様子をながめた。

 この中に、葉月や福原と同じように犯罪を犯している者はどれくらいいるのだろうか。

 胸の奥が疼いた。葉月とともに死体を処理した。その後、葉月の裏の仕事を何度か手伝い、闇の世界に踏み込んだ。

 福原は窓から離れ、鞄を持ってエレベーターに向かう。あれ以来、心が晴れる日は訪れていない。暗渠の中をひたすら進んでいるような気がしている。

「フク」

 背後から声をかけられた。少し高い声。親しみがこもった声色。最近、少しだけ表情が豊かになった葉月がうしろから追いかけてきた。

 福原は振り向く。そして葉月の姿を確かめる。美しい顔、女性にしか見えないしなやかな肉体。魅力的な容姿。俺だけに分かる感情の機微。

 口の中に微かな酸味を感じる。俺は初めて出会った時から、葉月に引かれていたのかもしれない。だからこそ道を踏み外したのかもしれない。

「一緒に帰りましょう」

「ああ」

「電車通勤って、面倒ですよね」

 少し拗ねた顔をする葉月に笑みを向ける。

「就職というものをしてみようと思ったんだろう? 普通の会社員はだいたい電車通勤をしているぞ」

 葉月が会社に参加した頃の言葉を引いて、からかうように返した。

「もう、そんな昔のことを」

 葉月は口元を微かに上げた。その表情が自分に向けられたことに喜びとともに絶望を感じた。

 二人で並んで歩き出す。福原は葉月を見下ろしながら考える。人を殺し、死体を隠蔽してきた葉月は真っ黒な存在だ。その犯罪を黙認し、裏の仕事を手伝っている自分は、限りなく黒に近い灰色だ。いや、他人から見れば真の黒と何ら変わりはないだろう。

 これは後悔なのか。それとも苦悶なのか。福原は、自身の足取りの重さとともに考える。企業の中には、グレーゾーンを綱渡りして大きくなるところもある。どこまでが灰色で、どこからが黒色なのか。どこまでなら引き返せるのか、どこからは闇に落ちるのか。

 ――最初から黒い人間が社内の中枢にいた場合は、どうすればよかったのか。

 自分には排除する勇気がなかった。そしていつしか自分も同じ色に染まっていた。

 御堂は言っていた。犯罪者は警察に突き出す。会社が傾けば、また立ち上げる。

 闇に染まらない精神。輝かしい俺の太陽。

 御堂だけは守りたい。親友だけは夏の日の陽光のままでいて欲しい。

 葉月が微笑みかけてきた。福原は笑みを返した。自分は地獄に落ちるのだろう。いつか罰を受ける日を覚悟しながら、歩み続けるしかないのだろう。終わりの日まで、俺は御堂と葉月を支え続けよう。

 それが月である自分の生き方なのだと福原は考えた。


   了


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