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C++(カフェインプラスプラス)  作者: 雲居 残月
第四章 フェスティバル

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4-2 前夜

 カフェインプラプラの準備が進んでいく。豊塚はけっきょく見つからないままだ。豊塚の失踪のあと、福原の見える範囲で行方不明者は出ていない。営業活動は順調に進み、野外フェスの準備も滞りなくおこなわれた。一切の逆風もなく、順風のみを受けて航海しているようだった。

 青空の下、森に囲まれた広い空き地で、多くのスタッフたちが作業をしている。舞台の設置。屋台の組み立て。巨大なスピーカーからはリハーサル用の音が流れている。キャンプ場全体を借りてのイベント。カフェインプラスの社員たちは、明日開催される野外フェスの準備を急ピッチで進めていた。

 フェスの会場を囲む森にはロッジが点在している。宿泊料金を払った者には、この丸太作りの小屋が提供される。そうしたユーザー向けとは別に、いくつかのロッジはスタッフルームや休憩所に割り当ててあった。

 ユーザー向けもスタッフ向けも小屋の作りは同じだ。表の入り口とは別に裏口があり、その先は車が置ける駐車場になっている。スタッフの一部は、そこで荷物の運びこみをしている。福原はロッジの裏にいてタブレット端末で準備の進み具合を確認していた。作業リストの多くにチェックが入っている。問題なく時間どおりに終われそうだ。

 風が吹き、木々の葉を揺すった。福原は画面から目を離して周囲の森を見渡す。濃い緑の葉に視界が遮られていた。上空から俯瞰すれば緑色の絨毯が続いているように見えるだろう。

 ふと、樹冠に遮られた闇の中に、人間が飲みこまれる姿を想像した。野外フェスに来た人が消えるかもしれない。いなくなるのは誰か。それはカフェインプラスにとって邪魔な者なのか。それとも葉月にとって目障りな相手なのか。

 福原は額の汗をぬぐう。自分は無意識のうちに葉月を犯人だと思っている。しかし犯人ではないとも思っている。もし犯人なら、警察に突き出すべきだ。証拠がなくても葉月本人に問い質すべきだ。そうしたことをしていないということは、やはり無実だと心の底で信じているのだろうか。

「アンダーグラウンドの人間なのは確かなんだよなあ」

 丸山の話を思い出して福原はつぶやいた。

 葉月が裏でなにをしているか、けっきょくつかめないでいる。決定的な証拠の不足。葉月が本当に人を消しているのか確信が持てなかった。


 準備が完了して夜になった。社員やアルバイトのスタッフは、ロッジで寝泊まりすることになっている。夕食はバーベキューだった。森の闇の中、肉を焼く炎が点々と見える。太古の狩りの日の夜もこうした景色だったかもしれない。仄かな明かりを囲むように談笑の声が響いていた。

 朝になればフェスが始まる。事業を盛り上げるためのイベントだ。そこで生まれる連帯感が、今後のカフェインプラスをよりよいものに変えるはずだ。

「おーい、フク。食っているか?」

 バーベキューの前で肉を裏返していると、コロナビールの瓶を持った御堂が近づいてきた。

「相変わらず飲んでいるのかよ」

「そりゃあそうだ。こんな楽しいことはねえからな」

 やれやれと思いながらトングを動かす。ひっきりなしに社員やバイトが来て、肉を持っていく。そのたびに網の上に新しい肉を置いて火加減を見る。

「おまえ、好きだよなあ。そういうこと」

「どういうことだ?」

「周りの面倒を見ること。おかげで俺は滅茶苦茶助けられている」

 少し考えたあと、なんとなく馬鹿らしくなった。近くにいた社員に肉を焼く作業を代わってもらい、クーラーボックスから缶ビールを出してプルタブを引いた。

「なんだよ、休むのかよ」

「いいだろう、たまには」

「まあな」

 ビール片手に、どこか座る場所がないか探す。ロッジの入り口が、木の階段になっている。御堂を誘い、二人で腰を下ろした。

 グリルから離れると、騒々しさが嘘のように後退した。炎を背景に、全てが影絵のようになる。どこか異国の出来事のように、人々の動きをながめた。

「なあ、御堂。今の会社の状態を、どう思っている?」

 真面目な声で尋ねると、横に座る御堂は福原に顔を向けた。

「いろいろとトラブルはあるけど、全体としては上手くいっているんじゃねえのか」

「トラブルねえ」

「最近の最大のものは豊塚さんの行方不明だけどな」

 福原はうなずき、ビールを一口飲む。

「なあ、葉月のことをどう思う?」

 福原は葉月を疑っている。御堂はどうなのか知りたかった。

「カフェインプラスが成立しているのは葉月のおかげだな。あいつがいなければ、この事業は立ち上がることも、大きくなることもなかった。今でも最前線で問題を解決している。俺たちは葉月が作ってくれた道の上を歩き、前に進んでいるようなものだ」

 福原は笑みを浮かべる。そのとおりだ。御堂という王が方向を示し、葉月という臣下がひたすら道を作り続けるようなものだ。

「御堂は、葉月の過去について聞いたことがあるか?」

「いや」

「葉月の母親は、豊塚さんや花田さんと同じように、行方不明になっている」

 御堂はきょとんとしたあと、大きな笑い声を上げた。

「葉月がこの三人を消したとでも?」

「なぜ消したと思ったんだ? 俺は行方不明になっていると言っただけだぞ」

 二人のあいだに重い沈黙が下りる。福原は御堂の答えを待つ。御堂は瓶を口に運んだ。

「思い当たる節はある。障害となる人間がいなくなりすぎる。だからといって葉月が消したというのは短絡的な考えだと思っている」

 やはりそうか。御堂も葉月に疑念を抱いている。

「なあ御堂。もし、葉月が犯罪者だったらどうする?」

「警察に突き出すだろう」

「会社が傾くぞ」

「その時は、また立ち上げるさ」

 福原は、そんな無茶な、と言おうとして言葉を飲みこむ。

 御堂ならやるだろう。御堂はこの世界をよくしようとしている。そして、どん底からふたたび這い上がることを厭わない。

 俺はどうするだろうか。ここまで大きくなった会社を簡単に手放せるだろうか。従業員もいる。その家族もいる。責任がある。駄目だったから解散と言うことができるだろうか。

 福原が真面目な顔をしていると、御堂が顔の筋肉を緩めた。

「フク、犯人捜しはやめな。おまえは探偵にでもなったつもりか。現実世界では、限られた情報から犯人を見つけるなんて曲芸はできやしねえ。どうせ、断片的な情報しかねえんだろう。

 あれだよあれ。恐竜の想像図だよ。新しい事実が発見されるごとに、同じ生き物の姿が変化する。立ち姿が変わったり、羽毛が生えたり、それと同じだよ。得られたパーツによってどんどん違うものになる」

「それでも情報が増えれば真実に近づいていく」

 氷を投げつけるような声で福原は言った。

 しばらく沈黙が続いたあと、御堂は大きなため息を吐いた。

「葉月が人を消しているという証拠でもあるのかよ?」

「ない」

 個別の話を、それらしい筋書きでつなげただけだ。言ってみれば勘だ。論理的な思考ではない。

「なあ、フク。いろいろと無理があるだろう。あの細腕でどうやって人を消しているんだよ。

 それに動機はあるのかよ。葉月が人を消してまで、うちを支える理由はないぞ。会社が傾けば辞めればいいだけだからな。うちに来る前は、一人で仕事をしていたわけだし。あれは会社に依存しない人間だぞ」

「葉月は、俺たちと同じ高校に一年間だけ通っていた。俺たちが三年生のときに一年生だった。あいつは御堂のことを知っていた可能性がある。動機があるとしたら、そこらへんではないかと思っている」

 初めて聞いたという顔を御堂はする。この事実を知らなかったようだ。

「もしかしたら葉月は、俺たちの恥ずかしい演奏のステージを見ていたのかもしれないな」

 福原は自嘲気味にこぼす。

「恥ずかしい演奏のステージじゃない。俺の素晴らしい歌声のステージだ」

 御堂は得意げに言う。高校時代を思い出して、二人で笑い声を上げた。

 懐かしかった。青春の日々だ。あの頃の悩みなど、今の悩みに比べれば可愛いものだと思った。

「なあ、御堂。久し振りに歌ってくれないか」

「おいおい、俺の歌は、高校時代に誰の心も変えられなかったものだぜ」

「でも好きなんだ。俺は、おまえの歌が」

 御堂は恥ずかしそうに笑みを浮かべて立ち上がる。そしてその場で一曲歌ってくれた。曲は、高校三年の文化祭のときのものだった。

 余韻を残して歌唱が終わる。離れたところにあるバーベキューの火をながめながら、福原は缶ビールを傾ける。福原は、調べた葉月の過去を御堂に告げる。父親がDVで警察に捕まったこと。母親が息子に女装を強いていたこと。御堂は福原の話を静かに聞いた。

「あるいはフクの考えたとおりかもしれないな。いや、犯罪の方ではなく、学校で俺たちのライブを見たという方だ」

 御堂は、遠くを見ながら言う。

「なにか感じるものがあったのかもしれない。だから俺たちに近づいてきた。そう考えると腑に落ちることもある。たまにな、思うことがあるんだよ。葉月は俺を観察しているなと」

 福原は驚いて御堂を見る。崇拝しているのではなく観察している。その背後には、知らないことを知ろうとする心の動きがある。

「葉月は、御堂をなんのために見ているんだ?」

「そうだな――」

 御堂は思考を巡らせながら声を出す。

「自由な人間の振る舞いを知るためじゃねえのか。飛べない鳥が飛ぶためには、飛ぶ様子を見せる鳥が必要だ。人生でずっと檻に入っていた人間が自由を手に入れるには、自由を満喫する人間が必要だ」

「自由のお手本?」

「そうかもな」

「御堂はそんなに自由じゃないだろう」

 これまでの苦労を思い出しながら福原は言う。

「だから、俺が歩く道を舗装している。かつて見た、自由な人間を観察するために」

 福原は呼吸を止めた。もしそうなら葉月は自由を得られていないことになる。今でも檻に囚われ続けていることになる。

 俺に何か助けられることはないのか。自分はどんな手助けができるのか。福原は、いつものようにそう考えた。


 闇の中、いつもと違う天井を見ている。葉月は、ロッジのベッドで横になっている。開発チームのために割り当てられた小屋。その中の一室を、自分用として使っている。

 スマートフォンにイヤホンをつなぎ、サーバーに記録された音声を聞いている。フェスの準備で時間が取れず、先延ばしになっているウェイへの対策。敵の正体は分かっている。しかし自分へとたどれる人間関係があるために安易な排除ができない。だが、早くしなければ、こちらがやられる可能性がある。

 疲労が襲ってきた。目を閉じると、さまざまな人の顔が浮かんでくる。体に力が入り、歯を噛みしめる。よくないと分かっているのに止めることができない悪癖だ。

 葉月は強固な呪いに囚われている。そこに下りてきた一本の蜘蛛の糸をつかもうとしている。葉月は御堂善継という糸を見つけた。自由を謳歌する人間から学ぼうとした。葉月は御堂になろうとした。泣きたくなった。葉月は闇の中、体を丸めて縮こまらせた。


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