4-1 祭典
豊塚の足取りはまだつかめていない。豊塚は多くの予定を抱えていた人間だ。知人の数も多い。そのためすでにネットで話題になっている。
これだけ待っても見つからないということは、もうこの世にいないのではないか。そうした空気が社内を覆っている。福原も最悪の事態を覚悟している。瀬川は腹をくくったのか戻ってこない前提で計画を立てて動いている。
豊塚はいなくなったがカフェインプラスの仕事は止まっていない。さらなる発展のために手を打ち続けている。営業範囲の拡大や認知度の向上など、やるべきことは無数にあった。
「やはり、コミュニティが大切だと思う」
カフェインプラスの社内。パーティションで区切った会議スペースで御堂は告げた。参加しているのは四人。福原と御堂と葉月と瀬川。その場の沈滞した空気を破るように御堂は明るい声でプレゼンを始めた。
カフェインプラスのユーザーを招いて盛大なパーティーをおこなう。具体的には野外フェス。社員は全員参加でコミュニティを盛り上げるというものだ。
「御堂、俺は反対だ」
福原は、大きな金が出て行くことを理由に御堂の案を否定する。
「私も福原さんと同じ考えです。そんな資金の余裕は、この会社にはありません」
瀬川も福原と同意見のようだ。
「野外フェスに、どれだけの予算と準備が必要だと思っているんですか。イベント制作会社に依頼すれば、それで終わりというわけではありません。大量の作業が社内で発生します。
それにどういったアーティストを招くつもりなんですか。出演交渉も大変ですよ。なんのコンセプトもないラインナップだと集客は大きく落ちます。よほどの内容でなければ効果はありません。そうしたことをしている余裕なんてまったくないです」
御堂をやり込めるように瀬川は否定の言葉を並べる。彼女が反対なのはよく分かった。ただ、豊塚がいたならば賛成したかもしれない。必要とあらば資金を調達することもできただろうから。
「アーティストについては考えがある。スポティファイで人気のミュージシャンに、バーチャルライブをやってもらう。ステージはこちらで用意しておき、リモートで参加してもらう。実際に足を運んでもらうわけではないから、ギャラは安く抑えられる。
会場では屋台も出す。食事や酒は、カフェインプラスのチケットで購入可能にする。キャンプ場と提携して、宿泊したい客にはロッジをレンタルできるようにする。費用を抑えつつ特別な時間を体験してもらうんだ」
スポティファイは海外大手の音楽ストリーミングサービスだ。日本の人口の二倍以上の有料会員がいて、その倍以上の無料会員がいる。同サイトで人気のアーティストならネット上での活動はお手の物だ。こうした企画に乗ってくれる人もいるだろう。なるほどと思いつつ、どれぐらいのお金と準備が必要かを計算する。面白そうだと感じている自分がいる。しかし金の問題は無視できない。
「葉月はどうなんだ?」
福原は、ノートパソコンの画面を見ていた葉月に尋ねる。議論に参加せず、キーボードを叩いている。しばらく指を動かし続けたあと、葉月は顔を上げて周囲を見渡した。
「いいんじゃないですか野外フェス。カフェインプラスのチケットを使って割安感を出しながら参加者を募る。完全無料にすると質の悪い客が来ますから有料の方がよいです。
スポティファイの件もいけると思います。どういった形態だと参加意欲が湧くか、ユーザーにアンケートを採るべきです」
葉月は、いつものように淡々と言う。
「なあ、みんな。俺は思うんだよ。カフェインプラスのユーザーではなく、ファンを増やしていく必要があると。俺たちが提供しているのはサービスでもありブランドでもある。このコミュニティに属していることが、自分たちの価値を上げる。そう感じる体験を積極的に発信していかなければならない」
御堂の言葉には一理ある。問題は、そんなことをしている余裕があるのかということだ。福原は瀬川に視線を送る。瀬川もやはり反対のようだ。葉月は基本的に御堂に賛成する。よほどのことがない限り、実現の方向で物事を調整する。
「なかなか納得してくれないな。不安は金銭面か、それとも効果か?」
胸を張って御堂は言う。
「両方だ。やはり難しいと思うぞ」
福原は、御堂の暴走を止めようとする。
「資金と効果については当てがある。新しい出資候補者と交渉を重ねていてな、その人物が有名ミュージシャンなんだ。これで二つの問題が解決する」
御堂は嬉しそうに手を叩く。福原は苦い顔をする。御堂の策略だ。問題が二つあると同意を取ったあと、その問題が解決可能であることを示す。そうして反論を封殺する。
「それで、有名ミュージシャンって誰だ?」
挙げられた名前に、福原と瀬川は驚く。若い世代に圧倒的な人気を持つシンガーソングライターだ。
福原は、出資者の立場になって考える。自身が金を出すのなら、出資先の価値を高めるのは当然だ。出演を渋る理由がない。ギャラの交渉も必要なくなる。あるいは出資の話が出たからこそ、御堂は今回の企画を立てたのかもしれない。
「分かりました。そこまで準備をしているのなら」
瀬川が折れた。豊塚という後ろ盾を失っている瀬川は、新たな出資者を出されたら黙るしかない。これで三対一になった。
「フクは?」
福原も反対する理由がなくなった。賛成だと答える。御堂は満面の笑みでホワイトボードに向かった。
「イベントの名前はすでに考えてある」
カフェイン++――御堂はカフェインのあとに、プラス記号を二つ書いた。
「カフェインプラスプラス。あるいは省略してカフェインプラプラ」
「プログラミング言語のC++と同じ略し方ですね」
葉月がすぐに反応する。福原は葉月に説明を求める。
「シープラスプラスは、Cから派生したプログラミング言語です。シープラやシープラプラ、CPPと、よく略されます。++というのは、インクリメントと呼ばれる、数値を一増やす処理から来ています。
カフェインの頭文字もCですから、プログラムが分かる人なら、にやりとするはずです。カフェインプラスのユーザーにはIT関係者が多いです。SNSなどで話題を作るのには、よい名前だと思います」
説明を聞き、なるほどと福原は納得した。御堂は得意げに葉月の話を受ける。
「カフェインプラスにさらにプラスをする。そうした願いをこめた名前だ。カフェインプラスの事業も、積極的な宣伝をしなければならない。しかし単純に広告を打っても面白くない。だからこその、カフェインプラプラだ」
御堂は自信にあふれている。この表情と、内面からあふれ出る魅力に多くの人間がやられてきた。
「納得がいったようだな」
口の端を御堂は上げる。そしてお祝いだとばかりに、冷蔵庫からコロナビールを出してきた。やれやれ。そう思いながら、これから発生する数々の業務を考える。
ふと、葉月の姿を見た。葉月はこちらを見ている。冷たい眼差し。今までこうしたことはなかった。
なぜ自分に目を向けているのか考える。同級生に過去の話を聞いたことを知ったのか。あるいは開発チームの丸山から葉月のことを調べているという話が漏れたのか。福原がながめていると葉月はすぐに別の場所に視線を向けた。




