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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第四章 フェスティバル

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4-5 交差

 扉の向こうは陽光でまぶしかった。その光を背にした葉月は、靴のまま火かき棒を振り上げてこちらに駆けてきた。そして福原が操作していたノートパソコン目がけて鉄の棒を振り下ろした。

 激しい音とともに機械が砕けて壊れた。破片が飛び散り、福原は思わず声を上げる。

「どうしたんだ葉月!」

 わけが分からず問いただす。葉月は火かき棒を手元に引き、甲野をにらんだ。

「油断していました。フェスに忙殺されて、社内システムの管理が甘くなっているところに不正侵入してくるとは思っていませんでした。途中で止めましたが会社のデータをかなり抜かれました。敵の実力や、やり口を考えれば当然予想しなければならなかったのに」

 どういうことなんだ。葉月の言葉の意味が分からず混乱する。社内システムに侵入? 自分は普通にログインして情報を見ていただけだ。なにかの間違いだ。いや、それ以前に、なぜ葉月はここに乗りこんできたのだ。福原は断片的な情報をつなぎ合わせて答えを得ようとする。

 葉月が火かき棒を頭上に構え、甲野に向けて振り下ろす。甲野は素早く横に避けた。葉月は甲野を殴り殺そうとしている。どちらに加勢すればよいのか分からず福原は硬直した。

 甲野が鉄棒の一撃をかいくぐり葉月の足を引っかけた。葉月は勢いよく転んで棒を放す。甲野は鉄棒を素早く蹴って部屋の隅に飛ばし、葉月に馬乗りになった。そして葉月のポケットからスマートフォンを取り出して電源を切り、遠くの床に投げ捨てた。

 葉月の体をぺたぺたと触ったあと甲野は口を開く。

「他に機械は持っていないようだな。録音の類いは封じた。さてと――」

 ようやく一息吐けた。そう言いたげに甲野は、葉月の腹の上で不敵な笑みを浮かべる。

「どのタイミングで気づいたんだ?」

「豊塚さんはもう生きていないんでしょう。宮坂が管理していた裏帳簿に、隠蔽処理のための高額な支払いがありましたから」

「ふんっ、筒抜けかい。その上で泳がしていたと言うのか?」

 甲野は醜悪に口元をゆがめる。

 福原は困惑する。どういうことだ? 豊塚の失踪に甲野が関わっている? 意味が分からず、福原は二人を見比べる。

「フク。甲野辰雄はウェイのバックの人間ですよ。USBメモリーは不正侵入の手口です」

 突然の情報に理解が追いつかない。葉月は、甲野がウェイの背後の半グレ組織の人間だと主張している。もしそうなら、いったいどういうことになるのだ。

「あのパソコンを触らせたんじゃないですか? USBを差した状態で」

 甲野に組み敷かれたまま葉月が言う。

 福原は、甲野がカフェインプラスのサーバーに侵入した方法に気づき戦慄する。

 暗号化したUSBメモリーにパスワードを入力する際、うしろを向いているように言われた。そのときにUSBメモリーに仕込んでいた不正ソフトを実行したのか。

 自分はなぜ不正ソフトの入ったUSBメモリーを差すことを許したのか。甲野は、何度もUSBメモリーでデータを渡してきた。そうすることで福原の警戒心を薄れさせた。そして福原のノートパソコンに直接USBメモリーを差して悪意のあるソフトウェアを実行した。これは初めから周到に計画されていた攻撃だったのか。

 甲野がパソコンを操作したあと、福原は社内システムにログインした。そのとき接続を乗っ取られたのだ。葉月の組んだシステムはログインした装置も確認する。福原のパソコンからなのでサーバーは正規のアクセスだと判断した。甲野は福原を利用して葉月の防御を突破した。

 福原は呆然としたまま、葉月に馬乗りになった甲野の姿を見る。甲野は福原を完全に無視して葉月に意識を集中している。

「なあ、浅村さんよう、もしかしてあんた、ウェイの内部を混乱させるために宮坂を消したんじゃねえのか? おかげで俺は、直接事務所に様子を見に行く羽目になったんだぜ」

 甲野はウェイに取材に行ったと言っていた。本当の目的は別にあったということか。甲野に体重をかけられたまま、葉月は微笑を浮かべる。

「どうせ、工藤が豊塚さんの件でヘマをした時点で、遅かれ早かれ行くつもりだったんでしょう」

「はっ、違いねえ」

 甲野は笑い声を上げた。

「なあ、浅村さんよう。福原さんがあんたの周りを調べ始めたときは焦っただろう。福原さん自身も疑いがあったんだろうが、まんまと口車に乗って動いてくれた。

 あんたは冷静ではいられなかったようだな。おかげで、のこのこと俺の前まで出てき正体をゲロってくれた」

 葉月と甲野は、福原の知らないところで暗闘を繰り広げていた。そのことを知らずに、福原は甲野の思惑通りに動かされていた。

 豊塚を殺したのは葉月ではない。福原の全身から汗が流れ出る。福原は葉月を疑い、甲野に情報を流していた。自分は敵と手を組み、会社を危機に陥れていた。

 甲野は葉月の胸に体重をかける。葉月はあえぐように空気を求める。甲野は、葉月の細い首に両手をかけて顔を近づけた。

「安心して死にな。ウェイの連中を呼んだのは、万が一の場合に死体の処理をさせるためだ。警備員はなにか騒ぎを起こして追い払うとするよ。福原さんが事前に情報を教えてくれたから随分やりやすくなったよ」

 葉月は、陸に揚げられた魚のように口をぱくぱくとする。両目の端から涙が湧き出ている。体が小刻みに震えていた。呼吸を止められて死にかけているのが分かった。

 怒りが湧いてきた。甲野は福原をだまし、操り、心の中であざ笑っていたのだろう。このまま思いどおりにさせてなるものか。そして葉月を殺させてなるものか。福原は床を蹴り、甲野に飛びかかった。

 福原と甲野はもつれて床に倒れこむ。すぐに甲野が上になり、福原に馬乗りになった。甲野の首は太かった。体は筋肉に覆われていた。柔道かレスリングでもやっていたのかもしれない。福原は動きを完全に封じられた。

「お前から殺してやる」

 甲野の太い指が福原の喉にかかる。呼吸が封じられた。酸素を求めて手をばたばたとさせる。ここで死ぬのかと思った。

 視界の隅で葉月が立ち上がるのが見えた。部屋には資材が並んでいる。昨日のバーベキューのゴミも置いてある。葉月はウイスキーの瓶を手にした。そして大きく振り被り、甲野の頭に叩きつけた。

 ガラスの重量物が甲野の頭蓋骨に当たった。角が頭にめり込み、赤い血がにじみ出た。砕けた骨が、脳を傷つけているのが分かる。先ほどまで動いていた肉体から急速に生命の火が失われていくのが察せられた。

 人はこれほどあっけなく死ぬのか。そのことに戦慄しながら、福原は甲野の体を押し退けて束縛から逃れた。

 ロッジの中は静まりかえっていた。

 目の前で人が死んだ。長年共に働いていた仲間の葉月が人を殺した。

 警察を呼べば会社は終わる。福原は全てを知っている。葉月の過去を、裏の仕事を、今犯した殺人を。

 善と悪の線はどこに引くべきなのか。法と倫理はどこまで無視するべきなのか。この罪を許容するべきなのか。全てを闇に葬るべきなのか。

 福原は呼吸を整え、脳に酸素を送りこむ。これからどうするべきなのか考える。福原は、鼻腔の奥にチカチカとしたものを感じながら声を出した。

「葉月、この死体を消せるか?」

 俺はなにを言っているんだ。共犯者になるつもりか。数時間前の善良な自分が非難の声を上げる。

 わずかな沈黙のあと、いつもの冷静な葉月の声が返ってきた。

「死体を箱に詰め、このキャンプ場の外まで運び出せば消せます」

「手伝おう」

 福原は立ち上がった。

 死体をどうやって箱詰めすればよいか葉月に尋ねる。大きな段ボール箱とポリ袋を用意してくれと言われた。このロッジは荷物置き場にもなっている。そのため死体を隠蔽するための資材はいくらでもあった。

 甲野の頭部をポリ袋で覆い、ガムテープで封印する。荷物を運んできた大きな箱の一つに死体を入れた。床の血を新聞紙や雑巾で拭き取る。それらと凶器のウイスキー瓶をポリ袋に詰めて段ボール箱に収めた。

 葉月は冷蔵庫に行き、ロックアイスの袋を出して箱の中に入れる。死体の腐敗を少しでも遅らせるためだろう。そして蓋を閉めてガムテープで封をした。葉月は部屋の端に行きスマートフォンを拾う。電源を入れて、画面を見ながら段ボール箱に十六桁の数字を書きこんだ。

「運搬の依頼をします。その間に、壊れたノートパソコンをフクの鞄に隠しておいてください」

「分かった」

 誰か来たときに争いの形跡が残っているとまずい。手早く片付けたあと、火かき棒も回収して荷物の中に紛れこませた。

「依頼が終わりました」

 葉月はスマートフォンを仕舞う。

「駐車してあるバンに荷物を運びこみましょう。キャンプ場の外に運び出します。一人では無理だから手伝ってください」

 福原はうなずき、葉月とともに段ボール箱を抱え上げた。


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